読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

映画「大いなる陰謀」

2008-04-20 13:01:27 | 映画
 まず、最初に原題を見たとき「どういう意味?」と思った。“Lions for Lambs”
公式サイトにタイトルの説明が載っている。第一次大戦中、ドイツ軍の兵士たちがイギリス軍兵士たちの勇敢さを称える詩を作ったという。その詩の中で「このような(愚鈍な)羊たちに率いられたこのような(勇敢な)ライオンを、私はほかに見たことがない」と言っている。つまり作戦の指示を出す人間が愚かであるため、兵士がどんなに勇敢であってもバタバタと死んでゆくと、優秀な兵士たちの無益で悲劇的な死を悼んでいるのだ。

 この言葉を使ったのは、共和党の若手上院議員アーヴィングだった。記者に特ダネを与えると言って独占会見をするのだが、私は最初何をいっているのかさっぱりわからなかった。独善的でまわりくどい言い方だったが強調していたのはこういうことだ。「この戦争を始めたのは間違いだった。しかし、今やめることはできない。アメリカが手を引けばイラクとアフガニスタンは大混乱し、虐殺がおこるだろう。そして何年か後に我々は再び廃墟となった国に侵攻せざるを得なくなり、その際の代償は現在の数十倍か数百倍ともなるだろう。9.11によってわれわれは恐怖にとらわれ、判断を誤った。そしてメディアは政治を後押しした。今政府は間違いを認める。アメリカの威信は地に落ち、屈辱にさいなまれている。この戦争は速やかに終わらせなくてはならない。そのための画期的な作戦がすでに始動している。戦争を終わらせるために重要なこの作戦を国民に支持してもらうためにメディアは協力すべきだ。それが、『風見鶏』となって戦争を支持したメディアの責任だ。」

 途中まで私は「なるほど」と思ったのだ。アメリカが今即座に撤退すればアフガニスタンもイラクも大混乱するに決まっている。アメリカの傀儡と見られている政権は崩壊し、政治家は皆殺しにされるだろう。その「少人数で大きな効果が得られる」画期的な作戦ってなに?と思っちゃう。その「作戦」によってアフガニスタンの山岳地帯に「監視拠点」を築くため派遣される兵士たちが映しだされる。司令官が言う。「イランのイスラム原理主義者がアフガニスタンに集結してイラクに入るという情報がある。イランは核兵器を持ち、北朝鮮にも技術供与している『テロ支援国家』だ。そこでこの山の上に要塞を築き、上からテロリストたちを監視する。この山は現在安全だ。」

 アーヴィングと会見していたジャーナリストのロスが「それは確かなことか」と問う。「1300年の宗教対立を乗り越えて、シーア派とスンニ派が手を結ぶの?」アーヴィングは「確かだ」と言い切る。攻撃を仕掛けるのではなく、外交的努力や他にすることがあるでしょうと言われても「そんなことで解決するはずがない」と強い口調で言う。「この超大国アメリカが前近代的な部族戦士にいいようにやられてしまっている。こんな屈辱的なことはない。この戦争はなんとしてでも終わらせなくてはいけない。そのためには手段を選ばない。」そして「あなたはテロとの戦いに勝ちたいと思うだろう?答えはイエス or ノーだ。イエス or ノー?」と迫るのだ。ははあ。これ、ブッシュ大統領がやったトリックだ。「テロとの戦い」という誰も反対できない、しかも中身がよくわからない言葉を作って、「これに賛成か、反対か?」と迫るのだ。そりゃーみんな「イエス」というしかない。だけど細かい選択肢を全部なくしておいて、単純な二者択一の設問で戦争に賛成させるってのはトリックだ。ほら、宮台がよく言ってるじゃない「二項対立図式に気をつけろ」って。

 ロスが言うのだ。「私たちの局は、石鹸や電球を作っている会社に買収された。なにも変わらないと思ったけど違っていた。それまで報道主体だった局内が視聴率や広告収入にふりまわされて思うように番組が作れなくなっていった。ジャーナリストにも確かに責任はある。」だけども局に帰ってアーヴィングのうさんくささを暴いてやるというロスを上司が止めるのだ。「そんなことをすれば首になる。きみは24時間介護が必要な母親を抱えているだろう。その年で雇ってくれる局はどこにもないよ。」それでもやるという彼女に、自分が握りつぶすという。そういうことだ。メディアは視聴者の意向を無視して報道できない。視聴率の低下は広告収入の減少につながり存続そのものが危うくなってしまう。ジャーナリストは会社の意向を無視できない。生活がかかっているから。「アーヴィングは『手段を選ばない』と言った。核を使うつもりなのよ。私たちが注意深く情報をつなぎ合わせることを怠ったからこの被害を招いた。同じ失敗をしてはいけない」とロスは言ったが、結局報道されたのは「新しい作戦が決行される」ということだけだった。そして作戦は失敗し、大学教授の優秀な教え子だった二人の兵士が壮絶な死を遂げる。ライオンとはこの優秀な兵士たちのことで愚かな羊は次期大統領候補と目されているアーヴィングのことだった。

 ロスが帰る途中、延々と続く墓地の映像が出てくる。アーヴィングは「自分が遺族に言えることは、息子さんは国のために貢献したのですということだけだ」と言う。ははあ、たとえどんなに無意味な戦争であったとしても「犬死に」だなんて政治家は口が裂けてもいえないからな。戦死者を讃美するっていうのは靖国なんかとおんなじ構造だ。たとえそこにどんな宗教的な意味があろうと、権力者が真面目な若者の命を利用し、戦争を合理化するための手段になっているってとこはアメリカも変わらない。

 私は、このような映画がつくられたことはまあ評価できると思う。現在の政権を批判し、「気をつけろ。だまされるな」と警告すると同時に、メディアは『風見鶏』だから本当の情報は出てこないと暴き立てるような映画がこんな豪華キャストで作られるってのが進歩かなと思う。だけどもすごい閉塞感も感じる。権力の監視役であるべきはずのメディアがもはや商業主義に犯されて役に立たなくなっているとか、政治学を学ぶ学生が無力感を感じて目先の享楽にとらわれているとか、「お国の役に立ちたい」と思う真面目な青年たちが軍隊に志願し、無謀な作戦で犬死にしてしまうとか。何より、アメリカが今「この戦争をどう終結させるかわからないんだ」と心底困惑しているのがよくわかる。どうするのか。もう「国家の威信」とかなんとか言ってる場合じゃないだろう。国際社会の協力を仰いで被害を最小限に食い止めるための策を講じなくてはいけないはずだ。そのためにはやっぱり共和党じゃだめだな、みたいな結論にいくので、若くハンサムだけど中身はタカ派で愚かで見栄っ張りで隠れ人種差別主義者のアーヴィングみたいな共和党候補が現実にはいなくてほんとよかったと映画見た人はみんな思うだろうな。で、戦争続行か撤退かっていう二者択一じゃなくてできるだけ選択肢を広げてくれる大統領候補はっていうと多分オバマさんだろなと私でも思った。