宮本輝「流転の海 第一部」

              

 「錦繍」に感動した後、評判のいい宮本作品のうち未読の小説を読んでみることにしました。まずは「ドナウの旅人」です。ヨーロッパを舞台にしたちょっと変わった設定、読み進めたのですが150ページで一旦中断することにしました。最高傑作と評する人もいるのでここからが本番だと思うのですが、迷ったらとりあえず止めることにしています。

 引き続き手にしたのは「流転の海」です。作者の自伝的作品という父と子の物語です。こちらは面白かった。これぞ夢中になる最高のオモシロ本です。こういうどっぷりと物語に浸れる本だと、先を急がずにゆっくり読んでしまいます。戦後の大阪で事業を再興させようと奮闘する豪快な男、松坂熊吾とその一人息子の伸仁、おそらくまだ幼児の伸仁が作者となるのではないかと思いますが先はまだ分かりません。

 1984年に刊行されたこの小説はこれで一旦完結しているのですが、連作の大河小説となっていて、現在、第7部の連載が始まっているようです。続けて読んでまとめてメモを書いてもよいのですが、いろいろと読みたい本もあるので順次読んでいこうと思います。

 それにしても、どろどろした金銭欲に性欲に出世欲、嫉妬心や執拗な復讐心に利己的な忘恩など人間のえげつなさを書かせたら宮本輝はピカイチです。一方で、世間の厳しい風当たりの中で時に見失いがちで隠れてしまうけど誰もが持っている心根の優しさ。そして、愛する人が自分ではない他人を愛する人生の哀しさ。
 「大きい小さいが男の値打ちやあらへんで。大きい男っちゅうのは、気味悪いくらいに小さいもんも持ってるんや。」などいくつかの言葉には本を置いて暫く考えさせられます。人間の本質を見据える作者の視線の確かさです。どういう体験を経て、宮本輝がこういう視点を身に付けたのか、この自伝的作品で明らかになるのでしょうか。

 それといつもながらの脇役の立ち上がりの見事さです。地味でちょっとした脇役と思っていた人物の人生にも隠された深いドラマがあります。

 宮本輝の王道作品の切なさにはいつも胸が締め付けられます。


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