「全国民に毎月11万円、フィンランドが世界初のベーシックインカム導入へ」
「フィンランド、国民全員に800ユーロ(約11万円)のベーシックインカムを支給へ」
などという日本語ニュースをここ数日の間に目にした。元ネタは英語のニュースだろうと思って検索してみると、英語でも数多くのニュースサイトがこの話題に触れていることが分かる。
詳しい話を知りたいのでフィンランドのニュースサイトを見てみた。私はフィンランド語は読めないが、幸いにもフィンランド人口の約1割はスウェーデン語を母国語とするため、スウェーデン語で書かれたニュースサイトもある。そこで、フィンランドのスウェーデン語系大手紙Hufvudstadsbladetのサイトで、ベーシック・インカムに相当する「medborgarlön」や「basinkomst」という単語を検索してみるけれど、ここ数日に書かれた記事は全く見つからない。国外でこれだけ騒がれているのに、現地フィンランドでは話題になっていないのはなぜか・・・?
疑問に思いながら、今度はフィンランド公共放送Yleのスウェーデン語のニュースサイトを覗いてみたら、国外メディアの報道に対して「なに騒いでんの!?」という反応をしていたので爆笑してしまった。
「外国メディアを目にした人は、フィンランドが今すぐにもベーシック・インカムをすべての国民に導入すると理解しかねない。」
「『しかし、計画から実現までには長い時間がかかる』と専門家は念を押す。」
では、実際にはどうなのかというと、近い将来の導入を視野に入れながら、フィンランド社会保険庁が今年10月末に準備的な調査を開始したとのことだ。800ユーロなどという数字もまだ決まったものではない。最終的には全国民を対象にしたベーシック・インカム制度を実現することがフィンランドの現政権の狙いではあるが、それは社会保障制度の全体的な改革を意味するため、まずは改革案の選択肢をいくつか用意したうえで、それぞれの効率性や労働インセンティブに与える影響などを分析するための限定的な実験をフィンランドで実行するところから始めなければならない、という。
というわけで、今はその準備的調査が始まったばかりという段階だ。まず、他国ですでに試験的に導入されたベーシック・インカム制度の研究・評価をまとめて2016年春に政府に提出し、その後、フィンランドで実際に限定的な実験を実施する場合に、それをどのように行い、そしてどのように評価するのか、といった研究デザインを2016年後半にかけて考案。そして、その実験を2017年に実行する予定なのだという。
そうすると、その後はまず実験の評価をしたうえで、それに基づきながら、社会保険庁が政府に対して改革案を提出。そして、それを基に公聴制度を実施したり、議会で議論したりしたうえで、最終的に本格的な導入の是非が議会で決定されることになるだろうから、仮に実施されるとしてもまだまだ先の話である。この記事の一番最初に挙げた日本語記事が書いているような「社会保障の問題を考える際によく引き合いに出される制度ですが、北欧の福祉国家として高い評価を受けているフィンランドが世界で初めて国として導入することを決定しました」とか、「ベーシックインカムを支給する方向で最終調整作業に入ったことが判った」とか、そんなレベルでは全くない。
外国メディアの報道に対するフィンランド社会保険庁の見解(英語)
Contrary to reports, basic income study still at preliminary stage
ではなぜ、この瞬間に大きなニュースになったのか不明だが、最近はどこの国のメディアも自分たちで取材せずに、他のメディアの報道を引用して、伝言ゲームのように話題を拡散していく傾向にあるので、今回もそういう形で広まった話だろう。人の話を鵜呑みにせずに、もっと自分たちでしっかり取材してから報道してほしいものだ。
どのニュースメディアが発端なのかは分からないが、アメリカのTIMEが参照していたQuartzというメディアは、自分たちの最初の報道の誤りに気づき、修正している。
とはいえ、スウェーデンを始め、多くの国々で政治的な議題にすらなっていないベーシック・インカム制度の導入に、フィンランドが本格的に取り組み始めた、という事実については今後も注目していくべきとは思う。
(私自身はこの制度の意義については今のところ懐疑的ですが、もうちょっと調べて、考えたいと思っています)