トーキング・マイノリティ

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ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊 18/土

2020-07-31 21:40:20 | 映画

 久しぶりにトルコ映画を見た。邦題では“ブラック・ウォリアーズ”と何とも軽いタイトルになっているが、原題は Deliler Fatih’in Fermani 、オスマン帝国最強精鋭部隊“デリラ”の活躍を描いた史劇。“デリラ”と聞くと大半の日本人は、旧約聖書に登場する怪力男を惑わせた美女を思い浮かべるだろうが、本作では美人女優は登場しても出番もあまりない添え物なのだ。
 AmazonのDVD紹介では「トルコ国内4週連続トップ10入り!」「総製作費50億円!」の宣伝のあと、ストーリーをこう紹介している。

15世紀中期。西アジアからヨーロッパ地中海地域にいたる広大な領土を治めていたオスマン帝国は、現在のルーマニア周辺の地域をワラキア公国とし、ヴラド3世に治めさせていた。
 しかし、ヴラド3世はすべてを意のままにできる力を求め、周辺の大貴族をはじめ、オスマン帝国の使者にいたるまで次々と殺害していった。事態を重く見たオスマン帝国は“デリラ”と呼ばれる7人の最強精鋭部隊に鎮圧を命じる。鎮圧の道中、ワラキア軍による市民の大量虐殺を目の当たりにし、彼らも敵の襲撃や密偵による暗殺によって次々と仲間を失っていく。
 だが、そのことが残された“デリラ”たちの戦闘本能を目覚めさせていく!一方でヴラド3世は極秘裏に史上最悪の細菌兵器を開発していた。果たして、“デリラ”は人類を守る救世主なのか―、あるいは破壊者なのか―。血で血を洗う男たちの本気の殺し合いが始まろうとしていた・・・。

 私的にはトルコから見たヴラド3世像に関心があった。ヴラド3世よりもヴラド・ツェペシュと呼ばれることが多いが、吸血鬼ドラキュラのモデルとして有名な人物。やはりトルコから描かれているため、ヴラドは極悪非道な君主となっていた。
 ヴラドが敵兵であるにせよ、多くのトルコ兵を串刺しにしたことは史実であり、そのため“串刺し公”とあだ名された。尤もトルコ兵のみならず、敵対した同胞のキリスト教徒も串刺し対象だったが。
 またヴラドがオスマン帝国の使者にターバンを取るように命じ、従わなかった使者に「ならば永遠に取れないようにしてやる」とばかりに頭に釘を打ち付け、殺害したのも史実どおり。

 以上のことだけをみれば、ヴラドは血に飢えた狂気の暴君以外の何物でもなく、冷酷無情な面があったのは否定できない。但し当時から欧州ではムスリムの侵略から守るために戦った英雄と評価されており、その見方は現代でも変わりない。尤も彼が極秘裏に細菌兵器を開発していたというのは完全なフィクション。

 作品ではワラキア軍による市民の大量虐殺が描かれ、目の前で老父を殺され、自身も危うく殺されるところを“デリラ”に助けられた女性が登場する。女性はキリスト教徒らしく首に十字架の首飾りをしており、それを隠そうとするが、“デリラ”のリーダーは、トルコでは宗教を理由に迫害しないと諭す。
 ワラキア軍は各地でユダヤ人を虐殺、彼らは難民として逃れてくる。保護されたユダヤ人は“デリラ”に、「トルコは恩人だ」と礼を言う。

 15世紀当時は欧州よりも遥かにオスマン帝国の方が宗教に寛容だったし、欧州で迫害されたユダヤ人難民も受け入れている。尤もユダヤ人はそれに感謝している様子は薄いようで、作家・井沢元彦氏とマービン・トケイヤー氏との対談で、後者はユダヤ人はトルコで様々な差別を受けていたと話していた。トケイヤー氏はラビユダヤ教の宗教指導者)でありながら、この種の発言をするところに天性の忘恩気質が伺える。

 ヴラドはこれまで正教会信者と思っていたが、wikiをみたら晩年はカトリック教国からの支援を得ようとして正教会からカトリックに改宗したことが載っている。そのためワラキア公国からの支持を失ったようで、トルコとの戦いで戦死するが敵対するワラキア貴族による暗殺説もある。
 オスマン帝国の時の皇帝はメフメト2世ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを征服したことで名高いが、この他にも方々で征服事業を行っていたため、「征服者」の異名を持つ。「征服者」の軍事侵攻は欧州のキリスト教徒には悪夢そのものだった。

 どの作品だったかは忘れたが、塩野七生氏の著書にはメフメト2世の興味深いエピソードが載っていた。メフメトは西欧絵画にも関心を示し、イタリア人画家をトルコに招聘している。画家(ジェンティーレ・ベッリーニ?)は斬首されたキリスト教聖人の絵を描き、メフメトはその出来を褒めた。
 ただ、トルコ皇帝は絵の中での誤りを指摘、普通斬首されれば血管は収縮し切り口の中に入るが、この絵では血管が伸び切って出ているというのだ。怪訝そうな画家に対し、メフメトは側にいた奴隷の首を刎ね、自分のいったことの正しさを見せたという。メフメトは相手がムスリムでも敵対者には容赦しなかった。

 15世紀中頃、オスマン帝国の非正規軽騎兵デリはバルカン半島の国境防衛のため結成された。原義は「大胆な、無謀な、狂人」などといった意味があり、本作の“デリラ”はこの騎兵がモデルと思われる。
 非正規軽騎兵ということもあり給料や封土は支給されず、敵地では略奪を働くことも多かったようだ。デリによる欧州人キリスト教徒の虐殺も行われたことは想像に難くない。
 
 もちろん本作のデリラは弱者を助け、悪逆非道な王と命を顧みず戦うカッコいい勇士ぞろいとなっている。特に大きな黒い翼を背にまとったリーダーのゴクルトはビジュアル的にもイイ。尤も戦闘の時にジャマでは?と言いたくもなる。
 デリラたちも完全無欠の戦士ではなく、幼少期のトラウマを抱えている者もいて、仲間の死には動揺もする。ただ、ストーリーには日本の時代劇と通じるものを感じたし、思った以上に面白かった。この作品を詳しく解説しているネットコラムもあるが、映画館で見たらもっと良かったと思う。



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ポーランドの騎兵 (スポンジ頭)
2020-07-31 22:22:08
 こちらをモデルにしたのでしょうか?>翼
ttps://twitter.com/ULFBERH_T/status/1138405673106960386/photo/2
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Unknown (牛蒡剣)
2020-08-01 20:48:13
一昔前のハリウッドアクション映画のノリで
考証だの設定だのポリコレとか考えるな!
面白ければいいじゃん!という空気が予告編から感じられてイイですね。w娯楽はアタマ空っぽでバカになって楽しめない作品がなくてはつまらんのです!娯楽作品してプロットは悪くはないですね!まあ串刺し公が無茶苦茶なラスボスですけどオスマンからみた悪役となると仕方ないかなあwキャラ立ちした分り易い悪役て色々考えると難しいものです。冷戦時代はソ連 かナチスという分り易い悪役があってこういう作品にはありがたい時代だったなあとふと思いました。

>特に大きな黒い翼を背にまとったリーダーのゴクルトはビジュアル的にもイイ。尤も戦闘の時にジャマでは?と言いたくもなる。

ポーランド有翼騎兵「オスマン相手ならこれくらい
ハンデにならんぜ!(第2次ウイーン包囲)」

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Re:ポーランドの騎兵 (mugi)
2020-08-01 22:52:48
>スポンジ頭さん、

 wikiにポーランド騎兵(フサリア)への解説があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%AB#%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E9%A8%8E%E5%85%B5%EF%BC%88%E3%83%95%E3%82%B5%E3%83%AA%E3%82%A2%EF%BC%89

 あの派手な羽飾りも中世にモンゴルとの戦いで、自軍の騎兵が投げ縄による攻撃に苦しめられたことへの対策として考案されたとか。

 デリも戦場では派手な出で立ちをしていたようですが、羽飾りの発祥は何処なのかは分かりません。
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2020-08-02 22:16:07
 わが国でも少し前までは痛快娯楽時代劇が制作されていましたよね。こちらも考証や設定はほぼ無視、とにかく面白ければイイ!という作品でした。考証に拘れば、黒沢の『七人の侍』だっておかしい。戦国時代に非武装の農民はいなかったから。
 最近のハリウッド映画がつまらなくなってしまったのもポリコレが大だし、西部劇が作られなくなったのもそのためです。マイノリティに配慮した結果、やたら黒人やゲイが登場する映画が増えた。何でもマイノリティを出せばいいというものではないのに。

 先のコメントにも書きましたが、ポーランド騎兵の羽飾りはモンゴルの戦いで考案されたようです。ポーランドも第2次ウイーン包囲の頃は強国だったのに、18世紀には分割される羽目になりました。
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