うんどうエッセイ「猫なべの定点観測」

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今こそ日本男子レスリングは「八田イズム」を思い出せ!!

2011年09月22日 | 運動全般
当地で行われているレスリングの世界選手権で、男子グレコローマンスタイルの日本勢が苦戦を強いられた。14日に74キロ級を残しているが、13日までの6階級で一人も5位以内に入れず、ロンドン五輪出場枠を獲得できなかった。
 55キロ級で昨秋のアジア大会を制し、メダルの期待が高かった長谷川恒平(福一漁業)は3回戦で北京五輪銀メダリストに惜敗。敗者復活戦に回り、3位決定戦(5位以内)まで一歩及ばなかった。60キロ級で前回2位の松本隆太郎(群馬ヤクルト販売)は初戦の2回戦で欧州王者を相手に、ポイントも奪えず完敗した。
 共に寝技戦で防御の弱さを露呈。立ち技では互角の試合運びをしたが、寝技になると形勢が不利に。外国勢の馬力のあるリフト技に対応できず、崩された後にポイントを奪われた。リフト技で守り切れず、攻め切れずと差がついてしまった。
 要因として、長谷川らがアジア大会以降、外国勢の研究を警戒して国際大会出場を控えたことも挙げられる。佐藤満男子総監督は「それが裏目に出た」と打ち明ける。豪快なリフト技が得意の日本選手は少なく、国内合宿などでは対応力を磨きにくいのが現状だ。
 佐藤総監督は「とにかく外国に行って、肌を合わせてリフトで持ち上げてもらい、体が反応するようにしないと」と、強化方針の転換を示唆した。ロンドン五輪出場枠獲得の次のチャンスは、来春のアジア大陸予選。危機感を抱いて課題を克服することが求められている。

〔時事通信 2011年9月14日の記事より〕


今回の世界選手権の詳細の成績(日本レスリング協会HPより)
今回の世界選手権の日本代表選手の詳細の成績(日本レスリング協会HPより)


                           *  *  *  *  *


トルコのイスタンブールで開催されていたレスリングの世界選手権。女子は五輪実施階級で、48㎏級で小原(旧姓・坂本)日登美、55㎏級で吉田沙保里、63㎏級で伊調馨の3人が優勝し、お家芸の強さを見せ付けました。ただ、72㎏級の浜口京子は2回戦で昨年準優勝のカナダ選手に1―2で敗れて敗者復活戦に回れず、5位までに与えられるロンドン五輪の出場枠を逃しました。浜口はカナダと中国の選手にいつも相性が悪いので、本大会でメダル獲得するにはクジ運に左右されますね。また、他の階級の選手にしても、いつも同じ顔ぶれですし、小原も30歳とベテランなので、相変わらず主力と控え選手との実力差を感じます。先行者利得の優位性を失いつつある日本女子は、次々回の2016年リオデジャネイロ五輪が曲がり角のような気がします。

今大会で残念だったのが男子レスリングの不振です。たしかに、現在の男子レスリングは昭和の時代に比べて競争が半端じゃなく厳しいです。なぜなら、五輪の肥大化防止と女子種目の採用に伴い、参加資格の制限だけでなく、男子は階級も減らされたからです。極めつけなのが、レスリング強国のソ連の崩壊です。それまでは「ソ連代表」として世界大会に1人だけ参加でしたが、連邦が崩壊以降は15ヶ国にも分裂したからです。実際に今大会は旧ソ連勢が強さを発揮しました(→詳細はこちら)。今ではメダルどころか、五輪出場権を獲得すること自体が困難になりつつあります。実際に北京五輪では、日本はフリー&グレコローマンとも、各7階級中たった3枠だけしか五輪出場枠を獲れませんでした。

今大会の男子のフリーは、66㎏級の米満達弘が銀、60㎏級の湯元健一が銅の2個だったので、北京五輪とメダルの色と数は同じです。問題なのはグレコローマンです。なんと、全7階級で五輪出場権を得られる5位以内に誰も入れず、今大会での五輪出場権獲得に全員失敗する失態を犯しました(なお、フリーも今大会での五輪出場権獲得はメダルを獲った2階級だけです)。しかも、グレコローマンの敗因が、「広州アジア大会以降、外国勢の研究を警戒して国際大会出場を控えたことが裏目に出た」とのこと。上半身しか攻めることが出来ないグレコローマンは上体が発達した外国勢が有利なので、身体能力で劣る日本人はフリーに比べて不向きとされてます。だからこそ、積極的に海を渡って他流試合を申し込むぐらいの気構えが必要なのに、逆に手の内を隠す為に国内で引き篭もるとは笑止千万です。女子の吉田沙保里のような絶対的な王者ならまだしも、男子は1988年ソウル五輪を最後に世界の頂点から遠ざかっているのだから、そんな舐めた真似は分不相応もいいところです。

もし、今回の出来事を日本レスリング界の父である故・八田一朗が知ったなら、きっと草葉の陰で泣いているでしょうね。それどころか、烈火の如く激怒しているはずです。八田一朗というと、根性論の塊ようなイメージがあります。たしかに、精神面の強化を重要視していたのは間違いないです。しかし、八田は、苦しい鍛錬と技術の積み重ねを忘れて、「精神力」のみで勝つことが「根性」だとする世間の風潮をとても嫌ってました。一見すると、八田が選手に課したトレーニング方法は原始的でかなり奇抜ですが、実に合理的かつ科学的でもありました。その根拠となったのが、「八田イズム」と呼ばれる独特の理論に裏づけられたスパルタ指導でした。


▼伝統の八田イズム(日本レスリング協会HPより)

(1) 負けた理由を探すな
(2) 完全フォール勝ちを支持
(3) 左右の平均
(4) 夢の中でも勝て
(5)苦手の克服
(6) ベン学の勧め
(7) 礼儀の重要性
(8)マスコミを味方にしろ



今回惨敗を喫したグレコローマンに最も欠けていたのが、「(5)苦手の克服」でしょう。日本レスリング協会HPに記述されている通りに、八田が海外渡航が自由でない時代でも、あらゆる手段を尽くして海外遠征を実行したのは、世界のいろんなタイプと戦い、強い相手に立ち向かうためです。つまり、安易で楽な道に流されるのを諌めて、苦手な相手には積極的に向かっていく姿勢を説いているのです。また、時差や食事への対応も、大会前に付け焼刃的に行なうのではなく、日頃から指導したのは、海外で結果を出す為に何が必要かを常に考えていたからです。それどころか、礼儀の重要性まで説いていたのは、「人間として侮られると勝負の場でも舐められかねない」という考えがあったからです。

そして、八田が最も有名なフレーズは「剃るぞ!」です。勝てる相手に負けた時、逃げ腰で不甲斐ない試合をした時、掟を破った時などに、罰として選手に剃毛を課しました。もちろん、髪の毛だけでなく、下の毛もです。なぜ、下も剃らせるのかというと、「生えそろうまで三カ月ほど、トイレや風呂に入るたびに、反省するだろう」(2004年8月2日 産経新聞より)というのが理由です。つまり、自分の惨めな姿を見ることによって、その悔しさをパワーに変えることが最大の目的ということです。日本は、1960年ローマ五輪ではレスリングは金メダルゼロに終わりましたが、その屈辱を忘れない為に、八田の命令で、帰国後結婚を控えていた選手を除き、役員、コーチ、選手全員が丸刈り、そして下の毛も剃って再起を誓いました。日本は地元で開催された1964年東京五輪では金メダルを5個獲得してローマの屈辱を晴らしました。

八田はマスコミの操縦術に長けていることでも有名でした。なぜなら、周囲からの注目と期待が大きければ大きいほど、選手の大きなエネルギーになることを知っているからです。「動物園でライオンと睨み合って精神力を鍛える」や「沖縄でハブとマングースの戦いを見せて、戦う魂を学ぶ」といった奇抜な練習方法はたしかに強化に役に立つとは思えないが、それを実行することによって、メディアはレスリングを取り上げて世間に喚起させるのが最大の狙いです。更には、「悪口も宣伝と理解する度量をもたないと、大きな発展は望めない」と力説。新聞記者にも「批判でもよいから、毎日でもレスリングの記事を書いてほしい」と要望し、耳が痛い記事であってもむしろ歓迎してました。やはり、周囲の無関心こそが、最大の敵だということを誰よりも知っているのでしょう。このオープンな姿勢は現在にも受け継がれ、基本的にレスリング界はメディアに対して取材は歓迎してます。

今大会の男子は惨敗に終わったのは、日本レスリング界が脈々と受け継がれてきた大切なものを忘れた報いなのかもしれません。おそらく、世間やメディアからもこっぴどく叩かれ、ロンドン五輪では茨の道が待ち受けるでしょう。しかし、批判は期待の裏返しでもあります。今回の屈辱をバネにして再起を図り、1952年ヘルシンキ五輪以来から続いているメダル獲得の伝統を死守すると同時に、平成初の金メダル獲得も目指してもらいたいです。

最後に八田一朗が詠んだ句
狩りの犬 獲物を追って どこまでも


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2 コメント

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ホント鎖国が好きですよね (こーじ)
2011-09-27 00:27:51
 日本は基本的に修行スポーツの伝統がありますから、どうしても引きこもって鍛錬して己の技や型を磨き試合では その成果を100%出す事に集中するというのが主流になってます。

 だから今回のような鎖国政策の発想が出るのでしょうけど、ハッキリ言って逆効果ですし結果を残した種目はないです。

‘将軍様の国’がサッカーのW杯予選で惨敗した時に将軍様が激怒し‘強くなるまで対外試合禁止’という暴挙を行いましたが、その方法では決して強くはなってませんからね。

 私のブログで扱った以外にNumberによれば女子バスケットも日本リーグでは外人選手を締め出しているとか。

 これではダメでしょう。

 反対に日本のジャンプ陣がカルガリーの惨敗から復活したのはW杯に全戦参加し始めてからですし、バンクーバーでは国内調整を重視とした
ばかりに惨敗するという愚挙を犯してます。

 八田イズムの合宿で選手達が最も辛かったのが就寝中や食事中に‘○分後にスパーリング’と言われる事だったようです。

 最大の理由が当時のレスリングの試合はスケジュール通りに行われず、イレギュラーが多かったからという事ですから精神論だけでなかったのが分かりますよね。

 やはり先人の偉大な知恵を忘れたバチが当たったと言えますね、今回の惨敗は。
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コメントありがとうございます (猫なべ)
2011-09-27 21:48:01
こんばんは、こーじさん

レスリングの国際大会は日本人と対決することは絶対にありえないから、日本人同士だけで練習しても役に立つはずが無いですね。
ましてや、日本の重量級は層が薄いので、なおさら効果が無いです。
それに、コンタクトスポーツなのだから、海外勢との激しいぶつかり合いを経験せずに付け焼刃で臨んだって、たかがしれてますね。

日本レスリング界の素晴らしいところは、自由闊達でオープンな姿勢と、進取の気性に富んだところだと思います。
八田会長はサンボを日本に紹介し、ミュンヘン五輪で柔道を正式競技に復活させる為に尽力するなど、開明的で国際的な感覚を持った偉人です。
更には、「レスリングは裸でやる競技だが、実戦に役立てるのであれば、衣類を着てやるべきだ」と考えて、衣服を着て戦う『ジャケットレスリング』を提唱するなど、斬新なアイデアを持ってました。
http://yusaku.jp/shouwa/201105.html

それだけに、八田会長の弟子に当たる今の協会の指導陣が、今回のような鎖国的な発想を取り入れるのは本当に理解に苦しみます。
猛省を促したいですね。
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