トーキング・マイノリティ

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アラビアの女王 愛と宿命の日々 15/米・モロッコ合作

2017-03-09 21:40:04 | 映画

 原題:Queen of the Desert 、邦題が酷い作品は珍しくないが、原題も劣らない。“the Desert”だけでは抽象的で何処の砂漠なのか判らない。史実に沿えば「イラクの無冠の女王」とするべきだが、中東オタクでもない限りガートルード・ベルの名は、一般に知られざる人物である。中東オタクの間でもせいぜい女性版アラビアのロレンスと思われているが、実際はロレンスの20歳も年長の先輩格。以下はチラシでの紹介文。

20世紀初頭、ひとりの女性が英国を旅立ち、アラビアの地に向かおうとしていた。彼女は英国鉄鋼王の家庭に生まれ社交界にデビュー、オックスフォード大学を卒業した才女ガートルード・ベル。自由なトラベラーであり、考古学者であり、諜報員となったベルは、やがて“イラク建国の母”と称されるほどにアラビアの地に根付き、情熱を注いでいくのだった。
 望んでも叶わない2度の悲恋、アラビアのロレンスとの出会い、度重なる困難―。それらが彼女のこころを嵐のように翻弄し大きな傷跡を残したとしても、約束の地こそが、彼女の大いなる生命の源となっていく―。やがて時代は大きなうねりとともに転換し、彼女はその渦の中心の存在となっていくのだった…

 この作品へのネットでの批評はあまり芳しいものではない。それでもベルの伝記映画なので、絶対に見たかった。9年ほど前、彼女の『シリア縦断紀行』(東洋文庫584~5、平凡社)を読んでおり、2008年7月に記事にしている。
 この映画の評価が低いのは、ヒロインの恋愛場面が多いことのようだ。特に前半における外交官カドガンとの恋愛シーンが長すぎて、私もイライラさせられた。彼との結婚が叶わずその急逝により、ベルは憑かれるように旅と登山を重ねるようになる。ただ、映画ではカドガンは事故ではなく、自殺を暗示させる流れとなっている。

 カドガンとの恋愛はベルがペルシア(現イラン)在住時だったが、ペルシアの町の風景が妙にアラブ風なのは気になった。モロッコが制作に加わっていることも影響しているのやら。但し、ベルとカドガンが2人で「沈黙の塔」を訪れるシーンはよかった。「沈黙の塔」は基本的に信者以外には入れぬため、内部の様子が映画どおりかは判らないが。

 出番はさほど多くないが、アラビアのロレンスもちゃんと登場している。小生意気そうなアンちゃんといったキャラとなっていたのはともかく、ロレンスが被っているアラブ式頭巾クーフィーヤに裾模様が入っていたのは気になった。映画『アラビアのロレンス』では史実どおりに無地の白いクーフィーヤだったが、この作品では女性が好みそうな模様入りなのだ。細かいことだが、何故変えたのだろう?
 私は未読だが、『荒野に立つ貴婦人-ガートルード・ベルの生涯と業績』(田隅恒生著、法政大学出版局)という著書がある。著者の田隅氏によるネット記事『「砂漠の女王」ガートルード・ベルと「アラビアのロレンス」』には、2人の関係が詳細に描かれていた。

 3章「書簡に見る両者相互の言及」には、ロレンスが恩師兼上司のホーガス宛てに書いた手紙が載っており、ロレンスは初対面でのベルの印象をこう書いていたという。
「She has been a success: and a brave one すごくできる人、そして度胸のある人です」「楽しい人です、36歳くらいで美人ではありません(ひょっとして、ベールをかぶれば別)― She is pleasant: about 36, not beautiful, (except with a veil on, perhaps)」

 私生児という生い立ちや生涯独身だったことから、ロレンスの女性観が厳しいのは想像が付くが、ベールを被れば云々は苦笑した。キミも短身にコンプレックスのある小男だったでしょ、と言いたくなるが、ピーター・オトゥールニコール・キッドマンのような長身の美男美女が演じるのが映画の世界なのだ。
 さほど深い交流がなかった2人だが、書簡に見るやり取りを以って田隅氏は、「ばかにしあいながらも気になる関係」と述べていた。

 ダマスカスの英国領事がベルに話したことも興味深い。「わが国は(文書偽造のような)汚い細工はしない、ドイツとトルコの偽札を作り、相手の経済を破綻させる以外は」。偽札作りの方が遥かに悪質だが、敵対する国には悪事も平気で行うのは戦時に限らない。
 映画では戦後のアラビア情勢は省略されていたが、私的にはベルが関わったイラク建国の経緯が一番気になる。彼女が残り人生をかけて支えたイラク王国の滅亡は凄惨極まるが、それでも彼女がアラビアに引いた国境線は、現代に至るまでほぼ変わることはない。田隅氏はベルをイラク王国の育ての親と呼び、こう書いている。
「GB とはロレンスがある種の鳥のように托卵して生まれた虚弱な国家――最後まで虚弱だったが――を必死になって育てた仮親の感がする」

 20世紀初めは英国も完全な男絶対社会、映画の冒頭でも「アラブ局」の将校がベルを、「図々しい」「何でも口を出す」「男の成り損ね」等と陰口を叩くシーンがある。実質的なイラク王国支配者である英国の現地省庁でも、女性であるベルへの風当たりは強かったそうだ。女性虐待の野蛮人と英国人が蔑むアラブ人の方が、むしろベルの能力を高く評価していたという。
 男社会で苦労しているにも拘らず、面白いことにベルは女性問題には無関心、女性参政権に反対さえしていたのだ。彼女が女、特に同僚の夫人たちを語る時の言葉はかなり刺すように鋭く、軽蔑を隠そうともしなかった。独身女のやっかみが皆無だったとは言いきれないが、ベルのような優秀な女性には、同性の愚かさが耐え難かったのかもしれない。



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