火星衛星探査計画「MMX」のイメージ。火星衛星「フォボス」に着陸したMMX探査機。
奥に見えるのは火星(出所:JAXA)
世界で初めて火星圏を往復し、さらに火星の衛星からのサンプル(堆積物や岩石など)リターンを目指す宇宙探査ミッションが2026年度にもスタートする。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主導する火星衛星探査計画「MMX」である。
MMXは壮大なプロジェクトだ。ミッション期間は約5年。探査機を打ち上げた後、1年弱をかけて火星周回軌道に到達。火星から高度約6000キロメートルの軌道を周回する火星衛星「フォボス」に着陸してサンプルを採取。
離陸後に同じく火星衛星「ダイモス」を観測し、火星圏を離脱後、1年弱かけて地球に帰還する。
MMXは、日本における火星探査への取り組みの一番手で、小惑星「リュウグウ」でサンプル取得に成功し、20年に地球へ帰還した「はやぶさ2」に続き、小天体からのサンプルリターンを目指す。
国際宇宙探査において、火星は月に続く主役である。MMXを統括するJAXA 国際宇宙探査センター火星衛星探査機プロジェクトチームプロジェクトマネージャの川勝康弘氏は、「火星には大気があり、地球と比べて大きさも近い。生命が存在しているかもしれない。太陽系で一番面白い場所だ」と語る。
フォボスは直径20キロメートル台ほどの小天体だが、有人火星探査の重要拠点と目されている。
表面には火星へのいん石衝突によって飛来した物質が降り積もり、採取するサンプルの0.1パーセントは火星から飛来したものと推測されている。
この分析によって、火星衛星の起源を明らかにするとともに、太陽系の中で水や有機物が、どのようにして惑星に供給され、生命が誕生し、居住可能な環境ができたのかを解明できる可能性があるという。
「フォボスには何百万年前とか、何億年前とかの昔に火星表面から飛来した物質も降り積もっている。火星の歴史を解明する鍵になるかもしれない」(川勝氏)
火星圏からのサンプルリターンは、米国や中国などもミッションを計画している。
例えば米航空宇宙局(NASA)は現在、火星で稼働している探査車(ローバー)「パーサビアランス」が採取したサンプルを、26年以降に打ち上げる着陸機などで回収し、地球へ持ち帰るミッション「MSR」を計画している。MMXはMSRなどよりも早い31年度に、フォボスから採取した火星表面のサンプルを世界に先駆けて地球に持ち帰ることを目標に掲げている。
探査機重量の3分の2は燃料
MMXのミッション概要はこうだ。
(1)26年度に「H3」ロケットで探査機を打ち上げる、
(2)27年夏ごろに火星圏へ到達、
(3)フォボスを1年程度、詳細に観測、
(4)フォボス上にローバーを展開して表面特性や環境を計測、
(5)探査機がフォボスに着陸してサンプルを採取、その後離陸(これを2回実施)、
(6)ダイモスを観測、
(7)メインスラスター(エンジン)を噴射して火星圏を離脱、
(7)31年度に地球へ帰還し、サンプルを収納したカプセルを分離してオーストラリアで回収――。
フォボスへの着陸では、月着陸実証機「SLIM(スリム)」で活用した「画像照合航法」を用い、プラスマイナス10メートルという高精度を目指す。
探査機が搭載する航法カメラで地面を撮影し、搭載するコンピューターであらかじめ撮影した画像と情報を照合して正確な自己位置を推定する。ところが、現状、フォボスの高解像度の画像は存在しない。そこで1年程度をかけて詳細を観測する。
MMXの探査機。三菱電機が開発を進めている。打ち上げ時の質量は約4200キログラムと大型だが、その3分の2を燃料が占める(出所:JAXA)
MMX探査機がフォボスを観測している様子。現在、画像照合航法に使えるような高解像度のフォボス表面の画像は存在しない。MMXでは約1年をかけてフォボスをリモート観測し、安全な着陸に必要な情報を取得する(出所:JAXA)
さらに、探査機が着陸する前に、高度40〜50メートル付近からローバーを分離してフォボス上に展開する。
フォボスは重力が地球の約1000分の1と小さいため、この高さから放出可能だという。
このローバーで、フォボスの表面特性や環境を計測し、探査機の安全な着陸などに役立つ情報を取得する。ローバーは、フランス国立宇宙研究センター(CNES)とドイツ航空宇宙センター(DLR)が共同開発する。
フォボスに太陽光が差す昼間の3時間半の間に着陸し、サンプルを採取する。探査機が搭載するロボットアームでコアラーという筒を地面に2センチメートル以上打ち込んでサンプルを採る。1回で10グラムの取得を目指す。
MMXは5年にわたる長期ミッションである。火星圏までは月の数百倍以上の距離があるうえ、地球の3分の1程度の重力がある火星の周回軌道への投入と離脱、そしてフォボスへの着陸と離陸などに多くの燃料を消費する。
このため探査機の打ち上げ質量は約4200キログラムと大型で、そのうち3分の2を燃料が占めるという。
探査機は往路・復路・探査モジュールから成る3段式の構成をとる。
JAXAからの委託で探査機の開発を進めている三菱電機 鎌倉製作所MMX開発推進センターMMX設計推進専任部長の桐谷浩太郎氏は「燃料を有効に使うため、必要な機能を使い終わったら切り離して質量を削減できるよう3段式になっている」と説明する。
MMX探査機は3段式の構成。左から往路モジュール、復路モジュール、探査モジュール。必要な機能を使い終わったら切り離してどんどん身軽になっていく。地球への帰路につくのは、探査モジュールからサンプルを受け取った復路モジュールのみである(出所:JAXA)
具体的
には、火星圏へ入ったら往路モジュールを切り離し、合計11個の科学ミッション機器を搭載した探査モジュールと復路モジュールでフォボスに着陸。
探査機のロボットアームでサンプルを採取する。
フォボスを離陸後、探査モジュールのロボットアームから復路モジュールのカプセルにサンプルを移動。
火星周回軌道からの離脱前に探査モジュールを切り離して、復路モジュールのみで地球への帰路につく。
通信に片道20分
MMXには様々な難所が待ち受けている。まず、火星圏までの通信に片道20分もかかる。
これは、地上で見ている映像が20分前の状態であることを意味する。
「探査機の20分後の状態を推察してコマンドを送る必要がある。これは絶対的な制約条件になる。クリティカルな場面で地上対応できないため、探査機には自律性の高さが求められる」(桐谷氏)
地球の約3分の1の重力を持つ火星の周回軌道への投入、離脱も一発勝負の難所だ。タイミングや速度が狂うとリカバリーは難しい。
フォボスへの着陸も難しい。重力が地球の約1000分の1と小さいため、着地の際にある程度スピードがあると地面から跳ね返ってしまう。非常にゆっくりと降下を制御する必要がある。
具体的には、「上空の2キロメートル程度から垂直降下に入るが、スラスターを制御して秒速1メートル程度から最後には秒速数センチメートル程度まで速度を落として非常にゆっくり着地させる」(三菱電機 鎌倉製作所MMX開発推進センターMMXプロジェクト統括部長の上原晃斉氏)という。
重要なのは、離陸できるよう傾いたり倒れたりしないことである。そのため、探査機は30センチメートル以上の大きさの石などがない平たんな場所を選んで着陸する。
さらに、着陸時の衝撃を吸収する着陸脚の設計を工夫している。「脚同士の間隔を広げて安定するようにしたほか、着陸の衝撃を和らげるために緩衝材を入れた」(桐谷氏)
現時点でフォボスの表面に関する詳細な情報はないが、もし、着陸脚が表面のレゴリス(細かい砂)に埋まっていると、離陸時の大きなリスク要因になる可能性がある。
そこで探査機は、着陸後にスラスターを制御して、探査機の姿勢を戻す機能を有するほか、レゴリスに沈み込まないために着陸脚のパッドの面積を大きくして圧力を分散する仕組みなどを導入している。
現状、探査機は26年度の打ち上げに向けて、個々の構成要素が出来上がり、三菱電機で組み立て作業が始まっている段階だ。
MMXでは、CNESとDLRが共同開発するローバーをフォボスへ輸送するほか、NASAがガンマ線・中性子線分光計など複数の機器を提供する。
JAXAの川勝氏は、「日本がフォボスを探査するのであれば、そのプロジェクトに乗った方が得という構図が世界でできている。それは小天体探査でのサンプルリターンにおいて、日本が世界をリードしている証拠」と語る。
(日経クロステック/日経エレクトロニクス 内田泰)
[日経クロステック 2024年5月10日付の記事を再構成]
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日経記事2024.05.23より引用