不条理み○きー

当面、きまぐれ一言法師です

「じゅぶないる」

2006年11月09日 23時35分29秒 | Tokusatsu

 本来の意味は少年期。
 転じて児童文学の意味で使われている。




 最初から、「大人の娯楽」として作られていた「ゴジラ」に対して、「ガメラ」は、第一作から「子供」に対しては「味方」という図式が組み込まれていた。

 TVでの特撮シリーズの成功が、逆に「怪獣」作品=子供向けという図式を強めることになり、「ゴジラ」でさえ「子供の味方」へと「凋落」していく中で、当初からその図式を内包していた「ガメラ」は、加速度的に「お子様映画」への転身を図り、第4作「ガメラVSバイラス」の時点で、
「ガメラは子供の味方さ」
という台詞と、
「ガメラー、ガメラー、強いぞガメラ、強いぞガメラ、強いぞガメラ~」
というマーチと共にその地位を固めてしまう。
 以降の「ガメラ」シリーズは、どうしても「お子様ランチ」的なイメージがあり、色々と盛り込んである割りには、どれも「本物」ではないような感じを受けた物だ。

 ある意味、その「お子様ランチ」のイメージを払拭することが「平成ガメラ」に課された課題であり、かつそれが成功したが故に「一般受けした怪獣映画」と成り得たのだと思う。

 だからといって、「平成ガメラ」が、実際には「子供の味方」という図式を「消し去った」訳ではない。
 確かに見た目は、かなりシリアス風な映像に生まれ変わった「平成ガメラ」ではあったが、ガメラと心を通じた浅黄の存在や、吊り橋で身を挺して助けた少年の存在を通じて、「子供の味方」であることはアピールされていて、そのスタンスは、2作目、3作目にもしっかりと受け継がれている。

 そう、基本的に、「ガメラ」シリーズの特徴として「子供の味方」という属性は外せない物になっているのだ。

 そこで、その「子供の味方」という属性を主軸として、「お子様ランチ」ではない「子供向け」の作品を作ろう!と言うことで進められたのが、この「小さき勇者たち ~ガメラ~」なのである。

 この映画の狙いは
「はじめて怪獣映画を見る子供たちに、怪獣映画の楽しさを判って欲しい」
という事だという。

「え?だって、今は特撮物はブームだし、戦隊物やライダーも定期的に映画化されているし、ウルトラマンだって頑張ってるでしょ?」

 そう言う方もいるかも知れないけれど、単に昼ドラ化した特撮や、やはりアイテムてんこ盛りの「お子様ランチ」ではない、そういう「怪獣映画」を作ることには意味があったと思う。

 残念ながら、内容は良かったと褒められているにもかかわらず、この「小さき勇者たち」も、興行は今ひとつだった。

 でも、昔、怪獣が大好きで、映画館でドキドキしながらスクリーンを見つめていた人は、絶対に見て欲しい。
 そうすれば、「はじめて怪獣映画を見る子供たちに、怪獣映画の楽しさを判って欲しい」という言葉の意味がわかって貰えると思う。

 もし、お子さんのいらっしゃる方は、一緒にご覧になって感想を聞いてくださいね。
 その時、お子さんの目がきらきらしていたら、作成者の思いが少しでもお子さんに伝わっているのだと思います。


 


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