一昨日の地震は、揺れの時間も長く恐怖を感じた方も多かったのではないでしょうか。
福島では震度6強!
11年前の悪夢がよぎった夜でした。
一方世界情勢は、戦渦に巻き込まれた多くの方々が「地下シェルター」で不安な時間を過ごしています。
コロナも相変わらずの状況で、まだまだ終息の気配は感じられない日々です。
この世界では何が起きるか分かりません。
戦争は人災!
地震は天災!
パンデミックは人(天)災!
共通することは、日々普通暮らしを送っている人々の「人生」が歪められ、人間の「尊厳」が蹂躙されている現実社会。
『防災』や『防疫』意識はあっても、どうすれば良いのかの完璧な答えはありません。
出来るところからの「レジリエンス対応」を、社会実装させる『意識』を持ち「行動」してゆくことが大切かと思う日々です。
ウクライナ報道で、「地下シェルター」で空爆を退避している人々の姿が伝えられますが、私たち日本社会では「地下シェルター(防空壕)」を用意している住宅やオフィス等のビル施設などは殆ど無いのでは!
(官邸や一部政府機関などの防災施設くらいでしょうか!)
日本で暮らす私たちは「地下シェルター」など存在そのものに意識が及んでいないのではないでしようか。
「日本は戦争とは無関係でミサイルなど飛んでくることなどあり得ない!」 と多くの人々は思っています。
不要の「地下シェルター」などは、家やマンションを建設する場合にはコスト増になるだけなので「タラレバ」は排除されます。
1000年に一度⁈の頻度しかない「津波」に備える防波堤は、「想定内の範囲」でしか(コストの問題もあり)敷設しません。
原発は安全のはず! でも…..「想定外」の事態に為す術もなく….その代償は計り知れぬものに。
11年経った今も、冷却が不可欠の状態のところに、震度6強の大きな揺れが一時の停電を引き起こし間一髪セーフ。
想定外とは「まさか!」と同義
「まさか」には、私たちの意識や常識感への『慢心』を顕わす言葉でもあります。
「備え有れば憂いなし」は多くの人は理解しますが、その「備え」の程度に関しては、さまざまな事情が交錯し「妥協点」が見出されるのが社会の常。
「妥協点」が適切かどうかは、痛みを体験することで実証されますが、その時は「事既に遅し」となる事も。
VUCA の時代、私たち一人ひとりが「レジリエンス)とは!わー考えながら行動してゆく事が大切と思う朝です。
今日も渋谷QWSで活動します。^_^