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【日本の恥!】4月のドイツ首相の訪日中に、岸田首相がベルリン「慰安婦」像の撤去を求める。ウクライナの苦境そっちのけで、自分の政権維持のために安倍元首相に忖度する岸田首相の姿が見苦しすぎる。

2022年05月12日 | ダメダメ岸ダメ政権

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 岸田首相が2022年4月28日、訪独中にドイツのショルツ首相との会談で、

「慰安婦像が引き続き設置されているのは残念だ。日本の立場とは全く違う」

と伝え、ドイツの首都ベルリン市ミッテ区に設置されている慰安婦像の撤去について協力を求めたことを、5月10日に産経新聞がスクープ。

 

 各社が後追いで報道し、松野官房長官が5月11日の記者会見で、岸田首相がショルツ首相に

「極めて遺憾だ」

と述べたうえで、撤去に向けて協力を求めたと明らかにしました。

 この少女像は2020年9月、在独韓国系市民団体が住宅街の公園前に設置し、日本政府は不適切だとしてドイツ政府に撤去を働きかけていたもの。

 そして、松野官房長官は

「いまだ、像の撤去に至っていないことは極めて残念だ。引き続き、さまざまな関係者にアプローチし、わが国政府の立場について粘り強く説明を行うとともに、像の速やかな撤去を求めていく考えだ」

と述べました。

 

 産経新聞は日本の戦前の蛮行を直視せず、これを歪めて日本を美化する運動を「歴史戦」と称して推進している新聞。

 その産経新聞が「スクープ」したということは、もちろん岸田首相の側近が産経新聞に情報を流して書かせたんでしょうし、その意図は岸田政権の命運を握る右翼の安倍元首相に忖度してすり寄る意図なのは明らかでしょう。

 それにしても、ロシアがウクライナに侵略しているからこそ行われたドイツ首相の訪日の最中に、民間団体が慰安婦像を設置しているのがけしからんという話を首脳同士で持ち掛けるだなんて、本末転倒というか物事の軽重がわかっていないというか、外相を長く務めた岸田氏の国際感覚のなさは情けない限りです。

岸田文雄外相は2015年12月28日に韓国・ソウルで、同国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相との共同記者会見を開き、従軍慰安婦の問題について、「両国が受け入れられる合意を導き出すことができた」と述べ、両政府が合意したことを明らかにした。

「従軍慰安婦問題」日韓政府最終合意。しかし道半ば。一番大切なのは元「慰安婦」の方々を癒すこと。

 

 

 そもそも、現代社会で軍隊に性的奴隷を制度的に従軍させるなんて言う恥ずかしいことをしたのは日本のほかはほとんど例がなく、恥ずかしすぎるから教科書では「従軍」慰安婦とは言わせないとか、「慰安婦」自体を扱わせないとか、隠そう隠そうとするから韓国民は世界に知らせよう知らせようとするわけですよ。

 旧日本軍の蛮行を隠蔽する策動を「歴史戦」と呼ぶなら、これほど敗北必至の戦いはほかにありません。

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国連人権高等弁務官「日本軍の性奴隷制度を生き抜いた慰安婦だけが、真の償いを受けたかどうかを決める」

杉山外務省審議官が国連の委員会で「慰安婦」強制連行はねつ造と主張するも、性奴隷でない説明はできず。

日本と合意してから元「慰安婦」の方々に会いに行く、韓国政府のボタンの掛け違いがはなはだしい。

安倍首相の「私たちの子や孫に謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかない」のピンボケと反省のなさ。

加害国なのに被害国に「誠意」を求める安倍首相。ならば少女像にずっと見守ってもらった方がいい。

   

目の前でウクライナがロシアに侵略され、市民が殺戮されているのに、先の大戦での自国の恥すべき行為を明るみにしないでと頼んでいる我が国の首相のみじめな姿が情けなさすぎます。

しかもそれが大日本帝国と三国同盟を結んで世界大戦を引き起こした事実と向き合い、深く反省しているドイツの首相に対してお願いしているのですから、二重三重に恥ずかしいです。

ただし末尾の記事にあるように、ナチスドイツも軍専属の売春施設を設置しており、戦後のドイツもその問題にだけは向き合えていません。

いかに性奴隷の問題が恥ずべき事かという事を示しています。

日本とドイツが人道を無視し人権を蹂躙する全体主義国家同士だからこそ、制度的な戦時性奴隷施設を持つような罪も犯せたのだと思うと、日本の首相がドイツの首相に今、「慰安婦」像の撤去を求めたという報道には、なおさら暗い気持ちにさせられます。

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〈独自〉岸田首相、独首相にベルリンの慰安婦像撤去を要請

会談を前に岸田文雄首相(右)と握手を交わすドイツのショルツ首相=4月28日午後7時10分、首相官邸(酒巻俊介撮影)

岸田首相はドイツのショルツ首相との会談で「慰安婦像が引き続き設置されているのは残念だ。日本の立場とは全く違う」と伝え、像撤去に向けた協力を求めた。

首相が像撤去を直接要請するのは異例だ。政府関係者は「これまでもさまざまなレベルで撤去を働きかけてきたが、首相が伝えれば強いメッセージになる」と事態の打開に期待を寄せる。

ミッテ区の慰安婦像は、ドイツの韓国系市民団体「コリア協議会」が中心となって2020年9月25日に区の公用地に設置された。日本政府はドイツ側に撤去を働きかけ、同10月にミッテ区長は撤去命令を出した。しかし、市民団体側の巻き返しにより撤去命令は撤回。区は像の設置許可を1年間とし、昨年8月には設置期間をさらに1年間延長することが決まった。

慰安婦像の台座には「第二次大戦中、日本軍はアジア太平洋地域の無数の少女や女性を強制連行し、性奴隷にした」などと事実に反する記載がある。市民団体側は像の永続設置を目指し、ミッテ区議会などへのロビー活動を継続している。

外務省幹部は「事実に反する記載を放置するわけにはいかない。市民団体側の働きかけもあるので一筋縄にはいかないが、総力戦で撤去の実現を目指す」と語る。

 

 

独の慰安婦像、根本解決には韓国焦点 独政府も撤去困難

ベルリン市ミッテ区に設置されているのと同型の慰安婦像=韓国・ソウル

会談で像撤去を訴えた首相に対し、ショルツ氏の反応は芳しいものではなかった。ショルツ政権は対日関係を重視するが、像はミッテ区が管轄しており、独政府として介入できる余地は少ないためだ。

そのミッテ区議会は緑の党をはじめとする左派勢力が多数を占め、昨年9月の区議選でも議席は維持された。人権などを重視する傾向が強く、像設置を主導した韓国系市民団体「コリア協議会」にとってはロビー活動を展開しやすい状況が続く。

自民党からは「政府が情報収集を通じて設置を未然に防ぐべきだ」との声が上がる。ただ、近年は市民団体側も動きを「ステルス化」(外務省幹部)させており、各国の市や区議会レベルの動きを全て事前に把握するのは難しい。

ある政府関係者は「慰安婦問題が根本的に解決しない限り『もぐらたたき』は続く」と語る。韓国政府と市民団体の直接の関係はないとされるが、韓国側が慰安婦問題を政治利用してきた姿勢が、各国の市民活動に通底していることは否定できない。10日に発足した韓国新政権は日本との関係改善に意欲を示すが、行動が伴わなければ友好は望めない。(石鍋圭)

 

 

ドイツの首都ベルリンに韓国系の市民団体が設置した慰安婦問題を象徴する少女像について、先月、岸田総理大臣がドイツのショルツ首相と首脳会談を行った際、「極めて遺憾だ」と述べたうえで、撤去に向けて協力を求めたことが分かりました。

おととし9月、ドイツの首都ベルリンのミッテ区で、韓国系の市民団体が慰安婦問題を象徴する少女像を住宅街の公有地に設置し、ベルリンの日本大使館が早期の撤去を求めています。
これについて、松野官房長官は午後の記者会見で、先月、岸田総理大臣がドイツのショルツ首相と首脳会談を行った際「極めて遺憾だ」と述べたうえで、撤去に向けて協力を求めたと明らかにしました。

松野官房長官は「いまだ、像の撤去に至っていないことは極めて残念だ。引き続き、さまざまな関係者にアプローチし、わが国政府の立場について粘り強く説明を行うとともに、像の速やかな撤去を求めていく考えだ」と述べました。
 
 
 

ベルリンの慰安婦像撤去、岸田首相が要求 4月の日独首脳会談で

松野博一官房長官

 松野博一官房長官は11日の記者会見で、独ベルリン市のミッテ区に慰安婦を象徴する少女像が設置されている問題について、4月28日に首相官邸で開かれた日独首脳会談で岸田文雄首相がショルツ首相に「極めて残念である」と伝え、改めて撤去を求めたと明らかにした。ショルツ氏側の返答については「外交上のやりとりだ」として、明らかにしなかった。

 松野氏は「政府としてはこれまでも関係者に対し、わが国の立場を説明してきたが、撤去に至っていないことは極めて残念だ。引き続き、像の速やかな撤去を求めていく」と述べた。【村尾哲】

 

 

独ベルリン、慰安婦像の撤去保留を決定

 発信地:中国 [ 中国 中国・台湾 ]独ベルリン、慰安婦像の撤去保留を決定
 
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ベルリンに設置されている慰安婦像(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News
  • ベルリンに設置されている慰安婦像(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News
  • ベルリンで慰安婦像を見つめる通行人(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News
  • ベルリンで慰安婦像を見つめる通行人(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News
  • ベルリンの慰安婦像の足元に置かれた「(銅像の)設置を続けるべきだ」と書かれたプラカード(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News
  • ベルリンに設置されている慰安婦像(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News
  • ベルリンに設置されている慰安婦像(2020年10月15日撮影)。(c)Xinhua News

【10月17日 Xinhua News】ドイツのメディアによると、同国の首都ベルリンの裁判所がこのほど、市内に設置された慰安婦の銅像について、韓国の民間団体と地元の人々の抗議活動を受け、当面の設置継続を認める判断を下した。慰安婦像は市中心部のミッテ区に設置され、9月末に除幕式が行われた。(c)Xinhua News/AFPBB News

 

 

 
ベルリン市ミッテ区に設置された少女像=2020年10月9日、念佛明奈撮影

 ドイツの首都ベルリンの公有地に、慰安婦を象徴する少女像が建てられ、除幕式が行われたのは2020年9月のことだった。日本側の反発を受けて地元の区当局はいったん撤去を検討したが、韓国系市民団体などの設置継続を求める声に押され、当初の予定通り1年の期限付きで残ることが決まった。日本で強い反発を受ける少女像が、ドイツでは受け入れられたということか。そうだとすれば、なぜなのか。答えを探るうちに、戦後補償問題において世界的に「優等生」と目されるドイツで、まだ十分に議論されていない問題が浮上してきた。<picture>ベルリン市内地図</picture>

ベルリン市内地図

意外に知られていないドイツの負の歴史

 少女像が建てられたのはベルリン市のミッテ区。中心部に位置しながら、観光名所のブランデンブルク門などからは少し離れた静かな住宅街だ。近所に住む私は20年10月以降、何度か現場に足を運んだ。この問題について、どう考えたらいいのかと気になっていたからだ。

 像を見ると、正直なところ、複雑な気持ちになった。なぜドイツにこの像が建てられたのだろう、と。像を眺める周囲の人が私に向ける視線も気になる。「あなたは韓国人? 日本人? どっち?」と問われているような気になったのかもしれない。

 そのもやもやした違和感を解消するかのように語ってくれたのが、ドイツ人の日本史学者、ボン大学のラインハルト・ツェルナー教授(59)だった。日韓関係に詳しい専門家として、私は1月、ツェルナー氏にコメントを求めた。すると「この像の形は誤解を招くため、(少女像設置には)賛成しません。でも日本人は耐えなければならないでしょう」との回答があった。耐えなければならないとはどういうことなのか。私は3月に改めてツェルナー氏にオンラインでインタビューし、尋ねた。すると、ツェルナー氏はまずこう説明した。

<picture>ラインハルト・ツェルナー氏=本人提供</picture>

ラインハルト・ツェルナー氏=本人提供

 「慰安婦問題をどう考えるかは別として、おそらく大抵の日本人がこの像を見ただけで反感を持つでしょう。そして『若い朝鮮人の女性』の像では、日韓を超えた(世界的な広がりのある問題としての)アピールにならず、性暴力問題全般を広く訴えるのに適していません。だからこの形の慰安婦像をベルリンに建てることには、賛成できません」

 ツェルナー氏は16歳で始めた柔道をきっかけに日本に興味を持ち、大学では歴史学の傍ら日本史を学んだ。1983年には初めて日本に留学した。実はその年に韓国も初訪問しており、日韓史の専門家である。日本と朝鮮半島について、事実に基づく建設的な関係の構築を提唱してきた。

 少女像がドイツに設置されたのは今回のベルリンが3件目だ。この他に、日本側の反対を受けて設置されなかったケースもある。南部フライブルクでは16年、姉妹都市の韓国・水原市の提案を受けて像の設置を検討したが、同じく姉妹都市の松山市などの反対を受け、設置は見送られた。

 ツェルナー氏は16年当時、日韓間の論争が像設立を通じて国際社会に「輸出」されていると指摘し、他の地域で代理戦争をしても意味がないとの見解を示していた。それだけに今回、先述の言葉に続いてこんな指摘をしたことに私は驚いた。

 「しかし、日本で慰安婦問題を自由に議論できないうちは、日本人はこのような像が設置されることに耐えなければならないでしょう」

 彼の考えが変わったのは、2年前に日本で起きたある事件だったという。19年に愛知県で開かれた芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展に少女像が展示された問題である。少女像の展示をめぐり、抗議や脅迫が殺到し、展示開始からわずか3日目で中止となったことは記憶に新しい。この一件をめぐる日本国内での動きを見て、現在の日本では慰安婦問題について自由な議論ができる環境にないと感じたそうだ。そして、自由に議論できないうちは、海外に像を設置する市民運動を支持するしかないと考えるようになっていった。

 とはいえ、ツェルナー氏は今も日本を批判的にばかり見ているわけではない。インタビューでは他にも聞いておきたいことがあった。ツェルナー氏が1月にコメントとして寄せてくれた意外な話についてである。それは、日本でほとんど知られていない負の歴史だった。

 「実はドイツも、第二次大戦中に行われた性暴力を十分に埋め合わせていないのです」

 ドイツの歴史学者ロベルト・ゾマー博士によると、ナチスは1942~45年、アウシュビッツ(ポーランド)など計10カ所の強制収容所内に「売春施設」を設置した。収容所内でよく働いたと評価された収容男性には、「報奨」として女性専用の強制収容所から連れてこられた収容女性との性交渉を許可した。被害を受けたのは、当時のドイツやポーランド、ソ連出身の女性たちだった。

 戦後、被害女性の多くは、ナチスの協力者と非難されることを恐れて口を閉ざしたため、被害の実態解明は進んでいない。彼女たちは賠償や補償、謝罪を受けられないまま亡くなったとみられている。ドイツ兵は当時、ソ連の占領地域で軍専用の売春施設を設置してもいた。

 「こうした事実はここ10~15年の間に、研究者の間では議論されるようになりましたが、一般のドイツ人は何も知りません。もちろん補償もされていません」とツェルナー氏は明かす。

 ドイツはナチス時代のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)については過ちを認め、繰り返し謝罪している。こうした姿勢などから、世界的に負の歴史を克服するモデルとして取り上げられることが多い。それなのに、なぜ性暴力の問題は取り残されてしまったのだろうか。

 「恥ずかしいことですが、戦後、女性への戦時性暴力の責任をドイツに問う声は誰からも上がりませんでした。犠牲になった女性を代表する団体がなかったからです」

 ツェルナー氏は、自国の取り組みの不十分さを指摘しつつ、慰安婦問題へのこれまでの日本の取り組みを一定程度評価する。そのうえで、ドイツに歴史的な記憶を共同研究することを持ちかけてみてはどうか、と提案する。「日本側から、あなたたちは(ホロコーストへの補償問題などの)分野で成功したとみられている。でも、女性に対する性暴力問題にはまだ取り組んでいないでしょう?とアプローチすれば、ドイツ側もおそらく建設的に反応すると思います」というのである。

 例えば日独両政府が正式に認めた調査会で、専門家が戦時性暴力について共同で研究し、解決法を探る。方法論や最終的な成果のまとめ方については、専門家に任せて政治は口出ししない。そんな手法で、日本がドイツとともに女性に対する性暴力問題に取り組むことは、日独双方にとってメリットがあるというアイデアだ。「ドイツが一緒に解決案を提示することで、(研究の成果は)韓国や中国にとっても受け入れやすくなるのではないでしょうか」

温度差の正体は……

 ここで、少女像が1年の期限付きで残ることになった経緯を簡単に振り返る。

 少女像がベルリンに設置され、除幕式が行われた直後、加藤勝信官房長官は記者会見で、「政府として、撤去に向けてさまざまな関係者にアプローチし、わが国の立場を説明するなど引き続き働きかけを行っていきたい」と述べた。茂木敏充外相もマース独外相とのテレビ協議で撤去を働きかけたとみられ、その後の記者会見では「東西分裂から生まれ、さまざまな人が行き交い共存するベルリンの街に、そういった像が置かれることは適切ではない」と撤去を強く求めた。

 設置場所を管轄するベルリン市ミッテ区はこうした日本側の申し入れを受け、「政治的、歴史的に複雑な日韓対立をドイツで扱うのは不適切だ」と設置者にいったん撤去を求めた。

 これに対し、強く反発したのは韓国系移民だけではなかった。女性団体のほか、芸術家や一般のベルリン市民からも「言論の自由、芸術の自由の侵害だ」と非難する声が上がったのである。撤去に反対する公開書簡には、幅広い分野の大学教授たちが署名を寄せたほどだった。

 こうした反応を現地で見た私は、少女像の問題はあくまで日韓間の問題だと捉える日本側とは、温度差があるように感じた。そこで、日本社会に詳しいドイツ人の専門家に、この温度差について尋ねてみた

<picture>ドロテア・ムラデノバ氏=本人提供</picture>

ドロテア・ムラデノバ氏=本人提供

 日本の「終活」を専門に研究し、ベルリン市民と少女像の関係にも関心を持つライプチヒ大東アジア研究所研究員(日本学)のドロテア・ムラデノバ氏(34)が、書面で質問に答えてくれた。

 ムラデノバ氏は、ベルリン市民は少女像設置について、過去の歴史を次世代へ語り継いでいこうという「記憶文化」だと受け止めたと分析する。その記憶文化に対して、日本政府が圧力をかけた構図が、ベルリン市民が反発した要因だと指摘した。

「例えば、国際的な市民団体がヒロシマの原爆犠牲者の記念像をベルリンに設置した。これに対して、米政府がドイツ政府やベルリン州政府に抗議した。こう想像すると、ドイツ社会の困惑を理解しやすいかもしれません」

 ただ、少女像を設置したのはコリア協議会の韓国系移民が中心だったはずだ。国際的な市民団体と言えるかどうか、疑問が残る。なぜ国際的な市民団体という表現を使ったのだろうか。

 「コリア協議会には、韓国以外にもドイツや日本、コンゴ、フィリピンなど幅広い国々出身のメンバーがいます。協議会は像の設置前から地域の少年少女と戦時下の性暴力について話し合う教育活動に取り組み、スーダンやアフガニスタンの女性団体とも協力してきました」。名は「コリア」でありながら、実はさまざまな国の出身者がいる国際的な団体だというのである。ムラデノバ氏はこう続けた。

 「少年少女の一部は外国からドイツに逃れてきています。逃れてくる前に、性暴力被害にあった可能性もあります。(少女の)ブロンズ像は、教育活動の一環として、彼らが戦争犯罪について語る場となりえます。彼らは自分自身の経験を明らかにすることで、(自身の考えや気持ちを)整理することもできるようになります。日本政府が少女像に反対することは、この教育活動に反対することにもなる。それがドイツ市民を困惑させています」

 少女像が象徴する被害者については、「韓国の少女」に限らず、第二次大戦中に多くの国々で被害に遭った女性全般と捉える考え方があることは私も知っていた。ムラデノバ氏は、過去だけでなく現在にも存在する戦時性暴力の被害者たちともリンクしているという視点でとらえていた。

 ムラデノバ氏はツェルナー氏同様、ドイツで戦時性暴力が議論されてこなかったという認識を持つ。それだけに、少女像設置がドイツで話題になった影響は大きかったという見方を示した。「像が設置されたことで戦時性暴力の問題は広く人々に知られるようになりました。戦時性暴力問題に取り組むことへの関心が広がっています」。こうした背景が、設置を受け入れるドイツ人が少なくない理由なのかもしれない。

 少女像設置後、日本外務省はホームページで、慰安婦問題に関する政府見解について新たにドイツ語訳を公開した。政府見解には、慰安婦を含む請求権問題について日本側が解決済みという根拠にしている日韓請求権協定や、元慰安婦に「償い金」を支給したアジア女性基金に関する説明のほか、「日本政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」「『性奴隷』という表現は事実に反する」との主張も盛り込まれている。

 ベルリンの少女像撤去を求める動きは、日本の自治体レベルにも広がった。ミッテ区と友好都市の関係にある東京都新宿区はミッテ区長に対し、「両都市の友好にとって有益な結論」を出すよう求めた。ドイツ在住の日本人や、ミッテ区への青少年派遣事業に参加を希望する新宿区民から、日本人に対する差別を恐れる投書が相次いでいると書簡で訴えたのだ。名古屋市の河村たかし市長もミッテ区長宛ての書簡で、あいちトリエンナーレに対する負担金を名古屋市が一部不交付としたことを紹介。「このまま像が設置されれば日独の友好関係に大きな損害となる」と像の撤去を要求した。

 こうした動きは、いずれも少女像の問題を日韓2国間の問題ととらえ、ドイツ側の理解を得ようとする試みだといえる。しかし、「像は日本政府に対する戦いではなく、地元市民との建設的な議論への招待」(ムラデノバ氏)だとすれば、ドイツの世論とはそもそもの出発点が違っており、話はかみ合わないのではないだろうか。

ヒントの一つは日本にあった

 ベルリンの少女像の設置期限は21年秋に切れる。その後の像の取り扱いについては決まっていない。在ドイツ日本大使館は「日本政府としては正当な評価を受けられるよう、引き続き関係者に対して我が国の立場やこれまでの取り組みについて説明していく」との立場だ。在独韓国大使館は「民間の事柄」として関わらない方針を示す。

 コリア協議会のナタリー・ハン会長は現在、少女像にドイツ語と英語で刻まれている「日本軍がアジア太平洋地域の少女や女性を強制連行し性奴隷にした」という碑文について、旧日本軍だけでなく戦時性暴力全般を扱うような方向で修正することに前向きな姿勢を示している。20年12月、私の電話取材に対し、「協議会ではベトナム戦争に参戦した韓国兵によるベトナム女性への暴行や、ナチスの売春施設などもテーマとして扱っています。慰安婦問題への取り組みは反日本で行っているのではありません。(被害者である)女性が勇気を持ってタブーを語るという観点からこの問題に取り組んでいることを、日本の人たちにも知ってほしい」と語った。

 同じく20年12月、ミッテ区は毎日新聞の取材に「(区長に裁量はないが)フォンダッセル区長は期限後について、より大きく多面的な文脈で性暴力について伝えるような、後続の(他の)記念碑を建てる道もあるのではないかと考えています」とメールで答えた。

 ミッテ区の回答と私自身の頭の中でつながったのは、「ほかにもオプションはあります」と言ってツェルナー氏が見せてくれた一枚の写真だった。千葉県館山市にある「噫(ああ)従軍慰安婦」と刻まれた石碑だ。85年に日本人牧師が、従軍慰安婦を経験した日本人女性の告白を聞き、元慰安婦のために建てた鎮魂の碑だという。<picture>「噫(ああ)従軍慰安婦」と刻まれた千葉県館山市の石碑=ラインハルト・ツェルナー氏提供</picture>

「噫(ああ)従軍慰安婦」と刻まれた千葉県館山市の石碑=ラインハルト・ツェルナー氏提供

 少女像の前に立つ時の思いが複雑であることに、今も変わりはない。ただ、この像がベルリンでおおむね受け入れられているというのは事実である。私も含め、日本の市民はツェルナー氏が見せてくれたこの石碑から、問題解決への新たなヒントが得られるのではないか。そんな気がしている。

 

 

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