origenesの日記

読書感想文を淡々と書いていきます。

四方田犬彦『ハイスクール1968』(新潮文庫)

2008-06-28 18:21:59 | Weblog
マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマン、アイリーン・アドラー、ビートルズ、ボブ・ディラン、現代音楽、ヌーヴェル・ヴァーグ、アメリカン・ニュー・シネマ、大島渚、ランボー、ディラン・トマス、田村隆一、吉本隆明、大江健三郎、ガロ、白土三平……。
東京教育大学付属駒場高校に進んだ著者が、1968年に出会った文化や魅力的な人物の数々を描き出す自伝的作品である。特に興味深かったのは、語り手と詩の出会いである。マイルスやゴダールは依然として文学青年にとって魅力的なものかもしれないが、現代詩はその影響力をこの40年の間で大幅に弱めてしまった。文学に興味を持つ青年の中でも吉増剛造や伊藤比呂美、小池昌代などを読むのはごく一部である。著者は今でもエズラ・パウンドの学会に出席しているらしいが、少年時代に出会った現代詩が、著者を比較文学研究の道へと進ませたのかもしれない。
本書には様々な嘘が含まれているとして批判された。確かにこの本はあまりにも自分の高校生活を美化しすぎているし、1968年という時代を美化しているようにも思える。しかし、それでもこの自伝がある種の感動を呼ぶのは、少年(少女)が文学・映画・音楽といった文化に出会ったときのみずみずしい感情を上手く描き出しているからだろう。ビートルズもランボーも、未だに少年の心に何か訴えかけるものがある。
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彼は書物と芸術に対する趣味においても、中学時代からすでに一家言をもっていた。自分はもしできることなら清代に著わされた『紅楼夢』の時代に生き、芝居見物のときを除いて死ぬまで美しい庭園のなかで、花鳥風月を愛でたり、可愛らしい従妹たちに囲まれていたいものだと、授業中に平然と公言していた。
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個人的には『紅楼夢』の生活はそこまで憧れないかもしれないが、美しい庭園の中で生きてみたいとは思う(特にイギリス庭園)。可愛らしい従妹ってのはよくわからないや。私の従妹は中学時代、クラス一の握力の持ち主だったけど……。

ジャン=ピエール・トレル『カトリック神学入門』(文庫クセジュ)

2008-06-28 18:04:55 | Weblog
著者はトマス神学の研究者。トマス・アクィナスに関する叙述は特に詳しい。
古代ギリシア的な理性とユダヤ的な信仰の融合はオリゲネスを始めとする古代ギリシア教父によってなされた。後にカトリックを捨てたテルトュリアヌスのように、「アテネ(理性)とエルサレム(信仰)の間に何の関係もない」という態度をとる思想家もいたが、神学における理性と信仰の融合はラテン教父・アウグスティヌス以降カトリックの主流となった。
以降、アンセルムス、アルベルテュス・マグナス、そしてトマス・アクイナス。古代・中世のカトリック神学はトマスにおいて頂点に達する。トマス・アクイナスをアウグスティヌスよりもアリストテレス的な思想家であると見なす向きもあるが、著者はトマス・アクイナスこそをアウグスティヌスの神学の後継者だと考えているようだ。トマス・アクィナスがアリストテレス主義者(反プラトン的)でボナヴェントゥラがアウグスティヌス主義者(プラトン的)だという偏見について、著者はアクィナスの神秘主義的な傾向を指摘して冷静に批判している。アクィナスもプラトンに深く親しんでいたはずである、と著者は主張する。
ルター・カルヴァン以降のプロテスタントとの緊張感に裏付けられた近代カトリック神学についての叙述も興味深い。ジャック・マリタン、エティエンヌ・ジルソンのような20世紀初頭の神学者、第2バチカン公会議に大きな示唆を与えたカール・ラーナー。教皇庁から問題視された南アメリカの「解放の神学」の学者たちやフェミニズム神学者たち。多様化する20世紀カトリック神学の見取り図が描かれている。
ルター派の学者によって始められた「教父学」という学問も気になった。プロテスタントの神学者たちはローマ・カトリック以前のキリスト教に目を向けようとする。

『LOVERS』

2008-06-28 17:33:54 | Weblog
チャン・イーモウの映画を見るのはこれで六作目。前作『HERO』に続くワイアー・アクション路線だが、今回は男2人女1人の三角関係の恋愛が描かれている。金城武は格好良かったが、『HERO』ほどの緊張感はないように思えた。時代は唐代に設定されているという。

アガサ・クリスティのベスト10

2008-06-28 15:55:45 | Weblog
クリスティ自身が選んだベスト10
『そして誰もいなくなった』既読
『アクロイド殺し』ポワロ 既読
『オリエント急行の殺人』ポワロ 既読
『予告殺人』マープル 既読
『火曜クラブ』マープル 既読
『ゼロ時間へ』既読
『終わりなき夜に生れつく』
『ねじれた家』
『無実はさいなむ』
『動く指』マープル 既読
アガサ自身はポワロもマープルも出てこない『ねじれた家』と『無実はさいなむ』をいたく気に入っていたらしい。
江戸川乱歩が選んだベスト10
『そして誰もいなくなった』既読
『白昼の悪魔』ポワロ 既読
『三幕の殺人』ポワロ 
『愛国殺人』ポワロ ドラマを見た
『アクロイド殺し』ポワロ 既読
『ゼロ時間へ』既読
『シタフォードの秘密』
『予告殺人』マープル 既読

ケネス・クラーク『絵画の見かた』(白水Uブックス)

2008-06-22 18:27:24 | Weblog
ケネス・クラークはルネサンス美術の大家である。本書は、ティツィアーノ『キリストの埋葬』、ラファエッロ『漁獲の奇跡』といった専門のルネサンス美術から、ベラスケス『宮廷の侍女』、ヤン・フェルメール『アトリエの画家』、レンブラント『自画像』のようなバロック美術、ドラクロワ『十字軍のコンスタンティノープル入場』のようなロマン派美術、スーラ『アニエールの水浴』のような印象派美術まで幅広くカバーしている。
イギリスの美術家であるためか、特にターナーやコンスタブルの説明に力が入っているように思えた。著者によると、ターナーの風景画の偉大さは、自然をありのままに捉えようとしたことにあるという。レオナルド・ダ・ヴィンチは自然を克明に描写しようとした点においてはターナーに近い画家だったが、しかし彼は自然を知的に解釈した上で描こうとした。ターナーは知性や理性でなく、自然の荒々しさをそのままの姿で描こうと努めた。著者はターナーを『九龍図』や『富嶽図』に近いところに置いているが、確かにターナーの自然観は近代西欧人の知的な自然観からは多少遠いところにあるように思える。
後、ドラクロワがイギリスで「こんなに美男なのに絵を描いているのにもったいない」という反応を受けていたという話は面白かった。19世紀イギリスの社交界はフランスに比べて、芸術に対する理解が浅かったのかもしれない。

『ゴッドファーザー part3』

2008-06-22 18:22:05 | Weblog
『ゴッドファーザー』シリーズの最終章。おそらく今後part4が出ることはないのだろう。
マーロン・ブロンドもロバート・デ・ニーロもいないゴッドファーザーである。代わりに今回は準主役として『オーシャンズ11』のアンディ・ガルシアが出ている。流血沙汰が少ない分、『ゴッドファーザー』が当初から有していた組織論的なところが前面に押し出されているようにも思えた。マフィアも銀行もカトリック教会も組織であり、権力を求めて彷徨う人々を内に抱えている。『ゴッドファーザー』が広く人気のある作品となったのも、組織を描き出すリアリズムゆえなのだろうなと感じた。
マフィアとして類まれなる才能に恵まれた主人公マイケルは、兄を殺し、妻と離婚し、娘を射殺される。この映画に出てくる権力を求めた人々の中で誰が幸せになっただろう。最後に息をひきとるマイケルの姿は、権力と名誉を求める多くの人々への哀悼ともなっているようにも思えた。

エレーヌ・マリー『ナルニア国の創り手 C・S・ルイス物語』(原書房)

2008-06-16 19:18:46 | Weblog
ナルニア国の作者であるルイスの伝記。子ども向けに書かれたものらしく、なかなか読みやすい。兄との深い絆、離婚した女性との結婚が軸となっている。ルイスが無神論を経て、敬虔な信者になったという話は初めて知った。文名を高めた後でも、大学の友人たちと静かに語り合うのが一番の楽しみだったという。言葉の真の意味で彼はエピキュリアンだったのかもしれない。

加藤和光『英語の語源 AtoZ』(丸善ライブラリー)

2008-06-16 19:14:19 | Weblog
ギリシア・ラテン語などを交えつつ、英語の語源を追っていった新書である。アルファベットがギリシア語のアルファとベータの複合語である、animateがアニマに由来している、英語にはmesmerizeなどの人名を動詞化したものが多い、など様々な知識を学ぶことができた。比較文化的な考察も無理のない程度に含まれており、読書の楽しみを増してくれる。

小谷野敦『聖母のいない国』(青土社)

2008-06-16 19:09:55 | Weblog
著名な比較文学者がアメリカの小説について割合と自由に論じたもの。アメリカを「聖母のいない国」だと表現しているのは、平川祐弘からの影響があるのだろう。厳密な意味での「文学研究」ではないが、現代日本の風俗と照らしあわせつつ海外の文学を読んでいく著者の自由闊達な文章は読んでいてなかなか楽しい。ホーソーンの緋文字を未来の「精子バンク」社会に繋げて読むくだりはまさに著者の独壇場である。
作中で取り上げられていたマーティン・スコセッシの『エイジ・オブ・イノセンス』は見てみたい。