夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

翁舞 平野富山作 その3

2018-11-13 00:01:00 | 彫刻
先週の週末は天気も良く、畑で採れた落花生の天日干しが始まりました。



愛犬も昼寝、小生も車の出口を塞がれて家でゴロゴロ・・・。息子は元気に天日干しのお手伝い・・・。



さて本日は平野富山の作品の紹介です。平櫛田中の「大黒天」の作品から当方では興味を抱いた平野富山の作品ですが、この度代表作ともいえる作品が入手できたので紹介します。

翁舞 平野富山作 その3
平野千里識・共箱二重箱・布保護ケース付
本体:幅370*奥行185*高さ450



平野富山の作品で「翁舞」の作品はときおり見かけますが、大きさがこれほどの作品はなかなかありません。また平野富山の彩色はその緻密さが特徴で、彩色文様に乱れのある作品は贋作と考えてよいでしょう。とくに平櫛田中の「大黒天」の多くが平野富山(敬吉)によりますので、平櫛田中の真贋の見極めにも彩色分が大きなポイントになります。

*平櫛田中の大黒天のすべてが平野富山の彩色であるかどうかは当方として調査が必要で、彩色が平野富山ではないもののあるかもしれません。



「翁舞」は充分な大きさのある平野富山の代表作のひとつ。静岡市美術館にも展示されており、またなんでも鑑定団情報局にも代表作として紹介されている作品です。

静岡市美術館において展示された作品は下記の写真の作品です。

 

なんでも鑑定団に出品された作品の説明に用いられた作品は下記の写真の作品です。



「翁舞」の作品は衣装の文様や面に違いある同様の作品がいくつかありますが、前述のように本作品はその中でもとくに出来の良い作品となっています。またこれより小さめの作品もあるようです。



彫像に衣裳を着せたかのように綿密に作られ、紐もまるで本物のようで富山の確かな木彫技術に驚かされます。



緻密で美しい文様に圧倒され、衣裳のたわみに沿って、実に見事につじつまが合っています。衣裳を本物と見間違えてしまうのは、木彫技術の正確さに加え、この素晴らしい彩色に理由があります。



翁舞(おきなまい):日本の伝統芸能の舞。現在の能楽の原典とされる他、民俗芸能として各地に伝えられています。長寿の翁が人々の安寧を祈って舞います。



古くは田楽や猿楽、あるいは人形浄瑠璃、歌舞伎、また民俗芸能などでも演じられる儀式的祝言曲であり、芸能本来の目的の一つに人の延命を願うことがありますが、その表現として翁媼を登場させることがあったものと考えられています。しかし、面を付け舞や語りを演じる芸能は猿楽が最初であり、翁猿楽とか式三番と称されました。



翁猿楽の成立については、『法華五部九巻書』序品第一に、父叟は仏を、翁は文殊を、三番は弥勒をかたどるなどの仏教的解説があり、平安時代後期には成立していたとする説もありますが、『法華五部九巻書』を偽書とする説もある。確実な史料としては、弘安6年(1283年)の「春日若宮の臨時祭礼記」があげられ、舞楽・田楽・細男とともに、児・翁面・三番猿楽・冠者・父允を一組とする翁猿楽が演じられたとされており、このころ翁舞の一つの形式が成立しました。



この翁の芸能が、どのような系譜に根ざしているか不明な部分も多いのですが、『大乗院寺社雑事記』や『興福寺明王院記録』によると、興福寺修二会での鎮守神たる春日大宮の前で演じる猿楽が呪師走りと称され、また延暦寺の修正会でも、鎮守日吉大社で翁舞が演じられるなどの例があり、平安時代中期以降に大寺社の修正会・修二会などに守護神を祀る後戸で演じられた呪師猿楽の芸能として発展したものと推測されています。



呪師の芸と翁舞の内容が「天下安全五穀豊穣」を祈願することでは共通していることから、修二会に奉仕する呪師の芸に始まりのちに猿楽者が呪師に代わって演じるようになったものと考えられています。室町時代の猿楽の座は、この宗教色の濃い翁猿楽を本芸として各地の寺社の祭礼に参勤し楽頭職を得ていたとされ、今日の能楽は、その余興芸とも言えるのでしょう。



また、その古い形態を残す翁舞を民俗芸能として伝える地が数多くあります。奈良県奈良市奈良坂町にある奈良豆比古神社に伝わる翁舞は、三人の翁が登場して舞いますが、舞姿に残る古風は得がたいものがあります。兵庫県神戸市須磨区の車大歳神社の翁舞は室町時代に成立した能の翁(式三番)が、千歳(露払い)・翁・三番叟(揉ノ段、鈴ノ段)という構成であるのに対し、露払い、翁、三番叟、父の尉で構成され、父の尉を省略しない古い形態を伝えています。



兵庫県加東市上鴨川の住吉神社で行われる上鴨川住吉神社神事舞では、能の先行芸である呪師の芸の方固めにつけながる、太刀舞・獅子・田楽舞・扇舞・高足など田楽ゆかりの芸も伝えられ、翁舞はいど・万蔵楽・六ぶん・翁・たからもの・冠者・父の尉の七つの舞から構成されています。初期の翁舞がそのままの形で承け継がれている稀有な例のようです。猿楽能が人気を得、集大成されたものとされています。



とにかく簡単に言うと、長寿を願って舞う伝統芸能でしょう。



吉祥の作品ということで作品の注文も多かったのでしょう。また平野富山は同じモデルの作品を40~50体作ったそうですから、その点からも作品の数が多いと推測されます。ただ、それゆえ祀ることで、ながらく飾っておくと湿気でカビが発生することが多く、完璧なコンディションで残っている作品は少ないとされています。



彫刻家として名高い子息の平野千里の識箱に納まり、さらに共箱もきちんとしている完品の作品は珍しいと思います。

  

  

インターネットオークションで30万ほどにて落札した作品ですが、同時に「童形大黒天福童子」が出品されており、そちらは55万円ほどで落札されました。さすがに両方は入手できませんでした。

平野富山の作品は本ブログで2作品ほどすでに紹介していますので、平野富山についての説明はそちらの作品の記事をご覧ください。また平櫛田中の大黒天の作品における彩色についても説明があります。



本ブログで投稿されている作品には下記の作品があります。

桃太郎の鬼退治 平野富山作 その1
ガラスケース入
ケース:幅590*奥行550*高さ550 本体:幅340*奥行280*高さ255



弁財天 平野富山作 その2
ガラスケース入
ケース:幅400*奥行365*高さ450 本体:幅175*奥行155*高さ230



福聚大黒天尊像 その1&その2 伝平櫛田中作
共箱
その2:高さ165*幅180*奥行
その1:高さ115*幅115*奥行100



市場には大黒天の作品が多く、吉祥の作品として重宝されていますが、あくまでも平野富山の作品の真骨頂はその彩色の美にあり、日本古来の美がそこのあるように思います。



義父の誕生日もあり長寿を願い、そして「天下安全五穀豊穣」=「家内安全一家繁栄」、しばし展示室に飾っておくことにしました。



基本的に当方の骨董蒐集の多くは願い・・・。

さ~て、本日は広島の日帰り出張です。


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