
暴力化する2024年「アメリカ大統領選挙」トランプ支持者による脅迫と脅しが急増。2つのシンクタンクが警告する眼前の危機とは?=高島康司
水面下で進む米大統領選挙の暴力的な対立の状況をお伝えしたい。いまは、嵐の前の静けさなのかもしれない。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
トランプが出馬できるかどうかは連邦最高裁判所の判決次第
いま米大統領選挙に向けて水面下で進みつつある暴力化の動きについてお伝えしたい。これから大きな変化が迫っているのかもしれない。
あいかわらずアメリカでは、米大統領選挙に関連した混乱が続いている。昨年末、コロラド州とメーン州の最高裁判所は、来年の同州大統領選でトランプの出馬資格を認めない判断を示した。これは、2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件を巡り、トランプが大統領選で不正を巡る虚偽の主張を拡散し、議員による選挙結果認定を阻止するため連邦議会に行進するよう自身の支持者に呼びかけて反乱を扇動したと結論づけたことによる。
ちなみに南北戦争終結時、南部支持州の代表者が高い公職に就くことを防止するために、当時の米議会は憲法修正第14条3項を制定した。これは、米憲法に宣誓した公職にあったものが、アメリカへの反乱に関与した場合、公職に就くことを禁じた条項だ。コロラド州とメーン州はこの条項をトランプに適用したのだ。
もちろんトランプがこれを受け入れるわけはない。1月2日、トランプはメーン州の判断を不服として上訴した。現在トランプはこの他にも3つの訴訟を抱えているおり、敗訴すればいずれも上訴するので、トランプが大統領選に出馬できるかどうかは、米連邦最高裁判所が決定することになる。これにはしばらく時間がかかる見通した。
またトランプは、大統領であった自分には免責特権があり、刑事訴追されないと主張している。これから控訴裁判所で審議が始まるが、最終的には連邦最高裁判所の判断になると思われる。
水面下で増大する政治的な脅迫と脅し
このような状況を見ると、2024年の大統領選挙は前回の2020年と比べると混乱の少ない選挙になるような印象を受ける。まだ記憶に新しいと思うが、2020年にはアメリカの5,600都市で人種差別に反対する「BLM運動」が盛り上がり、それに反対するトランプのコアな支持者と衝突し、死傷者も発生した。トランプを支持する極右は過激化し、武装化した。
そのような状況のまま、2021年1月6日の連邦議会議事堂占拠事件に突入していった。2024年を見ると、このような2020年当時の混乱とは大きく異なっているように見える。トランプと民主党の激しい対立は裁判所に移動し、国民が暴力的に対立する状況はかなり緩和しているようだ。
しかし、このように見えるのは表向きだけだ。水面下で起こっていることに注目すると、いまは嵐の前の静けさのような状況であることがよく分かる。
最近のワシントン・ポスト紙とメリーランド大学の世論調査によると、回答者の36%がいまだにバイデンの勝利を正当なものとして認めていない。トランプ支持者の10人に8人、共和党員全体では72%が、この連邦議会議事堂突入事件はあまりに大きく取り上げられすぎており、「前に進むべき時」だと考えていると答えた。これに対し、民主党支持者はわずか14%だった。
また、トランプが選挙を不正に覆そうとするために嘘をついたと非難する「米国を欺くための共謀罪」に問われるかどうかについても、回答者の意見は大きく分かれた。アメリカ人全体の56%が、トランプは共謀罪で「おそらく/間違いなく有罪」だと思うと答えたが、共和党員でこれに同意したのはわずか18%で、民主党員の88%を上回った。
このような分断の中で広まっているのは、議員に対する脅迫と脅しである。2016年に「議事堂警察」が記録した議員に対する脅迫は900件に満たなかった。しかしトランプの大統領就任後の2017年には、この数字は4倍以上になった。脅迫の対象になっているのは、トランプの支持には消極的な共和党議員である。
この数字はトランプ大統領就任後毎年増え続け、2021年には9,700件とピークに達した。バイデンの任期最初の年である2022年には、7,500人にまで減少した。2023年のデータはまだ発表されていないが、下院共和党の議長争いやイスラエルとハマスの対立の際に議員に対する脅迫が急増したことから、2022年の数字よりも増加する可能性は十分にある。
議員たちはこうした脅迫を深刻に受け止めている。9月、ワシントンポスト紙の3人のジャーナリストが調査し、上下両院の候補者が警備にいくら費やしているかを評価した。その結果、2020年から2022年の間に全体で500%増加していることが判明した。
殺害予告はワシントンの政治家だけに向けられたものではない。市長、連邦裁判官、選挙管理者、公衆衛生当局者、さらには教育委員会メンバーに対する脅迫が異常なレベルであることがデータで示されている。これは今までに見たこともない状況だという。
やはり、過激化して殺人予告や脅迫を行っているのは、ハードコアなトランプの支持者である。もちろん、「Qアノン」の信奉者も多い。民主党は党全体がトランプとトランプ主義に反対しているため、個々の党員が反トランプの立場をとっても、トランプ支持者の怒りを買う可能性は低い。
これとは対照的に、トランプ主義に異を唱える共和党議員個人は、保守派や極右のメディアで即座に特別扱いされ、ナンシー・ペロシ下院議員のような一握りの「最も嫌われている」民主党議員にだけ向けられるような極端な怒りを集める。
こうした理由から、暴力の脅しが、共和党の支持層から発せられると、共和党に対して独特の効果を発揮している。脅迫は何よりも、トランプの支持に消極的な共和党議員を懲らしめるために使われている。トランプ主義者が歩ませたいどんな一線にも彼らを従わせるために、脅迫や殺人予告が使われているのだ。
そしていま、特に脅威のレベルを上げる可能性の高い選挙シーズンに突入している。前回の大統領選挙サイクルでは、公務員に対する脅迫は選挙戦の重要な局面で増加する傾向があった。地方の選挙関係者に対する脅迫は2020年11月の選挙前後にピークを迎え、国会議員に対する脅迫は1月6日前後に急増した。ありがたいことに、いずれの期間も殺害される議員はいなかったが、それはたまたま幸運だったからに過ぎない。
しかしもし、これら連邦最高裁判所がトランプの立候補を阻止するような判決を出すようなことにでもなれば、トランプ支持者の怒りは爆発し、2020年から2021年1月6日の連邦議会議事堂突入事件までの規模を上回る暴力の爆発になる可能性はある。
2つのシンクタンクの警告
こうした可能性をリアルに表しているのが、最近発表になった2つの著名なシンクタンクのレポートだ。どちらの機関も2024年における世界のリスクを警告するレポートを発表した。
その1つは米外交政策には大きな影響力を持つ「外交問題評議会(CFR)」である。1日3日、ここは「予防優先順位調査 2024(Preventive Priorities Survey 2024)」を発表した。これは2024年に世界で脅威となるリスクを緊急性とインパクトが大きい第1層(Tier1)、中間のリスクの第2層(Tier2)、そしてリスクとインパクトの比較的に低い第3層(Tier3)の3つに分けて、2024年に世界が直面する危機を分かりやすく表示したレポートだ。全文は以下でダウンロードすることができる。
・Preventive Priorities Survey
https://cdn.cfr.org/sites/default/files/report_pdf/CFR_CPA_PPS24.pdf
このレポートでは、大統領選挙が行われるアメリカは、ウクライナやガザと同レベルのもっともリスクが高くインパクトが大きい第1層(Tier1)になっている。そのリスクは次のように表示されている。
特に2024年の大統領選挙の前後で、米国における政治的偏向の高まりが、国内テロや政治的暴力行為につながる。国家または非国家主体による、選挙システムを含む米国の重要インフラに対する破壊的なサイバー攻撃が増大する。
これとほぼ同じような予測をしているのが、「ユーラシア・グループ」だ。ここは、特に民主党政権の政策に強い影響力を持つ有力なシンクタンクだ。また、ウォールストリートとも関係が深い。ここは2011年から「世界リスクレポート」を出しており、世界的に注目を集めている。最新版はここで読める。
・TOP RISKS 2024
https://www.eurasiagroup.net/issues/top-risks-2024
ここもアメリカ国内の混乱を、2024年に起こる世界の10大リスクの1つにしている。アメリカのリスクの全文はここで読むことができる。
Risk 1:United States vs itself
https://www.eurasiagroup.net/live-post/risk-1-the-united-states-vs-itself
まずこのレポートには次のようにある。
アメリカの軍事力と経済力は極めて強力なままであるが、その政治システムは他の先進工業民主国家のそれよりも機能不全に陥っている。そして2024年にはさらなる弱体化に直面する。アメリカ大統領選挙は、アメリカの政治的分裂を悪化させ、過去150年間経験したことのないほどアメリカの民主主義が試され、国際舞台におけるアメリカの信頼性を損なうだろう。
米国の政治システムは著しく分裂しており、その正当性と機能性はそれに応じて低下している。議会、司法、メディアといった中核機関に対する国民の信頼は歴史的低水準にあり、分極化と党派性は歴史的高水準にある。そこにアルゴリズムによって増幅された偽情報が加わり、アメリカ人はもはや国家と世界に関する共通の定説を信じていない。
さらに、次のように言う。
二大政党の大統領候補は、大統領にふさわしくない人物ばかりだ。ドナルド・トランプ前大統領は数十件の重罪に直面しており、その多くは在任中の行動に直接関連している。最も重大なのは、自由で公正な選挙結果を覆そうとしたことだ。安定し、十分に機能している民主主義国家であれば、2024年の選挙戦は主にこれらの問題に関して行われるはずだ。現在の米国は、それとはほど遠い。一方のジョー・バイデン大統領は、2期目終了時には86歳になる。大多数のアメリカ人は、どちらも国のリーダーにはしたくないと思っている。
そして、トランプが敗北した場合は最悪な展開になると主張し、次のように言う。
民主党が地滑りを起こさない限り、共和党はバイデン氏の勝利を違法と見なし、選挙が「盗まれた」あるいは政治的動機に基づく捜査によってトランプの選挙運動が困難になったと主張する構えだ。(中略)アメリカの政治的分裂は深まり、赤対青の州、市、町への分断が加速するだろう。
最後に、トランプが勝利した場合、なにが起こるか予測して次のように言う。
「ディープ・ステート」を一掃したトランプは、法の支配を破ることにあまり制約を受けなくなるだろう。彼の最初の仕事は、FBI、司法省、IRSを武器にして、自身とその同盟者に対する手続きを妨害し、政敵を迫害することだろう。バイデンとその家族もその対象になるだろう。(後略)。
トランプの勝利は、分裂国家アメリカの危機をさらに深化させる方向に動き、トランプの独裁的な支配になるのではないかという予測だ。
さて、このように見ると、いまのアメリカの状況は嵐の前に一瞬やってきた静けさのように見える。だから、トランプの立候補資格の剥奪などの判決が最高裁より出れば、トランプ支持者の暴力的な反抗が起こるのではないかと思う。民主党には「ネバートランプ派」と呼ばれる絶対にトランプを受け入れないグループがある。いま、彼らの過激化も伝えられている。トランプ支持者の動きは、暴力の応酬をエスカレートさせる可能性が高い。
選挙が行われる11月5日まで、とにかく要注目だ。