サイドスタンド 

 バイクが教えてくれたことなどを勝手に気ままにつづるブログです。
 少しでもバイク好きが増えてくれたらうれしいです。

その10 【子供にバイクをのせたら・・・】番外編2

2012年09月01日 16時40分32秒 | 1.安全運転

まだまだ酷暑ですねぇ。ということでさっぱり筆が進まず、続きが遅くなりました。

 

さて、息子ですが通学の足に与えた「道具」であるのに、むしろ遊びのツーリング三昧となり、1年半ほどで5万キロ以上を走り、しかも過積載で使い倒したせいでしょう、シートレールに3か所もクラックが入り、どうするか?。となった折、既にマフラーステーを溶接補修してやった経緯も有り、今後も同じような使い方は出来ないだろうということで、買い替えることに。

 

その際、スピード上限にブレーキをかけつつ、250ccで身に付いたラフなアクセルワークを矯正させるために単気筒650CCのバイクにしました。ま、これで力任せの運転は出来なくなり、それなりに車重を生かした走りが、身に着いたかなぁ、と言うところで右カーブの公道で砂に乗って転倒、当人は擦り傷だったものの、バイクは縁石にフロントアクスルを当てて上下ステム共にぶち折って、事実上の全損。母親の1年分のパート代が露と消えたのでした。

 

それが約2ヶ月前でした。650ccを与えた時に「これを乗りこなせたら(無事故で就職まで乗れたら)あとは好きなのを自分の給料で買え!。ただし、もしこれを壊したら125ccで出直せ!」と私の指南の卒業条件を言ってあったわけです。これにもいろんな意味が有ったのですが、当人に理解できなかったのでしょうねぇ、ぶっ壊したんだから。

 

バイク人生における安全面からのステップにはおよそ3段階あると思っています。
1.バイクの操縦技術によるもの。
2.道路交通状況によるもの。

 

これらは、密接に絡み合って、乗る時間、距離が多ければそれだけ事故に遭う確率も多くなり、中々無事故で過ごすのは難しいですが、運よく軽い事故でこれらを身につけたとします。すると次に一番危ない状態が訪れます。
3.法令順守意識の欠落によるもの

 

これは、スピード違反で切符切られないように、、というものではありません。日常の走行における自分の癖というか、運転パターンに染み込んでくるものです。

 

道路交通法は、大枠では良く考えられているわけで、すべての人がこれを踏み外さず運転していれば、道路の損傷や車の故障、ドライバーの病気などがなければ事故は起きないようにマージンを取ってあります。しかしながら、遭遇するドライバーの何パーセントかは外れています。そこに動かない道路や落下物などの不測の傷害。そして歩行者やドライバーがよそ見する、、などでやはり事故は起きます。

 

車と違って機動性の高いバイクの場合、法定速度などは1速で越えてしまい、2速で100km超えるバイクも有ります。従って、基本交通の流れを常にリードできる性能が有り、またそれを使って積極的に安全ゾーンを作りながら走ることが大事なのは言うまでも有りません。

 

そしてそれが身について車線変更や速度パターンが一般車両とはかけ離れて来ます。それが日常化すると、通常の交通車両に波風を立てて走るようになります。若い時は特にそうなりがちです。

常に、法令上の走りと実践している走りのズレを意識して、走りを作ると運転が大きく変わるはずです。
これは品質管理で言うと、上方管理限界線と下方管理限界線が引かれることに例えられるかも知れません。それまでは技量と欲望の範囲内で気ままにピーク波形を伸ばし続けて行きます。

交通違反キップという規制線だけがチラチラと脳裏にあって、、、という走り。皆さんの周りに居ませんか、昔以上にバイクが高性能なせいか、最近のツーリングに多いような気もします、

 

「なぜここで、そんなに速度出したいの?」という場面。「良いバイク出し、そりゃ出したいだろうけど、ここじゃないだろ」という違和感。

 

私も常に法令を守って走っている、、とは言いませんし、むしろ積極的に逸脱するケースは有ります。しかしその場合は
①ブラインドが無い(すべて見えている)
②わき道が無い。
③対向車がいない
といった場合。そこからリスクを足して行って、むしろ法定速度よりも抑えることも有ります。

 

従って、自動車での場合、私は上方管理限界線:法定速度+10km/h(原則)、下方管理限界線:自分が安全と思う速度≒前後の流れ。ということになります。何も無ければ基本はこれに沿って走ります。けれども法定速度-10km/h以下になると、追い越しの検討をします(そうでないと後ろから無理な2重追い越しになったりして、危険を呼び寄せることに成りかねないからです)。しかし上記の①②③が有る場合、まず追い越しはしません。

 

それがバイクになると③は余り気にしませんね。対向車線に居る時間が極端に短くできるからです。また個人的な嗜好の問題ですが、車も飛ばせるような峠道では、ブラインドが有れば無理しません。相手を信用していないからです。

 

常に法定速度、法令順守の網を掛けた上で、どことどこを自己責任で周りに迷惑かけず、外すのか、ということで走っています。そうすると、おのずと人の居るところでは飛ばさない、、となってきます。「安全」というミッションを守りつつ、パフォーマンスをところどころで味わい、法令との折り合いを意識して走る。これが今の私の行き着いたバイクライフの楽しみ方です。 これは問題発言かも知れませんが、法令を完全に守って走っていると、交通の流れに黒い霧が生まれます。そのイライラが無理な追い越しを生み、当人の知らないところで事故を誘発します。 

 

緊張を生まないゾーンを作って、空気のように一体となって移動する、、これがツーリングや長距離ドライブの技術だと思います。これに「快適なスポーツ出来る」区間を、周囲に波風立てずにどう、安全に楽しむか、と言った志向で運転すると、疲れない運転が出来るようになります。

 

若い内は集中力も体力も有り、法令の縛りなども消し飛び、ところ構わず行けるスピードで行きまくる!!となります。20代では少々無理しても注意散漫になることは有りませんが、体力的に疲れてくると本来集中力は落ち、中高年ではさらに厳しい状況になります。ところが昔の調子で走って行くと、バイクと心が同期しなくなるので気をつけましょう。

 

バイクコントロールが上達し、交通の流れも読めて、自在に走れる・・と錯覚して自分の運転パターンを固めて行くと、大きなしっぺ返しが必ず来ます。それは道路、周囲環境、などのコントロール外の想定を超えた場合、また周りの交通状況や自分の運転が想定外になった場合、法令範囲を超えた領域では、大きなリスクを抱えている状況だと言うことが自然と心にブレーキを掛けるような状況に意識をおくことが、案外当たり前ながら大事な一線だと考えています。

 

さて、結論ですが息子の場合はこの「法令順守」の精神の欠落。これを意に介さないバイクの機動性の高さに酔いしれた運転、と言うことになるでしょう。若い時はスリルでアドレナリンが駆けまわる快感から逃れることは、一旦知ってしまうと難しいもんです、これは自身の体験からもわかります。私も自分の判断ミスで22歳の時、1台全損にしています。これは【思い出のバイク】コーナでいずれまた書きたいと思います。

 

私も多数事故って居りますが、もうだめだ、という中で運よく助かっており、26歳までにそういう場面を3回数えております。「奇跡×奇跡×奇跡=天文学的確率」で生きている自分としては、見えない力で何事か必要とされているのだろう、と感謝して生きておるわけです。

 

「奇跡は有って3回まで」、と息子には耳タコで言い続けてはいるのですが、息子の中では何回目を数えたのでしょうか、、、。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿