origenesの日記

読書感想文を淡々と書いていきます。

デレク・ハウス『グリニッジ・タイム 世界の時間の始点をめぐる物語』(東洋書林)

2008-07-30 02:37:12 | Weblog
17世紀の大航海時代以降、時間をきっちりと計測する必要性が生まれた。それまでの人々はルーズな時間の中に生きていたが、航海が人々に正確な時間を要求したのである。ヨーロッパにおいて、様々な時間の基準が生まれた。その中でいかに12進法で(イギリスの)グリニッジを始点とするような時間が世界中で支配的になってきたかを論じた本。
1675年にチャールズ2世がグリニッジ天文台を設立。ニュートンの友人でも会った天文学者のジョン・フラムスティードが初代の天文台長に当たった。フラムスティードはグリニッジ子午線をもとにしたグリニッジ標準時をつくりあげた人物であり、結果的には後世に大きな影響を与えた。しかしフラムスティードの時代においては、イギリスのグリニッジ時間は全く世界の公式時間ではなかった。
グリニッジ・タイムがヨーロッパの公式の「時間」となったのは19世紀後半のワシントンでの会議以降であり、それまでは数ある「時間」の中の一つに過ぎなかった。しかしヨーロッパ各国の中でも特に影響力の強い大英帝国の力が、17世紀~19世紀にグリニッジ・タイムを世界中に浸透させていったのである。19世紀後半のワシントン会議において、イギリスのグリニッジを時間の始点にしようとすることに対しては反対の意見も多かったという。キリスト教徒らしく、イスラエルやローマを始点にしようとする考え方もあった。

語源を知る楽しみ

2008-07-30 01:41:23 | Weblog
最近は少し英単語の語源に関する本を読んでいる。結構これが面白い。

rivalという単語はriverに由来している。農業社会を築いていた古代ローマ帝国において、riverの水はまさに生活にとってなくてはならないものだった。そして同じriverから水を引く2人は、rival関係にあったという。

ancientという単語は「古代」を意味するものだが、これは17世紀になってからつくられた単語だと言われる。この単語がつくられるようになった背景には、啓蒙主義的な進歩史観(歴史が古代→中世→近代と進んでいく)がある。それ以前のヨーロッパでは、歴史を進化しないものとして捉える見方が一般的であったという。キリスト教の伝統的な終末論は、むしろ歴史が進むに連れて世界が堕落していく様を描き出す。

privateとdeprivedは同じ語源である。公民としての権利に重きを置く古代ローマにおいては、privateな生活は、公民としての権利をdeprived(奪われた)ものに過ぎなかった。privateという言葉が積極的な意味合いを持つようになったのは近代以降のことである。

realismという単語には元々、実在論という意味があった。これは哲学用語であり、真なるもの(イデア的なもの)が実世界の外部に存在することを意味する言葉である。実在論は、目の前の世界がむしろリアルではないことを強調し、その意味では目の前の世界の現実性を重んじる写実主義(realism)の逆の意味となる言葉であった。

ラテン語やロマンス語では一人称・二人称・三人称で語尾が変化するのが一般的である。ラテン語やフランス語から多大な影響を受けた(ノルマン・コンクエスト以降の)英語も語尾変化の影響を受けたが、最終的には三単元のs以外は消え去ることとなった。

ドゥーガル・ディクソン&ジョン・アダムス『フューチャー・イズ・ワイルド』(ダイヤモンド社)

2008-07-30 01:38:12 | Weblog
このまま地球温暖化は続き、急速な氷河期が到来した後、人類は滅びる。人類が滅びた後の500万年後、1億年後、2億年後の地球ではどのような生物が地上・海中に生きているのだろうか。その驚くべき実態を描き出した有名な本。
著者たちによると、一億年後には6回目の大量絶滅が起き、2億年後には7大大陸は一つに統一(第2パンゲア)されるという。1億年先の生物を厳密に予想できることなどはできないが、一つの生物学をもとにしたエンターテイメントとしては楽しめる。地球最後の霊長類パブカリ、地上に進出したタコ・スワンパス、2億年後の地球の最大の知的生物であるスクイボン……。
現在の一億年前は被子植物が栄え始めた白亜紀である。二億年前は三畳紀の末期で大量絶滅が起きた時代である。まだ人類も霊長類も存在してはいなかった。一億年・二億年という期間のスパンの長さを改めて思い知らされる。

スティーヴン・ジェイ・グールド『暦と数の話 グールド教授の2000年問題』(早川書房)

2008-07-25 01:25:48 | Weblog
原題は「ミレニアムを問う」西暦2000年には世界中でミレニアムが話題となった。キリスト教の終末論を発端とするこのミレニアム思想がいかにつくられてきたか、またいかに論じられてきたか、稀代の遺伝子学者であるスティーヴン・ジェイ・グールドが語る。
箇条書きで。
-キリスト教の黙示録的な終末論を発端として、この世の存在する時間が6000年であるという考え方が生まれた。
-イエスの誕生であるAD1年が世界の誕生から4000年目であるという思想も生まれた。これに対してヘロデ王の没年から、イエスの誕生はBC4年であるという有力説も生まれた。
-ミレニアム思想においては、AD1年から2000年後の2001年が神の国が到来する時となる。ミレニアム思想の主な担い手はある程度裕福な層であり、世界の終末がある程度先のことであって欲しいと願っていた。そのため世界の滅亡は2000年という未来に設定された。
-最もこのミレニアムの時間設定は恣意的なものであり、現代人から見れば信頼性のあるものではない。だが、人気のある考え方というのもまた事実である。ミレニアム思想は、2001年をちょうどミレニアムの年とする。しかし、一般人は2000年こそが節目の年だ、と考えがちだ。
-最後の方では、障害者である息子の驚くべき計算能力を描くなど、グールドにしては珍しく自分の生活について語っている。
-理性と信仰の融合について冷淡だったテルトュリアヌスがカトリック信仰を捨ててマイナー宗派であるモンタノス派に走っていたという話は始めて知った。http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message217.htm
ベネディクト16世のテルトゥリアヌス観。
-ジェームズ・アッシャー『世界の起源から推論した旧約聖書年代記』
1650年に公刊。天地創造の日をBC4004年10月23日と推定した。イエスの生まれた年をBC4年と考えたのである。

水上勉『禅とは何か それは達磨から始まった』(新潮選書)

2008-07-25 01:22:17 | Weblog
釈尊から達磨へ、そして慧可、臨済宗の栄西と曹洞宗の道元へ。日本の鎌倉以降の仏教を考える上で決して無視できない禅というものに対して、小説家の水上勉が書き記した本である。一休宗純、沢庵、白隠、鈴木正三、良寛など、禅を重んじた日本の仏教者の思想を、豊富なエピソードを交えながら語っている。特に道元に関する説明からは著者の熱気が感じられ、『正法眼蔵』の解説も力が入っている。「人が悟りを得るということは、月が水に宿るようなものである。月は水にぬれないし、そのため、また水が破れるわけではない」
著者はインドの僧侶・達磨を老荘(特に荘子)に比している。自然との一体化を重んじ、万物を平等に見なす。荘子の不立文字も老荘と禅の双方に通じる思想である。中国に仏教が入ってきたとき、老荘思想との融合が行われたが、それも故なきことではないだろう。
「夫れ人間の一生涯は、夢の中の夢なり。楽、身にあまるとも、楽、はずべきにあらず」山本七平が『日本資本主義』の中で日本版カルヴァンと評した江戸時代の禅僧・鈴木正三。労働に打ち込むことを説くその思想がなかなか面白い。
白隠の友人であった臨済宗の盤珪の言葉。「寝れば仏心で寝、起れば仏心で起き、行けば仏心で住し、眠れば仏心で眠り、覚めれば仏心で覚め、語れば仏心で語り……」。常に仏心でいることの大切さを説いており、心に残る。このように生きてみたい。

ディオニュシウス・アレオパギダ

2008-07-21 19:23:16 | Weblog
5世紀頃のシリアのギリシア語哲学者で、「使徒行伝」のディオニュシウスと別人であることからよく偽ディオニュシウスと呼ばれる(アレオパギダ本人からすれば迷惑な話だが)。彼は新プラトン主義から影響を受け、独自の神秘主義的神学を編み出したことで有名である。
特に日本のサブカル関係に影響を与えたのが、彼の天使論である。彼は天使を9段階にわけ、その一番上の段階をセラフィム、二番目をケルビムと呼んだ。セラフィムに属する天使は、乙女マリアにキリストの誕生を告げたガブリエル、サタンと戦ったとされるミカエル、三大天使に数えられるラファエル、ウリエルの四人である。この内、ウリエルはケルビムであるとも言う。
9世紀のアイルランド出身のラテン語神学者エウリゲナのラテン語訳後、彼の思想は広く受容されるところとなり、神秘主義を排そうとしたトマス・アクィナスと神秘主義者ボナベントゥラの双方に影響を与える。

リチャード・ドーキンス『遺伝子の川』(草思社)

2008-07-20 23:28:24 | Weblog
遺伝子が受け継がれていく様を川に例えたユニークな著作である。その川の中では、ある状況下において生存するのにより適した能力を持つDNAが受け継がれていきやすい。
人間の遺伝子の川を辿っていくと、一人の女性のミトコンドリア「イブ」に行き着くと言われている。レベッカ・キャンとアラン・ウィルソンの研究によって示された学説である。それによると、人間の遺伝子的な起源はアフリカにあり、人間の遺伝子はアフリカからアジアやヨーロッパへ伝わっていったという。人類のアフリカ起源説はかつてダーウィンも唱えており、根っからのダーウィン主義者であるドーキンスにとってはこの学説を否定すべくもないといったところなのだろう。
DNAの二重らせん構造に関する研究で著名なフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンは、プラトンやアリストテレスに比すべき評価が与えられるべきだという意見が面白かった(モーリス・ウィルキンスはセネカあたりか?)。著者のデジタル・リヴァーのアイデアは、ネオダーウィニズムの始祖であるサー・ロナルド・フィッシャーやクリック・ワトソンに由来しているようだ。フィッシャーがダーウィンの最良の後継者であったように、ドーキンスもフィッシャーの最良の後継者であろうとしているのかもしれない(最もフィッシャーの優生学論者の面は批判されるべきだと思うが)。

アミール・D.アクゼル『フーコーの振り子 科学を勝利に導いた世紀の大実験』(早川書房)

2008-07-16 02:13:22 | Weblog
19世紀フランスの物理学者レオン・フーコーの伝記的事実を記したサイエンス・ライターによる本。
ニコラウス・コペルニクス(1473~1543)
ジョルダーノ・ブルーノ(1548~1600)
ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)
ヨハネス・ケプラー(1571~1630)
この4人の地動説の科学者たちの説を証明した者としてフーコーを描き出し、学歴を持たずも独力の研究で歴史に名を残した彼の偉大さを検証する。
貧しい生い立ち、物理学者アルマン・フィゾーとの出会い、フィゾーとの共同実験、光速度の測定、著名なパンテオンでの振り子の実験(エーコの『フーコーの振り子』でも描かれていた)、ジャイロスコープの発明といったフーコーの人生における出来事が生き生きとした文体で描かれている。
フーコーがナポレオン3世の庇護下にあったということを初めて知った。

『風の丘を越えて ~西便制~』

2008-07-16 01:40:06 | Weblog
韓国の民族音楽パンソリを継承する男性。その男性にパンソリの技法を叩き込まれる義理の姉弟。この3者が織り成す美しい悲劇を描いた作品である。
パンソリの人気が落ちた時代に、どうにかしてこの伝統芸能を守ろうとする人々の強い意志。そしてその意志ゆえに起きてしまう悲劇。どこかギリシア悲劇を思わせるプロットが素晴らしい。
古典芸能の描き方や色使いが溝口健二を想起させるものだった。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』

2008-07-13 20:13:43 | Weblog
ジャン・ジャック・アノー監督、ブラッド・ピット主演。
チベットに7年間住んだ、オーストリア人の登山家ハインリヒを描いたノン・フィクションを映画化したもの。争いを好まずに、自我を消し去ることを望む、チベット仏教の智慧を端的に味わうことができる。私もチベット仏教者のように生きたいものだ。
後半の毛沢東によるチベット侵略は、北京オリンピックを控えた現在、タイムリーなものである。「フリー・チベット」という言葉を唱えたくなる。