漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

○ 狐を化かした男

2014年03月16日 | ものがたり

【狐を化かした男】

江戸時代の噂話を集めた書物にある話。

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京都、四条あたりに住む馬方に、又市と申す者あり。
又市ある夜、木幡のあたりを通るおり、
 (木幡→こばた→京都市の南、当時は淋しい村里)
いかにも麗しき女人、近づきて申すは、

「わたくし、これより京都へと参る処なれど、
 もはや くたびれ申したゆえ、
 その馬にお乗せくだされ」と、申すゆえ、

又市、思い当たるは、

「かねがね、この木幡あたりには性悪の狐住み、
夜中に化け出て人をだますと聞けば、これこそ、かの狐に疑いなし」

と見きわめ、

「いかにも乗せ申そう、いざ乗りなされ」と申しそうろう。

女、「かたじけなし」と申して乗る処に、

又市、申すは、

「夜中にてもあり、
女生(にょしょう)のことにて 落ちて怪我でもしては危うし、
それゆえこうするが許したまえ」と申して、

荷物縄にて キリリとくくり付けて馬を行かせ、
やがて我が家の前を通る時、女房・子共を呼びい出し、

「ヤアヤア、ナマの松葉を持ってこい、
性悪狐を捕らえたれば、いぶし殺すべし、
近くの者どもも皆寄りて、くすべよ、くすべよ」と大声で申し、

ひたすら くすべれば、
女、ことの外苦しみ、嫌がり申すに付き、

又市、申すは、

「おのれ憎いヤツめ、
本来なればこのままくすべ殺す処なれど、
しかし、この場で正体をあらわせば考えるなり」と申せば、

麗しき女は果たして狐に戻りそうろう。

そのとき、又市の申すは、

「キサマを 殺しても益なし、
しかし今、お前が美しき女に化けなおせば許すなり、

ただし、これより島原の遊郭に連れ行き、
女郎に売るなれば、お前はこのまま三日の間化け続けるべし」と申し聞かせ、

そのまま島原に連れ行き、
金子三百両にて売り申して、そのまま帰りそうろうよし。

又市、帰りて女房・子共に申すは、

「何方(いずかた)より、いかようのこと申し来たりても、
 主人又市は、四・五日前より宮参り致し留守、と申せ」と言い付け、

すぐに又市は、何処(いすこ)となくまかり出でそうろうよし。

しかる処に、かの狐、
一両日はおとなしく黙り居れども、
以後はものかげに入りては、ひたすら泣き申すに付き、

廓の者ども、色々と申し聞かし、
なだめすかせば、ようように機嫌を直しそうろうよし。

おりふし、三日目の夜、
せっちんに参りそうろうて、 (せっちん→トイレ)

そのまま、 
なんと申しても、せっちんより出でぬゆえ、

無理にもせっちんの戸を開け、
見れば、半分 狐になりかけた女、そのまま屋根より逃げ出で行き方知れず。

それゆえに廓の者ども、
「にっくきは又一なり」と申して、

又市の家へまいり、
とやかくと右の分けを申せば、

又市、しらじらとして、

「いんや、我らはその四・五日前より宮参りいたし居り、
中々、さようなることは存ぜぬことにて」などと申せば、

廓の者どもも、
「さては、あの時、メス狐を売り来た又市と申す者も、狐の化けたものか」

などと申して、口惜しがりそうろうよし。

又市はその分にて相済み、
その後も、何の差しさわりもなく暮らしそうろうよし。



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