北へ南へ、東へ西へ

旅と山歩き・街歩きの記録です 今を語りながら過去も振り返って

憧れの丹波焼 丹波立杭:兵庫県篠山市(旧今田町)

2008-08-30 16:26:02 | ぶらり旅

2008西へ その6

 山の中腹の広い敷地に「立杭陶の郷」はあった。

 

 長崎行きを車に決めて考えたのは、途中の休憩地点であった。1200km以上の道を一気に走ることは年齢からも無理であり、愛知への寄り道もある。何よりせっかくの車利用の意味もない。最初の中継点として選んだのが“丹波”であった。日本六古窯の内、唯一訪れていなかった。
 しかし、道中の中継点で、丹念に窯元を巡る余裕はない。web上で陶の郷を見付けた。期待通りの施設で、HP上にある通り50軒を超える各窯元のさまざまな焼きものが展示販売されていた。

 

 20日、愛知での所用がことのほか早く済ませられ、西へ向かったのだが、その日は700km近くを走ることになっていたので時間短縮の為「新名神高速道」へ向かった。今回の旅に備え、古くなったナビのソフトを最新のものに買い換えてきたが、新名神道へは誘導してはくれず、距離優先を指示しても在来の名神道を示していた。地図と道路標識を頼りに新名神道に進入したが、案の定、山・谷を飛び越して走っていた。2月開通のこの道は、未だ収載されていなかった。九州でも数カ所で同じ思いをしている。丹波に至る舞鶴若狭道など、この旅以前は全く理解していなかった。高速道路の整備は地方でも着々と進捗していることを知った。「宮崎には高速道路が一本もない」と叫ぶ東国原知事の思いが分かるような気がする。

 陶の郷「窯元横丁」では、丹波のほぼ全てに近い窯が自慢の作品を展示販売していた。丹波焼と行ってもそれぞれ特徴を持ち、この施設だけを巡っていても際限がない。気に入った作品があれば、個別にその窯を・・との思いは、必要なさそうであった。

 



 丘の一番奥にはギャラリーもあり、伝統的な時代を追った過去の名品のコーナーと、新進作家のコーナーがあり、丹波焼の心酔を見せていた。



 庭には小振りながら登り窯も設えられており、使用されている模様だった。

イベント用の更に小振りな登り窯もあり、訪問者も利用出来る機会があるとのコメントが書かれていた。



 各地の焼き物の里には同様に集合させた施設があったが、多くは、業者主体のショウルーム的なものが多かったり、雑器と呼ばれる庶民が手に入れたい品が少なく、高額な工芸品が多く目の保養に過ぎないことが多かった。これほど地域が一体となり纏まっていたことは、記憶にない。買気をそそる品揃えが整い訪問の価値有りと、知己に話すことが出来る施設だった。



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