身近だが実は謎の多い「重力」の正体を探る研究が南極の氷の中で進んでいる。
カギを握るのは物質やエネルギーの最小単位である素粒子の一種「ニュートリノ」だ。超巨大ブラックホールの仕組みといった宇宙の多くの謎に関わるといわれており、各国の研究者が南極に集まっている。
南極大陸のほぼ中心、南極点付近にある米国のアムンゼン・スコット基地。
3〜10月ごろの冬には太陽がほとんど昇らず、最低気温はセ氏マイナス80度を下回る過酷な環境にある。ここが気象観測や地質調査などの最先端科学の基地になっている。
国際共同実験「アイスキューブ」は、南極大陸の地下約1500〜2500メートルに埋めた5160個の検出器でニュートリノの証拠を捉える。24時間365日体制でニュートリノを検出する、世界最大の検出装置だ。
ニュートリノから分かることは何だろう。その一つが重力が生じるメカニズムの解明だ。
人間が生活する中で最も実感するのは重力だろう。ただ、この当たり前の存在を理論的に説明することは簡単ではない。
数十年研究され、現代物理学の根幹となる「標準理論」では重力を説明することができない。
素粒子などの小さな物質では重力の影響が非常に弱く、どのように働くのか分かっていない。
ミクロの世界を扱う量子力学と重力を説明する一般相対性理論を統合する理論は「量子重力理論」と呼ばれており、実際に見つかれば、ノーベル賞級の成果になる。
ニュートリノは電気的性質を持たず、光速に近い速さで物質をすり抜けて飛んでいるため、どこを飛んでいるのか把握するのは非常に難しい。
ただごくまれに氷の原子核や電子とぶつかると「チェレンコフ光」という特殊な光が生じ、非常に高性能なレンズでそれを捉えてニュートリノの存在を確認できる。南極の地下深くの氷は透明度が高く、このわずかな光を検出するのに適している。
国内には大型観測施設「スーパーカミオカンデ」もある。アイスキューブ実験に関わる千葉大学の吉田滋教授は「(装置自体が)スーパーカミオカンデの約2万倍大きく、めったに飛んでこないエネルギー量の大きいニュートリノを検出できる。
たくさん捉えられるので多くのデータが集まる」と期待する。
ニュートリノは3種類あり、別のニュートリノに変化する「ニュートリノ振動」という現象を起こしている。
ニュートリノは種類によってアイスキューブでの検出のされ方に違いがある。観測によってニュートリノが飛んできた方向だけでなく種類を特定できる。
銀河系の外から飛んでくるニュートリノでは、理論的には3種類が同じ割合になるはずだが、実際に観測された例はまだない。
デンマークのコペンハーゲン大学はアイスキューブで3種類のニュートリノを捉え、理論通りなのかを調べようとしている。同大学のトーマス・スタッタード氏は「ニュートリノ振動の減衰が見られれば、間接的に『量子重力』の存在を証明できる可能性がある」と話す。
3月の報告では、宇宙から降り注ぐ「宇宙線」が地球の大気に衝突した際に発生するニュートリノをもとにニュートリノ振動の減衰を調べたが、明確な差は見られなかった。
今後は宇宙から直接飛んでくるニュートリノを解析していく。飛ぶ距離が何万倍も長くなると素粒子への重力の影響が現れているかもしれない。
アイスキューブは2005年の観測開始から成果を出してきた。
18年には約40億光年離れた巨大なブラックホールから来たニュートリノを検出した。こうしたニュートリノの発生の仕方などを調べることで、ブラックホールの形や仕組みの解明につながる可能性がある。
アイスキューブは装置を更新する予定だ。
新型の検出器を高密度に埋設し、低エネルギーのニュートリノの検出数を約10倍にするほか、アイスキューブの大きさを約8倍の8ギガ(ギガは10億)トン級にして、データをより集められるようにする。
吉田教授は「今まで見えなかった現象も確認できるようになる。天体やブラックホールの観測も大きく進むはずだ」と期待する。(福井健人)
ニュートリノ
様々な発生の仕方があり、空気中の原子と宇宙線に含まれる陽子などが衝突して発生する大気ニュートリノのほか、太陽の活動や超巨大ブラックホールから発生するといわれる。発生源を調べれば、未知の宇宙現象の解明につながる可能性がある。