五鉄(旧五日市鉄道)跡_2 郷地から武蔵福島

2014-08-21 | 多摩の風景



 先月末に書いた旧五日市鉄道跡のことの続きです。
 前回は、立川駅を出た五鉄が次の武蔵上ノ原駅に至るまででした。今回はその次の〈郷地〉駅跡から〈武蔵福島〉駅跡までの様子です。

 郷地駅は、立川市と昭島市の境、立川市から西に延びる〈立川南通り〉とここから昭島市内を西へ向かう〈江戸街道〉が繋がる地点あたりにありました。今では広い道路が縦横に通っていますが、かつてはこの画像のガソリンスタンドの右側を、向こうから線路が敷かれていました。
 〈郷地〉という町名が今も昭島市に残っていますが、この辺りは現在は〈東(あずま)町〉で、郷地町はもっと南側にあります。 

 反対側の画像です。この交差点から少し左に曲がり、正面の建物のある辺りの先に線路が伸びていたはずです。

 上の画像の裏手です。線路敷き後が、一部未舗装なまま残されていました。この部分は、誰の所有地なのかハッキリしているかどうか分かりません。

 未舗装な部分の先は綺麗に舗装されて〈五鉄通り〉という正式な昭島市道になっています。

 武蔵福島駅跡付近は、線路敷きだった痕跡はほぼ無くなっています。おそらくコインパークの辺りに駅があったのではないかと思います。

 今回辿った辺りの地図です。青梅線の西立川と東中神の南側を並走するように五鉄の線路がありました。

 トップの画像は、武蔵福島駅跡の北側にある昭和公園内の〈自由広場〉です。
 自由広場は、戦後間もなく開催された国体での相撲の競技場に使用されました。


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