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「中国スパコン世界一」をどう受け止める

2010年11月08日 | 新聞案内人
「中国スパコン世界一」をどう受け止める

 中国が開発したスーパーコンピュータが世界的に話題になっている。

 朝日は、10月30日朝刊に「中国スパコン 米抜き世界最速」という広州発の記事、読売では10月31日朝刊に「中国スパコン、世界一に」というワシントン発の記事として報じた。

○オバマ大統領演説も言及

 実はこのニュース、欧米では大きく取り上げられオバマ米大統領が11月3日のスピーチで言及したほどだったが、日本では一応報道はされたもののそれほど大きく扱われていない。経済にも影響があるニュースと思うが日経は不思議なことに記事としては報じていないようだ。ちなみに一番積極的に報道したのは産経で10月31日の1面下半分で「中国スパコン世界最速/軍事目的、国際社会に脅威」、「米安保脅かしかねぬ/一斉に米紙警鐘」と伝えた。

 スーパーコンピュータは超高速計算が特徴の特殊コンピュータである。TOP500.orgという組織が速さのランキングを6月と11月の年2回発表している。Linpackという線形代数学の数値演算を行うプログラムでコンピュータの性能を計る。もちろんこれだけでスーパーコンピュータの性能の全てが分かる事はないが、このランキングでトップとなるとその効果は絶大だ。日本の地球シミュレータも2002年にトップとなり大きく報じられた。その報道がきっかけとなり米国が猛烈に巻き返して2004年にトップの座を取り戻した。

○スナップショット

 10月末に中国の国防技術大学がスーパーコンピュータ 天河1AをHPC China 2010という国際会議で発表した。最新のランキングは今月15日に発表予定だが、その発表通りなら中国の天河1Aがトップになるのは間違いない――ということでいち早く大きなニュースになったわけだ。中国の発表の直前の10月28日にNew York Timesはスクープとして一面から始まる大きな記事を載せた。記事はTOP500をまとめているテネシー大ジャック・ドンガラ (Jack Dongarra) 教授ら専門家に意見を聞いており、総じて発表の真偽については肯定的。スーパーコンピュータ設計者スティーブ・ウォラック (SteveWallach) が「今回の数字はスナップショットであり米国が心配する必要は無い。実際の計算を効率行うにはチューニング(最適化)が必要。そこまですぐにはできないから。世界はいまも進歩している。」とまとめている。

 天河1Aの演算性能は2.507テラ・フロップス(毎秒2507兆回)で、米Intel社のマイクロプロセッサ (CPU) を14336個と米NVIDIA社のグラフィックプロセッサ (GPU) を7168個を使っている。その意味では「中国産」かというと微妙だ。ただ、サービスノード用には自主開発した8コアSPARCアーキテクチャのFeiTeng-1000マイクロプロセッサを使い、またマイクロプロセッサやグラフィックプロセッサを接続する部分も自主開発した結果、広く使われている接続方式Infiniband QDRの2倍の性能がだせたという。

 パーソナルコンピュータではマイクロプロセッサに計算をさせて、グラフィックプロセッサには描画をさせるが、スーパーコンピュータでは、マイクロプロセッサにもグラフィックプロセッサにも計算をさせる。これによりマイクロプロセッサだけでこの性能のマシンを作ると消費電力が12メガワットにもなるのに、グラフィックプロセッサを搭載したことにより4メガワットの省エネになったという。ただ、良いことばかりではなく、マイクロプロセッサとグラフィックプロセッサとの間のデータのやり取りで手間がかかり、ソフトウェアの開発が難しくなるという欠点も生じる。

 グラフィックプロセッサのメーカのNVIDIAは天河1Aの発表と同時に自社グラフィックプロセッサがそれに採用されていることを広報しており、そういうメーカの宣伝も今回のニュースが広まるのに効いたようだ。

○「いつかは自主開発」とハード重視の実態

 天河1Aでは、米国製のチップが多数使われたが一方、中国科学技術院ではGodsonというマイクロプロセッサの開発を続けている。いつかは自主開発のマイクロブロセッサで世界一を目指すのだろう。中国の国家計画ではマイクロブロセッサやOSの自主開発の優先順位は高く数千億円が投じられるらしい。だが、Science誌によると中国ではハードウェアの開発に100かけるとするとソフトウェア開発には1しか資金が出ないという。スーパーコンピュータ用のほとんどのソフトウェアは海外製だ。マイクロプロセッサを多く使うマシンではその個数分のライセンスが必要となりソフトウェアの価格も上がるので、簡単には導入できない。中国のスーパーコンピュータ、カタログスペックは高くてもすぐ実用になるわけではないというのはそういう事情もあるようだ。

 米国の報道を見ると、いろいろな面で力を持ちつつある中国が世界一になるのは米国にとって脅威となるといった主張や、「これは米国の開発体制に対する警告だ」などといったものが多い。「スプートニク・ショック」以来の米国の研究開発関係者のお家芸で、マスコミ報道で有権者の危機感を煽り開発予算をさらに獲得しようという意図が見え隠れする。さらに米国自身が今かかえるスーパーコンピュータと関係ない問題、例えば中学生レベルの数学や科学の成績が低いとか、大学院に行くのは外国籍ばかりなど教育の問題を引き合いに出して今の米国を嘆く記事も目立った。

○米も開発加速へ

 正式のランキングが発表され天河1号がトップだったとしても、使われている技術の多くは中国にとっては外国製でいろいろ背伸びをしている。だが実力を付けはじめたのは間違いない。中国がいずれすべて自主開発技術でスーパーコンピュータを開発するのは間違いない。米国はこれを機に開発ペースを今まで以上に上げていくだろう。

 米国では今、費用がかかりすぎて国内に最先端半導体工場を持てなくなるという危惧が高まっている。これは日本も同じ。最先端の技術開発はコストがかかるばかりで儲からないが、量産段階に入って儲かるようになると工場は人件費の安い新興国に行ってしまう。今はない最先端の半導体工場が中国にできた時が、真の「中国産スーパーコンピュータ」のできるときだ。今回のニュースは、そのような雰囲気の中で中国が着実に技術力をつけてきた象徴として欧米では大きく扱われたようだ。

ところで日本では「スーパーコンピュータ」は仕分け議論などの影響で、政治的な問題になってしまった。関心を持たれるのはいいが、それなりに技術的内容を理解しないと判断の出来ない問題に、単純化した理解で反応をする人々が押し寄せている状況は望ましい事ではない。話は単純ではない。

 そういう意味で難しいとは思うが、新聞には表面的なことだけでなく問題の複雑さをわかりやすく理解させるような記事をもっと書いて欲しいと思う。例えば日経の11月1日夕刊の解説記事「ニッキイの大疑問:スパコン、なぜ1位を目指す?/産業優位に、ブランド力も向上」のようなもの。この解説では、スーパーコンピュータの開発費が年々増加しつつあり、電力消費もどんどん増え今のやり方を続けていくといつか行き詰まるという点にまで触れている。

○レアアース、超伝導

 終わりに他に科学面の記事で目についたものを挙げておこう。読売が10月31日の科学面で「なぜ中国? レアアース」と題して中国にレアアースの生産が集中している理由を図解でわかりやすく解説している。「生産コストの安さに加え、元素を簡単に分離することのできる世界でも珍しい鉱床を持つため」だそうだ。朝日が11月2日の科学面で、「赤ワイン効果、超伝導活気」で物質・材料研究機構が発見した「赤ワインに鉄の化合物を浸すと、超伝導物質になりやすい」現象について特集している。8月23日のこのコラムでも注目して続報を期待していたものだ。この現象どうも本物のようだ。

2010年11月08日 新聞案内人
坂村 健 東大大学院教授


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