多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

粋な湯島の正一合の店、シンスケ

2023年01月11日 | 居酒屋・銭湯紹介

湯島の居酒屋シンスケに行った。春日通りを御徒町から向かうと湯島天神夫婦坂の手前角にある。白い角灯に店名、軒に杉玉が飾られていて、いかにも風格のある店だ。玄関の右が黒格子、左下にあるのは蹲踞(つくばい)というもので、茶室に入る前に手を清める手水鉢だそうだ。ちなみに玄関扉には「ドレスコード:マスク着用」と和英で書かれた紙が貼ってあった。英文が上だったので、主として外国人用なのかもしれない。ただし、入店しようとした客で、マスクをしていない人(おそらく日本人)が入店を断られていたので、キッチリ運用しているようだった。

開店16時より10分ほど前に行ったがすでに4-5人並んでいた。店内に入るとすぐ8割くらいの席が埋まる。
今回訪問したきっかけは太田和彦さんの日本居酒屋遺産 東日本編(トゥーヴァージンズ2022)を読んだことだ。太田さんのセレクトの条件は
 創業が古く昔のままの建物であること
 代々変わらずに居酒屋を続けていること
 老舗であっても庶民の店を守っていること
東京ではシンスケ以外に赤津加、伊勢藤、鍵屋、ふくべなど10店舗紹介されている。この店は江戸後期の1805年に酒屋として創業、関東大震災で店が被災し、7代目矢部吾助が居酒屋を開業した。来年100周年を迎える。シンスケという店名は吾助が奉公していた酒問屋の主人の名前から取った。
1967年に建て直したとき、店舗デザインは太田さんの資生堂の大先輩・仲條正義氏が行った。仲條さんは東京芸大図案科を卒業し資生堂宣伝部に入社、3年で退社したが、40年以上「花椿」のアートディレクターを務めた。資生堂パーラーや松屋銀座のロゴもつくった。また「暮らしの手帳」の表紙を2007年から12年間描き続けたことでも知られる。

この店の一本カウンターやカウンターの高さを仲條さんが選んだ。シンスケのロゴやコースターは仲條さんのデザインだ。1990年代初めにビルになったが、内装はほとんど以前のままだそうだ。
まず燗酒と刺身を注文する。酒は秋田の酒・両関、純米と本醸造があったが純米にした。この店のキャッチフレーズは「正一合の店」、真っ白の徳利にシンスケの青文字、なんとなくきっちりした性格の酒に感じるキャッチだ。徳利の下青線一本は純米酒、無地が本醸造。これは太田さんの本で知った。
きつねラクレット

きつねラクレット、たたみいわし、ポテサラなどをつまみにした。きつねラクレットは、この本のコラム・各店の「名物」でシンスケの名物として挙げられていた料理だ。揚げのなかにラクレットチーズを入れて焼いたもの。ラクレットとは何か調べると、暖炉にかざして溶かし、表面を削り取りパンなどに付けて食べるスイスのチーズらしい。一言でいえば「溶けるチーズ」かと思われるが、チーズ独特の臭いはあまりなく、あっさりした和風料理だった。太田さんの本によると、常連だったスイス大使館の人に作ったのが評判で、定番メニューになった。1滴しょうゆでも垂らし、ゆっくり燗酒を飲むとピッタリ合いそうだ。
じつはこの店にはもう24年も前だが、一度来たことがあった。そのときもやはり太田さんの「完本・居酒屋大全(小学館文庫 1998)を読み、ちょうど事務所が虎ノ門から明治神宮前に引っ越すことがわかった時期だったので、東京の東側の名店をいまのうちに訪ねておこうと週末にあちこち行っていた時期だった。たとえば鶯谷の鍵屋、森下の山利喜など。そのときは根岸でなく本郷三丁目から夜道を歩き、なかなかたどりつけなかった。
たまたま入口ちかくのカウンター席に座ることができた。燗付けしているご主人の前の席、隣席はご近所の常連さんで、新参者にもかかわらずいろいろ親切に話しかけていただき、とても感じがよくて楽しかった。それ以来なのだが、店の感じは変わっていない。

一直線のカウンターの後ろに、2人ずつのボックス席のような席が3組ほど、店の奥に4人テーブルが2つある。2階席もあるが、コロナで閉鎖中とのこと。

小杉放庵の書「酔春風」を木彫りした扁額

壁の品書き短冊の上に額があった。3文字で、左は風のようだが、あとの2文字の見当がつかない。酒を運んできてくれた女性スタッフの方に聞くと「春風に酔う」と読むそうだ。なかなか粋なので、どなたの作か伺うと小杉放庵とのこと。放庵は画家・歌人・随筆作家で、わたしは名前は名前は知っていたが、作品に接したことはない。
今回は予約してきたからか、カウンターの後ろのボックス席のようなところだったので、店の方と話すことはほとんどできなかった。額のことを聞けたのが唯一の会話だった。
はじめの1時間ほど、ホールは男性1人だけだったのでとても忙しそうだった。腰の低いスタッフの方だった。初めて行ったときのご主人が(居酒屋創業から数えて)3代目、この方が4代目だったようだ。とてもテキパキ働いておられた。その後、もう2人スタッフが増えた。
酒も料理もうまく、2回目もやはり名店だと思った。

初めて湯島天満宮に詣った。「婦系図 湯島の白梅」、お蔦・主税(ちから)の湯島天神だ。458年創建と伝えられ、現在の建屋は1995年に完成した堂々とした社殿だ。初詣の終わりの時期の夕方だったが、ふつうの神社より受験生と企業関係の人が多いように思えた。受験生が多いのは、菅原道真が学問の神だからだろう。境内に「講談高座発祥の地」の碑があった。1807(文化4)年この境内で講談師・伊東燕晋が徳川家康の偉業を語ったのが高座の始まりと書かれていた。東日本橋の薬研堀不動院にも記念碑があり、元禄年間に浅草見付に太平記講釈場ができたはずだったがとも思ったが、諸説あるのだろう。
わたしは気づかなかったが「新派の碑」もあるようだ。1977年新橋演舞場玄関脇に建てられたが、演舞場の改装によりこの場所に移設されたそうだ。

裏の女坂を下りると、よろずやという銀だらや鮭の味噌漬けの店があり隣はなんの店かわからないが、文化財のような古い構えの建物、その隣は季乃下(キノシタ)という寿司屋だった。湯島のこの界隈は町そのものが粋なようだ。

シンスケ
電話:03-3832-0469
住所:東京都文京区湯島3-31-5
営業:16:00~20:30
   日曜・祝日休み

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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