パラダイス・ペーパーの場所としてマン島が選ばれている。
まぁIR施設の山と考えれば、今後IR法案が出て来る際には、これが被る可能性があると考えるべきだろう。
マン島は、兎に角、金持ちの好きそうなものの集まりであり、これを設置したのはイギリスのメージャー政権なのではないだろうか?と思う。
元々EUと言うものの存在自身が「ノリ」でクッツケた感が拭えないのはミッテランとサッチャーの妙な馴れ合いで様々なビッグプロジェクトが実行され、また罠が埋められていた。
その最たるものがマーストリヒト条約の成立の「棘」となったギリシアのEU参入であり、この時「イギリス・フランス・ドイツ」が後ろ盾となると「論理的議論」を放棄させた。
これだけでもサッチャーとミッテランは歴史上稀有な詐欺師と記録されるべきだろう。
実際それだけの価値はある。
つまりヨーロッパ統合の象徴だったEUは「金持ち優遇の施設を構築する一番の仕掛け」となったのである。
先ずもって「癌」はリヒテンシュタインとルクセンブルグである。
そう先日天皇陛下と面会した、あのクズ国家である。
この連中のやっている悪行はマン島での失業率と同じく、ここのGNIが妙に高かった。
これが最初ノキアのあるフィンランドも同程度だったが、実はノキア没落後のリヒテンシュタインとルクセンブルグは高いまま維持された。
元々リヒテンシュタインは「格安の事業税」と「ペーパーカンパニーありき」の国家の産業政策だった。
ここが、最初のEU侵食が始まったのである。
そして利益はルクセンブルグに移動して、世界中にバラ撒かれたのである。
この最初の流れをNHKは追っていない。
それぐらいは常識だぜ?NHK!
この流れは毎度変だと思っていた。
ただ「マン島」に「濡れ手に粟の状況」はリーマン・ショック後に作られたもので、当時のメージャー政権が無関係とは思えない。
狙ってやったのである。
元々サッチャーは人頭税を打ち出した「首切りサッチャー」と言われていた。
そして大不人気を一変させたインチキがフォークランド紛争である。
ここで「論理的思考能力」を異ギリスは失い、これによりサッチャーは「ナイト」と言う当時「世襲可能な称号」を与えられた。
それは1990年にイギリスのシティーで立ち上げたビッグバン構想である。
これにより濡れ手に粟の金持ち優遇策が始まった。
付け加えるならスパイスとしての「屁」みたいな理屈付け「金融工学」が色を添えただけである。
自慢気に微分方程式を見せているが、所詮は内挿計算でテキトーに結論を導いているように見せているだけだ。
それに分布関数がガウス分布ってのは、芸が無さ過ぎる気がするんですが、そのへんはドーナの?
取り敢えずLTCMは1999年ロシア危機とノーベル経済学賞の権威が地に落ちた。
翌年は「貧困経済」のアマーティア・セン博士というのが大笑いの選定である。
風邪を見るに敏な経済学と来たもんだ。
結局、1995年クリントン(男)政権でウォール・ストリートにビッグバンと似たような状況が設定され、儲けの流れは、アメリカとEUで発生した。
この頃はNICS、NIESなどの生産拠点の海外移転で日本は資本が「バブル」の様な糞寝言に懲りた経済界が珍しく「賢明な」態度を取った。
しかし、1995年には「バブルの損害を自己申告しろ」と12月に財務相の「寝言=仰せ」があった。
まぁ申告の程度は、後の経済の流れを見れば大笑いだったろう。
上念氏や三橋氏は、この頃学生だったろう。
私はラジオでニュースを聞く度に大絶叫で、ふざけるな馬鹿!と起こっていた。
1995年といえば、金融再生法の審議で銀行の決算が第一、第二四半期で過去最高の決算で、その事を国会で指摘され、第三四半期は過去最低の決算となっていた。
機を見るに敏で、風邪を読みまくる、そうそう、チョングソ畜生(=_=)(ちくしょうてつや)も居たよな。
殺せなくて残念。
そんな状態だった。
この頃の懐かしい話をすれば宮崎にシーガイアが残っており、また、東京のスキー施設ザウルスが潰れた頃だった。
愛知県では「パルケ・エスパーニャ」があったよね。
この頃、ウォールストリートではダウ・ジョーンズが1万ドルを超えて、これは「バブル」なのか?と心配する模様ながめも半年で終了し、その後リーマン・ショックまで景気よく上がり続けたわけじゃない。
1999年ロシア危機、LTCMなどの金融工学投資への不審、システミックリスク回避の資金投入が行われた。
そしてITバブル、エンロン倒産が新世紀になって次々と発生した。
新世紀エバンゲリオンは、3回目ぐらいの再放送があったね。
この頃、EUは醜い金融争いを続けることに魘され、また農業は遺伝子組み換え種子をバンバン生産していた。
私も後で知ったが、この時にドイツも種子会社としてBASFなどの化学メーカーがやっていた。
つまり「ユダヤ色のドイツ」だったのだ。
また金融の糞みたいな状態は延々として行われBNPパリバが民営化され、イギリスはマネー経済に酔い、ちょうど老舗デパート・ハロッズのオーナーが死の商人であるアルファイドがなった事で、イギリスの腐敗は頂点に達した。
金融はフランスよりドイツのフランクフルトが盛んだった。
日本の大企業も妙な金融商品や投資環境の齟齬で、国際関係訴訟が出始めた頃で、まぁ今都の弁護団をやっている所がボロ儲けしだした頃である。
この後、日本の資本はアジア、虫獄、糞舐め汚い嘲賤とに入れられるようになった。
2000年の新世紀から急激に増加したのが毎年倍々ゲームで相場の上がる鉄鋼だった。
実際、倍々で増えた。
本来、年で決まる鋼材の相場が半年に一回、三ヶ月に一回となるまで2005年まで掛からなかった。
そして2006年起きたのが「石炭ショック」だった。
最初「石炭の暴騰」が、それまでのエネルギーヒエラルキーを変えてしまい、その為に安価なエネルギーの筈の石炭が石油より高くなっていた。
天然ガスへとシフトが進み、加えて燃料電池が出始め、これが天然ガスや液化石油ガスなどへの値段をあげていた。
そして2007年、ベアスターンズ破綻となる。この時シェールガスとシェールサンドオイルの算出方法が実用化された。
期を同じくして、サウジアラビアの天然ガス施設への投資は大赤字となり、サウジがへそを曲げた状態が続いた。
リーマン・ショックの種はジョージWブッシュの経済刺激政策の末席だったサブプライムローンは2000年で既に景気を牽引する政策となり、2004年の大統領選挙では最大の経済政策となった。
最初、ホームレス解消の方策だったのだが、その内「囲い込み」が侵攻して、これまた倍々ゲームで土地と建設資材が高騰した。
この頃設備業界では「材料支給」が基本となっていた。
虫獄の鬼城が出来たのもこの頃で、今だに、そのままだ。
その理由は日本の財界にとって見たくない後ろ姿だった。
要は、損切りしたくないと言う態度の表れである。
そして、明確な法律違反が付いてまわれば、当然資産は動かせない。
その結果延々と鬼城は無人のまま価値があるものと吹聴しているのが今の虫獄である。
この辺で問題となるのはリーマン・ショックから貧富の格差が広がり、パラダイスペーパーとなる。
一番契機は、エンロン崩壊に依る、エネルギー取引という慶応的寝言である。
その結果、アメリカではシリコンバレーも停電が当たり前という「貧国そのもの」となっていたのである。
この電源問題はNICS,NIESも深刻な問題として今も残っている。
実は周波数一致が無い状態では、日本のインフラが一番着実だった。
最も2013年3月11日までだが。
そしてリーマン・ショックが起きて、オバマ政権となる。
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