2020年3月17日(火)
毎年、この季節は、卒業、進学される方々の為に、
ささやかなプレゼント選びに頭をひねる。
どうか、一人一人にふさわしいものでありますように!
また、それを見る、あるいは使われる度に、
イエス様を思いだしてくださいますように!
と祈りつつ、選び、疲れ果てたのは、
お店の方々も同様だったのでは?
と、思い、「スミマセン」と、言って店をでた。
18日(水)
暖かい春の一日。
今朝の聖書研究祈り会は、
先週に続き、F師DVDメッセーシ 第二列王記4:8~から
「あなたのために何をしたらよいか。」と語りかけられた。
シュネムに住む裕福な夫人は預言者エリシャに大変よくつくされた。
それに対して、エリシャが、何かしてあげたいと思ったわけだけど、
その夫人は特別に欲しいと思うところもなく、
「幸せに暮らしているので大丈夫です、」と言った様な内容の返事をしたのだけども、
エリシャは、子どものいなかったこの夫人に男の子が授かるように、
取り計らった。(神に祈って与えられるようにしたのだろう)
この箇所からの、F師のメッセージによれば、
神の器(ここではエリシャ)に対してした行為に、神は報いてくださる、
と言う内容だった。
私は思わず、先月、ノロウイルスで大変だった時に、
誰かわからないが、玄関にポカリや柔らかい食べ物をそっと置いて行かれた方々の
行為を思い出し、あれは、私にと言う以上に、神にした行為だったのだ、と、
改めて思った。
(恐らく、その愛の行為は、苦しんでいる牧師を単に助けようとされたことだったとは思いますが、)
「この小さな(私)者にしたのは、即ち私(イエス様)にしたのだ」ったのだから。
また、神様は、日ごろの奉仕や愛の捧げものに対しても
報いてくださる方でいらっしゃることが、今日のメッセージで教えられた。
私たちクリスチャンは無償の愛の行為に、心のどこかにこだわっていて、
報いを求めることは卑しいことの様に思いがちだが、
(これはメッセージを聞いていて、私が心の中で思ったこと)
神様のみ思いは、必ずしもそうでなく、
エリシャがシュネムの夫人に、
「本当に、あなたはこのように、私たちのことで一生懸命骨折ってくれたが、
あなあたの為に何をしたらよいか。」
と、尋ねた如く、神様は、いつも私たちに良くしてくださろうと
していて下さるお方だったということがよくわかった。
神さまへのささげのも、また、奉仕、それだけでなく、
困っている隣人への愛の行為は決して止めてはならない。
なぜなら、それは「私にしたのだ」と、イエス様が仰っているから。
共にこのみ言葉とメッセージに与った、同席された
主を愛する姉妹と共に、共に心を合わせ、祈りの時をもった。
19日(木)
2020年の春は、世界中の人が忘れられない春となりそうだ、
中国の武漢から出発し、日韓、アジアにその脅威を振りまき、
人の動き共に世界を巡り、
アジアから欧米へと進出。
今朝は、コロナがアフリカに進出し始めたことを
ネットニュースは伝えていた。
世界が、コロナ一色に染まっていく。
日本中の人がマスクをしていると思っていたら、
今や、世界中の人がマスクをしているようにさえ思えてくるほどだ。
核が世界を滅ぼすと思っていたら、
肉眼では見えない小さなウイルスが世界を恐怖のどん底に陥れている。
「私の思いはあなたがたの思いとは異なる。」と言われた
神のみ思いにもっと心の的を絞りたいものだ。
毎年、この季節は、卒業、進学される方々の為に、
ささやかなプレゼント選びに頭をひねる。
どうか、一人一人にふさわしいものでありますように!
また、それを見る、あるいは使われる度に、
イエス様を思いだしてくださいますように!
と祈りつつ、選び、疲れ果てたのは、
お店の方々も同様だったのでは?
と、思い、「スミマセン」と、言って店をでた。
18日(水)
暖かい春の一日。
今朝の聖書研究祈り会は、
先週に続き、F師DVDメッセーシ 第二列王記4:8~から
「あなたのために何をしたらよいか。」と語りかけられた。
シュネムに住む裕福な夫人は預言者エリシャに大変よくつくされた。
それに対して、エリシャが、何かしてあげたいと思ったわけだけど、
その夫人は特別に欲しいと思うところもなく、
「幸せに暮らしているので大丈夫です、」と言った様な内容の返事をしたのだけども、
エリシャは、子どものいなかったこの夫人に男の子が授かるように、
取り計らった。(神に祈って与えられるようにしたのだろう)
この箇所からの、F師のメッセージによれば、
神の器(ここではエリシャ)に対してした行為に、神は報いてくださる、
と言う内容だった。
私は思わず、先月、ノロウイルスで大変だった時に、
誰かわからないが、玄関にポカリや柔らかい食べ物をそっと置いて行かれた方々の
行為を思い出し、あれは、私にと言う以上に、神にした行為だったのだ、と、
改めて思った。
(恐らく、その愛の行為は、苦しんでいる牧師を単に助けようとされたことだったとは思いますが、)
「この小さな(私)者にしたのは、即ち私(イエス様)にしたのだ」ったのだから。
また、神様は、日ごろの奉仕や愛の捧げものに対しても
報いてくださる方でいらっしゃることが、今日のメッセージで教えられた。
私たちクリスチャンは無償の愛の行為に、心のどこかにこだわっていて、
報いを求めることは卑しいことの様に思いがちだが、
(これはメッセージを聞いていて、私が心の中で思ったこと)
神様のみ思いは、必ずしもそうでなく、
エリシャがシュネムの夫人に、
「本当に、あなたはこのように、私たちのことで一生懸命骨折ってくれたが、
あなあたの為に何をしたらよいか。」
と、尋ねた如く、神様は、いつも私たちに良くしてくださろうと
していて下さるお方だったということがよくわかった。
神さまへのささげのも、また、奉仕、それだけでなく、
困っている隣人への愛の行為は決して止めてはならない。
なぜなら、それは「私にしたのだ」と、イエス様が仰っているから。
共にこのみ言葉とメッセージに与った、同席された
主を愛する姉妹と共に、共に心を合わせ、祈りの時をもった。
19日(木)
2020年の春は、世界中の人が忘れられない春となりそうだ、
中国の武漢から出発し、日韓、アジアにその脅威を振りまき、
人の動き共に世界を巡り、
アジアから欧米へと進出。
今朝は、コロナがアフリカに進出し始めたことを
ネットニュースは伝えていた。
世界が、コロナ一色に染まっていく。
日本中の人がマスクをしていると思っていたら、
今や、世界中の人がマスクをしているようにさえ思えてくるほどだ。
核が世界を滅ぼすと思っていたら、
肉眼では見えない小さなウイルスが世界を恐怖のどん底に陥れている。
「私の思いはあなたがたの思いとは異なる。」と言われた
神のみ思いにもっと心の的を絞りたいものだ。
一カ月、多方面から考えてみました。
ヤッパリ、他者への愛の行いには動機があり、犠牲が払われているのですね、、私の様な者にも愛のプレゼントしてくださった、匿名氏様、ありがとうございました。こんな素敵な体験を与えて下さった神様に感謝します。