limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。本日、天気晴朗ナレドモ波高シ

ミスター DB ㊴

2018年08月29日 16時25分42秒 | 日記
遥かなる昔、ミスターJは会社の組合の委員長として、闘争を指揮していた。そして、女性達を束ねていたのが、ミセスAであった。過激な闘争に明け暮れる組合に対して、会社は散々手を焼いていた。やがて、新たな組合が設立され、若き日のKやDBも新組合に加入し、ミスターJ達と激しい主導権争いを繰り広げた。その結果として、ミスターJは敗れ地下に潜らざるを得なかった。ミセスAも同じく下野したが、ミスターJは彼女に退職を勧めた。「君はまだ若い。頑張れば、また日の当たる道を歩けるようになるだろう。チャンスを棒に振ってはいけない」そう諭され、ミセスAは会社を去った。看護師資格を取り、看護師としてキャリアを積み上げて行きながら、結婚もして子宝にも恵まれた。その都度、ミスターJは我が事の様に喜び、祝福をしてくれた。ミセスAは、そんなミスターJを陰から必死に支援し続けた。そして今日、因縁のKとDBに再び相まみえるのだ。「ヤツら私だと気づくかしら?」ミセスAは久々の対決に心躍る気分を抑えつつ、応接室に向かっていた。

KとDBは押し黙っていた。せわしなく汗を拭きながら、ひたすら待っていた。時間すれば10分も経ってはいなかったが、ヤツらには1時間ぐらいに思えていた。何しろ、ここは「敵地の只中」なのだ。一つ間違えれば、逆に捕らえられる恐れもある。これからの「駆け引き」に全てを賭けるしか道は無いのだ。KとDBは心の中で、慎重に喋る言葉を選んでいた。2人がジレ始めた頃、ノック音が聞こえた。KとDBは反射的に立ち上がり、背筋を伸ばした。「遅くなりまして申し訳ございません。私が〇△*◇〇様を担当させて頂いている看護師のAと申します。〇△*◇〇様のお父様と叔父様でいらっしゃいますね?遠くからご苦労様でございます」「息子がお世話になりまして、ありがとうございます。今日は突然参上しましたが、息子に面会は出来ますか?」DBが上手く下手に回る。ミセスAは拍子抜けした。「何よ、気付かないの?!老いぼれの悪魔ども!」心の中でそう言うと同時に、計画が順調に運びそうだと思った。KとDBは全く気付いていない。こちらの思う通りの認識を植え付けるには、絶好のチャンスだと確信した。ミセスAは殊更丁寧に「既にお聞きになっていると思いますが、こちらの病棟は外部との接触を極力避けている所でございます。ご親族・ご家族でもご面会をお断りさせて頂いているケースもございます。〇△*◇〇様は、奥様だけが直接ご面会を認められている方になりまして、他のご家族・ご親族の方は面会を制限されておられます。奥様からお話をお聞きになってはいらっしゃいませんか?」KとDBは焦った。何と答えたものかと。それでもDBは「息子と私は別々に所帯を構えておりまして、嫁に確認せずに来てしまったのです。そうでしたか。私達では許可が出ないと言う事ですか?」と何とか話を繋いだ。「はい、直接のご面会につきましては、主治医の許可が必要になります。あいにく、〇△*◇〇様の主治医は今日、外勤に出ておりまして、〇△*◇〇様ご自身も検査を済ませられて、お休みになられております。点滴でお休みになって居ますので、起こすことは私達にも出来ません。明日も、朝から検査の予定が入っておりますので、明後日にならないとお返事そのものが出来ない状況でございます。」ミセスAは済まなそうに顔を作った。腹の中では笑いが噴き出していたが、それは表情にも出さない様に必死に堪えた。「では、明後日になれば、許可を頂けると言う事ですか?」DBも必死に演技を続けた。「そうですね、〇△*◇〇様と主治医が話し合いまして、体調が良ければ許可が下りる可能性はございます。ですが、病室へはご案内は致しかねます。接見室での対応となりますが、よろしいでしょうか?」「接見室とは?どこです?!」DBが身を乗り出して尋ねた。「反対側のお部屋でございます。ご案内しましょう」ミセスAは応接室の反対側に4部屋並んでいる接見室へKとDBを連れて行った。「これは、どうしてこんな仕掛けが・・・」KとDBは絶句した。留置場や刑務所にあるような部屋の構造に心底驚いた。ガラスを境に手前と奥に仕切られた部屋は、テレビドラマで出てくる部屋そっくりだった。「患者様とご面会者様の安全を考えた上で、この様なお部屋でのご面会をお願いしております。お気の毒ですが、こうした対応を取りませんと面会の許可そのものが下りない事もございます」「分かりました。せめて、声だけでもかけて元気付けてやりたいのです。お願いできますか?」DBは何処までも丁寧だった。普段の粗雑さを封印したその姿は滑稽そのものだった。たが、今ここで面会の許可を取り付けなくては、全てが無に帰すのだ。DBは必死に食らいつく。「どうか、先生にお取次ぎをお願いします!」Kは接見室を素早く見回して内部構造を頭に叩き込んだ。そして、DBと共に「お願います」と頭を下げた。屈辱に耐えながら。「分かりました。どうか頭をお上げになって下さい。私どもとしても、ご家族・ご親族の皆様のご希望を無下には致しません。〇△*◇〇様のご病状からしましても、主治医の許可は下りる可能性はありますので、ご安心ください。たた、ご面会はこちらでのご対応になりますので、その点はご了解ください。私からも主治医に働きかけて見ますので、明後日のこの時刻、今、午後3時ですが、もう一度、私を訪ねていらしてください。その時までに出来る限り努力してみましょう。それでよろしいでしょうか?」「分かりました。ありがとうございます。明後日の午後3時ですね。必ず参ります!」DBは頭を下げた。Kも下げている。どうにか面会の約定を取り付けたのだ。内心2人はほくそ笑んでいたが、表情には現さなかった。「それでは、明後日お待ちしております。インターホンでは私、Aを呼ぶようにお申し付け下さい。それで分かるようにしておきますので」「はい、それでは失礼いたします。お手間を取らせませして、ありがとうございます!」KとDBは再度、頭を下げた。「そのままお進みください。出るときはロックを致しておりません。どうぞお気を付けて」ミセスAも頭を下げてKとDBを見送った。

KとDBはエレベーターに乗るまで、無言を貫いたがエレベーターが降下し始めた途端、踊るようにはしゃぎ、けたたましく笑った。「DB!何という名演技だ!アカデミー賞モノだ!ヤツらから最高の回答を引き出したぞ。これで俺達の計画は、万事上手くいく。憎たらしい小僧は永遠に“外の世界”を見ることは無い。今度こそYも失脚へ追い込んで、我らの天下が復活するんだ!上々だよDB!」Kの目はキラキラと輝き、心は早くも“復権”に向けての計算を始めていた。「K、本当にこれでいいのか?俺は面会を取り付けたに過ぎないんだぞ!憎たらしい小僧に手は出せないじゃないか?接見室とやらでの捕縛は無理だ!」DBはKの意図を掴みかねていた。「ああ、捕縛は無理だ。それは認める。だが、手は他にもあるんだ!“憎たらしい小僧自らが自滅する”様に仕向ければいいのさ。俺はその用意もして来ている。捕縛は出来ないが、自滅へ追い込めば俺達の手間も省けるしな」「他の手とは、どんな手だ?」DBが怪訝そうに聞いた。「ホテルに着いたら説明するよ!今は敵地の只中だ。詳細は“安全な場所”でゆっくりと話そう!」エレベーターが止まり2人は1階へ降り立った。「ひとまずは、引き上げだ。明後日の午後3時。俺達は偉大なる勝利を手にして帰る!DB、今度はYが泣きを入れる事になるだろう。今までの苦労は報われるのだ!」「そう願いたいよ。Yの失脚は俺の望みでもある!まずは、詳しい話を聞いてからだな。その後は、“祝杯”を挙げようじゃないか!我らの輝かしい未来を祝して!!」「そうしよう!」KとDBは、上機嫌でZ病院を後にした。

6階の精神科病棟の廊下でも、腹を抱えて笑いを堪えて居る人物がいた。「何!あのブクブクでツルツルのハゲ共は!全く気付かないなんて、阿呆もいいところだわ!私が誰かも忘れて必死にハゲ頭を下げるとは!あー、可笑しい!見事に“ひっかけ”は成功だわ!借りはキッチリ返して貰うわよ!KにDB!!」ミセスAは息も絶え絶えになる程、笑い転げていた。「笑い過ぎですよ、ミセスA。そのくらいで辞めて下さい」1人の若い精神科医が見かねて注意した。ミセスAは涙目で振り返り「いいじゃない!ちょっとぐらいハメを外しても。貴方もモニター室で見てたんでしょ!」と抗議した。「ええ、迫真の演技、しかと見させていただきましたよ!母さん!」彼はミセスAの息子であり、Z病院精神科の医師でもあった。「貴方、時間はいいの?」ミセスAは聞いた。まだ、笑いは止まりそうにない。「4時から父さんと院長と打ち合わせですよ。明後日に備えて。警察の方もそろそろ到着するはずですけど・・・」「分かったわ。私もテープを作らなきゃ。ミスターJへの贈り物」ようやくミセスAは正気を取り戻しつつあった。「ここには入院されては居なくても、“彼”を悪魔の手から救うのは、医師としての誇りを賭けた闘いになる。父さんもそう言ってました。僕も思いは同じ。母さんだってそうだろう?」「そうね。遠い病院で療養をされている“彼”の手助けをするのも立派な治療になるわ。これ以上、不幸な人々を増やさない為にも、悪魔はここで葬るのよ。その手助けが出来るのは、私にとっても意義深いこと。だからミスターJからの要請に答えたの」ミセスAは力を込めて言った。「私の役目は半ば終わったけど、ここからは貴方と父さんたちの出番よ!しっかり頼むわ!」「ええ、言われなくてもそのつもりですよ。今回を逃す訳にはいかない!全力で立ち向かう覚悟ですよ!Z病院の名に懸けて!悪魔はここで退治して見せましょう」息子も母に誓った。「さあ、次の段階へ進みましょう。時間はいいの?」「そろそろ会議だ。じゃあ、母さん僕は行くよ。バトンは確かに受け取りました。後は僕らの番だ!」「行きなさい!後は頼んだわ!」ミセスA親子は病棟の廊下で、それぞれの方向へ分かれて行った。「さて、ダビングしなきゃ。本当はビデオを贈りたい気分だけど・・・。」ミセスAはダビング作業に向かった。

N坊達は、KとDBに接近しようとしていた。だが、あまり露骨に近づけば逆に気付かれてしまう。N坊は、KとDBの会話を何とか捕えようと、耳を澄ませた。だが、周囲の音にかき消され、途切れ途切れにしか捉えられない。「クソっ、“耳”がありさえすりゃあ・・・」N坊は必死に耳を傾け、探りを入れようとした。目を閉じて意識を集中し、雑念を振り払った。だが、相変わらずハッキリと捉えられない。その時だった。「KとDBが立ち上がりました。エレベーターへ向かう気配です!」一緒に行動を共にしていた社員が囁いた。「何!どこへ向かうつもりだ?!」N坊は視線を走らせKとDBの背中を追った。確かに2人はエレベーターホールへ向かっていた。距離を保ち、KとDBがエレベーターの中に消えてから、行先を確認する。ヤツらは、上へ向かっている。「6階か?!多分そこしかあるまいが・・・」「どうします?こちらも追いますか?」「いや、それはマズイ。隠れる場所がない。向こうもこちらも丸裸では気取られるだけだ」そう言ったN坊はPHSを引っ張り出し、F坊を呼んだ。「もしもし、どうしたN坊?!」F坊はすぐに出た。「KとDBがエレベーターで上へ向かった!恐らく6階だろう。F坊、何処に居る?」「今、1階北側の職員出入口兼、資材搬入口を撮影中だ。もうすぐ、そっちに着く。N坊は?」「エレベーターホールに居る。ともかく合流しよう!薬剤部の窓口の前で待っている」「了解」N坊達は早速移動を開始した。6階の病棟には、ミセスAが待ち構えている。KとDBが戻るとすれば、暫く時間がかかるはずだ。この隙に合流して置かなければ、次の行動に支障が出かねない。F坊達はすぐにやって来た。「ミセスAの餌食になりに行ったか?」「ああ、多分。暫く時間がある。この隙に調べた結果を図上にまとめよう。しかし、疲れた。喉がカラカラだ」「こっちもだ。すいませんが飲み物を買ってきて下さい。それとエレベーターホールの監視を・・・」F坊の頭をN坊が引っぱたいた。「馬鹿、カネぐらい出せ!」「分かりました。用意します。おい、監視を頼む。俺は売店へ行ってくる」社員の1人が走り出した。もう1人はさりげなく監視を始めた。「すみません。そう言えば、交通費もみんな出してもらってますね。返さなきゃ」N坊が財布を出そうとすると社員が手で制しながら「経費は会社が負担します。ご心配はいりません。課長命令ですから」と言った。「そいつはどうも・・・」F坊は恐縮しつつ頭を下げた。「私達は同志です。お気になさらずに」社員はさりげなく言い、再び視線を周囲に向けた。F坊とN坊は、急いで図面を照らし合わせ、写真を撮影した場所と方向を記載していった。その間に、コーヒー缶とサンドイッチが届いた。それらを流し込みつつ作業は続けられた。やがて、図面は完成したが、F坊とN坊はそれを改めて見直してみたものの「大手を振って出られる場所は無いな」「ああ、病棟で騒ぎを起こそうものなら、突破は不可能に近い」2人の結論は一致した。「どこか見落とした場所はないかな?」N坊は改めて図面をプロットして見た。「ミセスAも確認してるんだろう?俺達も隅から隅まで調べ上げた。どう見直しても、騒ぎを起こしたら自力での脱出は不可能だ。内通者が居たとしても、誤魔化しは通用しないよ」F坊は図上を幾つかなぞりながら出入口を示したが、どこにも監視の目がある。「監視カメラまでは見てないが、要所要所には仕掛けられてるハズだ。つまり、脱出は不可能って事だよ」F坊はそう結論づけた。「だとしたら、KとDBはどんな手を使うんだ?」N坊は首を捻った。「分からないよ。現時点では結論は不明だ。ミスターJなら思いつくかも知れないが・・・」F坊はお手上げだとジェスチャーで答えた。その時「KとDBがエレベーターから降りてきます!」と社員が言った。F坊とN坊、社員2名は慌てて図面を掴むと、KとDBを避けて移動した。「ひとまずは、引き上げだ。明後日の午後3時。俺達は偉大なる勝利を手にして帰る!DB、今度はYが泣きを入れる事になるだろう。今までの苦労は報われるのだ!」一瞬、Kが喋るのが聞こえた。「明後日の午後3時って言ってたな。ミセスAとの交渉が成立したんだ!」F坊がN坊、社員2名に囁いた。N坊は「今日は引き上げるらしいな。さて、どうする?」と皆を見回した。「KとDBが、これからホテルへ戻る保証は無い。どこかへ出かける可能性も考えなきゃならない。また、2手に分かれよう。N坊達は、KとDBを追ってくれ。俺達はミセスAからの手土産を受け取ってから、ホテルへ引き上げる」F坊が方針を決めた。皆が頷く。N坊は「こいつを渡して置く」と言って、F坊に図面とPHSとデジカメを渡した。「PHSはミセスAに、図面とデジカメはミスターJに渡してくれ。KとDBの行先は、随時携帯に連絡を入れる。じゃあ、頼んだぞ!」N坊達は、すぐにKとDBの後を追った。F坊は、PHS以外のモノをカバンへしまい込み、残った社員を振返った。「KとDBは“偉大なる勝利を手にして帰る”とか言ってましたね。ヤツら本当にどうするつもりなんだろう?」「さあ、私にもサッパリ分かりません」「まずは、ミセスAからの連絡を待たなきゃならない。暫くは待機ですね。隠れる必要も無いから、奥のソファーで待ちますか?」F坊達はソファーへ座り込んで、ミセスAからの連絡を待った。「鉄壁の要塞からどう脱出するんだ?ヘリか戦車でもなけりゃ、突破すら出来やしない。どんな魔法を使うんだ?」F坊は必死に考えた。だが、いくら考えても答えは見つからない。やがて、睡魔が襲ってきた。かなり強烈なヤツだった。F坊達は、睡魔に抗うことは出来なかった。疲れ果てた彼らは、不覚にも眠りこけてしまったのだ。そして、その背後に不穏な影が迫りつつあった。足音を忍ばせた影は、ヒタヒタと彼らに迫っていった。