甥の幸太郎が学校の行事で動物園に来た。
輝明を恥ずかしい存在だと思っている幸太郎。
テンジクネズミのところで顔を隠していたが、見つけた輝明が声をかける。
甥だと聞いた飼育係の三浦は、好意でテンジクネズミの説明を輝明するようにと言った。
説明をしようとする輝明だったが、見つめる子供たちの真剣な眼差しに耐えられずパニックになる。
帰ってきて、恥ずかしかったと母親に訴える幸太郎。
幸太郎は母親の期待を背負って東大に入学することを目的としていた。
知恵遅れの輝明からお金を巻き上げる幸太郎。
そのお金でゲームセンターに行き、ストレスを解消するのだった。
昼食代を持っていない輝明に三浦がお金を貸し、輝明はチキンカレーを食べていた。
次の日も三浦がお金を貸して、輝明はチキンカレーを食べている。
不思議に思った都古は輝明の家を訪ねる。
都古が加わった夕食の団欒、話を聞いた兄の秀治が輝明を問い詰める。
そんな兄を見て、妹のりなが「お父さんに似てきた」と言った。
「似てない」と言う秀治。
「似てる」「似てない」と兄と妹が言い合っている。
二話でも母が「そういうところはお父さんとそっくり」と秀治に言い、
「自分はなにもそんな風に思っていない」と秀治がいう場面があった。
今回、かかってきた電話に応答する輝明の言葉で、
父は三年前に亡くなっていたことが分かった。
画面に登場しない父親ではあるが、
この家の主だった父の人物像が少しずつ見えてきた。
一戸建てに住み、勤めていない母と大学生の妹。
母はおっとりとしていてヌカミソ臭さがない。
三ヶ月前に同居したエリートらしき兄。
一話から輝明の家はある程度余裕のある家庭に見える。
都古に会えるかもと動物園に来た都古の不倫相手、河原。
二話で、自分との関係で気持ちが揺らいでいる都古に気づき、
都古を離したくないという男の身勝手さがそうさせたのだろう。
「喜んでいる自分にイラつく」と河原に言う都古。
そして別れ話をする都古。
そんなところに輝明が来た。
今回もこの場面でクスッとさせられたところがあった。
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昨日三話の放送がありましたが、追いついていけません。
遅いのですが二話の感想です。
幼馴染の都古の紹介で動物園の飼育係として働くことになった輝明。
しかし、それはあくまでも適応できるかどうかを見極める期限付きのテスト期間だった。
ある日、輝明を指導していた若い三浦が、満足に仕事ができない輝明に、
「大竹さんの担当はジンジンです」と言って一匹のテンジクネズミを手渡した。
愛おしそうにジンジンを抱く輝明。
見学者に質問されても答えられない輝明を見た三浦は、
「大竹さんはお客さんと話さないでください」と言う。
別の見学者がテンジクネズミとの触れあいの時間を輝明に聞いた。
知ってはいたが、「お客さんと話さないでください」という言葉をかたくなに守る輝明。
朝まで一緒にいると約束しながら、
「旅行先で妻が病気になったから」と約束をすっぽかした都古の不倫相手河原。
「昨日はゴメン。妻のやつ、すぐ具合がよくなって」
友達が遊びに来ていた都古の部屋の玄関先に現れた川原の言葉は、
都古の心を傷つける。
いつものように部屋に入ろうとする河原に、
「帰って。来るなら連絡してから来て。
ここはあなたが好きなときに来られて、好きなときに帰れる部屋じゃないの」
冷たく言う都古。
「都合のいい場所にするつもりはないから」
戸惑いながら、言い訳をして去る河原。
ドアが閉まった後、都古は自分の態度を後悔する。
すぐ電話のベルが鳴った。
「今から行ってもいい?」
河原の声に都古は喜びを隠し切れない。
ドアを開けると、ドアの前で電話をかけていた河原がいた。
輝明の歩く道と、断ち切ろうとしても断ち切れない都古の恋を、
縦軸と横軸にして物語が進行していく。
主治医を訪ねた輝明の母に、主治医が言った。
「この病気は感情と表情が一致しないことがあります。
普通に見えても我々の想像以上にストレスを受けている場合がありますので気をつけてください」
動物園でジンジンを抱いたまま倒れる輝明。
いつも傍にいて指導していた三浦は、
感情表現のない輝明の病気の原因がストレスだと聞いて驚く。
心の起伏を自分と同じように持った人間として三浦は輝明を見つめる。
三浦はテンジクネズミの解説を聞いていた輝明の記憶力のよさを園長に訴えた。
そのお陰で、輝明は動物園の職員として正式採用になった。
仕事が終わって自転車で帰る輝明。
ツール・ド・フランスが好きな輝明が、
いつもすれ違っていたロードレーサーと信号待ちで肩を並べた。
「こんにちは。僕の仕事は動物園の飼育係です」
ロードレーサーへ自分から声をかけた輝明。
ロードレーサーに対する気持ちと、都古ちゃんのいる動物園で働ける喜びの感情を、
かすかに表現している輝明だった。
演出も脚本もキャストにも深みがあって心が惹き込まれます。
力まず淡々と描いていて心に静かに沁みてきます。
クスッと笑わせるところもあったりして脚本がとてもいい。
一話を観て、出てこない輝明の父親はどうなっているのか気になっていた。
二話で、母親が同居している輝明の兄に言う。
「輝明を恥ずかしいと思って外に出したくないんでしょう。そういうところはお父さんとそっくり」
父親はどんな形で出てくるのかこれも興味を持った。
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新聞のインタビュー記事の長山藍子さん。
『僕の歩く道』の輝明についてこのように語っている。
空からスーッと差す光のように
私たちが心にしまいこんだ大事なものを照らしてくれる
一話、二話を見ていて、
輝明にかかわる人たちの姿に自分の姿が重なって照らし出される。
一話で私が興味を持ったのは輝明と幼馴染の都古ちゃん。
獣医の都古ちゃんは若くて美しくて聡明で、輝明のたった一人の友達です。
その都古ちゃんが不倫をしていた。
その最初の場面を観たとき、
「ホ~、そうきたか」
私は脚本家の意図を考えた。
男は同じ獣医。
都古の部屋で腕時計をテーブルに置いて二人は笑顔で向き合っている。
腕時計の針が時間を示したとき、男は腕時計をはめ帰り支度をした。
玄関先で振り返った男が言う。
「あさってなら朝まで一緒にいられる。妻が旅行にいくんだ」
嬉しさを隠して都古が言う。
「別にいいよ。一回そういう風になると、また今日も朝まで一緒にいてってなるかもよ」
「絶対に言わないよ、都古は」
釘を刺す男の狡さに失望しながら都古は微笑んで言った。
「やっぱり朝まではダメ。寝起きの顔は見られたくないし、モーニングコーヒーも入れられないし、朝まではダメ」
悲しい都古の心の内など素知らぬように男が言った。
「そうか、じゃぁ、おやすみ」
何事もなかったように、あっさりと立ち去る男を見送りながら、
都古はどうにもならない自分の恋の苦しさを思うのだった。
深い関係になっている女の前で平然と妻のことを話す男。
そこには家庭を壊す気はないと、女に知ら示すずるい男の計算がある。
自立した聡明な都古であったが、
男の身勝手さを知りながら自分自身をどうすることもできない恋だった。
サラッと描いていましたが、この場面はドラマに奥行きを感じさせた。
読売新聞HPの記者の座談会で記者がこのドラマの剛君の演技を褒めていた。
このHPにある「私のイチオシ秋ドラマ」で人気投票を行っている。
私は『僕の歩く道』に一票を投じてきました。
共感をおぼえてまだ投票されていない方。
締め切りは26日です。
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先日、娘と上野の国立西洋美術館に行ってきました。
一番見たかったのはロダンの「地獄の門 」
結婚前、私は夫とこの美術館で絵や彫像を鑑賞した後、
神宮外苑を散歩した思い出の場所です。
そのときは美術館も神宮外苑も人はまばらでしたが、
今回はベルギー展もあり、美術館の中はごった返していました。
でも、美術館の前庭にある「地獄の門」や「考える人」「カレーの市民」のところには、
ほとんど人がいませんでした。
娘はこの美術館は初めてです。
娘が高校二年生のとき、私と二人でイギリスとフランスに行ったことがありました。
そのとき、娘は一枚の絵や彫像に込められている思いや思想、哲学などを、
ガイドの説明を聞いて驚きをもって鑑賞していました。
隣にある文化会館で私はイタリア歌劇を鑑賞したいと思っているのですが、
いまだに実現していません。
そこで食事をして、娘が楽しみにしていた上野動物園にいきました。
やはり、剛君の連ドラ『僕の歩く道』の雰囲気が私の体を包みます。
「マレーバクの赤ちゃんが生まれました」のバクもいます。
娘は喜んで飛びまわっています。
疲れた私がベンチで休んでいると、
目の前で初老の男性が竹ぼうきで落ち葉を掃きはじめました。
私の胸がジーンとします。
ドラマの主人公、輝明がゆっくりといつまでも落ち葉を掃いている姿がダブります。
その男性もゆっくりと落ち葉を掃いていました。
見ている私にゆったりとしたのどかな時間が流れます。
帰ってきた娘が、
「テンジクネズミがいたよ。思ったより大きかった」と言いました。
ふれあいコーナーでたっぷり楽しんできた娘はご機嫌です。
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今月最初の金曜日、幸運なことに『いいとも』を観覧できました。
お台場で行われた放送でしたが、低気圧だとかで凄い暴風雨です。
お台場に着いたとき、私の傘の骨が一本曲がってしまいました。
でも、私の気分はルンルンです。
剛君を近くで生で見られるのですから。
オープニングの新コーナー「ワード・オブ・ザ・リンク」が終わった後、
テレフォンショッキングのゲストで今いくよ、くるよさんが登場しました。
私は心の中で大喜びです。
他の観客も、お顔も目もまんまるのくるよさんのパフォーマンスに大喜びです。
「かわいい!」と声が飛びます。
お二人ともとても温かいお人柄に見えます。
我が家ではかつて15年以上も『サンデー毎日』を定期購読していた時期がありました。
その中で有名人の書いた読みきり小説というのがあり、
いくよ、くるよさんのそれぞれの小説も週を変えて掲載されました。
いくよさんの小説とくるよさんの小説はまったく違うものでしたが、
お二人の小説はとても心に沁みるものがあり、いつまでも私の心に深く残りました。
その方たちが突然目の前に現れたのですから私は大喜びです。
動き回るくるよさんは色白で美しく、いくよさんはいつも微笑んでいます。
剛君だけではなく、いくよ、くるよさんを生で見られたこの日は忘れられない記念日です。
「まちがったっていいじゃないか」のゲストはデビ夫人。
これも私には思いがけなく嬉しいものでした。
デビ夫人のファンではまったくないのですが、人物を見られた嬉しさがありました。
大きなダイヤの指輪と太いダイヤのブレスレットが眩しく光ります。
かなり昔、『週刊朝日』で松本清張さんがデビ夫人と対談したのを読んだことがありました。
清張さんですからかなり突っ込んだ質問をします。
印象に残っているのはインドネシアのスカルノ大統領との馴れ初めと、
日本とインドネシアの企業の橋渡しをして、
デビ夫人が莫大な仲介料を受け取っているのではないかと聞いた事です。
赤坂のクラブに勤めていたときに、
「スカルノ大統領に企業の貢物として捧げられたのではないか」
清張さんの質問に、デビ夫人はそれを否定します。
大統領を見送るようにと三人の女性が空港に送り込まれた。
それがお見合いだったんですね。
三人の女性の写真を送ると大統領は私を選んだ。
デビ夫人はそう語った。
今年に入って私が政治番組を見ていたときに、
ある評論家がこの話を出していた。
三人の女性がいたわけだけど、
一人は自殺して、もう一人はいまだに行方不明になっている。
なんだかショックな話だった。
何年か前に見たテレビで、
大統領と会う前にデビ夫人は大金持ちの御曹司と同棲をし、
その方も自殺したといっていたからだ。
間を置かず別の大金持ちと付き合ったことを聞かれていたが、
ちっとも悪びれた様子がなかった。
デビ夫人はイスラム教徒の大統領の三番目の奥様ですが、
最初から三番目の奥様として迎え入れられたわけではありませんでした。
奥様になるのに三年、間があったようです。
大統領はこの後も確か二人の女性を妻に迎えている。
書いているうちに話がおかしな方に流れてしまいました。
観覧の後、帰るとき私の傘の骨はボロボロになりしまらなくなってしまいました。
そのことが愉快で私は新橋駅の入り口で声を出して笑いました。
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