limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB ㉞

2018年08月23日 16時47分34秒 | 日記
週末にも関わらず、I氏は忙しかった。用賀事業所の空調設備更新について、打ち合わせの為に上京する必要があったからだ。そこにもう一つ、Kから押収した「実弾と新兵器」を横浜のY副社長に届ける任務が加わったのだから、昼を食べる間を惜しんでの強行軍をしなくてはならなかった。休日にも関わらずY副社長は、本社デスクで図面を凝視して、最終チェックを行っていた。それは、ベトナム工場の地下倉庫の改築図で、何やら「監獄」さながらの部屋へと倉庫を作り変える為のものだった。「これでいい。まずは合格だ」そうY副社長が呟いた時、ドアをノックする音が鳴った。「Y副社長、工場からI氏が到着されましたが、いかが致しましょう?」秘書が居ないので、呼び出されていた品質保証部長が知らせに来た。「すぐにここへ。君も同席したまえ」Y副社長の言葉に部長は怪訝そうな表情をしたが、I氏を伴ってデスクの前に並んだ。「すまんな。折角の休日だが、これから話す事は非常に重要かつ慎重な対応が求められる事案だ。他言は控えて欲しい」Y副社長の言葉に2人は一瞬身を固くした。「まず、例のブツを見せてくれ、I」スーツケースの奥底からI氏は「実弾と新兵器」を取り出して手渡した。暫くその中身を凝視していたY副社長の顔が強張った。「I、これがもしXの手で悪用されていたらどうなっていたと思う?想像するだけでも恐ろしい。今、私の手元に届かなければ、Kが復権するだけでなくDBも復権し工場は混乱の渦中に墜ちていただろう。所でコイツのマスターは何処にあるんだ?」I氏は静かに「まだ、分かっていません。ミスターJの推測では、Kの懐にある様です。ヤツはメモ魔で常に2冊の手帳を持っていました。その内の古びた黒表紙の手帳が、マスターではないかと言うんです」と報告をした。「これはパソコンで打ち出されているから、KがXに渡すために作成したと言う訳か。何とかマスターを手に入れる手段はないのか?」Y副社長はI氏に聞いた。「Kは肌身離さず持ち歩いている様です。これから手に入れるとすれば、住居侵入を本気で考えるか・・・」「おいおい、こちらが道を踏み外してはいかん!」慌ててY副社長は止めに入る。束の間の無言の後「I、Kは肌身離さず持ち歩いていると言ったな。KがZ病院を襲撃する際も、手荷物の中に入っている確率は高いと見ていいか?」「はい、その可能性はあります。Kの事ですからいつ何時でも使えるように所持して来るでしょう」I氏は断言した。「それならば、Kを捕えればマスターも自ずと手に入るな!それを処分してしまえば、永久に悪魔の手は封じられる!XがKに接触するのはいつだ?」「明後日と聞いています」I氏が答えると「分かった。では、Kに持ってきてもらうとしよう。ここで焦っても仕方ない。全てを台無しにする事は避けなくてはならん。私も正直な話、早く叩き潰したくてウズウズしているのだ。汚点を拭う最大のチャンスなのだから。指揮官である私が理性を抑えなくてはいかんな!I,ご苦労だった。証拠品は確かに受け取った。少し時間は取れるか?」「はい、用賀の方が早く片付いたので、後は帰るだけですが・・・、何か?」I氏がそう言うと「君にも聞いておいて貰いたい事だ。部長、DBはどうなっている?帰国の目途は立ちそうなのか?」「はい、昨日の報告では、今日中にケリが付くと連絡が入っています。後は、量産試験を残すのみです」部長は慌て気味に報告をした。「よろしい、DBを呼び戻す時期が来たな。月曜にDBへ帰国指示を出せ!速やかに横浜本社へ出頭しろ!と伝えるんだ。量産試験は他の者を派遣して行わせるとな。何しろ休暇を与えなくてはならない。速やかに2週間の休暇だ!手当の増額も伝えて置け」「分かりました。最速の便を手配して帰国するように伝えます」部長はすかさずメモを取る。「ここにもメモ魔がいる。善なるメモ魔だからいいが、それと部長、現在交通事故で休職中のSの容態はどうだ?復帰の目途は?」Y副社長が続ける。「はい、そちらも昨日報告が入っています。むち打ちと手足の打撲で済んだのは、不幸中の幸いでしたが、回復は思いの外早く、もう歩いたり手を使うにも支障はないと聞いています。首の方は完璧ではないそうですが、月曜に本社へ顔を出す事になっています」「仕事は出来そうか?」Y副社長が確認を取る。「出張は、まだ無理のようですが、デスクワークはやれると聞いています。いずれにしても月曜に本人に会って確認しないと断言は出来ません」「出社は出来ると言う事か?」「本社へ出てくるのは可能です。DBのサポートは出来るでしょう。本人もあまり長く迷惑はかけたくないと言ってます」部長の報告を聞いたY副社長しばし考えを巡らせていた。そしてこう切り出した。「部長、Sを早期に復帰させたい。再来週ぐらいを目標に。Sが座っていた椅子は現在、DBを置いているがSが勤務可能ならば、復帰を急ぎたいのだ。無論、出張などは当面免除するし治療も継続を認める。DBが帰国して休暇に入ったら、Sを課長職へ戻そう。やはり、Sを置いて他には代えられん!」部長はびっくりして目を剥いた。「確かに、Sを起用するのが最善ですが・・・、無理はさせたくはありません。病み上がりですし・・・」「部長の心配は分かる。だが、事態は大きく動くのだ!DBには異動命令を出さねばならん!SをサポートするためにWを総務から差し向けよう。それで何とか乗り切って貰いたい。済まんが宜しく頼む」「DBはどうされるのですか?」部長が恐る恐る聞くと「ここだ!」と言ってY副社長はデスク上の図面を突いた。「Iは分かっているが、部長には何も知らせていなかったな。この図面はベトナム工場の地下倉庫の改築図だ。ここへDBを異動させる。DBはこれから大罪に加担して逮捕される予定なのだ。もっとも証拠不十分で警察からは釈放されるが、私はDBを解き放つ意思は無い!!この特製の監獄へ送り込む!DBは会社から抹殺するんだ!」I氏と部長は図面を見て顔から血の気が引くのを覚えた。出入口は1か所のみ、三重の鉄格子扉、窓は無くあらゆる場所に監視カメラが据えられるようになっている。地下なので壁や床はコンクリート製、「獄舎」と言うのがぴったりだ。「DBは何の犯罪に手を染めると・・・」部長が問いかけると「君が知っていいのはここまでだ!部長はこれ以上深入りするな!Iよ、どうだDBの新居は?」「快適すぎますね!まかない付きの高級マンションじゃありませんか。リゾートとすればVIPクラスですか?」「その通り。私が贅を尽くしてもてなすのだ!」Y副社長は笑みを浮かべながら答えた。「Iよ、見ての通り準備は着々と進んでいる。後は、客を迎えるだけだ。ミスターJと連携して、お客様を丁重に送り出してくれ。歓迎の用意は済んだ!それから、部長、ここで見聞きした事は他言無用だ!くれぐれも迂闊に動いたり話したりしないでくれ!今回の一件は非常に重要かつ危険な計画だ。素知らぬふりを決め込んでいるんだ!2人共宜しく頼む」「はっ!心得ました!」I氏と部長はY副社長の部屋を辞していった。

DBは、韓国の工場のクリーンルームでヘタバッテいた。「これで帰国だ!休暇だ!割増手当だ!」ヤツはよろめく様に宿舎へ帰ると、ベッドへダイブして眠りこけた。どの位の時間が経ったのか分からないくらい、いびきを立てて寝入った。やがて、けたたましく電話が鳴り始めた。DBは携帯を探り当て寝ぼけ声で受信ボタンを押した。相手は部長だった。「お休みの処、済まんな。機械の方はケリが付いたそうだね。ご苦労」時計の針は午前10時を指している。ピッタリ10時間眠っていた事になる。「いえ、夕べも日付が変わるまで格闘しておりましたので、寝過ごしました。申し訳ありません」DBは珍しく下手に出た。それ以上に疲れ果てていて気力も失せていた。「済まないが、至急帰国して横浜本社へ出社して欲しいんだが、最短で何時になりそうかね?」部長が誰何している。「明日、一番のフライトだとすると、午後には本社へ出向けますが、まだ量産試験が終わっていません。どうするんですか?」「交代要員は、今日のフライトで向かわせた。君には大至急休暇に入ってもらわなくてはならない。実はY副社長から大目玉を喰らってね。働き過ぎだから至急帰国させろ!との厳命なんだ。特別手当を受け取って2週間の休暇だ。明日、一番のフライトで帰国してくれ。引継ぎは必要ない」部長が妙に急かすので、DBも一瞬「変だ」とは思ったが、帰国命令が降って来たのだ。帰れと言うなら喜ぶべきだ。「承知しました。明日の午後には出社します」と答えつつ表情は満面の笑みがこぼれていた。「ヨッシャー!ここともおさらばだ。超特急で帰るぞー!!」ベッドから跳ね起きたDBは、航空券を手配して荷造りにかかった。やっと帰れるのだ。特別手当も支給されるのだ。「まずは、中華街で一遊びして、ゆっくりと寝るか?!そういえばスナックのボトルがなくなりそうだったな。2本ぐらい入れてやろうじゃないか。ママも喜ぶぞ!」DBは「休暇をどう過ごすか?」で頭が一杯だった。久々のまとまった休暇だ。「誰も俺の邪魔はさせん!」鼻歌交じりに、嬉々として帰国の用意に励んだ。だが、これが「地獄への花道」だとは微塵も思ってはいなかった。翌朝、飛行機の中でDBは「特別手当は20万円は下るまい。いや、30万は来るだろう?!」と皮算用に余念がなかった。しかし、DBは特別手当を使う事もなく国外へ追放される宿命をまだ知らない。天国から地獄へ。真っ逆さまに転げ落ちるのである。