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 バイクが教えてくれたことなどを勝手に気ままにつづるブログです。
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【バイク乗りが語る交通安全】番外編2

2012年04月04日 22時45分53秒 | 1.安全運転

横浜の二俣川で限定解除試験の試験官(白バイの先生)のあいさつが忘れられない


川崎に引っ越してから六本木近くの本社まで、バスと電車で70分。バイクで30分。当時は今ほど縛りがきつくなく、通勤定期をもらってビル陰に停めてバイク通勤してました。今は駐車もだめだし、通勤手段としても許可されません。しかし、満員電車ほど苦手なものもないので、暑かろうが、寒かろうがバイクは最高でした(この時はNS250だったかなぁ)。メリットはバイクで到着するとその瞬間からアドレナリン全開で仕事に入れることで、逆に電車だと鬱から始まりますwww。

本社転勤でしばらくは生活に余裕が無く、大型バイクも気にならなかったので途絶えていましたが、予約で土曜日も月1回なら何とか取れることがわかり、長期戦でまたチャレンジする事にしました。


最初の試験官のあいさつが素晴らしかった。背の低い白バイ上がりの鬼教官といった感じの眼光鋭いひとだった。自分がいるグループで話された内容は、大体こんな感じだった。


試:「いいか、貴様ら。 この限定解除の免許というものは、本来不要なものだ」
  「バイクなどは125ccまでで十分事足りる!」
  「そもそも免許とは、公共の仕事に貢献するものを優先して、行政が与えるものだ。
  「従って、ナナハンなどに乗ることの出来るこの免許は、道楽にすぎない!!」

試:「不要なものを与えるのだから、それなりの特権を与えることと同義である。従って、

  自動2輪の大型免許を取得した者は、交通社会の模範となり、皆をリードする気概を持っ 

  て運転することが勤めである。その気構えが無いものには、いくら技術が有っても、

  合格させん!!」

受:「・・・・」


と、まあこんな案配でした。
今の感覚なら、なんとまあ、アナクロで時代遅れなことよ、、と一笑に付されてしまうことでしょう。
けれども、私は好きでしたね。当時見かけるナナハンライダーはみんなキビキビ走っており、文字通り憧れと言える走りをしていました。それは峠ではなく街角で、です。白バイの分身のように走り抜け、間違っても右折でツンツンよたよた、とか、左折で膨らむなんて人は居ませんでした。


そういうハードルの高い免許だったから、やはり取れた後はライダーの模範となるように、交通安全につとめ、流れを乱さない運転を心掛けています。まぁ今でもそんな人もいるには居るんでしょうが人間欲望に弱く、自分には甘いもので、中免でちょっと乗って直ぐにリッターオーバーのバイクを手に入れてしまう人が多い。残念なのはそういう人はあまり長続きせず、バイクを文字通り「卒業」してしまうことです。私の場合、卒業とは身体が乗れなくなった時でしょうね。


こちらも2カ月に一度ぐらいのペースで1年半ぐらい通ったかなぁ。
こちらも大阪と大体似たような難易度でしたが、違ったのは試験官にも依るのでしょうが法規通りは当然として、それだけでは合格しないのです。ですからこちらの方が女性には厳しかったかなぁ。

まず、加速。交差点からスタートして極短い直線で指定速度(50km)まで加速するには、ほぼ全開にしなければならず、そこから指示器3発点灯させて曲がるためには加速しながら後方確認して指示出しての急減速が、一連の動作にならざるを得ず、そう言ったことからバイクは自在に振り回せることが要求されました。1次試験は本当にそれがハードルでした。


2次試験に移ると、今度はなめらかでリズミカルで、ミスが無いように、、、と完成度が要求される。つまり冒頭の説教通り、「免許を与える気は無い」のです。しかしながら、減点が出来ないレベルになって、情が移り、心構えなどが通じるようになると、ようやく「ま、合格させてやるか」と言う感じなのです。だからうまくても乱暴な運転では合格できず、慎重で丁寧な方向での「うまさ」が必要でした。ですから、コースに習熟する必要が有り、2か月に1度ではなかなか、暗記するレベルになりませんでした。


このように求められるレベルが高くても、最初に見せてくれる試験官の模範走行は見事で、先ほどの無茶言うな、という交差点の通過なども、なるほど、、ときっちり出来るところを見せてくれます。この時はVF750とスズキのGSX750Eだったかなぁ。どちらも乗りやすかった。


私は一番厳しかった、背の小さい、頑固じいさんみたいなあの試験官が好きで、偶然か、結構何度もその方に見てもらいました。で、最後に合格した時の2次試験結果を伝える時の言葉がまた良かった。

「・・・あそこのターンはなんだ!、腰が入りきっていないぞ。・・・。まだまだだが、一応乗りこなせてはいるから合格とする。最初に言った通り、この資格は本来不要なものだ。しかしこれだけ熱心に取りに来る魅力を持っていることも事実だ。だからこそ、君の走りを見て、みんながバイクに憧れを持つように走ってくれ」


というようなことを言われた。その中には「怪我するなよ」という温かい思いも受け取ったように思う(憎らしい鬼試験官も同じバイク好き、だからこその厳しさだったと思う)。


今は、交通ルールが守れて乗りやすくなったバイクをはみ出さずに走らせられれば、それで免許は取れてしまう。そうすると憧れの1300ccなんかを買って走りだしてしまう。免許制度のせいで400ccはややトルク不足で、特に東京辺りで車の流れをリードするには結構シフトダウンやワイドオープンなアクセルワークが求められる。4サイクルだと600ccぐらいがちょうどよい感じだ(SSは除く)。これで自在に振り回せるように練習して、自信を付けてから大型に乗ってほしいと思う。でないと、振り回す前に「卒業」してしまうからだ。相棒と会話が出来るぐらいにならないと、そりゃ、飽きちゃうだろ。


私の場合、結局免許取れたのは27歳になってたかなぁ、振り返れば精神的にはちょうどよかったという感じである。なぜならそれまでは青紙、青紙、赤紙、、、講習会、青紙、赤紙、講習会、、ま、24歳位まではそんな高額納税者てな感じで、限定解除後は、11年間で青紙1回。以来歳月は流れ、幾星霜、バイクで切符切られたことは無い・・・(違反が無いわけではない(笑))。


今もバイクに跨って、右足をブレーキにかけて発進する時は、あの時の気持ちを思い出す。
・・・・ちなみにそれはめったに無い・・・・(了)


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4 コメント

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>自動2輪の大型免許を取得した者は、交通社会の... (ユーヒチ)
2012-04-05 13:46:28
>自動2輪の大型免許を取得した者は、交通社会の模範となり、
皆をリードする気概を持って運転することが勤めである。
その気構えが無いものには、いくら技術が有っても、合格させん!!

これです。まさにこれ。
心技体ともに充実した人でないとバイクに乗る資格はない。
いまでもそう思っています。
しかし、自分自身いつまでたっても3つとも全く足りてませんがw
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>ユーヒチさん (河童ライダー)
2012-04-05 21:08:56
>ユーヒチさん
コメントありがとうございます。

若い人で、これが通じるとは嬉しい限りです。
「安全運転を心がけて・・」とはよく言われますが、具体的に何でしょう?。注意、思いやり、法令順守??。

「100馬力の凶器を操縦するんだからな」ってことで、気を引き締めることが先ず大事ですね。

私は車に乗る時も、グローブをします。これは、その儀式によって「これから250馬力、1.5トンの凶器を動かすぞ」と言い聞かせているのです。
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> 試:「いいか、貴様ら。 この限定解除の免許... (Mondlicht)
2012-04-16 17:32:57
> 試:「いいか、貴様ら。 この限定解除の免許というものは、本来不要なものだ」 「バイクなどは125ccまでで十分事足りる!」 「そもそも免許とは、公共の仕事に貢献するものを優先して、行政が与えるものだ。 「従って、ナナハンなどに乗ることの出来るこの免許は、道楽にすぎない!!」

筑波みたいなミニサーキット?以外のサーキットを走行するか道交法を本気で無視しての走行するのでなければ、そりゃ「道楽」以外の何物でも
無いでしょうね。実際、2速以上は不要ですし(笑)

20年程前に北陸でドイツ車の勇、PORSCHE 911の運転をさせてもらう機会があったのですが、クラッチ踏んでヌルヌルのシフトをクネクネして何も考えずにスタート! 儀式も無しで1-2-3-4で畑道から民家のある右コーナーで4-3で軽くコーナリング・・・。凶器を動かすぞ!と言い聞かす前に愛車を凶器に出来る場所が少ないですね。
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>Mondlichtさん (河童ライダー)
2012-04-16 21:52:13
>Mondlichtさん

いやぁ~、無事に川越えせずにUターン?。ご無事でよかったです。
拝見するに、なんとか頭脳と記憶も大丈夫なようでwww.

ヌルヌルシフトをクネクネ。。。私もグラグラシフトをグニュグニュってやってましたね。 でもこんな田舎の村中でPちゃんのギヤ比で4-3やったら、ジェームズ・ディーンになれますね。



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