Still Creek のほとりで

Still Creek(静寂なる小川)は裏庭を流れる小川の名前。といっても Windows からは騒音もきこえてきます。

カナディアン・ロッキーの旅 (26)

2006-07-13 09:37:31 | 
ところで、このレイク・ルイーズの名は、ビクトリア女王の四女の名に因んだ
ものだと言うことをSさんが教えて下さいました。

ルイーズ・キャロライン・アルバータ王女(1848-1939)は、ビクトリア女王の
6人の子供の中の四女だそうです。他の王子・王女たちは、ヨーロッパの
王族と結婚したようですが、このルイーズだけが、英王室からみて平民の
ジョン・キャンベル卿と結婚したようです。

ルイーズは、幼少のときから理知的で、絵画・彫刻の才も高く、欧州王族間の
結婚には興味がなかったそうです。 そこで選ばれたのがジョン・キャンベルで、
この結婚にはビクトリア女王も大乗り気だったとか。

ジョン・キャンベル卿は、平民と言ってもスコットランド王の血を引く家柄で、
その家庭は妻ルイーズと共に仲睦まじく、ビクトリア女王がそうであったように、
家庭的な雰囲気で英国民に敬愛されていたそうです。

ルイーズ王女の夫、ジョン・キャンベル卿がカナダ総督に任命(1878-1883)
されたのが、カナダとの係わりです。 カナダの欧州化の歴史は、400年ほど
前のフランス人入植に始まるそうですが、約250年前の英国王が統治する
ようになってからは、英王の任命する総督(Governor General)が君臨する
かたちになっています。

といっても、「君臨すれども統治せず」で、当初から総督任命に当っては
カナダ議会政府の要望をもとに、英国貴族から選んでいたということです。
(現在では、総督はカナダ人の中から選ばれて女王の名代となっています)

連邦制を敷いて大きくなったカナダの第四代総督に、カナダ政府が
ジョン・キャンベル卿を希望したということは、言い換えれば、
ルイーズ王女の夫を希望したと言うことなのかも知れません。

ジョン・キャンベル卿夫妻は、帰国後も社交的にも地味で、老い行く母王
ビクトリアを慰め、女王もルイーズを一番頼りにしていたそうです。

そんな謂れがあったことを初めて知りました。レイク・ルイーズだけで
なく、カナディアン・ロッキーを抱くアルバータ州の州名も、この王女の名:
ルイーズ・キャロライン・アルバータに拠ったものだそうです。

話はレイク・ルイーズに戻りますが、このシャトー・レイク・ルイーズは、
バンフ・スプリングス ・ホテルと同じように、カナディアン・パシフィック
鉄道によって100年以上前に建てられ、逐次増設されたようですが、
永年、夏場だけ開業していたようで、四季を通して営業するようになったのは、
十数年前からだそうです。

このシャトー・レイク・ルイーズの東には、スキー場が整備されていて、
そこから見下ろすシャトーと山と湖の眺めは、まるで宝石のようだそうです。

あっという間に、集合の時間です。車のところに帰ろうとすると、カレは
あと2~3枚写真を撮ってくるので先に行くようにと言います。

駐車場でカレを待つのですが、一向に来ません。その時ポケットに入れて
いたトランシーバーが鳴りました。間違って上の駐車場に行ってしまった
と言うのです。

居所が判ったので、皆さんも安心して待ってくださいました。
トランシーバーはカナダでは City Band Radio といい、私たちは大きな
ショッピング・センターやスーパーなどで別行動するときに使っていますが、
今回は思わぬときに役に立ちました。

写真:駐車場から見たシャトー・レイク・ルイーズ。 実際は、もっときれいな建物です。

06-07-12 (水)雨 12~16度