将来にわたって宇宙は膨張を続けるのか縮小に転じるのか――。国際研究プロジェクトで過去の膨張の仕方がこれまで考えられていたほどではない可能性が明らかになり、予想していた宇宙の姿がゆらいでいる。
鍵を握るのは宇宙の約70%を構成するほど多くあるのに、正体の分からない「ダークエネルギー(暗黒エネルギー)」だ。
人の体や生物、それに惑星といった物質は様々な原子からできている。
私たちの周りにはそういうものしか見えないが、これらは宇宙を構成するものの5%に過ぎない。27%は宇宙に存在するとされるが正体不明の「ダークマター」といわれるもので、68%はダークエネルギーが占める。
ダークエネルギーは宇宙の膨張が加速している現象を説明するために存在が予想されているもので、正体は分かっていない。
1998年に米物理学者らが特殊なタイプの超新星を観測し、宇宙が加速・膨張していることを突き止めた。こうした現象が起きる条件を考えると、宇宙には膨張を加速させているものがあると予想された。その力を生み出すものをダークエネルギーと設定したのだ。
その正体を探る国際研究プロジェクト「暗黒エネルギー分光装置(DESI)」が2021年から本格的な観測を始めた。
米ローレンス・バークレー国立研究所を中心に世界の70を超す研究機関から900人以上が集まった。DESIは宇宙の銀河などを観測する装置で、5000本の光ファイバーが銀河の出す一つ一つの光を自動で追いかけてつぶさにとらえる。米アリゾナ州のキットピーク国立天文台にある口径4メートルの望遠鏡に取り付けた。
DESIは宇宙に散らばる銀河の地図を作った。銀河や非常に明るい天体「クエーサー」の出す光を対象に、現在から110億年前くらいまでのものを約600万個とらえて位置をしるした。
銀河の放つ光は遠ざかるほど、波長が長い方にずれる「赤方偏移」という現象が起きる。この観測結果と既知の宇宙の距離を測る「ものさし」である「バリオン音響振動」という現象を組み合わせて解析すると、膨張の推移が分かる。こうして地図をまとめた。
24年4月公開の成果は世界を驚かせた。宇宙の膨張の仕方が、従来の標準的な宇宙の理論モデルによる想定とずれていたからだ。膨張が予想よりもゆっくりである可能性が示された。
従来理論の何が変わるのだろう。
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉特別教授は「ダークエネルギーが一定の性質ではなく、変化する可能性があることを示唆している」と解説する。
宇宙の膨張を加速するダークエネルギーの候補の1つとして、真空が一定のエネルギーを持つ可能性が考えられていた。
そうした従来理論では、膨張して宇宙の体積が8倍になるとダークエネルギーも8倍になるはずだった。だが今回の結果では、膨張の程度に比べてダークエネルギーがそれほど増えていなかった。
もし宇宙の膨張の加速がその後も弱まっていくならば、やがては膨張から縮小に転じる可能性がでてくる。ただ今回の測定はあくまで過去の膨張速度を見たもので、将来どうなるかを予測できるものではない。
DESIの観測への期待は大きい。5年間で300万個のクエーサーと3700万個の銀河を観測し、20年代後半には成果をまとめる計画だ。さらに詳細な地図を作ろうとしており、理論とのずれが本当にあるのかが明らかになれば、ダークエネルギーの性質の解明につながる可能性がある。
国内勢が主導する観測計画も進んでいる。東京大学と国立天文台などはハワイ島マウナケア山頂に設置しているすばる望遠鏡を使い、25年から銀河の観測を始めようとしている。
すばる望遠鏡の口径は約8メートルとDESIの約2倍あり、DESIでは難しいより遠くの銀河などを観測することを得意としている。村山氏は「古い時代の膨張を精度よく観測できる。DESIと両輪となり、ダークエネルギーの正体の解明につながるのではないか」と力を込める。
宇宙の未来を知る日はそう遠くないのかもしれない。(福井健人)
宇宙が膨張しているという観測結果は1929年に米天文学者のエドウィン・ハッブルによってもたらされた。「赤方偏移」の変化がより大きいことを示し、宇宙の膨張を明らかにした。
48年には米物理学者ジョージ・ガモフが、初期の小さな宇宙が大爆発を起こして膨張しているという「ビッグバン理論」を提唱した。