Naoの誰でもわかる!英語の話

英語を勉強している人へ、面白い、ためになる話し、知識・情報などを、誰もがわかるように書いていきます。

Emailを書く、Emailから学ぶ<5>"Copy"の使い方

2020-01-28 | 英語の学習
Email 5) Copyの使い方について

最近の通信手段と言えば、やっぱりEmailですよね〜。もちろんLineやWhatsAppなどのアプリも個人の連絡には欠かせないですけど、仕事関係や長いメールとなれば、やっぱりEmailを使いますよね。僕も仕事は全てEmailで行っています。これまでにEmailの書き方に係わる記事を幾つか書いてきましたが、今回は、自分が送るメールに他の関係者を入れることを送信する相手に伝える際に使う表現についてです。これは僕自身も最初は「ん?何て書こ?」って思ったものです(いや、ん〜今もなんかはっきりしないところがあるかな)。そこで、今回、それをはっきりする!ために文章にすることにしました。

メールをする際には、送信相手のメルアドを入れて、他の人にもそのメール内容を知ってもらいたい時にはCC:欄にその人(たち)のメルアドを入れることは皆さんご存じですよね。あ、あと、BCC:欄もありますね(送信する人にその人に送ったことを知らせたくない時に使いますね)。CCは、皆さんもご存じと思いますが、Carbon Copyの略ですね。カーボンコピー?そう、昔は手書き文書のコピー(複写版)を作るときには、黒い、薄いカーボン用紙を、書く紙とコピー用の紙の間に挟むんでしたよね。ちょっと強めで書かないと下の紙にうまくコピーできなかったことを覚えています。あ、覚えているというと、あのカーボン用紙で手が真っ黒になり困ったこともありましたよね〜。これはカーボン用紙、あるある!ですね、きっと(笑)。しかし、現代はそんなものは必要なし!全てはデジタルで作成ですからね。しかし、その時の名残が今もEmailの世界で残っている…それがCCという表記です。

自分が送ろうとするメールを他の人にも送る際に使うこのCC:欄のCCという言葉、動詞としても使うことができます。なので、僕はよくこのCCという動詞を、他の人にも送ったことを送信する相手に伝える時に使います。簡単なのでね。以下がその一例です。

I have cced this message to Yukiko as she is responsible for dealing with the issue in question.
(このメッセージをYukikoさんにも送りますね。彼女がこの(問題の)一件を担当することになるので。)

僕がこのCCを使う一方、海外からのメールには、「copy+人(コピーメッセージを送る人)+in(inがない場合もあります)+on (this email/message)」という表現が使われています。以下がその一例です。

I have copied Mary in on this email as she needs to understand the situation.
(このEメールをメアリーにも送っておきますね。彼女もこの状況を知っておく必要があるので。)

という文章になるのですが…何かわかりにくくありません?copyは、「〜をコピーする」って意味の動詞ですよね。ならば、copyの後にはコピーされる物が来なければいけないって感覚的にすぐ思いますよね。なので、上の文では、Maryさんをコピーするって意味に思える。「う〜ん、これは近代科学の話で、Maryさんのクローンを作る話なのだ!」と思えば腑に落ちるのですが(笑)、ではない!ではそのcopyって動詞をどう考えればいいのか?

その答えは…copyをaddって単語に言い換えればいいのです。つまり、「〜(誰々)をこのメール(の送信先)に(on)加える(copy)」って思えば、腑に落ちますよね。Emailの世界では、copyって動詞はaddって意味なのだ、と理解すれば、すぐにcopyって動詞を使えますよね。あと「このメールに」の「この」には、in ではなくてonを使うことをお忘れなく!ここも感覚的に間違うところです。以下はLongman現代英英辞書(ウェブより引用)の説明です。

copy somebody in (phrasal verb)(*句動詞)
to send someone a copy of an email message you are sending to someone else
(あなたが別の誰かに送信するEメールメッセージのコピーを誰かに送信すること)
(以下例文)
Can you copy me in on the memo you’re sending to Chris?
(君がクリスに送るメモに僕も(送信先として)入れておいてくれるかい?=君がクリスに送るメモを僕にも送ってくれるかい?)

では再度、copyをaddと同じ意味で使っていると理解した上で、前述の英文を見てください。

I have copied Mary in on this email as she needs to understand the situation.
((このEメールにメアリーも(送信先として)加えておきますね→)このEメールをメアリーにも送っておきますね。彼女もこの状況を知っておく必要があるので。)

となりますね。でも、[copy+人(コピーを送る人)+in+on]って、結構ややこしいですよね〜(苦笑)。なので、その中のinとonを取って、別の文脈では以下のような言い方でもオッケーです。

Can you copy me and Yukiko when you send a message to Jim?
(君がジムにメッセージを送る時に、僕とゆきこさんも(送信先に)入れておいてくれるかい。)

ただし、この言い方は、自分や誰かを送信するメールに入れておいてほしいっていう場合には使えますが、送信する相手に、誰かにもこのメールを送っておいたからね、っていう時には、やっぱり[copy+人(コピーを送る人)+in+on]って形になりますね。

I have copied Naoki and Yukiko in on this message.
(なおきさんとゆきこさんにもこのメールを送りました。)

最後に、前にもちょっと触れましたが、inは省略してもいいみたいですよ。そのような文章もありましたので。つまり、以下もオッケーということです。でも、onはお忘れなく。inではないですよ!

I have copied Naoki and Yukiko on this message.
(なおきさんとゆきこさんにもこのメールを送りました。)

ということで、今回はEメールで送信者以外の人にも同じメールを送った(送る)ということを伝える時に使う、[copy+人(コピーを送る人)+in+on]という言い方についての話でした。あ、もちろん、「そんな言い方面倒くさい〜!」という皆さんは、ccを動詞として使ってもいいので、念のため…。では今回はこのへんで!

I will pick up some expressions that are used often in the email again next time. In the meantime, have a good one,guys! Nao


日本の英語教育の問題点を考える!-1-(Part 2)

2020-01-24 | 英語の学習
 もうだいぶ前になるが、教育構造特区して認可された、英語で小、中、高の教育を行うある学校の模様がテレビで放映された。その様子を見て、私は大きな悲しみとともに、それを行う、否、それを「押し付ける」大人の身勝手な考え方、無知に強い怒りとともに、憤りを感じた。また、それをあたかも意味のある教育であるかのように伝えるメディアのあさはかさにも暗澹たる気持ちを持たざるを得なかった。その教育が何を生むのか、それが子供達にどんな影響を与えるのか、私はそういった教育の被害者となりかねない子供達への思いが今も強く残っている。
 イマージョン教育、日本語では「英語漬け教育」と一般的に言われる。私はその効用を否定するものではない。英語教育においてその教育法はそれなりの位置を持ち、事実、私自身もその教育に大学レベルで関わっている。問題は、その利用の仕方である。果たしてそのような教育はどのレベルから、どの年令層から行うべきか、ということである。言語教育は、その行う、あるいは、受ける年令により、単なる語学教育ではない。それは、特定の文化教育となり、個人のアイデンティ形成のための教育となる。人間の行動様式、思考パターン、性格、社会性、物事の認識等、いわゆる、人間形成は、それを学ぶ媒体、言語と大きく係わっている。ゆえに低年齢からの言語教育は、子供のアイデンティ形成にたいする理解なくして安易に行われるものではない。人間は社会的動物であり、自分がどの社会、どの文化、グループに属するかというのは、極めて重要であり、それは個人の存在そのものと大きく係わっている。アイデンティの無い人間を育てることは、その国にとっても無利益なことであるばかりか、そうなってしまった子供は不幸であり、後の苦しみを乗り越えるという心理的苦難を負わされてしまうのである。筆者はそのような事例を多く知っている。
 「世界に羽ばたく人材を創りたい。そのためには英語が必要である。英語教育においてイマージョン教育(英語漬け教育)が効果的である。イマージョン教育は低年齢であればある程効果的である。では、小学校から始めよう。否、幼稚園から…。」大人の論理はこんなところであろう。確かにイマージョン教育は新しい言語の習得に効果的である。特に低年齢の子供には大きな効果がある。そのことはカナダのフランス語イマージョン教育の研究、第一言語及び第二言語習得理論の研究等によって明らかになっている。しかし、それは子供の母語習得過程と認知的発達を考慮しつつ、各段階での目的を明確にしつつ行うべきものである。「英語によるコミュニケーションができること」等、内容が曖昧模糊としたままその実践が教育現場に任されることには大きな危惧を感じざるを得ない。
 

日本の英語教育の問題的を考える! -1-(Part1)

2020-01-22 | 英語の学習
1) 英語の早期教育について

2020年度から小学校の5年生、6年生で英語が正式教科(年70時間)となり、3年生、4年生では外国語活動(年36時間)という名称のもと、小学校で本格的英語教育が始まる。外国語活動は正式教科ではないため通知表に成績は出ないが、5、6年生では英語は正式科目となるため、成績が出ることになる。このように英語教育が盛んになると叫ばれるのが、英語の幼児教育である。「語学の勉強は早ければ早いほうがいい」との「神話」を信じた親御さん達は幼児期から子供に英語を教えるようになる。裕福な家庭では、英語で教育(?)をするとうたったプリスクールと呼ばれる保育園や幼稚園に子供を通わせ、また、より富裕な家庭(芸能人にそのような例が多く見られる)では、子供を小さいころから海外の学校に通わせるところも多く見られるようになった。なかには子供を海外の学校に通わせるために、お母さんも一緒に海外に住み、お父さんは日本で単身生活、お金を毎月家族に送金するといったところもある。テレビでそのような家庭のドキュメントを観たことがある。その考え方、様子を見るに私は暗澹たる思いを感じる。

語学とは何か、言葉とは何か、人間の成長における言葉の役割、母国語と外国語(第二言語)の習得が人に与える影響とは何かを考えることなく、ただ英語ができれば将来のためになる、英語が出来れば他人より優位な立場に立つことができる、極端に言えば(過去によく言われたことであるが)、「英語ができる人はえらい」といったメンタリティーが日本社会にはまだ根強く残っているところに、日本社会のグローバル化の遅れを感じる。ちなみに、私は英語を中学校から日本で学び、高校、大学も日本、大学院で初めて海外(アメリカ)に住むことになった。そのような教育環境でも、自分で言うのはおこがましくはあるが、通訳、翻訳、実務で必要な高い英語を習得した。今も毎日英語を使い、仕事をしている。中学校、あるいは高校から英語を勉強しても社会で通用する英語力を身につけることは可能なのだ。日本人で英語を使えるメリットをフルに享受するためには、高い日本語力が必要である。日英両語の違い、ニュアンスを理解しなければ、日本語を英語に、また、英語を日本語に正確に変換することはできない。社会がただ英語のできる人がほしいのであれば、英語のネイティブスピーカーを雇えばいいのである。(Part 2に続く)

 

(再掲)いい言葉から学ぶ英語-1-

2020-01-19 | 英語の学習
1)Where there is love there is life.(愛があるところに人生・生活がある。)

「いい言葉(格言、名言等)」は、私たちが人生に行き詰まった時、また、人生を見つめ直す時に大きな力を持って私たちを助けてくれます。そんな名言集を集めたサイトはいろいろありますので、興味があれば今日にでも検索してみてください。僕は、そんな「英語のいい言葉」を「英語の学習のため」に皆さんにご紹介したいと思います。英語を理解し、中身を考え、そして、その言葉を、あるいはその英文構造を自分のものとして自分なりの言葉を作り、書く、話す。その過程で英語力を向上させる。そのために「いい言葉から学ぶ英語」と題して、皆さんとともに英語で書かれた(話された)「いい言葉」を見ていきたいと思います。

今回の言葉は、マハトマ・ガンディー(Mahatma Gandhi−本名はMohandas Karamchand Gandhi(モハンダス・カラムチャンド・ガンディー))の言葉です。え?マハトマは本名じゃないの、ってですか?マハトマ…もうちょっと正確に発音を書くと、マハートマー、ってなるみたいですが…これは、「偉大なる魂」と言う意味で、インドの詩聖タゴールから与えられた尊称だそうです。

僕は学校で以下の文を勉強した記憶があります(皆さんもありますよね)。

Where there is a will there is a way.
(意志があるところに道はある。)

日本語の格言、「精神一到何事かならざらん」、つまり、「精神を集中して事に当たれば、いかなる難事でも成し遂げられないことはない。」(広辞苑より)という意味がその日本語訳にもなっています。これと同じ構造を持っているのが今回のガンディーの言葉、Where there is love there is life.というわけです。でも、その構造って?

この文章で使われているwhere は、「どこ?」(疑問詞)じゃないですよね。じゃあ何?そう、関係副詞と呼ばれるものですね。例えば、

Osaka is the place where I grew up.
(大阪は私が育った場所です。)
I went to the restaurant where I happened to see my ex-wife.
(レストランに行ったんだけど、そこで別れた妻に会ってね。)

こんな感じで使われます。関係副詞は、前置詞と関係代名詞とで作られる…頭の中ではそのような意味合いになる…もの、でしたよね?では、ガンディーの言葉を、関係代名詞を使って書き換えてみましょう。

In the place in which there is love, there is life.

ん〜、何かややこしい。「場所には…そこには愛がある…人生・生活がある」つまり、「愛があるところの場所には、人生・生活がある」だから、冒頭の「愛があるところに人生・生活がある。」という意味になるわけです。意味は通じますが、きわめて堅い、人口的な構造の文ですよね。そこで、流れをよくする言葉としてwhere が使われるわけです。そうすると、同じ意味が、

Where there is love there is life.

で表現され、言いやすいし、イメージしやすくなります。つまり、英語的、ネイティブ的(自然な)いい回しになるんですね。

この構造を使って、自分なりの言葉を作ってみましょう。まずは僕から、ですか?では、以下はどうでしょう。

Where there is a risk there is a chance.
(リスクがあれば(あるところには)チャンスがある。)
Where there is laziness there is failure.
(怠惰があるところには失敗がある。)
Where there is unity there is a success.
(結束があるところには成功がある。)

どうですか、僕の名言(?)は?皆さんもガンディーの気持ちを想って、自分なりのWhere there is X there is Y. を考えてみてください。皆さんの人生を語る上での名言になること間違いありません(かな?)。そして、それを誰かに伝えて後世に残す、っていうのもいいですよね〜。では、また「いい言葉」探してきます。今回はこの辺で。Where there is something to learn there is always an audience. nao

New Year’s Greetings

2020-01-10 | 英語の学習
A Happy New Year! ではありますが、もう既に10日が過ぎましたね。時々でも私のブログを見てくださっている皆さん、本当にありがとうございます!そして、長い間更新していないこと、本当に本当に申し訳ありません。今年はできる限り定期的に新しい記事をあげていきたいと考えております。今後ともよろしくお願いいたします。もし英語のことで、あるいは海外留学のことで、何か質問等ございましたら是非ご連絡ください。できる限り、少しでもこのブログを見てくださっている皆さんのお役に立てれば幸いです。

今日は、年末からいろいろなところから年末年始、カードやメールをもらいましたので、その内容を披露したいと思います。皆さんご自身が海外のご友人や関係者の方々に年末年始の挨拶をされる際に役立つのではないかと思い、急遽ここにあげることにしました。基本、説明は無しにします。「これは使えるな〜」と思えるものがあればメモしておいてくださいね。ではでは…以下が私がもらって年末年始の挨拶文です。

1. One of the real joys of the Holiday Season is the opportunity to say Thank You and to wish you the very best for the New Year
From all of us at(大学の名前)

2. Wishing you and your family a wonderful holiday season and a happy new year. Thank you very much for being a friend of the U.S. Consulate and for welcoming me to Fukuoka. It’s been a wonderful four months here for my family because of the wonderful relationships we share! I truly appreciate all you do for U.S.-Japan relations, and look forward to our partnership in the coming years.
(アメリカ領事が本学で講演していただいたこともあり、このご挨拶のカードがきました。挨拶以外も入っていますが、英語の使い方という点では勉強になるのではないでしょうか。)

3. The year 2020 has long called to mind dreams of innovation and inspiration-two values that we have embraced since our founding 30 years ago.
In this new year, I invite you to join us in our work to expand our horizons and pursue ideas and innovations that will transform the way we support student success and our region. The future has never been brighter, our imagination has no limit.
(あるアメリカの大学の学長名で届いたものです。大学としての今年の意気込みが感じられる文章となっていますね。一般的な文章ではないと思いますが、ところどころよく使われる文型がありますので、よく読んで理解する過程でそれに気づかれると思います。そしてそのような文型を使えるようにしてもらえば英作の実力があがると思いますよ。)

4. Happy Holidays
Thank you for your partnership! Best wishes for a great new year ahead.
2020

5. Happy Holidays
WE HOPE YOU ENJOY A VIBRANT HOLIDAY SEASON AND NEW YEAR FILLED WITH JOY AND PEACE.

6. Best wishes to you and your families this holiday season.
             Happy Holidays!
Every holiday season, we taka a step back to recognize and celebrate the people, programs, associations and friendships that have enhanced our lives. We are grateful for you and look forward to the next steps in our journey together. May this season be one of peace and joy.
Best wishes,
(差出人名前等)

まだあったとは思いますが、今回はこのくらいで。では皆さんの新しい年が素晴らしい、幸せ多き年となりますよう、心からお祈りしております!

Again, thank you so much for your coming back to see my blog once in a while. I am looking forward to creating a good relationship with each of your even in the cyberspace.

Wishing you all the best in 2020,

Naoki Nishimura

(Revised!)間違いやすい英語(4)anxious about, anxious to, anxious for

2019-09-22 | 英語の学習
僕が昔から使うのを避けてきた単語がanxious(アンクシャス)。なぜって?どうもその意味がいまいちわからなくて…。「心配」って意味があるのに「〜したい」みたいな意味もある。「心配」はネガティブ(否定的)で、「したい」はポジティブ(肯定的)ですよね。そのギャップがあることを知っていたので、間違ってはいけないと思い、なんとなく使うのを避けてきたのです。そこで今回は、その長年にわたる霧を晴らそうとの思いで、この言葉anxiousを取り上げました(大丈夫かな〜?)。

まずはanxiousの語源を調べてみました。この言葉は1615年から1625年の間くらいに出来た言葉で、angere(窒息させる、絞める、抑える、苦悩、痛み)といった語感をもった言葉から派生し、もともとの意味は、「心配している(worried)、悩んでいる、困っている(distressed)」等で、要は人が危険や不幸が起こるのではないかと精神的に不安になる、極度に心配する状態を表す言葉とのことです。以下がanxious(形容詞)を伴った名詞の例です。

anxious look(心配そうな顔)、 anxious mind(心配性)、 anxious day(気がかりな一日)、anxious night (不安に満ちた夜)、anxious eye(不安げな目)

この言葉の意味そのままに人がその気持ちを表現する時に使われる言い方が、
I am anxious about〜の形です。以下がその例文です。

I'm anxious about the result of my physical examination.
(健康診断の結果が心配だな。)
I'm anxious about the future of this government.
(この政府の将来が危惧されますね。)
I'm anxious about his health.
(彼の健康が気がかりだ。)

be anxious aboutのbeの代わりに、feel を使って、feel anxious aboutと言うこともできますので、覚えておくといいですね。しかし、問題はこれからです。

be anxious aboutが、何かに対する不安、心配、危惧の念を表すことがわかったところで、以下の文を見てください。

I'm anxious for peace in Middle East.
(中東の平和を切望している。)
I'm anxious for my promotion.
(昇進を強く望んでいる。)
I'm anxious for finding an answer to that question.
(その質問に対する答えを見つけることができればと強く願っている。)

次に、以下の文も見てください。

I am anxious to see her as soon as possible.
(彼女に出来るだけ早く会いたいんだ。)
I am anxious to get married.
(僕は結婚を心から待ち望んでいるよ。)
I'm anxious to avoid any more problems.
(僕はもうこれ以上の問題は避けたいんだ。)

どうですか?anxiousのもともとの意味(「心配している(worried)、悩んでいる、困っている(distressed)」が入っていないように思いません?anxious aboutだとその意味を表すのに対して、anxious for、あるいは不定詞を伴ってanxious toになると、「〜を切望する、強く望む」等の意味になるわけです(別の英語で言うと、eagerと覚えましょう)。ね?これだから僕がわからなくなるのは無理ないですよね。

このanxiousの使い方は18世紀の中頃から始まったとのことで、今では一般的に(特に口語では)なっています。何かを強く望む、切望する気持ちは、それが成し遂げられるかどうかの不安、焦燥感と表裏一体という一面もあり、何かに対する強い精神的緊急性を感じているとも言えます。その気持ちがanxiousに共通することから、eagerと同様の意味で使われるようになったようです。このような強い否定的な言葉が何かに対する肯定的な感情を表すという例は、他にもあります。

I am dying to see my grandson.
(孫に会いたくてたまらないよ。)

死んで行く(be+dying)わけではなくて、「それほど」、つまり「死ぬほど」って意味ですよね。anxiousも同じように考えればいいと思います。

「なるほど…じゃあ、結局それらの違いを理解して、そのまま覚えて使うしかないんですね〜。でも、なんかごちゃごちゃしているので、間違わないで使えるかな〜?」確かになんか間違いやすいですよね。では、ちょっと別の角度からanxious aboutとanxious to、そしてanxious forを考えてみましょう。それらの違いは何か?そう、anxiousの次に来る言葉、about、to、そしてforが違いますよね。「だから?」つまり〜それぞれの語が持っている意味を理解するとその違いがはっきりすると言いたいわけです。「違い?」

aboutは、「〜について」って意味を持つ前置詞ですよね。この前置詞は、前に来る動詞の意味を補完する(何らかの影響や方向性を与える)ことはなく、動詞が意味する内容の対象が何かを示すだけの役割しか持っていません。なので、axiousがもともと持っている「心配する」という意味の後に来て、何について心配するのかを示すことになります。前述の例文を参照してくださいね。では、anxious toとanxious forの、toとforはどんな意味を持っているのか?

anxious toのtoは不定詞(動詞の原形を引き連れて、その動詞と前の動詞を繋げる役割をします)ですね。to不定詞はその前にくる単語や文脈でいろいろな役割を果たしますが、大事な要素としては、「未来を指向する意味合いを持つ」ことです。つまり、toの後に来る動詞の未来性を表すということです。極めて簡単な例を挙げると、I hope to see you. 「会う」という未来の事象を望むということですね。よく使われる例文が以下です。

He stopped to smoke.(たばこを吸うために立ち止まった。)
* 立ち止まり、そしてたばこを吸ったわけなので、toは、たばこを吸うという行動がstoppedの後に起こることを示しています。つまり、to不定詞は、その後に来る動詞がそれから起こるものであることを意味することになるわけです。なので、「to不定詞は未来を表す」と覚えておきましょう!

では、前述のanxious toの例文を再度見てみましょう。

I am anxious to see her as soon as possible.
(彼女に出来るだけ早く会いたいんだ。)
I am anxious to get married.
(僕は結婚を心から待ち望んでいるよ。)
I'm anxious to avoid any more problems.
(僕はもうこれ以上の問題は避けたいんだ。)

わかりますよね。to以下のことが将来起こることを待ち望んでいるという文意ですね。なので、anxious toは、何か将来起こるを望んでいるという気持ち表す時に使うもの、と覚えましょう。ではanxious forは?こちらもforが持っている意味を理解すれば簡単です。forは「何々のために」っていうことは誰でもしっていると思いますが、forはその中に「前に」「ある方向に向かって」といった、前向き、あるいは、肯定的意味合いを持っています。例文ですか?例えば…Go for it!(頑張れ(その方向に向かって行け)!)とか、He is heading for the new direction.(彼は新しい方向へ向かっている。)とかかな。思いつつままですが。

「forは肯定的方向(意味合い)を示す」という観点で前述の例文を再度みると…。
I'm anxious for peace in Middle East.
(中東の平和を切望している。)
I'm anxious for my promotion.
(昇進を強く望んでいる。)
I'm anxious for finding an answer to that question.
(その質問に対する答えを見つけることができればと強く願っている。)

肯定的なものを視野に入れて心配するっていうのはおかしいですよね。なので、anxious forは、何かが起こることを願うって意味になるわけです。どうでしょう。これで、anxious about、anxious to、そしてanxious forの違い、使い方、わかってもらえたでしょうか?以下の会話を読んでわかるようならオッケーです。もしまだはっきりしないようなら…最初から読み直してくださいね。では、今回の表現が入った会話文です。Here you go!

Nao: Are you nervous about the new job, Hank?
(新しい仕事は不安かい、ハンク?)
Hank: Well, I'm a little anxious about it, yes.
(そうだな〜、ちょっと心配ではあるな、確かに。)
Nao: But, you are looking forward to it, aren't you?
(だけど、楽しみにしているんだろ?)
Hank: Sure. I'm anxious to work for this company.
(もちろんさ。この会社で働くたくて、うずうずしているよ。)
Nao: I think you've got a bright future there.
(あそこなら君にとって未来は明るいと思うな。)
Hank: I think so, too, Nao. With my skills in business, I'm anxious for promotion in a year.
(僕もそう思うよ、ナオ。僕の持っている技能を発揮して、一年以内には昇進したいと思ってるんだ。)
Nao: Good luck, Hank.
(幸運を祈るよ、ハンク。)

How about that? Did you understand the differences well? I hope so. This is all for today. I will see you in the next story, folks. In the meantime, have a good one! nao



ふと頭に浮かんだこと①

2019-06-30 | 英語の学習
As an educator myself, I sometimes wonder what education is all about. And I always think that the success of education should not be measured by the amount of knowledge, scores of some tests, nor the kind of job one gets. Below are the quotes of a couple of wise men in history telling us what education is all about and I do agree with their thoughts. I wonder if you would feel the same?

Education is what remains after one has forgotten what has learned in school.
(Albert Einstein)

(Nanoの訳)
エジュケーション(教育・教養)とは、人が学校で学んだことを忘れた後に残るもののことをいう。
(アルベルト・アインシュタイン)

The function of education is to teach one to think intensively and to think critically. Intelligence plus character-that is the goal of true education.
(Martin Luther King, Jr.)

(Nanoの訳)
教育が果たす役割とは、人に物事を集中して考えさせ、また、それらを批判的・客観的に考えさせることである。知性、そして、それに加えて人格を育成すること、それこそが真の教育の目的である。
(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)

Do they make sense to you? I hope you will read them many times and remember those words so that you can possibly tell them to your friends word for word.

Have a great weekend, my friends!

Naoki

使える英語表現157)I’d rather we ate at home.(家で食べる方がいいな。)

2019-01-01 | 英語の学習
前回は以下の構文について話をしました。

■[主語]+would rather + [動詞の原形(不定詞)〜] + than + [動詞の原形(不定詞)]〜 
(〜するよりも、むしろ〜したい(するようがいい))

以下がその例文でしたね(確認のため…)。

I would rather [listen to music ]than [watch TV].              
「僕はテレビを観るよりむしろ音楽を聴く方いいな。」

では今回の表現を見てみると…。

I’d rather we ate at home.
(家で食べる方がいいな。)

「ん?ratherの後は動詞の原形が来るんじゃないの?来てない、しかも、ratherの後は文(節)が来ているし〜…で?その文で使われている主動詞は過去形!わけわからん!」

ですよね〜。同感です!だいたいratherは副詞なわけで、その後に動詞が来なければ正しい文にならないはずですよね。そこで、ratherの役割を辞書等でいろいろ調べてみました。また、二人のネイティブスピーカー(アメリカ人)にも聞いてみました。その結果、辞書にはratherが動詞(他動詞)として使われるとの記述はないのですが、実用的には、節(文章)の前に来るときには動詞の役割をしているようです。つまり、「〜(文が表す意味)の方がいいな」という感じです。文型的には以下のようになります。

主語+rather+(that)+S(主語+動詞+(名詞)+(前置詞句))
*S(entence)の構造は意味により変わります。

このようなratherの使い方って、ちょっとわかりませんよね〜。ただ、ratherがそもそも持っている意味が「〜よりも〜の方を好む(〜の方がいい)」といったものなので、その後に来るのが動詞であれば、それをするのを好むということになり(I would rather listen to music than watch TV.のように)、そして、その後に来るものが文章であれば、その文が意味することを好む、というように理解すればいいと思います。

しかし、ここで注目しなければならないのは、ratherに続く文の主語と動詞です。今回の表現をもう一度見てみましょう。

I’d rather(that)[we ate at home].
(家で食べる方がいいな。)

ratherが導く文の主語は自分(I)ではないですよね。そして、その文の主動詞は過去形になっています。まずこれはなぜか、考えてみましょう!

あ、「早く答えを!」ですよね(苦笑)。まずその主語がI(自分)でない理由は…自分だったら、その内容をわざわざ別の文章で言う必要はないですよね。最初にI would ratherって言っているわけですから、何か付け加えたかったら、I would ratherに続けて言えばいいのでね。なので、ratherの後に来る文章の主語は自分ではない人、あるいは、人たち(つまり他人)になるわけです。

では次の疑問、「動詞が過去形になっているのはなぜ?」ということについて。基本、動詞が過去形である場合は、あること(動詞で表されること)が過去に起きたこと、っていうのは誰でもわかりますよね。でも、過去に起きたことでもないのに、文章に過去形が使われている場合がありますよね。例えば…I wish I were a bird(もし自分が鳥だったらな〜)っていう文章(そう、仮定法の文章ですね)。文全体の時制は現在なのに、その中に入っている文の主動詞が過去形になっている。なぜ過去形を使うのか?それは、その文章自体が実在のものではないことを示したいからです。

もし、前述の文で、I wish I am a bird.と言ったらどうなるのか?I wishって言って、「これから言うことが現実になればいいな」って言いたいのに、その後の言葉(I am a bird)で、「自分は鳥だ!」って断言している。英語での時制(現在と過去)は文の重要な役割を担っているので、それを使う場合は、事実として、あることが現在のことであれば現在形を使い、それが過去のことであれば過去形を使うのが鉄則です!でも、現実でないことも言いたい時がありますよね。そのような時は、動詞を過去形にします。文全体の中心の動詞(主動詞)が現在形なのに、その中にある文の動詞が過去形…不自然ですよね。そう、その不自然さが、その動詞で表されることが実際には起こってないことを聞き手に伝えるわけです(ここ重要です!何度も読んで理解してくださいね!)。

結論。文全体が現在のこと、あるいは、過去ではないこととして話される(書かれる)時、その中に含まれる文の主動詞が過去形になっている場合には、その含まれている文の内容は、仮定のことや想定の話であり、実際に今起きている(実在している)ものではないということです。つまり、そのような文の過去形の動詞は、過去を表す動詞ではなく、「仮定や想定を表す動詞」ということになります。長くなりましたが…分かっていただけましたでしょうか?え、そんなことはもうとっくに分かっているってですか?ならば、長々と恐縮です…(冷汗)。

(気持ちを入れ替えて…)ということを頭に置いて再度今回の英文を見てみると…

I’d rather we ate at home.
(家で食べる方がいいな。)

ratherが導く「we ate at home」は、現実のことではなく、仮定(想定)の話ということになり、話し手は、「私たちが家で食べている」というpicture(絵)を頭に描き、この文章で、そうなればいいのに、その方がいいな〜って言っているわけです。

今回の表現の重要なポイントは以下のとおりです。

「I’d rather(〜を好む、〜の方がいい)の後に来る内容に他人が関わっている場合は、その内容を文章にして、そこで使う主動詞は過去形にすること。」

「ん〜でも、まだ何となくわかりにくい」ですよね。では、そのような文(文型)が入った会話を以下に記しますので、さっと読んで理解してみてください。きっと分かってもらえると思います!あ、ちなみに、BillyとJimmyは兄弟ですよ。では、どうぞ!

Billy: Shall we walk home after the party?
(パーティが終わったら、歩いて帰る?)
Jimmy: I got a message from Mom.
   (母さんからメールがあったんだ。)
     She’d (would) rather we caught the bus.
  (パーティが終わったらバスに乗ってくるようにってさ。)
    By the way, what did Mary tell you about me?
  (ところでさ〜、メアリーは僕のこと、何て言ってたの?)
Billy: Well, I would rather she told you about that.
  (それは…彼女から言ってもらった方がいいな。)
Jimmy: Okay, I’ll ask her tomorrow, then.
   (分かった。じゃあ、明日にでも彼女に聞いてみるわ。)

どうでしょうか?今回はちょっとややこしい話だったでしょうかね。でも、言葉は生き物。ちょっとした表現で気持ちの機微を伝えることができますからね。少しずつでもいいので、単語、表現の幅を広げてもらえたらと思い、今回は2回に渡り、(I)’d (would) rather〜の表現を取り上げました。ではまた!See you in the next article, guys! Nao

使える英語表現156)I’d rather be at work than be sick in be bed.(病気でベッドで寝ているより、仕事している方がいいな。)

2018-09-06 | 英語の学習
*be at work=仕事をしている。

この間一週間ほど入院してました(OMG!=Oh, my god!)。微熱(a slight fever)が数日続いていたので病院に行ったところ、肺にちょっと白い影があるとのこと。また、CRPの数値が高いので肺に炎症があると言われ、即入院!ん?CRP?何のこっちゃ〜!?と思って医療系の人たちに聞いたら、誰でも知っていた…(汗)。で、調べたところ、皆さん、C-Reactive Protein(C反応性蛋白(たんぱく))とのことですって。ん?Cとは?肺炎球菌の表面にあるC多糖体(?)のことだそうです。まあ、そんなものがあるということで…。で、それに反応するプロテインが肝臓で作られ、それに結合してできるのがC-Reactive Protein(CRP)ということで、炎症の度合いを測る指標になっているとのことです。正常値は0.3 mg(milligrams)/(per) dl(decilitre=1リットルの10分の1)で、僕の最初の値はというと、なんと、20!!!重体な疾患の可能性が検討されるレベルだったのです!とはいえ、10日ほどで治り、大丈夫でしたので念のため…。最終的に医者から言われた病名は、「気管支肺炎」、英語では、bronchopneumonia(ブロンコニューモーニア)です。 bronchitis(ブロンカイティス・気管支炎)と pneumonia(ニューモーニア・肺炎)の結合した言葉ですね。炎症が起こる場所によってそう呼ばれるみたいです。おっと…これはあくまで今回の英語表現を紹介するまでの前振りですが、ちょっと長くなりました。すみません…(でも、医療英語の勉強にもなったでしょ(笑))。

退院後仕事に戻ってカナダの大学関係者にメールした際にこの入院のことを話したら、返信メールの最初に以下の文章がありました。

Dear Naoki,

Sorry to hear that you had bronchitis this summer, I would rather be at work than be sick in bed! 
(この夏に気管支炎を患ったんだね。大変だったね。僕は病気でベッドで寝ているより、仕事している方がいいな。)

はい、やっと本題に入りましたね(笑)。そりゃあ誰だってベッドで何もできないで寝ているよりは仕事している方がましですよね〜。という気持ちを表す表現が今回の表現です。構文的には以下になりますね。

(主語)+ would rather + (動詞の原形(infinitive))+ than +(動詞の原形(infinitive)) 
(〜するより〜した方がいい(ましである))

この表現は、口語表現としてprefer(〜を好む)という言葉と同意義によく使われます。話し言葉として使われるので、使うときには、I’d rather、He’d ratherといったように、wouldを省略して使うのが一般的です。使い方で気をつけることは、would ratherの後の動詞を動詞の原形にすること、つまり、時制を持たない不定詞(infinitive)にすることと、thanの後も同様に動詞の原形にすることです。でもどうして動詞を原形にするのか?まず、主語の後にくる動詞から見てみましょう。以下の例文を見てください。

I’d rather listen to music.(音楽を聞く方がいいな。)

主語のIの後にくるwouldは助動詞で、その後にくる動詞(listen)が主動詞ですね。英文では、助動詞の後にくる主動詞は時制を持たない…ですよね。だから、以下のような文章は非文法的となります。

X I will listened to music.
X I may listened to music.

しかし、以下の文章は問題なし。

○ I will listen to music.
○ I would listen to music.

あ、ここで、どんな時にwouldを使うのかについて…。簡単です。これから何かをするということがはっきりしているのであれば、willを使い、はっきりしない、今後するであろうことについて言及したい時には、would(〜するだろう、〜ということになるだろう)を使います。なので、仮定的なことをいう時(仮定法)にもwould を使います。
話を戻しましょう。助動詞と主動詞の間にあるrather という言葉は、「むしろ」という意味を持って、そのすぐ後にくる動詞を、後にくる動詞と比較する役割を持っています。では、以下の文を見てみましょう。

I would rather listen to music than watch TV.

意味自体はすぐに分かりますよね。「僕はテレビを観るよりむしろ音楽を聴く方いいな。」って感じですね。では、thanの後に来る動詞はなぜ原形になるのか。その答えを理解するためには、まずthanという言葉がどのような役割を果たしているかを知る必要があります。thanというと、「〜より」って意味はみんな知っていますよね。以下、誰でも知っている簡単な例文を挙げますね。

He is taller than me.

「彼は僕よりも背が高い。」一般的な言い方ですが、この場合のthanは何か?(つまり品詞は何か)そう、前置詞ですね。なぜ?その後に名詞がきているからです。では、これは?

He is taller than I am.

thanの後には文(節)がきていますね。だから、thanは前置詞ではなくて、前の文(節)とその後の文(節)をつなぐ接続詞ということになります。もちろん、「〜より」って意味は同じです。ただその比較するものが、名詞なのか文なのかの違いだけです。では再度前の文を見てみましょう。

I would rather listen to music than watch TV.

「あら、thanの後に名詞はきていないから、thanは前置詞ではない…接続詞!」ピンポン!(古くてすみません(汗))「ではその後は文?」そう、than の後には文がきているのです。「ちょっと待ってください!英文には主語がいるでしょ。Naoさんは前にそのことをしつこく言ってたじゃないですか。」はい、しつこいって言い方は引っかかりますが…でも、その通り。実はthanの後には文がきているのです。

そこで、ここが重要!その文の一部が前にある文の内容と重複している場合には、それを言わなくても相手にはわかるため、その部分は省略される!以下をどうぞ。

I would rather listen to music than (I would) watch TV.

つまり、話し手の頭の中には上のような文章が浮かぶのですが、発話する過程で相手が即座にわかるであろうと判断する部分は脳が自然に省略してしまうのです。なので、表面上はwould ratherに続くthanの後には動詞の原形、つまり不定詞の動詞がくるということになるわけです。ね、thanの後にはちゃんと文があるでしょ。
ということで、今回の以下の表現、理解してもらえたでしょうか。では、その文型と意味を理解した上で再度音読してみてください!

I’d rather be at work than be sick in be bed.(病気でベッドで寝ているより、仕事している方がいいな。)
どうですか?これでI’d rather〜thanの構文、もう使えますよね。次回はこの構文をもうちょっと掘り下げてみたいと思います。Until next time, take care, guys! Nao


どんな英語力を身につけたい?(学習する英語の分類について(最終回))

2018-04-03 | 英語の学習
 基本、タイプ3) English for Interactive Communication(相互理解のための英語)を除けば、他のタイプの英語は独学でなんとかなります。また、どのタイプの英語を勉強したとしても、その過程で得た英語力は他のタイプの英語の理解にも自動的に移行し、利用されます。「自動的に移行?」つまり、脳が勝手に新しい情報を整理し、海馬に入れて(記憶して)、機会があればそこから利用できるようにするということです。その結果、自身の英語力の底上げが期待でき、総合的英語力の伸長が期待できるというわけです。

 日本人が英語を学ぶ時に目標とする「5つのタイプの英語」の重要性は、まず自分が何を目的に、どのような教材(メディア)を使っているのかを確認し、その目的に向かってどのくらい進歩しているのかを自覚しながら勉強を続けていくことです。そして、その勉強を続けているときに他のタイプの英語が述べていないとしても気にしないこと。英語を話す機会のない人が、タイプ3) English for Interactive Communication(相互理解のための英語)ができない、わからない、あるいは、少し機会があった時にうまくできなかったとしても落胆する必要など全くありません。逆に、そのような機会がある人がある程度英語を話せるようになるのは当たり前のことです。ちなみに「…ラーニング」の効果を示すビデオがネイティブと話している姿を多く見せていますが、そのような機会がある環境にいる人であれば、いわゆる日常会話は、どんな教材を勉強しても、ある程度できるようになるのは当然のことです。しかし、それくらいの英語力では、本当の意味で「英語が話せるようになる」わけではありません。「英語が話せるようになる」「英語ができる」といった極めて短絡的な言い方で目標や結果を言うのであれば、それは、「日本語と同等に」をその前に入れなければいけません。つまり、「日本語と同等に英語が話せるようになる」「日本語と同等に英語ができる」という風に。さて、それが「文法を知らなくても」「ただ聴くだけで」できるようになるでしょうか。第一及び第二言語習得理論で明らかなように、生まれてからずっと英語の環境にいたり、あるいは、小さい子供で常に英語の環境にいれば、そのようなことは起こり得ますが、既に日本語を第一言語として形成された脳を持った日本人は、脳に意識的に英語を学習させる行為をしない限りは、日本語と同等の英語力を習得することは不可能です。もちろん、どんなに勉強したとしても、日本語力とまったく同じレベルの英語力を身につけることは不可能ですが。少なくとも、自分の持つ日本語力を使って達成できることを英語ででもできるようになれば、それで私たちの英語学習の目的は一応達成できたということなりますよね。それが難しいんですけどね(笑)。

 「どんな英語力を身につけたい?」というタイトルで、学習する英語の分類について話をしてきました。英語をどんな形で勉強しても、それはそれで構いません。私も今までそうしてきました。でも、文科省の英語教育方針や、ちまたの英語ビジネスの広がり、そのやり方をみていると、日本の英語教育はまたまた混乱していくに違いないなという思いに強く駆られます。日本人は何のために英語を勉強するのか、どのような英語力を目標に勉強するのか、させていくのか。そこを整理しないと、日本人の総体的英語力は上がらないと思います。国際社会が複雑になる昨今、日本としてのアイデンティティを持ち、世界の人々と対等に対話ができ、交渉ができ、また、協働できる人材になる、また、そのような人材を育てるために必要な語学力、英語力を身につけるためには、ただ何となく勉強するのではなく、それなりの目標を定め、その目標に向かって勉強することが不可欠です。もちろん、ある時はある目標に向かって勉強し、またある時は別の目標に向かって勉強する。多角的に勉強することは英語脳を作るためには必要なことですし、やることが異なれば刺激が違うのでやる気も起こります。英語学習の動機付けという点でも重要です。ここで重要なのは、漠然と様々な英語媒体を学習することと、それなりの目的を持って様々な媒体を学習することとは違うということです。効率的・効果的学習、それが日本人の英語学習、英語教育には欠けている。それが改善されない限り、日本人の総体的英語力の向上は見込めないと思います。「5つのタイプの英語」をその改善のための一つの提案と捉えてもらえたら幸いです。まずは実践してもらえたらハッピーです。

 「5つのタイプの英語」の勉強法についてはいろいろありますが、それはまた別の機会に書きたいと思います。ただ、どのタイプの英語を勉強してもいいですが、タイプ1) English for Self-expression:(自己表現のための英語)については、今どんなレベルの英語力をお持ちであろうと、是非取り組んでください!皆さんの英語力は、そこから必ず上がっていくはずです。また、そこで培った英語力は、他のタイプの英語の理解、習得にも繋がっていくので、総体的英語力の向上に大きな効果が期待できます。TOEIC、TOEFL、IELTS、英検、どんな英語試験の得点アップにも効果がありますよ。是非頑張ってやってみてくださいね。今回は結構理屈っぽい話となりました。最後まで読んでいただき、感謝いたします(ペコリ)。もっと軽い話も書いていきますので、これからもよろしくお願いします!では…See you next time! Naoki