民主主義思想の根幹とは
安倍自公政権の国家観の勘違いを批判する
まず、国家が守るべき法律は最高法規の憲法です。憲法は国家即ち「政府」や国会議員あるいは公務員が守るべき法律です。アジア的な国家観では、この西欧的な憲法意識が希薄で、実質支配と憲法の意味が切り離されてしまっています。しかも、社会全体のあらゆる範囲に権限が及んでいるはずだと勘違いしています。これが、現政権でも象徴的ですが、国民を牛耳る絶対権力だと過信している原因です。政府の思い上がりもいいところです。しかし、新しい法概念である戦後の民主立憲制では、政府は実体社会とは別であり、国民のために政治をする義務を負っている社会の一部でです。国民が暮らす実体社会の方がはるかに大事で大きな存在です。これは、西欧的な政府と市民社会についての基本的な考え方です。
もし、戦争法や徴兵制がしかれても、あるいは憲法が政府の都合のよい内容に作り変えられてしまったとしても、憲法の召使の官僚や政治家が守ればよいのです。国民である私たちは徴兵制も行きたくなければ拒否すればいいのです。国民が憲法に違反することも拘束されることもない。あくまでも、国民の権利などの保障は政府が国民に対して守ることを義務付けられている法規範だということです。
国民は自由を保障されています。ですから、マイナンバー制度のようなプライバシーを壊してしまう制度などは従う必要もないのです。また、ぎりぎりの非常事態になり、公的機関や政府が、いかにああしろとか指示しようとも、決して従う必要などありません。むしろ個人の考えや意見、家族の意見を尊重し、それを最優先で振る舞う。それが民主主義思想の根幹です。
安倍自公政権の国家観の勘違いを批判する
まず、国家が守るべき法律は最高法規の憲法です。憲法は国家即ち「政府」や国会議員あるいは公務員が守るべき法律です。アジア的な国家観では、この西欧的な憲法意識が希薄で、実質支配と憲法の意味が切り離されてしまっています。しかも、社会全体のあらゆる範囲に権限が及んでいるはずだと勘違いしています。これが、現政権でも象徴的ですが、国民を牛耳る絶対権力だと過信している原因です。政府の思い上がりもいいところです。しかし、新しい法概念である戦後の民主立憲制では、政府は実体社会とは別であり、国民のために政治をする義務を負っている社会の一部でです。国民が暮らす実体社会の方がはるかに大事で大きな存在です。これは、西欧的な政府と市民社会についての基本的な考え方です。
もし、戦争法や徴兵制がしかれても、あるいは憲法が政府の都合のよい内容に作り変えられてしまったとしても、憲法の召使の官僚や政治家が守ればよいのです。国民である私たちは徴兵制も行きたくなければ拒否すればいいのです。国民が憲法に違反することも拘束されることもない。あくまでも、国民の権利などの保障は政府が国民に対して守ることを義務付けられている法規範だということです。
国民は自由を保障されています。ですから、マイナンバー制度のようなプライバシーを壊してしまう制度などは従う必要もないのです。また、ぎりぎりの非常事態になり、公的機関や政府が、いかにああしろとか指示しようとも、決して従う必要などありません。むしろ個人の考えや意見、家族の意見を尊重し、それを最優先で振る舞う。それが民主主義思想の根幹です。
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