落合の駅から徒歩1分のところに銭湯があるのを発見した。山手通りの1本裏手、ビルのなかの店で、しかも入り口が地味でまったく目立たない。住所はてっきり中野区かと思ったが、早稲田通りの北側なので新宿区の銭湯である。
カウンターの脇に大正12年創業「松の湯」という木の看板が掛けられている。大正12年というと関東大震災のあった年で、創業88年というのは、わたくしが行ったなかで一番長い歴史をもつ銭湯だ。看板の側面に地元の大地主・高山家の作男「吉ちゃん」が創業したとある。新潟県出身で大森で修業し、中野坂上で切り回したご主人は5代目(オーナーは3人変わった)とのこと。もともとは山手通りに面していたが、道路拡幅でいまの場所に建物ごと移動した。ご主人がこの店の経営者になったのが1973年、現在の4階建てビルに立て変えたのは89年なのでそれかれらでももう23年になる。
身長計を置く銭湯は、いまでは珍しい
脱衣場のロッカーの数は37、天井には大きな扇風機、丸い目盛りの体重計だけでなく、身長計も備えているが、こんな店はめずらしい。これには伏線がある。
浴室のカランは18と小規模である。しかし奥が深く、しかも階段状に高くなっている。一番奥の上段の左は、熱めの唄背湯、右は水風呂、真ん中はぬるめの湯でトルマリン鉱石で精水しマイナスイオンを出すようにしている。上の唄背湯の浴槽から滝のように水が落ちるようになっている。右手はサウナである。そして手前の低いところに薬湯がある。まずサラ湯に3分以上入って毛穴を開かせ、薬湯に浸かり、膝、ひじ、肩、腰などの患部に5-6分薬袋を押し当てると効果があると説明板に書かれていた。茶色く濁った薬湯の薬は久根源というもので、ショウガ、ウイキョウなど9種類の薬草をミックスしたものだ。さらに「よくあたたまっていただけるよう」実母散が入っている。
薬湯の右手には足踏み用の小石がある。そして壁に水前寺清子の「365歩のマーチ」の歌詞が貼ってある。1曲歌い終わるくらい踏み続けるとツボが刺激され健康によいということのようだ。ためしに足踏みすると、たしかに気持ちがよい。さらに入口の左手には、1位から3位の表彰台置かれていて、上の部分に丸い石がたくさん埋め込まれている。「健康お立ち台」と壁のタイルに説明文字があった。
岩盤浴または週1回の薬湯などひとつだけある浴場は多い。しかしこの店は、これでもかというばかりに「健康」というコンセプトで統一した銭湯なのである。
奥から謙信の凧、木造時代の建物の立派な鬼瓦、明智風呂の瓦
そしてもうひとつ特色がある。脱衣場に日本相撲協会のカレンダーと最新の番付がある。これはご主人の趣味だそうだ。東中野の整骨の先生のところに相撲関係の人がやってくるのでその縁だそうだ。
また脱衣場の壁に、木造時代の立派な鬼瓦が掛かっているが、その前に小さい丸い筒のような瓦がある。何かと尋ねると、京都の妙心寺の明智風呂の屋根に葺かれていたものが縁があってここに来たそうだ。明智風呂は蒸し湯で、入り口は石榴(ザクロ)口といって低くなっている。わたくしは見たことはないが女風呂のサウナの入り口に破の銅葺きの屋根をつけて再現したそうだ。男性水風呂は水松洞という名の小部屋になっていてその壁には手のひらくらいの大きな貝殻がたくさん嵌めこまれていて、川の絵が書かれている。ご主人みずから工作し絵を描いたとのことだった。
上杉謙信の凧も飾ってあったがこれも手作り、冒頭に書いた看板もじつはご主人が彫ったものだそうだ。
つまりご主人の趣味が貫かれた銭湯になっている。凧は、かつて京王プラザで個展まで開催したそうだ。長年公衆浴場生活衛生同業組合のPR誌「1010」の連載を続け、2010年には「東京銭湯三国志」(文芸社2010年)という本も発刊された。ただものではない。
住所 東京都新宿区上落合3-9-10
電話 03-3368-2352
営業時間 15:30~24:30
定休日 土曜
車道に近い、色の違うタイルの部分が自転車通行帯
☆この銭湯に来たときのジョギングコースは、山手通りを南に走り、清水橋か西新宿四丁目で折り返している。距離は5-6キロだ。しかし、起伏が多く、逆にいうと平坦な部分がほとんどないコースなので、距離以上にきつい。しかも幹線道路なので信号も多い。ただ山手通りは最近整備されたこともあり歩道が広い。そして日本の歩道では珍しく自転車通行帯が別についている。環境にやさしいドイツのベルリンでこういう歩道をよくみかけた。こちらは慣れないので境のラインが視覚障害者誘導用ブロックのような気になり、なんとなくその左右を歩いて自転車の人に2,3回注意された。しかし日本では自転車ライダーも慣れていないので、自転車が歩行者通行帯を走っていることがしばしばある。
自転車も夜道を飛ばすとランナーにかなりの脅威になるので、何とか皇居周回コースに早く導入してほしいものである
カウンターの脇に大正12年創業「松の湯」という木の看板が掛けられている。大正12年というと関東大震災のあった年で、創業88年というのは、わたくしが行ったなかで一番長い歴史をもつ銭湯だ。看板の側面に地元の大地主・高山家の作男「吉ちゃん」が創業したとある。新潟県出身で大森で修業し、中野坂上で切り回したご主人は5代目(オーナーは3人変わった)とのこと。もともとは山手通りに面していたが、道路拡幅でいまの場所に建物ごと移動した。ご主人がこの店の経営者になったのが1973年、現在の4階建てビルに立て変えたのは89年なのでそれかれらでももう23年になる。
身長計を置く銭湯は、いまでは珍しい
脱衣場のロッカーの数は37、天井には大きな扇風機、丸い目盛りの体重計だけでなく、身長計も備えているが、こんな店はめずらしい。これには伏線がある。
浴室のカランは18と小規模である。しかし奥が深く、しかも階段状に高くなっている。一番奥の上段の左は、熱めの唄背湯、右は水風呂、真ん中はぬるめの湯でトルマリン鉱石で精水しマイナスイオンを出すようにしている。上の唄背湯の浴槽から滝のように水が落ちるようになっている。右手はサウナである。そして手前の低いところに薬湯がある。まずサラ湯に3分以上入って毛穴を開かせ、薬湯に浸かり、膝、ひじ、肩、腰などの患部に5-6分薬袋を押し当てると効果があると説明板に書かれていた。茶色く濁った薬湯の薬は久根源というもので、ショウガ、ウイキョウなど9種類の薬草をミックスしたものだ。さらに「よくあたたまっていただけるよう」実母散が入っている。
薬湯の右手には足踏み用の小石がある。そして壁に水前寺清子の「365歩のマーチ」の歌詞が貼ってある。1曲歌い終わるくらい踏み続けるとツボが刺激され健康によいということのようだ。ためしに足踏みすると、たしかに気持ちがよい。さらに入口の左手には、1位から3位の表彰台置かれていて、上の部分に丸い石がたくさん埋め込まれている。「健康お立ち台」と壁のタイルに説明文字があった。
岩盤浴または週1回の薬湯などひとつだけある浴場は多い。しかしこの店は、これでもかというばかりに「健康」というコンセプトで統一した銭湯なのである。
奥から謙信の凧、木造時代の建物の立派な鬼瓦、明智風呂の瓦
そしてもうひとつ特色がある。脱衣場に日本相撲協会のカレンダーと最新の番付がある。これはご主人の趣味だそうだ。東中野の整骨の先生のところに相撲関係の人がやってくるのでその縁だそうだ。
また脱衣場の壁に、木造時代の立派な鬼瓦が掛かっているが、その前に小さい丸い筒のような瓦がある。何かと尋ねると、京都の妙心寺の明智風呂の屋根に葺かれていたものが縁があってここに来たそうだ。明智風呂は蒸し湯で、入り口は石榴(ザクロ)口といって低くなっている。わたくしは見たことはないが女風呂のサウナの入り口に破の銅葺きの屋根をつけて再現したそうだ。男性水風呂は水松洞という名の小部屋になっていてその壁には手のひらくらいの大きな貝殻がたくさん嵌めこまれていて、川の絵が書かれている。ご主人みずから工作し絵を描いたとのことだった。
上杉謙信の凧も飾ってあったがこれも手作り、冒頭に書いた看板もじつはご主人が彫ったものだそうだ。
つまりご主人の趣味が貫かれた銭湯になっている。凧は、かつて京王プラザで個展まで開催したそうだ。長年公衆浴場生活衛生同業組合のPR誌「1010」の連載を続け、2010年には「東京銭湯三国志」(文芸社2010年)という本も発刊された。ただものではない。
住所 東京都新宿区上落合3-9-10
電話 03-3368-2352
営業時間 15:30~24:30
定休日 土曜
車道に近い、色の違うタイルの部分が自転車通行帯
☆この銭湯に来たときのジョギングコースは、山手通りを南に走り、清水橋か西新宿四丁目で折り返している。距離は5-6キロだ。しかし、起伏が多く、逆にいうと平坦な部分がほとんどないコースなので、距離以上にきつい。しかも幹線道路なので信号も多い。ただ山手通りは最近整備されたこともあり歩道が広い。そして日本の歩道では珍しく自転車通行帯が別についている。環境にやさしいドイツのベルリンでこういう歩道をよくみかけた。こちらは慣れないので境のラインが視覚障害者誘導用ブロックのような気になり、なんとなくその左右を歩いて自転車の人に2,3回注意された。しかし日本では自転車ライダーも慣れていないので、自転車が歩行者通行帯を走っていることがしばしばある。
自転車も夜道を飛ばすとランナーにかなりの脅威になるので、何とか皇居周回コースに早く導入してほしいものである