PICO's BLOG~きままな日記帖~

還暦+αな年代、気持ちはいつも現役世代 
なんでもチャレンジ、そんなPICOの備忘録
   

今年もあと2日

2016年12月30日 11時43分12秒 | 雑記

晦日、大晦日と今年も残すところ後2日

今年も色々なことがあったが総じてハッピーな一年だった。

家族親戚もみんな元気に過ごせたようだ、中でも

金沢在住の姉の娘さん(姪)は古典芸術(指ぬき)

でマスコミにも登場され頑張っておられた。

篠原さんを囲んで・・・

篠原さんの指につけられているもの、それはそれは綺麗なものです。

宣伝:金沢の伝統工芸品 指抜き、ぜひどうぞ。

 

 

 

今週はいろいろな会の茶話会や忘年会があって

ブログ更新を怠っていた。

歴史をひもとく会では望年会と称して和気藹々と

開催、

熊本城の現状報告

 

毎月一回の写経ではいつものように写経が終われば

和尚のお話とお茶タイムと心に沁みる時間をいただいた。

 

仏教講座(法華経)の茶話会は私よりはるかに

齢を召した方々からのお話しを聞くことができた。

 

最高齢は93歳の女性、シャキシャキされておりとても

 

90歳を超えているとは思えない元気さだ。

大正、昭和そして平成と社会を見続けてこられた

生き字引的存在だ。

 

今年最後の写経

今月の御茶うけは飯田の干し柿を模した和菓子

 

 さてさて年末から年始にかけて、一仕事ありまする。

 

 

 

 

 


メリークリスマスだけどおせち料理をつくる@今年最後の男の料理教室

2016年12月25日 09時32分53秒 | グルメ

メリークリスマス♪

街中はクリスマス一色、年々派手になる電飾の世界

華やいだ街中です。

そんなイブの日は今年最後の料理教室です。

この時期は定番となったおせち料理4品です。

 

①いろどり ②田つくり ③紅白なます ④栗きんとん

今回は定番中の定番だからレシピは割愛です。

そうだ、田つくりのレンジを使用したやり方は

500Wで1分50秒 ドーナツ型にしてレンジへがコツかな。

 

一足早く作ったおせち料理をいっぱいいただいた。

ジムに行ってZUMBAでも踊ってカロリー消費でもしましょ。

 

 

 

 

 

 

 


四国の城巡りも終わり帰るとしますか、いやその前に国宝姫路城へ寄らねばならぬ。

2016年12月23日 08時39分46秒 | 旅行

香川県の高松城を見て、徳島に入り、海産物で有名な

八百秀海産によって、鳴門わかめ、くきわかめを買って

高速に乗る。

神戸淡路鳴門自動車道でまずは淡路島に向けて出発。

淡路島最大の淡路SAでちょっと仮眠をとった。

大橋の夜景が綺麗に見れた。

淡路SAのイルミ

鳴門大橋

5時前におきて姫路に向かう、垂水JCTから第二神明道、加古川バイパスでは

朝の渋滞にはまったが、案外スムーズに抜けることができ、姫路市にはいった。

 

開門9時前には城に到着、大駐車場に車を停めて大手門に向かう、

いよいよ初めて見る姫路城だ。

 

 

大手門をくぐって三の丸の広場を左廻りに歩いて入城口へ。

チケットを買って菱の門から中に入っていく。

入ってすぐ右手に三国堀があり最初のビューポイントだ。

何枚かシャッターを押して、いの門、ろの門、はの門と通って

姥ヶ石、西小天守、乾小天守とだんだんと天守に近づいていく。

天守に入っていくとさすが高い、地階から地上六階の建物、さすが天下の名城だ。

天守から西の丸を望む。(長局 百間廊下)

 

天守から降りてきて備前丸から再度天守を。

 

でかい!!そして余りにも漆喰で白い。

 

西の丸から見る天守

 

 西の丸と言えば、千姫、彼女は戦国時代の思惑に翻弄され続けた

女性、家康の孫娘として豊臣家に嫁いだ、齢7歳であった。

彼女は父に後の二代将軍徳川秀忠、母は浅井長政とお市の娘

お江である。

元和元年(1615)大阪夏の陣で敗れた秀頼は大阪城で自害、

城から救出された千姫は家康の陣に逃れた。

今年の真田丸では、この場面で千姫を助けたのは真田信繁(幸村)で

あり、お供をしたのは幸村の幼馴染のキリであった.

 ここ姫路城に来た千姫は本多忠政の息子、忠刻に20歳で嫁ぐ。

彼女はここでの生活が一番幸せであったといわれている。

二の丸あたりから

 ちなみに吉田城主であった池田輝政が姫路城主になったのは

慶長5年(1600)関が原の戦いの後である。

 

 

さて一週間におよぶ中国四国の城巡りも、ここ姫路城で

終わりとなった。いざ帰るとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


善通寺から丸亀城へ

2016年12月22日 13時43分55秒 | 旅行

善通寺で先達の研修会に参加し、次は隣の町

丸亀城です。

標高66mの亀山に築かれた平山城で、別名を

亀山城とも言われています。

本丸、二の丸、帯曲輪、山下曲輪などがあり、

東西540m。南北460mの広さで「石の城」と

形容され、丸亀城は石垣の名城として知られる

城である。

みごとな石垣

その石垣を築いた羽坂重三郎に纏わる悲しい

伝説がある。

石工羽坂が造った石垣だから鳥以外はこの城壁を

乗り越えものはあるまいと殿様はご満悦であった。

羽坂はそんな殿に

「私に尺余りの鉄棒を下されば、容易に登ことができます」

と言って鉄棒を使いすいすい城壁を登ってしまった。

讃岐特有の山容も見渡せる天守からの眺め。

 

殿様は羽坂を生かせておけば来敵に通じた場合、

恐ろしいことになると考え、城内の井戸の底を羽坂に

探らせて、その隙に石を投じて殺してしまった。

その伝説の井戸が二の丸にある井戸であるという。

築城の始まりは天文年間(1532~55)に遡る。

城主は生駒親正であったが一国一城令によって丸亀城は廃城となる。

 

丸亀城から香川県の中心部高松市へ、

ここには全国的にも有名な栗林公園もあり、名のごとく

松の多い街でもある。

残念ながら高松城は天守は無い、その代わりではないが

玉藻公園の庭は素晴らしい。

高松城はその玉藻公園の中にあり、その由来は万葉集で

柿の本人麻呂が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに

因んで、この辺りの海が玉藻の浦と呼ばれていたことによると

いわれている。

ここの城主も丸亀城の城主と同じ生駒家である。

 

 

月見櫓

披雲閣庭園

松が綺麗です。

 

 

こうして四国の城巡りも、ここ高松城で終わった、明日は淡路島を通って

姫路に向かう。

 

 

 

 


四国八十八所公認先達研修会

2016年12月21日 13時57分39秒 | 寺社めぐり

大洲城、宇和島城そして高知城を巡って香川県に向かう。

高知道から高松道を走って善通寺へ。ここまでおよそ80km

今回も随分と走った。

善通寺宿坊 いろは会館

やはり食事は精進料理。

 

善通寺は弘法大師・空海が生まれたところでもあって

真言宗善通寺派の総本山である。

境内は広大で東院には五重塔や薬師如来が祀ってある本堂が

あり、西院には御影堂、宝物館などが立ち並ぶ。

今日の泊まりはその西院の中にある宿坊、いろは会館である。

朝の勤行

研修会場

 

今日はゆっくり眠れそうだ。

 

翌朝5時におきて勤行に参加、一段と冷えた朝だった。

住職をはじめ多数の僧と一緒になって朝のお勤めである。

御影堂

お勤めが終わって朝食をとり、研修がスタート、

僧侶の話や大学の先生の話など一日みっちりの研修であった。

 

 

 

 


大洲城から宇和島、高知城へ

2016年12月20日 10時59分42秒 | 旅行

 

そして大洲の街を散策し河口の長浜まで行ったが

あらしには見ることができなかった。

「あらし」は肱川を下る雲海でそごく幻想的な

気象現象です。

 

まずは昨夜、城の夜景を撮った大洲城へ

このお城は肱川をたくみに利用して防御柵を作ってある

城である。

大洲城

この城の歴史は古く、元弘元年(1331)、宇都宮豊房が築城したのが

始りだそうだ。

その後戸田氏、藤堂高虎が入場し高欄櫓、台所櫓は天守とともに重文に指定

されている。

城の裏側、肱川から撮ってみた。

 

そしてさらに下って宇和島城へ向かう。

大洲城と同じ宇和島城も城自体は大きくないが趣のある城である。

伊達十万石の城下町として四国西南地域の中心地として栄えた宇和島市。

築城主は城の名手藤堂高虎である(1601)

創建当時は大半が海に面している海城であった。

小高い山を登っていくと。

リアス式海岸を見渡せる天守

宇和島市内

石垣が往時を偲ぶ。

 

そして走ること80km近く、高知県に入って名城、高知城へ。

この城は城郭も広いし建築物もでかい!!

見るのに時間がかかります。

高知市内の市電

追手門

堂々の天守

慶長6年(1601)山之内一豊が土佐に入国浦戸城を居城にし、

大高坂山に高知城築城を開始する。

 

 

 

 

天守内の展示物

 

 

高知の城をじっくり鑑賞して香川県へ入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


大洲へ

2016年12月19日 09時42分19秒 | 旅行

城めぐり再開と思いきや、大洲市内で観光しちゃいました。

夜遅く大洲に着いたのでまずは大洲城の夜景でも撮って

寝る事に。

 

以前この街を通ったときに気になっていた街角、NHKの

朝ドラ「おはなはん」の舞台地にもなったところが、ここ大洲市に

あります。

ブリキの看板

 

まさにレトロな感じの静かな町です。駐車場も無料で大らかです。

カメラ片手に朝の町並みを散策、人影もなくいいです。

思いで倉庫やおおず赤レンガ館をはじめポコペン横丁、

歴史探訪館、そしておはなはん通りをのんびり歩いて廻った。

蔦絡まる赤煉瓦の建物

向こうに

昔懐かしいマツダのキャロル360です。

こんなのがぽつんと置いてある。

子供たちの遊び場になってるのか、こんな遊びにふける子供たちには陰湿ないじめは

ないだろうな~。

 

そして肱川沿いを歩いていくと、臥龍山荘がある。

臥龍山荘は歴代の藩主の別荘であったが、長く荒廃していた。

明治の豪商河内寅次郎が余生を故郷で過ごしたいという思いから

私財を投じて地元の棟梁、中野虎雄と千家十職らに思いを

託して築かせたとされている。

大きな建物は二つであるが、そのうちの一つ不老庵は中秋の名月の

光が竹網代天井に臥龍淵の水面に反射する月明かりが射し込むという

名建築物がある。

晩秋を思わせる落ち葉

臥龍淵を望む

臥龍院

 

丸窓の下にあるのはねずみ返し

不老庵の天井は竹網代様式

向こうの横にのびた槇の木は生きたまま柱に生かされている。

臥龍院

 

学生が建物の勉強なのか、先生に引率されて測定をされていた。

そんな彼らともお話ししてたら時間をしっかりとってしまった。

大洲城へは随分と遅くなった。

 

 

 

 


道後温泉で一休み ♪いい湯だな♪

2016年12月17日 10時22分00秒 | 旅行

兵庫から岡山そして愛媛と移動して

 

ちょっとここらで一休み、松山市には素晴らしい

温泉がある。

道後温泉である。

道後温泉本館

入る湯船によって入湯料が異なるシステム

私は一番安いお風呂に、チャポン!!

なんでっも高いところはお茶+お菓子も出るとか・・・

ぼっちゃん電車も停まる駅舎

道後温泉界隈を彷徨うって、昔泊まった簡易宿泊施設を探したが見つからず・・・

 

裏道に入れば昔懐かしい射的などあって・・・

 

バスもレトロ調

本館全体はこんな感じ。

 

次はさらに南下して大洲市へ。

 

 


岡山から、しまなみ海道を走って今治へ

2016年12月16日 10時03分28秒 | 旅行

備中松山城を堪能して再び賀陽ICから岡山道に乗って

倉敷JCTで山陽道に入る。ひたすら西に走って尾道JCTで

6つの島を懸けるしまなみ海道に入った。

四国に入れば、今治はもうすぐだ、四国歩き遍路の

時にも何度か歩いた場所である。

今治城の堀には海魚が泳ぐ。

藤堂高虎像

 

今治城のつ地は、昔瀬戸内海に面し、「吹揚の浜」と呼ばれてた

砂丘帯であった。築城の名手として名高い藤堂高虎は関が原の

戦功で伊予(愛媛県)の半分20万石を領し、慶長7年(1602)に

この地に築城を始めた。関が原の戦いから2年後のことである。

6年の歳月をかけて城は完成したが高虎は伊勢、伊賀に移り

今治城には養子の高吉が入る。

明治に入って城は取り壊され、残った石垣が往時を忍ばせている。

ここ今治城は前の松山城に山城と変わって海に近いことから

堀には海魚が潮の干満で出入りしているという。

 

次は愛媛の県庁所在地松山市にある松山城へ。

今治から松山までは40km、のんびり走っていると、ふと先にも

書いた歩き遍路の時に見た三坂峠から見た松山の灯が懐かしく

思い出された。

松山市は大きな町だ。

松山市内にはわが町豊橋と同じ、市電が今も走っている。

 

 

松山城は街中の海抜132mの勝山山頂に本丸・中腹に二の丸、

山麓に三の丸(堀の内)を置く、連郭式平山城で敵の侵入を防ぐ

ため、二の丸を取り囲むように山麓から本丸にかけて、全国的に

もめずらしい「登り石垣」が配置されている。

 

築城主は、先の藤堂高虎と同じく関が原の戦いで戦功をあげた

加藤嘉明が伊予の半分20万石を拝領し、ここに城を築いた。

なんせ広大な敷地だ、山頂まではロープウェイが通っており

それに乗っていくことになる。

本丸まで多くの門をくぐっていくと突然平地が現れ、その向こうに

で~んと本丸が見えた。

本丸の中には木組みの展示があり、興味深く見た。

昔の職人は頭も良いし技もある、重要な部分には多くのこのような木組みが使われている。

 

市内にっ戻って道後温泉にでも入って温もろうか。と山頭火も言ったとか(ウソです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


備中松山城から四国今治城へ、その前に。

2016年12月15日 10時09分03秒 | 旅行

備中松山城で天空の城を満喫し高梁市内で蕎麦をいただき

後にした。

再び岡山道を下って、山陽道に入り、しまなみ海道を渡って

四国入るのですが、、、、、、、、

 

その前にこの三ヶ月での本読みをアップする、そうしないと

忘れてしまいそうなので。

①まずは9月、10月にNHKBSで放送ドラマ化された

 隠れ菊(上下)、連城 三紀彦さんの作品です。

 我が街のとなり浜名湖の名料亭と金沢の女の確執と

 ひょんなことからその女と店を再建する。というストーリー

 結構読み甲斐があります。

 

②二冊目は、大好きな作家:安倍龍太郎さんの「おんなの城」です。

 来年のNHK大河ドラマの主人公、井伊直虎の物語、戦国時代の

 政略でもあったおんなの嫁入り、まさに道具にされて生きてきた

 女三人を描いた力作。ドラマも楽しみですが原作を読んでから

 観るのもいいものです。

 

③三冊目は、辻原登さんの「籠の鸚鵡」、前に2作品とは

 まったく違ったジャンルの現代小説です。

 80年代のバブル期の和歌山を舞台にしたスリルとサスペンス小説です、引き込まれます。

 

④ 四冊目は、恩田睦さんの「蜂蜜と遠雷」です。

帯にもかいてあるように音楽の世界、ピアノコンクールを舞台にした

青春群像物語。

 

幻冬舎HPより

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

 

⑤五冊目は、藤野恵美さんの「初恋料理教室」です。

 ちょこっと私もかじってる料理の本、随分前になりますが、高田郁さんの「みおつくし料理帖」に

 ちょっと似てるかな、でも凄く面白いです。

 

最後は、桐野夏生さんの「だから荒野」です。

この作品もNHKで昨年ドラマ化され放送された原作です。

家族をテーマにした物語です。

 

今年もあとわずか、今年は70冊あまりしか読めなかった(目標100冊なのに・・・)

出歩いてばかりいるから、無理ですね。でも来年は100冊に挑戦したいし、達成したいなぁ~。