大植英次指揮/大阪フィルハーモニー「第49回 東京定期演奏会」

          

 大植英次指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会です。先日読んだ週刊誌で大植英次の退任コンサートであることを知り、急遽、購入したものです。数日前の予約だったのですが、前から3列目の席だったので人気ないのかと若干心配したのですが、サントリーホールはほぼ満席の賑わいです。

 3列目といっても一番右端、場所としてはコントラバスが目の前に見える席です。通常であれば微妙な席なのかもしれませんが、大植英次の指揮ぶりを真横から見られるので凄くいい席じゃないかと楽しみにしていました。これで7000円は安い。

 〔プログラム〕
 ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」
   (休憩20分)
 ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」

 田園は美しい演奏でした。自然の風景をストレートに描写します。大植英次は指揮棒なしで手だけで柔らかくオーケストラを歌わせます。指揮者がコントロールしなくても楽曲とオケの機能美だけで十分という雰囲気です。それ以上の意味を持たせることなく、第4楽章の嵐もこの世の終わりのようなおどろおどろしいものではなく田舎での雷雨の音です。

 初めてこんなに前方の席で聴いたのですが、これまでのコンサートは何だったのよというオケの響きの違いです。当たり前ですが、目の前で演奏しているのでそれぞれのパーツの音がリアルに聴こえます。右の耳からコントラバスのギーコーギーコー、ベンベンといった響きが聴こえて、左の耳からはバイオリンその他の楽器の混成音が聴こえてきます。目の前の空間で音が交わってハーモニーします。

 サントリーホールはどの席でも凄く音がいいと言われています。一流オケのチケットは2階席であることが多いのですがそれでも十分に楽しめているのだと信じていました。ただ、一昨年、ウィーンフィルを初めて聴いた際(トリスタンの前奏曲・愛の死とブルックナー9番)、正直、何とも思わなかった。悪くもないけど良くもない。ウィーンフィルってこんなものなのかなあとその時はモヤモヤが残りましたが、おそらく、2階席の後ろだったので音が届かなかったのだと思います。1階の前の方で聴いた音楽とは別の音楽だったということです。

 そういえばサントリーホールで唯一、前方の良い席で聴いた(15年以上前ですが)ビシュコフ指揮のパリ管の演奏会で透明感ある弦の音がふわっと浮いて消える響きに驚いたのを今でも覚えています。それまで体験したことのないサウンドで長い間、パリ管の特徴だと思っていたのですが、あれは近くで聴けたので本当のオケの音に触れられたのではないかと思います(本拠地のサル・プレイエルでは2階席で聴いたのでそんな響きではなかったです)。

 なるべく前の方のオケに近い席でコンサートは聴くべきなんだなあ、そんな当たり前のことに今更気付いたなあなどと考えながら、ひたすら綺麗な音に酔いしれました。いろいろと用事を済ませた後で疲れていたのか、夢見心地で力が抜けて1楽章、2楽章、5楽章とウトウトしてしまいました。
 独身の頃、アバド指揮ベルリン・フィルのトリスタンとイゾルデを確か55,000円払って観たとき、第1幕では隣の席の人が寝ていました。第2幕は私が寝てしまいました。第3幕は私の前の席の人が寝ていました。高いお金を払って気持ちよく眠れるのは贅沢な幸せです。


 休憩を挟んで、後半は春の祭典です。春の祭典を生で聴くのは今回が初めてです。フルメンバーに近い大編成になります。大植英次は短めの指揮棒を持ってテキパキとドラマチックに音を処理していきます。ここでも、ビオラやコントラバスなどこれまで聴こえなかったいろんな音がハーモニーとして、あるいは不協和音で耳に届くのでこんな曲だったのかという驚きがありました。
 当然のことでしょうが、CDで聴いてきたどんな録音よりも生で聴いて、そして目の前で観る演奏の方が迫力があります。原始的なリズム、魅力的な音の掛け合い、春の祭典としてはこれまでで最高の演奏体験になりました。春の祭典はどういう演奏がいいのかモノサシを持っていませんが、今日の大阪フィルの演奏には興奮しました。

 いろいろと勉強になって楽しかった3列目の端席、この席は、音をリアルに聴ける反面、演奏している奏者の姿をほとんど見られません。左からコンサートマスター、指揮者、第二バイオリンとヴィオラの後ろ姿だけ、ただしコントラバスの前5人はバッチリです。コンサートの華でもあるオーボエ、フルート、クラリネット、ティンパニは全く見えません。特に春の祭典は鳴らしものの演奏を耳だけでなく目でも観賞するのが楽しみですがそれは出来ません。演奏後の指揮者のパーツごとの紹介なども様子が伺えないのは残念ですが仕方ありません。

 大植英次は意外と小柄ですが、和かに余裕のある指揮姿で懐の大きさを感じます。男前、ダンディ、エンターテナー。佐渡裕同様にバーンスタインの指導を受けただけあってオーバーアクションも楽しいです。

 終演後、オケもいなくなったステージに再登場して、多くのファンのスタンディングオベーションを受けていました。客席に降りて観客と握手していました。こんな指揮者を見たのは初めてです。一周回って長時間、拍手に応えてから名残惜しそうに去りました。

 今後の役回りを知らないのですが、大植英次には世界を舞台にした活躍を期待したいです。大阪フィルも気に入りました。これからも聴こうと思います。


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