いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

「ファミマ」は最高の切り札を出して再生する

2021-01-22 10:29:39 | 米屋の親父のつぶやき

 以前からあまり良くない情報ばかりが流れていた「ファミリーマート」。

 大丈夫か?なんて囁かれていたが・・・

 

 とうとう「最高の切り札」を投入するようだ。

 「最高の切り札」とは・・・伊藤忠 現会長の秘蔵っ子と云われている「細見研介」氏。

 1962年生まれの58歳。

 大阪 豊中生まれ、神戸大学から伊藤忠へ。

 「ブランドマーケティング」で名を上げ、現在 執行役員。

 

 今年40周年を迎える「ファミリーマート」。

 コロナ禍において、三大コンビニで最大のマイナスに。

 1000人超の希望退職者を募った時には驚いた。まぁよほどの決意だったのだろう。

 伊藤忠の完全子会社となり「再生」しかないのだ。

 そこで投入するのが「細見研介」氏。

 

 新社長就任は、3月1日。

 もう既に動き出しているようだ。

 「かけふ」で再生と日経MJにも出ている。

 「か」は「稼ぐ」

 「け」は「削る」

 「ふ」は「防ぐ」

 「攻め」だけでは、今のファミマは再生できない。ちゃんと「防御-防ぐ」もしないと。

 これは規模拡大を狙った「サークルKサンクス」との統合にある。

 加盟店は5年間のFC契約の期限が目の前に迫っている。「引き留め」は重要。

 

 細見氏が大事にする言葉に

 「Go where nobody has gone,Do what nobody has done.」があるという。

 さてお手並み拝見である。

 

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<現役ミュージシャン> 意外な年齢のミュージシャンたち-橋幸夫

2021-01-22 08:50:32 | MUSIC

 「橋 幸夫」

  1943年5月3日生まれの77歳

 東京都荒川区に呉服屋の9人兄弟の末っ子として生まれた。

 1960年に「潮来笠」でビクターレコード(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)からデビュー、同曲で第2回日本レコード大賞新人賞を受賞し、『第11回NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たす。

 2020年2月1日、歌手デビュー60周年を迎える、所属事務所を個人事務所からJVCケンウッド・ビクターエンタテインメントへと復帰し、同社に新たに設立したチーム、“3rdWing”(サードウィング)に所属、古巣に回帰した。

 2020年7月1日 「恋せよカトリーヌ /この世のおまけ}60周年記念曲・60周年メッセージ入りを発売。

*Wikipedia より

 デビュー直後から有名になったからか?「いくつなん?」と思ってしまう。

 まだまだご健在なのには驚く。

 

 

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<日本酒> 福島 三春駒/佐藤酒造

2021-01-22 08:44:01 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(仙台国税局)】
 〈福島〉 三春駒/佐藤酒造

 

 佐藤酒造は、日本三大桜のひとつに数えられる「滝桜」のあるちいさな城下町「三春町」にある酒蔵です。

 阿武隈山系の伏流水を使い、南部杜氏の優れた技術を活かした手法により、「きめこまやかな酒造り」を追い求めております。

 

 素材へのこだわり
 水へのこだわり
 阿武隈山系の伏流水を使用しています。

 阿武隈山系の山並から豊かな恵みをいただき、「地酒 三春駒」は醸し出されます。

 また、三春町がある福島県田村地域では、阿武隈山地の気候風土を利用して米づくりも盛んです。

 米へのこだわり
 大吟醸には兵庫県産山田錦使用しています。

 山田錦は酒造好適米の代表にも挙げられており、高い評価のあるお米です。

 粒が大きく、張りがよく、心白(しんぱく)が中心部に鮮明に出ているのが特徴です。

 純米酒には五百万石と美山錦を使用しております。

 また、佐藤酒造では現在、三春町内の農家と契約し、町内産の五百万石も使用を開始しています。

*http://miharukoma.com/eat/1026 より

 佐藤酒造株式会社 福島県田村郡三春町字中町67

 

 ブランド一覧

 「三春駒」純米吟醸 夏のひやざけ・初しぼり・お燗のお酒 特別純米・純米大吟醸 煌 ・大吟醸BOX ・大吟醸(グリーン)・純米吟醸酒 など

 「滝桜」純米酒  など

 「三春五万石」 純米吟醸原酒 など

 

 

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<地理的表示(GI)保護制度> 登録番号 28. 前沢牛

2021-01-22 08:38:17 | 食品

 登録番号 第28号  前沢牛


 特定農林水産物等の区分 第6類 生鮮肉類 牛肉

 特定農林水産物等の生産地 岩手県奥州市前沢区

 登録生産者団体 岩手ふるさと農業協同組合

 特定農林水産物等の特性    岩手県奥州市前沢区では、西に奥羽山脈、東に北上山地が聳え、そこから流れ出るきれいな雪解け水をはじめとした、自然環境に恵まれた大地で育った良質な稲わら、干し草や穀類を飼料として与えるとともに、生産者の愛情を1頭1頭に注ぎ、ストレスをかけず、牛にとって優良な環境で肉用牛の肥育を行ってきた。地域で作った良質の稲わらを粗飼料及び敷料に使用し、たい肥を水田や畑に還元するという自然循環型の肥育スタイルをとっており、稲わらを吟味し、良質かつ清潔なものを給餌するために、稲わらの収穫と確保には最大限の努力をしてきた。
  肥育素牛には、黒毛和種の去勢牛を主に活用する事で、他産地との競合を避け優秀な素牛を確保するとともに、他産地との差別化を図り、生産者の手取りを増やすことを目指してきた。1戸あたり平均25頭前後という小頭数の肥育経営を中心に、サシを入れる為の技術を要する去勢牛の品質を高めるため、農家の飼養スタイルごとに、一頭一頭こまめな管理を行ってきた。
  「前沢牛」として出荷されるのは、公益社団法人日本食肉格付協会の定める歩留等級が「A」又は「B」で、かつ、肉質等級が「4」以上の牛肉だけである。
  「前沢牛」は上質できめ細やかな霜降りで、しっとりし、料理人をうならせるほどの肉質であり、その脂はしつこくなく、食すと上質な香りが口の中に広がり、肉が溶けるように感じられる極上の牛肉である。焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなど、どんな料理でも最高の味わいを与えてくれるが、特に絶妙な加減で炙って供される「前沢牛のにぎり」は、十分に熟成させた肉の甘みや、柔らかな肉質を最大限に引き出し、「陸のトロ」と呼ばれている。
  昭和40年代に黒毛和種の肥育を始めた当初は、「岩手のガリ牛」と酷評を受けたが、「前沢牛が全国の共進会でトップをとる」という目標のもと、地域が一丸となって生産技術の向上に取り組み続けた結果、昭和53年には東京食肉市場で当時の最高販売価格を更新した。また、昭和61年に全国肉用牛枝肉共励会で名誉賞(農林水産大臣賞)を受賞したことを皮切りに、その後も全国規模の各種共進会・共励会等で最優秀賞の受賞を重ね、平成26年度の全国肉用牛枝肉共進会において、全国最多となる通算6度目の名誉賞(農林水産大臣賞)を受賞している。「前沢牛」は、このような地域の取組による数々の受賞歴を背景に、東の横綱「前沢牛」として全国的な知名度を有している。 

 地域との結び付き -

*https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/28.html より

 

 「前沢牛」は、岩手県奥州市前沢区において最長期間、最終的に飼養された肥育牛から得られた、きめ細やかな霜降りと、しっとりした食感に優れた肉質が特徴の牛肉です。
 自然環境に恵まれたこの地域で育った良質な稲わら、干し草や穀類を飼料として与えながら、生産者の愛情を1頭1頭に注ぎ、ストレスがかからない環境で肉用牛の肥育を行ってきました。この地域の稲わらを粗飼料及び敷料に使用し、たい肥を水田や畑に還元するという自然循環型の肥育スタイルがとられており、良質かつ清潔な稲わらを吟味して給餌するために、稲わらの収穫と確保には最大限の努力が払われています。
 肥育素牛には黒毛和種の去勢牛を活用することで、他産地との競合を避け優秀な素牛を確保するとともに、差別化を図ることを目指してきました。一方で、肉質を高めるためにサシを入れますが、去勢牛にサシを入れるのは技術を要します。1戸あたり平均25頭前後という小頭数の肥育経営が中心であり、農家の飼養スタイルごとに一頭一頭こまめな管理を行っています。
 「前沢牛」は上質できめ細やかな霜降りで、しっとりし、その脂はしつこくなく、食すと上質な香りが口の中に広がり、肉が溶けるように感じられる極上の牛肉です。焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなど、どんな料理でも最高の味わいを与えてくれますが、特に絶妙な加減で炙って供される「前沢牛のにぎり」は、十分に熟成させた肉の甘みや、柔らかな肉質を最大限に引き出し、「陸のトロ」と呼ばれています。

 岩手県奥州市前沢区は、北上盆地の南部に位置し、中心部に北上川が流れており、奥羽山脈、北上山地から流れ出でる豊富な雪解け水、そして肥沃な大地が米づくりに適しており、良質かつ清潔な稲わらの供給が可能です。
 それまで馬の産地であった地域性を活かして、1950年代に岡山県や島根県から繁殖雌牛を導入し、黒毛和種の子牛の生産が始まりました。 当時はまだ子牛の生産のみで、肥育は行われていませんでしたが、子牛は地元からの引き合いがなく価格は低迷していました。このような状況の下、1965年に前沢町農業協同組合が発足すると、肥育専門部会が設立され、黒毛和種の肥育が開始されました。1971年には、地域の生産技術や生産意欲の向上を図る目的で、地域内の優秀な肥育牛を表彰する前沢牛枝肉共進会が初めて開催され、現在に至るまで継続しています。またこの時、初めて「前沢牛」の名称が使用されました。
 1978年には、肥育経営・技術を先導するリーダーを育成する取り組みが開始され、高度な肥育技術の習得と、そのノウハウの伝達・浸透が進んでいます。また、1980年頃から、生産者を対象として、専門講師を招いての飼養管理研修や購買者、買参人等を招いての懇談会等が開催され、地域全体の生産技術向上が図られています。
 これらの取り組みにより、肥育牛の生産が軌道に乗り、出荷された肥育牛の枝肉情報が繁殖農家に還元されるようになったことから、「前沢牛」を子牛から肥育牛まで地域内で一貫生産する体制が構築されてきました。このことも、前沢牛銘柄が確立した要因の一つと考えられます。
 1985年、前沢町制施行30周年を契機に、前沢牛の消費拡大として「前沢牛まつり」が開かれ、今日まで毎回3万人を超える来場客で賑わいを見せています。町の看板、橋の欄干、街灯やマンホールに牛のモニュメントを作成し、町のシンボルとしての「前沢牛」をアピールする活動が展開され、「牛の町」として全国的に知られるようになりました。 

*https://gi-act.maff.go.jp/register/entry/28.html より

 

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<漢字検定> 準1級 四字熟語 18.回答 19.出題

2021-01-22 08:32:18 | 漢字検定

 前回の回答

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 


 問1 氾愛兼利-はんあいけんり- 人を区別なく広く愛し、互いに利益を与え合うこと。中国戦国時代の墨子ぼくしの思想。▽「氾愛」は広くすみずみまで愛情を及ぼす意。博愛。汎愛。「兼利」は利益を共にして、広く分け合う意。「兼」は自他の区別をせず、広く…すること。ともに。

 


 問2 途方途轍-とほうとてつ-物事の方法や理屈、道筋のこと。「途方」はやり方や道筋という意味。「途轍」は通っていく道ということから、やり方や道筋という意味。同じ意味の言葉を重ねて強調したもの。

 


 問3 廓然大公-かくぜん-たいこう-心が何のわだかまりもなくからっと広く、少しの偏りもないこと。君子が学ぶべき聖人の心をいう語。また、聖人の心を学ぶ者の心構えをいう語。▽「廓然」は心がからりと広いさま。「大公」は大いに公平で私心のないこと。「大」は「太」とも書く。

 


 問4 桂殿蘭宮-けいでん-らんきゅう-美しい宮殿のこと。▽「桂」は香木の名。「蘭」は香草の名。「殿」「宮」は建物のこと。

 


 問5 画虎類狗-がこるいく-才能のない者が、すぐれているものの真似をしても、見苦しい結果にしかならないということのたとえ。虎の絵を描いても、犬にしか見えないということから。後漢の将軍の馬援が、豪傑の杜季良の真似をしていた兄の子を手紙で戒めたという故事から。「虎を画いて狗に類す」とも読む。

 

 今回の出題

 

 問1から問5の四字熟語の読み方を答えてください。
 ※読み方が複数あるものには代表的な読みを答えとして表示しています。

 

 問1 豹死留皮

 

 問2 鷹視狼歩

 

 問3 杜黙詩撰

 

 問4宛転蛾眉

 

 問5 河山帯礪

 

 

 *漢字検定Web問題集 HP より

 *goo辞書・四字熟語辞典ONLINE より

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<経産大臣指定伝統的工芸品> 岩手 秀衡塗

2021-01-22 08:22:29 | 経済産業大臣指定伝統的工芸品

 「秀衡塗」

 「秀衡塗(ひでひらぬり)」は、岩手県で作られる漆器。1985年には経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定された。

 

 歴史
 秀衡塗は、平安時代末期に平泉で栄えた奥州藤原氏第3代当主・藤原秀衡が京より職人を招来し、この地方特産の漆と金をふんだんに使い、器を造らせたのが起源とされている。 また、一説には延暦年代から安倍氏により、奥州市衣川増沢地区で仏具や武具などの漆製品の製造が行われていたとされている。中でも藤原氏の時代、漆の産地として、また漆工芸の里として平泉の黄金文化を支えたとも伝えられている。

 江戸期まで増沢地区では、古くから木工加工が盛んであり、漆器加工も小規模ながら行われていた。[1]明治4年(1871年)この地に新たな漆器産業を起こすべく、組頭辰十郎により奥州藤原氏の流れをくむ秋田県稲川町の川連漆器職人沓沢岩松が招かれ、増沢塗が成立する。 この地では古来から秀衡椀は作られてきたが、高級品の為あまり知られていはいなかったが、昭和13年(1935年)、民芸の父と言われる柳宗悦らによる秀衡椀の調査が行われ、増沢塗職人により秀衡椀が秀衡塗として復元され、広く作られるようになった。 増沢塗職人は昭和30年(1955年)増沢地区衣川ダム建設に伴い奥州市水沢・胆沢、平泉町等に散在。現在は奥州市胆沢に1名伝えるのみである。

 特徴
 下地は、最も丈夫と言われる本堅地(ほんかたじ)を使っている。加飾は当地で昔から伝えられてきた漆器の「秀衡椀」を手本にしたもので、「源氏雲」という雲の形と、いくつかの菱形の組み合わせで作られる「有職菱文様(ゆうそくひしもんよう)」が描かれる。

*Wikipedia より

*https://kougeihin.jp/craft/0502/ より 

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