goo blog サービス終了のお知らせ 

ピタゴラ「不思議」スイッチ

ヘタレ霊能者朋(tomo)の幼い頃からの心霊体験話をここで載せています。

死に赴く前の感覚

2007-07-09 09:57:51 | 死という運命を回避できた経緯
おはようございます。


tomoです。

少しだけあの時感覚をまとめておこうと思います。
死に赴くときですが、どんな感覚だったか。

まず、やたら自分の子供の頃を思い出し、その時点に帰ります。ですので、現実が現実味を帯びず、「あなた誰?」状態になります。私は特に、17歳くらいに戻って、現実の自宅にいながら、自分がわからなくなるし、子供のことも忘れてしまうのです。

よくお年寄りが、「あなたどなたさん?ありがとうね」って言いますが、あれもあながち嘘じゃありません。向かいつつあるとき、ボケるというか、ぼけているわけじゃないんです。時間が退行していきます。

その中で自分のその時のものに異様に懐かしさを覚え、見たくなります。

ですので、死に行く人が遺品の整理や、過去の写真を見たがるのもそういったところからだと思います。過去に戻っているわけで、何一つあまり覚えのない場所で、やはり懐かしくそういうものを見たくなります。

そして、少しずつ満足していきます。
あぁ、これでよかった、とか、こんなんでいいかな。妙に安息になって行きます。
そうして、すべての執着心を捨てたところで、迎えるものなのでしょう。

そうして、長い間生きてきた中で、忙しくて思い出す暇もなかった記憶を呼び覚まし、そして、自分が一番楽しかった時に戻っていくのだと思います。

ですから、自死とはとても違います。

また、何かあったら、再度記述します。



tomo
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

病み上がりのときの女神オラクル

2007-07-04 18:28:41 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。

tomoです。

日曜日にお風呂に入ったきりだったので、今日軽くシャワーを浴び・・・・
身を清めたところで、オラクルカード引いてみました。


女神イシュタル 

自分自身を他のものよりも愛してあげなさい。自分自身に敬意を払い、愛してあげてください。自分を愛し、自分に愛されることが一番人の手本になる。(・・・でいいのか。すげえ意訳だけど)


しかし、毎度毎度、痛点ど突くね。女神オラクルカード。
ひくのも最近冴えわたった気がする。




もし、ひいて欲しい人いたら、ひいて上げるよ。
そのかわり、日本語版じゃないから、tomoの勝手な解釈つき(嘘だよ、日本語で読んだってやっぱ勝手な解釈付だよ)
その代わり、限定:猫さんだけ。三丁目のミーさんがひいて欲しいと言ってたら、すぐミーさんの写真送ってください。アメショーとロシアンブルーに限定割引あり。

お問い合わせはこちらまで。

第六勘占い 占いの館
ミハイロフ・アエロフロート(通称クマのミーシャたん)
電話8888-4989
メールアドレス bearissocute@hotairairlines.com


じゃあそんな感じで。

tomo@ってか、tomoの解釈つきなのにクマが占ってていいのか
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

無事 生還 プロローグ

2007-07-04 12:27:50 | 死という運命を回避できた経緯
こんにちは。


お久しぶりです。tomoです。

体内にひとつまたステントが加わりましたが、無事戻りました。
まぁ、世の中私をやはり頭の風邪扱いする人がいましたが、そんなことはどうでもよく。今は、息をしたら100%潤う肺の働きにちょっと感激です。

右の冠動脈の分岐点が完全に詰まってまして、その先は細くなっていたんです。他の分岐先も細くて・・・・まぁ、結果ステント一個と、冠動脈を3本バルーンで広げるといった治療になりました。

痛みも、先生がバルーンを膨らますと私が猛烈に鎖骨あたりが焼けるように痛いと申し、やめれば痛くない。それについては、心カテ中に医師と色々試行錯誤してわかりました。それまで、私も若干、「流石にプレッシャーに疲れたか、私」と思って心のせいだと思ってました・・・_| ̄|○。

で、術前の不思議なことと、術中の不思議なこと、そして、私が何をしたのかは、他の流れで書きます。


とりあえず、tomo、新しくなって!再度参上!
本当に皆様、お騒がせしました。
ちなみに、TH大、食事美味しかったです。それと、先生にやべっちがいたり、サラサラの髪のイケメンがほとんどで、しかも看護婦さんは、モーニング娘かと思う美貌、看護士さんにいたっては、関ジャニか、氣士団かと思うイケメンぞろい。

私の感覚ではすでにこの人方は私の子供ぐらいの方ばかりなので、微笑ましく、「可愛い子いっぱいだなー」って感覚でうれしかったです。

すんません、感想がこれで。でも、しっかりしてましたからよかったです。


tomo

皆さんの親切が身にしみます。本当に心配をかけました。
新しい顔になって登場のアンパンマンまでは行きませんが、とりあえず、そんな意味合いで。ありがとう。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

SEDNA セドナ (女神)

2007-07-01 09:54:36 | 死という運命を回避できた経緯
おはようございます。

さてそろそろ行きます。tomoです。

一月に二回月があることをBlue Moonと申します。
月が二つ。なんとなく自分の名前に良く似ていて、好きになりました。


そして、私の今朝朝、身を清めてひいた女神のオラクルカード

「SEDNA (セドナ)」です。

女神SEDNA (無限の供給)
あなたに必要なものはこれからもずっと与えられます。将来の心配はいりません。
  食べるものにも困りません。 それを信じましょう。




起死回生、一発逆転、9回の裏のホームラン。
最後まであきらめずがんばってきます。最後まで涙が出てもよだれが出ても、あがき続けます。

そして、帰ってきたとき、この一連のカテ前のことを新しいカテゴリわけにして、別口にできますように。
しまちゃんと話したエロタグの話をするために、
色々心残りをちりばめて、

ここへもう一度還るために。

tomo

Thanks a lot of all people, I do with my best effort.
See you again and talk to you soon.
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

発作

2007-06-30 22:15:16 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。

tomoです。

やはり明日入院。
先ほどまでずっと寝てましたが、7時に夕飯を1/3程食べたところで、また痛くなりました。発作到来。5時間くらい寝た体力を使い切ってしまいました。

のどが焼け付くように痛く、左背中が猛烈に痛く、瞼を閉じていることができません。痛くて痛くて絞るように痛い。騒げば吐き気が出てきて猛烈に吐く。痛くて目を見開いたまま、とにかく最低限の動きしかしないように自分を制する。

ニトロをスプレーするが、何ももう変わらない。シグマート、アスピリン、ヘルペッサーを追加。でも、何も変わらない。

何度か途中で気絶して、何度かまた痛みで起きて、何度か気絶する。

何度かずっとそんなことをして、ふっと痛みが最低限に抑えられるポイントを見つける。不自然な格好だけれど、それはそれでも、痛みが最低限ならそうする。そして、ふっと意識が無くなる。

気がつくと、どこかのおじいさんが手を差し伸べる。少し曇った山間の村。私は起き上がって、今までのは夢かと思う。ずっと倒れていたらしい。

ふっと気がつくと、私を輿に乗せて担ごうとする4人がいる。だけれど、後ろから、なんだかまぶしい人が来て、行き先は反対だという。で、私は行かずにすむ。

気がつくと、亡くなった父親がいる。ニコニコしている。父の末期の癌のときの痛みが本当によくわかる。目を見開いてイタイイタイと叫んでいた父の姿が今自分にダブル。「もう行っていいんだろうか」と聞くと、「ニコニコしたまま、手を差し伸べてこない」

ふっと気づくと現実に戻る。左肩は硬直しているが、でもまだ大丈夫。

私は結局3時間かかった。
これがもう毎日起きる。油断したら起きる。起きるポイントも起きる兆候ももうわかる。

これが逆流性食道炎かもしれない。いわゆるパニックディスオーダーかもしれない。だけれど、私に一発で発作の激痛を治める薬は今はもうない。

私を救う道は、冠動脈インターベンションを受けること。



私は私が自分に催眠をかける。
運命の大きな軸にバイパスを作る。帰ってきたとき、なーんだと言っているビジョンを強烈に作る。そしてそのビジョンを強烈に脳に覚えさせる。
私ができる大きな軸の変え方なんてそんなものかもしれないが、とにかくしてみる。
これで、私が帰ってこれて、痛みがなく、また毎日を送れるのなら。

神様、お願い。もう少しだけ私に力をください。もう少しだけ、痛みに耐えられる力をください。

明日行きます。


tomo

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

先に起こる夢を見ない

2007-06-30 08:06:16 | 死という運命を回避できた経緯
おはようございます。

tomoです。

先ほど自分の先のビジョンが見えないと申しました。
補足です。

そうです。いつも夢で、何日か先に起きることをみんな見ているのです。予知夢しか見ていなかった私の今の夢に、この先のことが何一つ夢で見ることができません。

そう、もう、いつもの夢じゃないんです。
いつもなら、この先のことほとんど夢で見てて知っているんです。が、今はなんというか、たわいも無い夢らしい夢。

だからビジョンが見えない。
私の自力救済能力が落ちたのかもしれません。

tomo

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

百一鬼夜行 地獄への神輿

2007-06-30 00:11:43 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。


tomoです。

先ほど最後の力を振り絞って、人生にあがいてみました。ですが、お釈迦様の手のひらの上のことなのだと、瞬時に納得いたしました。

で、諦めて帰った深夜の家の前。
あーまた瘴気漂うブログになっちゃうかもしれませんが、神輿がおいてありました。

担ぎ手は鬼でしょうね。で、地獄へ一直線。

乗ってもいいかな。って思いました。いや、人の気を引きたいとかの発言ではなく純粋に。

現実の痛みや、心の闇をポジティブに相当ポジティブに乗り越えてきたはずですが、ネガティブな考えの自分が出るくらい現実は厳しかった。ネガティブな考えだって自分なんだからでますよね。だって、人生おしゃか様の手のひらの上、生かさず殺さず、余さず。その逃げられないものを目の当たりにした時、普通人はどう思うかわかりますか?

人生に幻滅し、諦めるんですよ。自分からは死にませんが。

もう何処の大学病院に逃げても50歩100歩。今回死ななくても一年後はわからない。一生背負う心の闇。きっと待ってるドラスティックな展開は、ほんのつかの間だけ。一生背負う、不安。逃げ場の無い人生はロッククライミング。

じゃぁ、神輿に乗ってみるか。


大丈夫。今乗っても今すぐ死ぬわけじゃないです。
もうやっぱ、顔がないのかな。私。自分を救えない。もう手立てはない。
諦めたこと一杯あったのに。でも、まぁ、ほら、パスタ食べたし、熱くて美味しかったし。あと、ちょっと本を読んで。


しかし、まじめに月曜から先の自分の人生のビジョンが見えない。なんでだろう。

先ほど主人に、「でも君の勘って時折はずれるじゃん」と言われ、

「当たり前だよ。それでも、グラウンドゼロだの、乱射事件だの、サリンだの、放火だの、自分の家族と自分に限ってしかわかんないんだよ。もっとわかってれば、商売するし、もっとわかってたら、今頃、FBI専属のサイキック捜査官になってるよ。そっちに就職したら誰が家のことするんだ、これでも、わからないよりはましだろう。助かった事実感してないのか?」


主人黙っちゃいました。

「あなたをグラウンドゼロから救えても、ほんの一瞬の判断の間違いで自分をクラッシュさせてしまうことだってあるんだよ。あの12月6日朝に、気絶するくらい痛かった胸痛ぐらいであなたを引き止めておけばよかったんだ。それが、痛くてあなたが出国手続きした後でごねたって、もはやだめだったんだよ。
だから、ろれつがまわんなくなって、挙句にはこのざまなんだよ。自分で後悔してるよ。第六勘が働いたら、何が何でもごねるべきだったんだよ。あなたのお母さんはそうやってお父さんを救ったじゃないの。」

本当に後悔してる。自分の勘を信じてごねれば、S大に救急車で行った時に既に再狭窄までわかったはず。ごね続ければよかった。


でも、私が睡眠薬を飲むことを知る人は言う。

「頭の風邪じゃないの?」とSの医師。左の手首の30年も前の傷を勝ち誇ってニヤニヤ見る今日の医師。みんな自分に都合が悪いことは、うまく押し付ける場所を見つけるのが早いわね。だから、もう私がごねても説得力なし。

まぁ、子供の頃からそうだったわ。5歳で死にたくなって8歳ではさみで切りつけていた子供時代。そんな心の闇を克服しても、一生私はそういう扱い。もはや勝ち目もない。言い返しても、聞いてもくれない。

まぁ、疲れたから今日は神輿に乗って、地獄へ行ってフィーバーしてこよう。心の闇に喰いつくされぬよう気をつけながら。

大丈夫。私ならきっとどこでもうまくやれる。今までもそうだったじゃない?


tomo@思い切って三途の川も見てくる。追加レポート待ってて。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死に隣り合わせの感覚 2

2007-06-29 13:25:51 | 死という運命を回避できた経緯
こんにちは。

神様お願いのtomoです。

こういう不謹慎な事を綴っていいのかわかりませんが、今まさに死と隣りあわせで感じる感覚を書き綴っています。
昨日夕方から、痛みを痛みと認識しなくなりました。でも、痛いので、ニトロのパッチも貼りました。もう、持っている薬マックス使用状況です。

で、わかんないんですが、満足したこと。そして、自分の記憶が失くした筈の17歳くらいになっています。ですので、自分の子供のことも具体的に現実味がありません。主人についても具体的に現実味がありません。

お隣、親に無性に挨拶したいです。「お世話になりました」

来週のビジョンが全く沸きません。来週生きている自分のイメージはありません。昨日行った先生のところで、

「この先生で死ぬんだったらいいか」

って思ってました。
痛いんですけれど、痛くない。苦しいけど、苦しくない。頭が動かない。


それと、過去の写真を見たくなって見てたり、昔の音楽生活のデモテープを聴きたくなりましたので、今、聞きながら整理しています。何でですかね、すごく昔の自分の歌声が琴線にマッチします。

先ほど、藤原さんの奥様から電話がかかってきて、「危ない」と言われています。でも、もう疲れちゃった。医者探すのも、動くのも疲れて、出来ればここで、安穏と引きこもり生活を送りたい私です。

頭が働かない。10%くらい。本も読めない。光が目に入ってくるとまぶしくてきついので、真っ暗の部屋。



もしかして、私、今、死ぬのに一直線?既に棺おけに足突っ込んでる?

昔の思い出せないこと一杯思い出しました。早々、結構な事乗り越えました。忘れたって言ったって、脳のHDDのどこかに格納された情報です。

じゃぁもう少し、デモテープ整理します。音楽やって頃人格破壊していましたが、あの頃の自分が許せる気がします。猛烈な思いで自分の子供の頃を思い出しています。そして、子供の頃を許しています。


自分が、そんなに大変な状態かどうかもわかりません。安らかで、恐怖がありません。音を紡いで生きてきました。本当に安らかで恐怖がありません。脳内麻薬でてるかもしれません。でも、現実がもはや私の中で処理しきれなく、現実ではない気がします。

嘘?まさか。病院名出したっていいくらいなのに。

神様お願い。これ、みんな夢でありますように。願わくば単なる統合失調とかボーダーでもいいから、心の風邪ってことにしてください。胸骨を開けるだけの処置にもう、耐えられない。起きたら、やっぱ夢だったってブログに書かせてください。覚書ベースのスペクタルな夢でお願いします。

自分の生んだ子供の記憶を今失くしているけれど、好きだったよ。そして大きく生きていきなさい、私が乗り越えられなかった壁を、お前たちは乗り越えて生きなさい。

主人へ。もう十分がんばったよ。気力じゃ人は乗り越えられないんだよ。後で迎えに来るよ。

神様、どうして昔の私のデモテープの声は、透明な悲哀を含む寂しい声なんですか。もう今は唄えない。だからいいや。


どうやったら、来週の生きてるビジョンが蘇るのか、水面下で藤原さんの奥様があがいてくださって・・・(涙)

自分でも死ぬと思う。

わかってるけれど、もう体が動かない。でも、安らかです。本当です。

「嬉しいなんて楽しいなんて、思えば、その後の悲しみが余計に大きくなるから、辛くなるから、悲しくなるから、

何も感じなければいいのよ、全てのことを今は忘れて。」

tomo
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死に隣り合わせの感覚 その1

2007-06-28 19:13:50 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。

さーて、地震も起きたし、心残りが少しずつなくなってきたtomoです。

先ほどから妙な感覚になってきたので、冷静に書き綴ろうと思いました。
昨日までは眠れませんでした。やけに興奮して、ビールテイスト呑んだって、平気でした。ですが、もう今日は眠くて眠くて、気がつくと寝ています。

で、やっと懸念の医者が終わりました。
先ほど行ったら、医者が申しました。
「心筋梗塞は、死ぬよ」

「ええ。軽い心筋梗塞かもって言われたので、ここに最後に挨拶に来て全て終わらせようと思って。」

「日曜から入院なんだね」

「そうです」

「挨拶に回るだなんてとんでもない。でも、よくあなた薬増えないね」

「いや、4週間分を3週間で飲んじゃったので、十分増えたと思います。」

「昔、両手一杯飲んでたんでしょ?」

「そうです。かなりきつい時はそうです。」

「で、今、何でこんな軽い薬で、そんなに増えないの?」

「そりゃ、明け方に痛くて起きて、あと少し寝たいと思ったりします。でも、飲んでも眠れないし、結局家事育児色々あって昼寝もできない。だから、主婦の過労死ってのはあると思います。増やしても眠れないから、増やさないんです。」

「増やさないって自分で言っていたけれど、どうして自分の制限を崩さないの?」

「飲んで眠って解決する問題じゃないから、増やさないだけです。」

「凄い意志力だね。」

「極限状態で考えてみたんですが、戦争に行く人はいつ奇襲があるかわからないわけです。ですが、私には私が負荷をかけない限り、奇襲である心筋梗塞は勃発しませんし、まだ、ましなのかと考えています。」

「戦地と比べてもしかたないよ。今は同じくらいの重圧だと僕は思うよ。でも、痛いんでしょう?」

「ええ。インターベンション自体、ウェルカムな処置行為ではありません。事実痛いですし。失禁しますし。で、血管造影剤が体に入るとやはり、軽くパニックを起こします。自分がコントロールしきれません。ですが、とにかく、5分は我慢しようと言い聞かせて我慢します。でも、今は勢いに任せて、受けるしか生きていく手段がないですし。泣いても何も始まりませんし。」

「そりゃそうだ。しかし、凄いね、でも、状態から見て次の予約は入れられないね。いつ還ってくるかわからないもの」

「やっぱ、そうですかね。オプションでバイパスしたら、一ヶ月は拘束されますしね」

「僕、手紙書いておくよ。何かあったとき、助けになると思う。持って行きなさい。」

「はい。お世話になりました。またこの次お目にかかれるように努力します。」

「・・・・・・・・・・(かなりびびっている)」


で、手紙を貰ってきました。
そして、なんだかね、私、気持ちがどんどん変わってきました。
せっかくだし、もう外に出れないから、パスタ食べよう。そして、最後の晩餐を終えて、周りを見て、感謝の気持ちしかありませんでした。

「昔は高層ビルの上からよく人を見てたけれど、あの時は本当に死ぬって気持ちって無かったな」

なんだか、すごく全てに満足してきちゃったんです。パスタの皿がSで少し物足りなくても、次回・・・って思わず、これくらいでちょうど良かったんだとか。
感謝ばかりで、もしかしたら、今、私顔がないかもしれません。あっちの世界に半分入ってる感覚がします。

なので、死と隣り合わせの感覚など滅多に味わえないので、克明な気持ちの観察を行おうと思っています。

もう、なんだか満足しました。頭の中も6割くらい動かないです。眠いんですかね。眠いと思います。ありがとう。すごく痛いのに、痛みがちょっと遠いんです。うれしいですね。

死に際の人が、いきなり元気になって挨拶して回るのはあながち嘘ではないと今思います。私も墓を思い出し、連休に掃除に行って置いてよかったと思いました。それに、先ほどのミイラにあんなに嫌悪感を示すのも、私がもうじき死体になったら嫌だなって気の表れかもしれません。
すごく痛くて、結構浮腫んでます。でも、我慢できるかな。
眠くて眠くてすみません。ちょっと、何もまだ寝る薬を飲んでいないのに眠いことはうれしいですが、支離滅裂になってきちゃいました。

足はガタガタ震えていますが、すごい心は平静です。

で、母にオルトランの散布の電話をしたら、寝ようと思います。今日はよく眠れるんだと思います。明日の朝くらいは寝坊させてもらって・・・・


日曜日までゆっくり休んで、入院の準備の買い物して・・・行かなきゃね。
でも別にそれもいらないや。さっき、地震があったので、イオンさんのとこ、覗いて寝ようと思います。

本当に誰に対してなんだかわかんないけど、ありがとうございましたと深く言いたい。子供のことよろしく頼みます。・・・意味不明。でも、私、疲れました。少しくらい、ペース落として寝ても文句言われませんよね。ごめんなさい。すいません。もう、歩けません。車のハンドルもなんで、パワステの癖にあんな重いんですか。ほんと、もう、何も考えられない。

思えば、今日ブログ書きすぎました。じゃぁ、そろそろ、布団敷きなおして、横になります。でも、十分楽しかった。

おやすみなさい。また明日。

tomo@通常の人の脳の処理しきれる情報量を今日は遥かに超えたのでしょう。脳のパンクと思ってください。パンクザファイヤー(謎

I love you all of guys, especially my daring and my sweeeeeeties.
Thanx a looooooooooooooooooooot. I shall be back! Ok?

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最後の一行ギャグ

2007-06-28 14:06:09 | 死という運命を回避できた経緯
こんにちは。

tomoです。

実は本日病院に行きまして、なんと狭心症ではあるが心筋梗塞の疑いも捨てがたい・・・・ことになり、今週の日曜日から入院予定です。
素晴らしいことに、インターベンションの後には、パラダイスが待っているようです。痛くない世界、痛みにおびえぬ世界。

お花畑を乗り越えて、三途の川を全力で泳ぎきり、針の山を軽く飛び越えて、閻魔大王に頭突きして、きっと待ってるパラダイス。そこには、

「重いリュックもって富士登山」

さえしなければ、普通に生活できる世界があると医師が言いました。思わず、

「最近流行のビリーザブートキャンプもできませんけど、それは遠慮しておきます」

と軽く受け流し、私はパラダイスを夢見ました。

今はもう既に、歩けば人より遅く、階段を登ることもできず、同じ病院の外来で、「動悸が激しくってぇぇ、きついんですぅ」と看護婦に叫んでいる私と同じくらいの年の美しい奥さんより血色の悪い私・・・・・・。

そんな私がコギャルのようにずっとくねくねしているのは、既に左肩が痛くて、のど元が焼け付くようで、放っておくと、左腕がしびれてくる、その痛みを紛らわせるためです。

私も思いました。このようなパフォーマンスをしたらどうなんだろう。



即刻出た答えがこれでした。
「しゃれになんないわ。」


そんな私が、また始めたのがMIXIでのギャグブログです。ありとあらゆる駄弁の使った馬鹿をしようと思いました。

ですが、この「不思議スイッチ」ブログの悲痛なまでの生真面目さの漂う、気品あふれる知的で優雅で上品な私がどうして、くだらないギャグを最近、最後の一言ギャグにして、tomo@の後に書き綴っているかわかりますか?





そうです。人生追い込まれても、どんなに切羽詰った状態でも、その状態で更にジョークを言えるだけの心のゆとりを持てば、きっとあなたは困難に勝つのです。過去、私は何度も切羽詰って、ぎりぎりでした。

ですが、鬱を回避し、現実を脱却しようとする時、私は必ずジョークを言ってました。


EX、「なんかさ、こんなに私、必死になってがんばって・・・(涙)まるで、滑車を回すコマネズミみたい。そのうちお手もするから、躾けといて。」

Ex.「あの人、まったく何よ、犬みたいに吼えて。私がこのキーホルダーの猿だったら、あぁもうすでに犬猿の仲か。」

Ex.「今回あたるかそるかだよな。こー言う時、いちかばちかって言うけど、はちじゃなくて、一個足して、いちかきゅうかにしておこうよ。でも、これってすぐだめになりそうな感じ。急降下っていうじゃん」

EX。「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。あなたが虎なら私龍よ。空飛んじゃうのよ。空飛んで、航空法に引っかかって打ち落とされるんだから。うらやましいでしょ?」

EX、「あなたが虎なら私は龍よ。とりあえず、アリタリア航空機にぶつかってくるから待ってて。」


本当に私はこういう言葉遊びが得意なのです。で、今まで土壇場でどうにもならない状態をこのような馬鹿を言うことで、シリアスを回避してきました。そして、皆さんが思うことでしょう。

そんなくだらないジョークを考える余裕がこいつにはあったのか。泣き事言って泣いてるけれど、本当はカラ泣きじゃないの?って。


強がってがんばって、シリアスな上品さでいようとする私は本当は作り物です。でも泣いても何も変わらないのです。「七転び八起き上がって頭突きされて、9回目に、自分から頭突きに行く」性格なのです。

嘆いても嘆いても変わらぬ状況があるのなら、ジョークで紛らわして見ましょう。もし、ジョークの言い方がわからなかったら、とりあえず、NHKで、フルハウスのアメリカンジョークを見て、真似してみましょう。いつしか、土壇場すれすれ、子供をかばって両手を広げ、

「私、今、ももんがみたいでしょ」

って、にっこり言えますからね。
がんばっていきましょう。

tomo@私の旦那がかわいそうだって言うな
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奇跡的確立

2007-06-27 21:52:29 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。


tomoです。

心臓について話そうと思います。
多分明日都内の大きな病院に行くので、かなり緊張していると思います。明日いきなり入院は無いだろうと思いますが。

実は今回、心臓カテーテルの最中に右の冠動脈の一歩手前まで、カテーテルの管を進め、造影剤を注入するのですが、医師曰く、

「瞬きをする、あっという間に、管が引き込まれていった」

そうです。そして管は心くう内に入っちゃったのです。で、その管が破いたのか、元々血管が弱かったからか、冠動脈は乖離しました。
でも、ここでひとつだけ大きなラッキーなことがあったのです。

心くう内にカテの管が入っていたから、実はステントを入れることができ、私は命拾いしたのです。

もし、単に血管が弱かったとしましょう。普通だったら、造影剤の流れで乖離してたら、その場で死んでましたね。
乖離したのが、微妙に管のせいか、血管のもろさかわかりません。が、管が入っちゃったミスで、助かってはいるのです。



これ、ラッキーって考えるか、アンラッキーと捉えるかは、人それぞれ。



私があまり執刀医に怒りを感じないのは、この奇跡的な確立で助かっているから。私が怒りを感じているのは、苦しくて駆けつけた際に、「頭の風邪」と決め付けてろくな検査をしなかった某氏にあります。


私は次の検査。どうなるかわかりません。
本当にどう転ぶか、生きて戻れるのか、わからなくなりました。もはや誰も夢に出てこないのは、もう私がそばにいくからなのでしょうか。

ですが、この大きなギャンブル。
喜んで私はテーブルに着き、ダイスをふるでしょう。
いちかばちか、今までの人生ずっと、勘だけでやってきたもの。全額すっちゃうかも知れないけれど、家族のために、私の周りの人のために、私は万感の想いでさせていただきます。

今まで思えば、無茶な生き方でした。
でも、それは自分である意味冷静になっていて、どこまですると危ないかきちんとわかっているからなのでしょう。そして、生まれつき持つ強烈な生きるための気力と執着心。

鬱にならないのは、鬱になっている暇がないのです。強いのではないと思います。鬱になっても、痛みは消えません。

積極的に、失禁するほど痛いカテを終わらせれば、きっとドラスティックな痛みの消失が待っている・・・・・・と私は信じています。明けない夜などありません。きっともし、また再狭窄するかもしれません。

でも、いつか、私が子供の頃の悩みを捨ててアダルトチルドレンであった自分、ボーダーであった自分を脱ぎ捨てることができたように、私は自分が乗り越えていける、その先には、また元気な自分を思い描いています。

もう一度、元気になりたい。もう一度、思いっきり、遅刻を免れるために走ったり、笑ったり大声で歌いたいです。

痛くてもう受けたくないインターベンション。でもここで自殺したって、痛いのは同じ。自殺のほうがちょこっと短いけど、失禁ベースは同じ。

でも、その先にある笑顔に向けて、走らないわけにはいきません。臨死体験の先にあるお花畑は、私が本当に求めるリアルの、自分の笑顔、周りの笑顔。そして、私の家族の笑顔。

いっちょ、流れを大きく変えてみましょう。
私は私の心にこう書き出すことで暗示をかけます。そして、私の中で消えかかっていた生きる意思を再度燃え上がらせます。

奇跡的確立を生きてきて、また奇跡を起こして生き延びる。強運を引きよせて、私は健康になる。




明日、では、この調子でとりあえず行ってきます。
もう、かなりやばいので、即入院にならぬことを信じて。
明けない夜などありません。朝日は待てば必ず現れます。緊張して辛抱はいまだけ。
笑って話せる日が来るまで、私は生きる気力をこのように書いて、自分に刷り込んでいこうと思います。


tomo@はらたいらさんに、全部
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夜がまた来る

2007-06-27 14:04:03 | 死という運命を回避できた経緯
こんにちは。

tomoです。

過去の夜遊び自慢の続く中、少し書こうと思いました。結構重い話題です。

私が眠れなくなったのは、小学校4年の頃から。で、夜はその頃から私の優しい友でした。どうしたって眠れないのは確実なのです。自分では眠れぬ理由がわかっていましたし、どうしても夜寝ようとすると、緊張して眠れません。

ですので、私は本を読んだり、何か書き物をしたり(割と何か書いてました)していました。徒然に広辞苑も読んだのですが、結構早く読み終わり、学校から沢山本を借りてきて読み、それが尽きると、親に「大辞林」を買ってもらいました。それが終わると医学百科とか・・・

中学、高校で本当に眠れず、体調に異変をきたし、薬を投与されるようになりました。が、やっぱり私は、読書の時間と、際限の無いラジオと音楽の時間があったわけです。(すみません、勉強だけはしませんでした)

で、私がいつも待っていたのは、「朝日の昇るところ」でした。
怖い夜。でしたが、私が起きていれば何も被害を受けない。ですので、私は耐久レースのあと、朝日を拝んで、凄くほっとして、また夜をやり過ごせたと感謝したのです。朝日を見たとたん、張り詰める緊張がほぐれて、一人で泣いたときもありました。

高校までは、不眠って概念がなかったです。眠くないな。寝ないでおこう。寝れないことへ脅迫概念はなかったのです。

高校出たくらいの頃、吉本バナナのキッチンって本が出て、松田聖子の瑠璃色の地球という歌が出て、私のお気に入りは、深夜のキッチンでこっそり本を読むこと、音楽を聴くことでした。そして、瑠璃色の地球を聞いて、

「夜明けのない夜はないさ」

に感銘をし、毎朝朝日の出てくるのを辛抱強く待ったのです。


ところが、反対に家では寝たくても眠れない人がいました。
父です。胃潰瘍の検査で開けてみたら、胃がん。1/3だけ残して切開。大黒柱である重圧も、仕事の責任もあったのでしょう。眠れなかったんです。

彼氏はよく唄っていました。

「よーるがまーたくるー。よーるがまーたくるー。」

北杜夫にくりそつな父が歌う歌は、小林旭。で、何度も執拗に同じフレーズを繰り返す父。父は痛みで自分を抑えることができず、しかも、不安を抱えて、既に自分の中が暴走している状態でした。

私はだからこそ、父を寝かせようと、一階のキッチンでこっそり本を読んでいたのです。2階の自分の部屋で何かやると、父に響くようでした。


・・・・・・・それから私は、睡眠障害になり、高校の時に貰い始めた薬で、医師が薬剤投与の間違いもあって中毒症状になったりしました。でも、相変わらず、夜は私の友で、朝日は私を助けてくれる神様でした。


父が、末期の癌になった時、私の中毒はマックスでした。父は最期まで自分がきちんとありたいと願う人で、モルヒネを使って痛みを抑えた時に、自分がかなり寝過ごしたり、朝と夜を間違えてしまうのを本当に嫌う人でした。
ある日、私は父の部屋から聞こえる声を聞きます。

「よーるがまーたーくる。俺を泣かせに、よーるがまーたくるー」


父にとって夜は安眠できない、そして、痛みと言う現実、自分の生命への不安と向き合う一番きつい時だったんだと思いました。昼間は仕事でまぎれても、夜はやってくる。



いつしか・・・・・年月は経って・・・

私は幽霊と言うものに夜、起きている最中には襲われないようになりました。で、夢の中で見る様になってしまいました。
そして、今、痛みと怒りで暴走する時、私はふと、勝手に口ずさむのです。





「夜がまた来る。思い出つれて 俺を泣かせに 足音も無く」




tomo
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インナーチャイルドへの癒し

2007-06-19 15:40:12 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。

tomoです。

これはしまちゃんに向けて書きます。

別にレイキのシンボルを使っていませんが、着実に私はインナーチャイルド及び、過去の自分を癒しに入っています。
感謝で涙が出てくることもあります。ごく最近の部分から始めましたが、それなりに少しずつわだかまりが溶けていくような気がします。

私は今、そうやって自分を大自然の中で癒しています。
日本に帰ったとき、私の話す言葉から、私の見た素敵な風景があなたに伝わりますように。


tomo
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現実を思い知る

2007-06-19 15:35:48 | 死という運命を回避できた経緯
こんばんは。

ハワイからモバイルで書いていますtomoです。

こちらに来る当日の朝、くま氏の病院にいき、薬をもらいました。あの、死ぬように焼け付く痛みがなくなりました。
で、うまいこと、ハワイまでやってきています。

マウナラニというところがパワースポットで有名のようです。行ってみたのですが、私にしてみるととてもきついパワーです。

私は亜熱帯の湿気の多いとこより、針葉樹林の山の上の冷たい空気にパワーを感じるタイプです。カンボジアとか見ていて、少し怖いのです。斎場ウタキもそうでしたが、亜熱帯のガジュマロが割と苦手です。
あの、根っこの動脈のような躍動感が怖いのでしょうか。

で、私のハワイでのお楽しみと言うのは、スキンダイビングなのですが、今回ブギーボードに乗ってフィンをつけてちょっと泳いだだけで、息切れめまいがしました。
シュノーケリングして、熱帯魚を見るのが大好きなのです、もしくは、水の中をシュイノーケリングで息継ぎ楽にして泳ぐ孤独感が好きなのです。

ですが、今回はもうだめ。浸かっているだけで、息切れがします。

来れただけでも幸せなのでしょうが、私のハワイへの目的はほぼ、シュノーケリングだけなのです。別に何か買うわけではありません。単に自然の海の中に還りたいのです。そしてパワーが欲しいのです。

そこで、私は愕然としました。
出かける当日、冠動脈に血栓がかなり詰まっていて、ステントとステントの間の部分が狭窄していて、まさかとは思いましたが、まだ自分が本当にそうだとはどこかで認めたくなかったのです。

先日も小さな子とかけっこをして負けました。私は、近所の小学校一早い男の子とダッシュして負けたことは無かったのです。

私は、愕然としました。
無理にシュノーケリングすれば、午後にはER行きです。
それどころか、なんてこと、ボードの上に乗っているだけでも水の抵抗で、息苦しい。

これが現実だったのです。私は自分を過信していましたが、ここまで復活し、ここまで来れただけでも良かったのかもしれません。

ですが、ろくなブランド物も買わない私の唯一の楽しみ、シュノーケリングができない・・・・・・・


空港で人生ノートという、先日話題の黄色い髪のご老人のエッセイを買いました。正負の法則があると書いてありました。

中には、死なないんだからいいじゃない。とか、正負の法則がありました。

ラッキーなことが私の人生にはたくさんありましたが、反対に怒涛のような命に関わることもたくさんありました。

これが現実なんだと・・・私は思わず、アミノコラーゲンを倍量にして飲んじゃいました。私はアルコールを呑めません。そんな私の気分転換は、海の中に漂うこと・・・・・

来年復活するでしょうか。

ですが、これが私の現実なのです。どんなに明るく振舞ったって、どんなに強がりを言っても、どんなに気にしていないフリを装っても、所詮は自分の限界に深く失望するしかないのです。心の暗闇は、時として襲ってきます。

ですが、ペレにパワーをもらって、それ以外では痛みを感じません。
それだけが、私の救いであり、私はそのことに猛烈に感謝しています。
出来ることが減っても、生きるのに強烈な痛みが抜けたのです。

まずある、小さな良かったことにフォーカスをあて、感謝をし、私は私にヒーリングをしています。

もし、あなたが、つらいことがあった時、どうぞ、私のように些細な小さな微弱な良かったことにフォーカスをあて、そして感謝で体を満たしてください。

そしてコメントに応援を残してくださっている、素敵な方々。
本当にありがとう。

tomo

現在、少しでも気を抜くと、命に関わりあいます。本当に神経が張り詰めて、息を抜くということを日常にできるといいなと本当に思います。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

The 再狭窄 _| ̄|○

2007-06-14 12:50:28 | 死という運命を回避できた経緯
こんにちは。

午後になりましたが、いかがお過ごしですか?
tomoです。

先ほどまで某大学病院で、血管造影CTの検査結果を聞いてました。
結果は、



「再狭窄」


です。
しかも、見た感じかなり詰まっていまして、現在痛くて苦しんでいる狭心症の発作はこのせいであろうという所見でした。まぁ、一日多ければずっと、少なくて3回くらい、焼け付くような痛みを味わっています。

ここの救急に駆け込んだ際の医師の言い分は、「血管はきれいなんだから、どこも悪くなんかないんだよ。気になるなら心療内科に行け」でした。
が、実際は詰まっていたわけです。それも相当。


うーん、心持ち自分が「般若」になりそう・・・・_| ̄|○


私の勘で言えば、多分ここの病院でもう一度治療を受けたとき、死ぬと思います。医者もかなり何度も、「数百人に一人は死ぬこと」「重大な危篤症状になること」ばかり言ってました。だから、ここは、逃げるしかないのでしょう。

先ほど順天堂に電話をしました。そして受け入れのことについてたずねました。兄が何年か前にそこでバイパス手術を受けています。私がこの病院が怖いのは、ここに入ったら、自分の胸骨を切られると思います。

私は元来ケロイド体質です。ケロイドというのは、傷を治す際に、治癒力の中で猛烈に細胞が増殖して盛り上がるのです。ですので、主人も、心臓に異物を入れた際、私の体が取り込むのに懸命で、更に狭窄するであろう見方をしていました。

ですので、再度ステントを入れたとしても、血管がもろいので何が起きるかわからないこと、そして、そのステントを取り込もうと更なる再狭窄を起こしかねないこと。そして、それを防ぐ手段として有効なのは、バイパス手術なのです。

たったったすけてぇぇぇぇぇ。痛いのはもう嫌!!
あぁぁぁ、ものみんた氏がいたら相談したい!!!
おっくさーんたすけてぇぇぇぇ。


最近すごく、勘がいいのと、物凄く願望実現率が高いんですよね。やっぱ、



「死に掛けているからかな」てへっ(*''*)



で、再三皆さんに止められているハワイですが、死なない予感があるので行って来ようと思います。多分もうしばらく海外なんか行けなくなるのでしょう。水分を良く取れということでしたので、脱水症状に気をつけて行きます。

先ほど藤原さんの奥様と話をしていて、

私「お化けの祟りとかにして、人のせいにして逃げたい」
奥「うーん。お化けとかのせいにするには難しいですね」
私「そうですよね、人的災害ですもんね」


あぁぁぁぁぁ、世の中の皆さん、不幸は人のせいであるかもしれませんし、勿論あなた自身が原因のときもありますが、誰かが何とかしてくれる、人のせいばかりにしていたらいつまでも、立ち直れません。

私はこれからも、闘病を書いていきますが、その不幸からの脱却ぶりを見て、一緒にがんばってくださる方がいてくれたら、戦う甲斐もあります。

ほっとして歩いてたら、地雷に吹っ飛ばされたtomoでした。


tomo

PS:今日のお昼は、涙チョチョギレチョレギサラダ、牛角風ドレッシング付(ToT)
コメント (15)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする