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群馬で闘う!「伝説」社長のブログ

『伝説』グループ社長、根木寛正の日々の雑談です。

瓶子和幸(すし伝説前橋) 作 「裏伝説HP」

2005年11月08日 | 「人」
以前、会社幹部「T.T」写真をここで紹介したところ、何人かの方に裏ホームページのことを聞かれたが、この「裏HP」はあくまでも『すし伝』メンバーが運営しているので、私からはアドレスは教えられません。

唯一見る方法は、『すし伝説』のメンバーになるということです。
見たい方は、履歴書を持って面接を受けに来てください。

さて、この「裏HP」を作って、管理人を名乗っているのは『すし伝説前橋岩神店』の「へいし」くん。
彼は来春大学を卒業して、群馬を離れることが決まっている。

では、この「裏HP」はどうなるのか?というと、群馬を離れても運営するということだ。

たのもしい…と言うか何と言うか、ぜひ続けて欲しい。

この「へいし」くんの発信しているブログの中にこんな写真があった。これは「表」でも紹介OKでしょう…ということで、紹介します。

みんなの雰囲気がよく出ていて、社長として「感動」した作品です。

しかも、店を去っているメンバーがたくさん写っていて、見ていてジ~ンときました。

唯一、気になるのは、自分(私)の顔だ…。

こんなんになっちゃったか…。と、ショックでした。

ちなみに「へいし」くんは、ここには写っていません。

こういう控えめなところも、さすが管理人だ。

自分ならドンドン自分の写真を入れちゃいそうだ…。
まあ、今の自分の姿を見たら、ちょっとは控えるとは思うけど…。

三澤部長の後ろ姿

2005年11月01日 | 「人」
さて、11月だ…。

寒くなるだろう…。

寒いのは嫌いだ…。できれば暑い方が好きなんだけど…。

まあ、そんなことも言っていられないので、ウォームビズだ…。

…ということで、写真は昨日の商品撮影中の三澤部長の姿。

撮影の合間に自らの携帯カメラで写真撮影。

三澤部長の他にも、塚越マネジャーも、撮影場所だった『すし伝説渋川入沢店』の福島店長も、みんなカメラを取り出して撮影していた。

もちろん、自分も撮っていたけど、今やこうして誰もが情報発信者になる時代。

何か特別なことがあったら、とりあえず自分で写真を撮って記録に残しておくのが普通の姿だ。

食事中とかに料理が出る度に写真を撮っている人の姿を見かけるが(自分もそうだが…)、とにかく何でもかんでも情報発信するネタになる。考えてみると、いつ何を発信されるか恐い時代だ。

それはそうと、三澤部長は自分と歳がいっしょ。住んでる町内も一緒。自分の長女と三澤部長の長女が小学校で同じクラス…。

仕事以外にもあらゆる所で顔を合わせるので、お互いにバカなことはできなかったりする…?


T.T (幹部)

2005年10月11日 | 「人」
『すし伝説』前橋メンバーが運営している「裏HP」でこんな写真を発見したので載せておこう…。

この人は誰かと言えば、仕事上では厳しくて怖い人です。
これまでにも何人のメンバーを泣かしたかわかりません。

でも、仕事以外の時間は、こんな人になるのです。

ちなみに、小6の娘さんが二人います。

別に酔っ払ってる訳ではありません。

「甲子園」松下と、「やじん」高橋(すし伝説前橋岩神)

2005年09月22日 | 「人」
前回も書いた「野球企画」についての二人を紹介しておこう。

まつしたクンは、何度か紹介しているが甲子園経験者。しかも、最後のバッター。

昨日写真入りで紹介したたかはしクンは、秋田大会ベスト8。この年の甲子園出場校に延長負けで、本人がスクイズ失敗…。

野球に関して言えば、『すし伝説渋川入沢』のむらかみも少年野球時代に、今夏甲子園出場した前橋商業エースからサヨナラヒットを打っていると言う。

野球好きの自分は、野球経験者がいるといろいろ聞いたりするのだが、そういう私自身の野球体験は、中学野球県大会出場ということだけで終わり。高校では野球はやらなかった。
で、何をやったのかと言えば、ボクシングとアイドル歌手を目指しての養成所通い…。

でも、今でも野球やりたかった…って、思う時がある。当時は目立ちたかったから、野球よりも目立てる道を目指していたんだと思う。

…いくら思ってみても、もう戻れない。

《写真:うえの(右)と身長差を比べるまつした(左)》

くさかくん(カルビ伝説)

2005年08月19日 | 「人」
『カルビ伝説』は、オープンして7年になる。
7年間の営業を振り返ると、多くの人が参加して、また去っていった。
オープンメンバーで、いまだ勤務してくれているメンバーは3人。
焼肉業界は、大騒動があった訳で、そんな中を乗り越えてくれたのだから本当に貴重な方々だ。
そして、社員としてオープンから頑張っているのは、このくさかくん一人だ。
今は、竹野谷店長と生方くんと社員3名体制になっているが、『カルビ伝説』での歴史が長いのはくさかくんが断トツだ。何しろ、オープン前からいるのだから…。

『カルビ伝説』はオープン時に、埼玉の焼肉店にお世話になっていろいろ教えて頂いたのだが、その店に行ったことがあるのはくさかくんだけだ。そして、今や埼玉のその店もない(←別の場所で、違う店名で営業している)のだから、7年という時間の長さを感じる。




かぬましんご(すし伝説前橋・退社)

2005年08月01日 | 「人」
かぬましんご君が7月いっぱいで退社して、多分メンバーが書いているブログ等にも登場すると思うが、彼について自分が思うことを紹介しておこう…。

彼が入社したのは、2004年4月。実は1年ちょっとしかいなかったのだが、そんな彼が『すし伝説』メンバーからこれだけ紹介してもらえるのは、彼のキャラクターによる。
だいたい、社員採用というものはタイミングがあり、採用されやすい時期と、採用されずらい時期がある。かぬま君が入社したのは、実は最も採用しずらいタイミングだった。
…というのも、当時『江戸前茶屋』という店舗のオープン前で、その新店採用者が決まり、しかも新卒採用者のオリエンテーションが2日後位にスケジュールも決まっていて、通常であれば採用枠がない状態だった。
…そんな時に彼は面接にやってきて、しかもニコニコ笑顔を振りまき、事務所職員のウケが非常によかったのだ。事務所内をキョロキョロと見て、ニコニコしている彼の態度に、じゃあ年齢も近いし新入社員メンバーと一緒に加われば…ということで、採用連絡をした。それも確か「明日、ちょうど新入社員オリエンテーションがあるけど、出られる…?」という内容だったように思う。
そこから勤務がスタートして、『江戸前茶屋』のオープントレーニングを受けて、『すし伝説』に配属となった。

これだけでは、そんなにインパクトがないのだが、実際の仕事の中で激しく怒られ続けて、耐え続けた所に彼の価値がある。時には涙を流しながら耐えている姿を誰もが見ている。だからこそ、「しんごは頑張った…」と皆が思っているのだ。激しく指導した一人、塚越マネジャーがしみじみ…「しんごはねぇ、頑張ったんっスヨ…」と言っていた。

写真は3月の卒業退社メンバーを送る会の時のものだが、ここで挨拶していた彼は、自分が辞めるのではないのに大泣きしていた。こうした姿を皆が見ているんだよね…。

ということで、1年ちょっとで退社したメンバーだけど、紹介しておきます。

彼には夢があるということで、自分の夢をかなえられるように…。

森田ガンツ(役者:友人)

2005年07月25日 | 「人」
先日、深夜にTVを見ていたら、懐かしい顔が出てきた。それが「森田ガンツ」くんだ。
出ていたTVは、フジテレビ深夜の「劇団演技者」。嵐の櫻井翔くんが主人公の数週にわたってのストーリーだ。この番組は、昔の友人劇団の「猫のホテル」の役者がストーリーごとに誰かしら出ている。主役はいつもジャニーズ事務所のアイドルだ。今回は「森田ガンツ」くんが出ていたという訳だが、先日このガンちゃんから電話をもらったりしていて、久しぶりにあれこれ話をしていたので、実に懐かしかった。

もともとガンちゃんは國學院大學の演劇研究会で、自分はその演劇研究会と仲が悪かった演劇サークルに所属していた。こういう世界の人って、挑発的なことをわざとやりあうので、常に険悪な仲の集団だった。
自分はこうした先輩の代からの慣例を打ち破りたくて、劇団の代表になってすぐの公演に敵対する演劇研究会の看板役者であるガンツ君に出演してもらったのだ。話を持って行った自分も自分だが、快く出演してくれたガンツ君もガンツ君だ。
これを機に、以後自分の劇団の公演にはすべてガンツ君に出演してもらっている。その代わりに、自分がガンツ君の劇団の公演に出るようにした。…そんな中、旗揚げしたのがガンツ君の作った「猫のホテル」という劇団だ。実はその旗揚げ公演には自分が出ているのだ。
今や「猫のホテル」は、小劇場界では結構人気の劇団だが、旗揚げ公演のことは劇団の歴史で語られていない。今の「猫のホテル」の歴史をHPで見ると、旗揚げ後加わった國學院大演劇研究会メンバーの参加によって、正式なスタートとしているようだ。まあ、それはどうでも良いことなのだが、今でもそうやって演劇活動をしている昔の友人を見ると、ある意味心打たれる。

さて、この森田ガンツ君だがもちろん芸名だ。でも、自分の結婚式の時も「森田ガンツ」という名で席を用意した。
TVもそうだが、CMにもよく登場していて、変なキャラクターの人なので、見たら応援して欲しい。

むらかみ(すし伝説渋川)

2005年07月20日 | 「人」
今回の『すし伝説渋川入沢店』オープンで、社員として復帰した「むらかみ」くんは、高校1年生の時から『前橋岩神店』でアルバイトとして勤務していた。
『前橋岩神店』で勤務している期間に、高校を中退し、あまりほめられることではないようなこともいろいろした…らしい。
でも仕事においては、16歳から寿司は握る、魚はおろす、鐘を鳴らしておすすめをする…等、『すし伝説』の仕事をしっかりと身につけていった。時給数百円の16歳のアルバイトが、鮮魚を紹介しながら寿司を握るその姿に、当時は「日本で最もたくましい16歳の一人…」と言う外部コンサルタントの方もいたくらいだ。『前橋岩神店』では、同じ年の「うえの」くんとコンビで語られることが多かったが、その後「むらかみ」は調理師学校に行くと言って退社していった。

それから1年ちょっと…。『すし伝説渋川入沢店』オープンにあたっての社員面接で、この「むらかみ」と再会した。

『すし伝説』から離れていた期間に、また様々なことがあったらしい。
バイクで車と衝突して、意識不明で救急車で運ばれた…とか、就職したレストランでの苦労…とか、いろいろ話を聞いたが、よく考えてみると、『すし伝説』から離れていた期間は大変なことばっかりだったんじゃないか!

「むらかみ」の車はあちこちに衝突の後が残っているが、すべて『すし伝説』に戻る前の事故だという。ここはもう、寿司職人になれ!という天の声なのだよ、きっと。

16歳だった彼は、今年19歳になったという。
19歳には見えない風貌と、仕事ぶりの「むらかみ」だが、社員駐車場の彼の車を見るたびに「頼むから安全運転してくれ…」と祈らずにはいられない…。

ここで紹介する写真を本人の写真にするか、車の写真にするか悩んだが、やはり本人の写真を紹介します。いずれ車の写真も紹介しましょう。ちなみに、持っている魚は「シイラ」です。


坂本さん(すし伝説前橋)

2005年07月07日 | 「人」
このブログで「人」というカテゴリーを作った。今後、機会ある時には、自分の周りにいる「人」を紹介していきたい。

『すし伝説前橋』に朝礼で行った時に、キッチンの坂本さんに呼びとめられた。
坂本さんは、『すし伝説前橋』のオープンメンバーであり、仕込み場を仕切る信頼すべきベテランさんだ。
この坂本さんは、食通としても皆が一目置く存在で、「美味しい、不味い」とハッキリ言ってくれるので、新メニューや新店立ち上げの時には、坂本さんの意見を皆が気にしていたりする。

そんな坂本さんが「社長、ちょっと、ちょっと…」と呼ぶので何事かと思った。店でメンバーの人に「ちょっと話が…」と呼び止められる時って、たいがいは深刻な話のことが多い。店で「ちょっと…」と呼ばれると、自分もドキッとする。
…そんな自分の心配をよそに、坂本さんは話しはじめた。「社長、美味しい店見つけたよ…」と思わずずっこけそうになったが、最近坂本さんが評価しているおすすめの店を何店かおしえてくれた。坂本さんが紹介する店は、ほとんどはずれがなくて、これまでにも行ってみた店が何軒もある。今回は、らーめん屋さんとピザ屋さんを聞いたので、近いうちに行ってみようと思う。

坂本さんは、自転車で通勤しているが、この通勤スタイルも目立つ!今はどうか知らないが、以前自分が見たときには、自転車にサングラスで颯爽と風を切って走っていた。持ち物もいろいろこっていて、楽しい人だ。
カメラを向けたら、「お化粧してくればよかった…」と言っていたが、仕事の手を止めてメガネも外してこっちを向いた。写真をよく見ると、右手で持つ包丁の向こうに外したメガネが見えています。

『すし伝説渋川』オープンの時には、ヘルプで駆けつけてくれたし、今も心配してくれているし、こうした責任を持って楽しんで仕事をしてくれるメンバーの存在があるからこそ、お店はやっていけるのだ。