トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

ニコライとアレクサンドラ 71/英米合作

2021-07-04 21:40:17 | 映画

 6月27日にBSプレミアムで放送され、録画していた映画ニコライとアレクサンドラを見た。以下は番組サイトでの紹介。

ロシアの皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラ、栄華を誇ったロマノフ王朝の最後の日々を「猿の惑星」などのフランクリン・J・シャフナー監督が重厚に描く歴史スペクタクル。
 皇太子アレクセイは、幼い頃から重い病を患っていたが、怪僧ラスプーチンによって救われる。皇帝夫妻から信頼を得たラスプーチンは、次第に政治にまで影響を及ぼしていくが、民衆の怒りは高まり、革命の機運が…。アカデミー美術賞、衣装デザイン賞受賞。

 アカデミー美術賞、衣装デザイン賞受賞作品だけあり、皇帝夫妻の衣装や宮殿内装は豪華の一言。このようなスペクタクル史劇は映画館での鑑賞が相応しいのだが、思った以上に質は良かった。尤も役者の大半が英国人なので、ロシアよりも英国史劇に見えて仕方なかった。もしロシアがこの作品を映画化したら、どのような出来になっていただろう。重厚でもクラい作品になりそうだ。

 映画は皇太子アレクセイの誕生で始まるが、この跡取り息子が血友病に罹っていたのは致命的だった。出血すると血が止まらないことで知られる血友病だが、ならばケガをしなければ大丈夫と思いきや、そうではないことをこの作品で初めて知った。内出血でも命に関わることが少なくなく、まして20世紀初めなら効果的な治療法もない。
 これが皇帝夫妻、殊に母親アレクサンドラがルター派からロシア正教に改宗したことへの罪と思い込むようになり、粗野な農民上がりの祈祷僧ラスプーチンに傾倒していく。もしアレクセイが血友病に罹らなければ、ラスプーチンはあれほどの影響力を発揮できなかっただろう。

 アレクセイが誕生した1904年は日露戦争が勃発した年でもある。作品にも旅順戦でロシア兵3万人の犠牲の話が出ていたが、日露戦争全般の戦没者並びに負傷者では日本軍の方が若干上である。ニコライは朝鮮から日本人を追い払ってやると息巻いていたが、結果は書くまでもない。
 日露戦争は双方の総力戦であり、日本は勝利したと言え辛勝だったのは否定できない。朝鮮人は今でも勝利を否定しており、拙ブログにも「崖っぷちのまぐれ」とコメントしてきたザパニーズ(ネット浸りの女ニート)がいた。

 しかし2007-04-17付の記事に書いたが、現代イランを代表する小説家サーデグ・ヘダーヤトの祖父の記録からも、決してまぐれではなかったことが浮かび上がる。外交官だったヘダーヤトの祖父は日露戦争直前に来日しており、その前にはロシアや中国を訪問している。ヘダーヤトは両国を比べ、「日本はロシア戦に必ず勝つ」と主張していた。
 皇太子時代に来日したニコライは大津事件に遭遇、以降日本人に嫌悪感を抱くようになり、ことあるごとに日本人を「猿」と呼ぶようになる。ただ、ロシア首相セルゲイ・ウィッテも、ニコライの日本人蔑視が後の日露戦争(とその敗北)を招いたと分析しており、ニコライにとって日本は禍の国となった。

 日露戦争の敗戦でニコライの権威は失墜、国内でも方々で暴動が起きるが有効な手を打てず、専制君主に相応しくドゥーマ(議会)を圧迫する。さらに第一次世界大戦での参戦により膨大な戦死者をだす始末。これではロシア革命が起きるワケだ。
 ニコライは退位後は革命政府に家族共々監禁されるが、革命政府要人は彼に7百万人が戦死したというシーンがある。この数値だけで仰天させられたが、今読んでいる『敗者が変えた世界史 下』(ジャン=クリストフ・ビュイッソン, エマニュエル・エシュト、原書房)のトロツキーの章には興味深い数値が載っているので引用したい。
第一次世界大戦で名誉の戦死をとげた二百五十万人のほか、世界一広大な国ロシアは内戦と「戦時共産主義」によって四百万人の死者を出した。この膨大な死者の数にくわえ、餓死者五百万人という数字がある。(98頁)

 世界大戦の戦死者よりも「戦時共産主義」の犠牲者の方が遥かに多かったのだ!作品は皇帝一家の殺害で幕となるが、動画ではそのシーンがアップされている。

 

 一斉射撃で皇帝一家全員が即死したという印象を受けるが、wikiの「ロマノフ家の処刑」の「処刑」にはそうでなかったことが載っている。ニコライ夫妻と召使は即死だったが、滅茶苦茶な射撃のせいで一家の子供達と召使の一部は軽傷を負っただけでまだ生きていたとある。
 子供たちは下着類に宝石を縫い込まれていたため、軽傷を負っただけだった。そのため銃剣で何度も刺されるが、まだ死ななかったので、頭部を撃って止めを刺したという。遺体は顔や全身に硫酸をかけられ、識別不能とした。ニコライ一家の処刑を指揮したのはヤコフ・ユロフスキー、ユダヤ人だった。帝政末期には反ユダヤ主義を扇動したニコライへの復讐の念もあったのやら。

 皇帝としては暗君だったが、家族には良き父、良き夫だったニコラス。アレクサンドラも良妻賢母型だったようで、夫婦仲は最後までよかった。退位したニコライがアレクサンドラに跪いて泣きながら許しを請うシーンがあったが、これがたとえ創作だったとしても、ニコライだったらそうしただろうと思う。

 

◆関連記事:「ロシアとトルキスタン
ロシア人の見た露土戦争
イラン人が見た明治の日本

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る

12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
皇帝一家の最期 (スポンジ頭)
2021-07-10 10:43:26
 おはようございます。

 皇帝一家の最期が比較的「きれい」なのは、まだソ連が崩壊せず、実際の状況が不明だからでしょうか。改めてウィキを読むと、残酷すぎます。正当性を示すための公開処刑でもなく、国外追放でもなく、このような暗殺というのは後ろ暗さがあるからでしょうね。
返信する
Re:皇帝一家の最期 (mugi)
2021-07-10 22:07:07
>こんばんは、スポンジ頭さん。

 私もwikiを読むまでは、一斉射撃を受けて皇帝一家はほぼ即死状態と思っていました。しかし子供たちの最後は酷すぎます。財産として宝石を下着に縫い付けていたことが、銃弾から体を保護する結果になりました。それならば最初から頭を打ちぬけばいいのに、銃剣を何度も突き刺すのは強い憎しみがあったのやら。

 フランス革命の方がずっと人道的です。でっち上げにせよ裁判の結果公開処刑しているし、子供は処刑対象外でした。年端も行かぬ王族の子供たちを殺害しているケースは、まず聞いたことがありません。
返信する
ロシア革命 (スポンジ頭)
2021-07-11 01:03:06
>年端も行かぬ王族の子供たちを殺害しているケースは、まず聞いたことがありません。

 中世のヨーロッパや戦国時代ならともかく、一応20世紀に入ってからですからね。それに、清教徒革命→フランス革命→ロシア革命の順で、規模も残酷さも増して行ってます。フランス革命は功を認めた上で害も語られますが、ロシア革命は意味があったのか問いたくなるレベルです。

 フランス革命にしてもボナパルトがいなければ収拾がついたか分かりませんが、ロシア革命だとボナパルトに該当する人物がいませんね。スターリンが該当すると言われるかもしれませんが、ナポレオン時代のフランスの方が社会・生活状況としてマシです。

 フランス国王夫妻と異なり、ニコライ皇帝夫妻は遺言状を書く自由もありませんでしたね。
返信する
Re:ロシア革命 (mugi)
2021-07-11 21:48:23
>スポンジ頭さん、

 中世欧州や戦国時代では年端も行かぬ敵の子供を殺すのは当たり前でしたが、20世紀以降では私の知る限り聞いたことがありません。13歳の皇太子ばかりか皇女4人も惨殺している。トルコ革命で王族は国外追放だったし、あの中国さえ清朝の王族は殺していないのに。
 英国以下欧州諸国はニコライの亡命受け入れを拒否したそうですが、もし認める国があったとしても、その前に始末していたことでしょう。

 現代のロシアでロシア革命をどう捉えているのかは不明ですが、最近はスターリンを再評価するようになっているとか。スターリン時代よりも ナポレオン時代のフランスの方が社会・生活状況としてマシという事実を、一般ロシア人は知らないのか、受け入れられないのか……
返信する
ロシア革命 その2 (スポンジ頭)
2021-07-12 22:14:12
 スターリンは独ソ戦に勝利しましたから、その点は大きいでしょう。>再評価 プーチンはソ連が第二次世界大戦で果たした役割に関して肯定的な言論以外を禁止するそうですし。

 日本人でもスターリンを好きな人はいますから、影響が巨大なロシアではスターリンに関する評価も振り幅が大きいのでしょう。個人的には、日本がソ連に占領されなくてよかったと思ってます。

 昔のソ連の小説で、スターリン時代にヒロインが強制収容所に消えてしまう作品がありますが、強大な国家権力がヒロインを破滅させる作品は日本だとなさそうです。ナポレオンも大勢の人間を戦争で戦死させましたが、当時のフランスに強制収容所はないですよね。
返信する
Re:ロシア革命 その2 (mugi)
2021-07-13 22:43:42
>スポンジ頭さん、

 在日ウクライナ人のナザレンコ・アンドリー氏をご存知でしょうか?アンドリー氏のコラムには現代のロシアについて書かれています。
https://web-willmagazine.com/international/sGkMn

 アンドリー氏の↓のツイートも吹きました。旧ソ連時代の国民的英雄ガガーリンでもトイレットペーパーを入手出来なかったそうです。
https://twitter.com/nippon_ukuraina/status/1414537641278595074

 蓼食う虫も好き好きですが、スターリン好きの日本人は概ね左翼のロシアシンパでしょう。もちろんヒトラー好きの日本人もいますが、他のアジア諸国にも結構ヒトラーファンがいますよ。
 私も個人的にヒトラーの方がマシと思います。敵対しない限り、ドイツ人はそれほど殺していないし、何よりもスターリンと違って日本人は1人も殺していない。

 強制収容所自体、日本にはありませんよね。強制収容所はなくとも、強大な国家権力が主人公または主要登場人物を破滅させる作品ならあると思います。強制収容所を世界に先駆けて作ったのは英米だったようで、帝政ロシア時代にはありませんでした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80
返信する
ソ連 (スポンジ頭)
2021-07-14 20:35:10
> 在日ウクライナ人のナザレンコ・アンドリー氏をご存知でしょうか?

 ツイッターを眺めていて知りました。アンドリー氏の背景が分からないので「宣伝戦」の一つなのかとも思いますが、ここに引用されている件は同意します。

>トイレットペーパー

 どうしていたのでしょうか?ソ連は重工業に傾斜していて、日常製品は駄目だったのですね。しかし、核兵器は開発できても、トイレットペーパーが作れないのはアンバランスもいいところです。確か、核兵器を製造する都市は、外国に知られないように秘密にしていたのでしたっけ。

>スターリン好きの日本人は概ね左翼のロシアシンパでしょう。

 私がツイッターで見た人物は、ソ連シンパではありません。ある種の異能者を好む人物で、この人お気に入りの歴史上の人物は、ローマのスッラ、魏の曹操、徳川家康、そしてスターリンです。曹操は三国志演義で単なる悪役ではない複雑な性格を示しますが、スターリンはどうも。

 この人物、ローマ史、中国史、イギリスの議会政治、スターリン時代、アフリカや東南アジアの一部の歴史、日本史に関して思想を絡めながら語ります。キリスト教やイスラム教に関する言及もありますが、西洋哲学史に関してはほとんど語らず、多分語っている内容に関しては本職でないと思います。北欧に言及することもありません。
 また、経済・科学・音楽・絵画などに関する言及は一切ありません。経済史・科学史・芸術史と言う分野がありますが、歴史としても語らないところを見ると、おそらく理数系とは相性の悪い人物と思われます。
 ガンダムの続編に関しては多く語るので、娯楽としてのアニメはある程度親和性があるようです。
ttps://twitter.com/Sz73B?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

 この人物、分析力に優れているのですが評論家向きで、未来に向かって決断を下すような人物ではなさそうです。

 独ソ戦は怪物同士の戦いですが、スターリングラードの戦いは半年もなかったとは知りませんでした。しかし、その間に100万を超える死者がソ連側に出たと言うのも恐ろしい。沖縄戦が仮に同じ長さだったとしても、そこまでの死者ではありません。

 ボーア戦争での強制収容所はひどいものですが、イギリスが勝利したので問題になりませんでした。確か、ニュルンベルク裁判でも、ドイツ側がイギリスの強制収容所を出して反論していたはず。ただ、ナチス・ドイツは人体実験や最初から絶滅させる目的で稼働させているので、相対化は困難でしょう。
返信する
Re:ソ連 (mugi)
2021-07-15 22:11:33
>スポンジ頭さん、

 wikiにもアンドリー氏について解説があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B3

 アンドリー氏は虎ノ門ニュースにも出ており、保守派が好む外国人だから「宣伝戦」の一つなのは確かでしょう。それでも言っていることは概ね正しいし、日本人よりツイート文が面白い。

 以前「ブルガリア研究室」さんから聞いた話ですが、共産主義時代のブルガリアは女性向けのナプキンさえ入手出来なかったそうです。本当に驚きましたが、編み機も手に入らず、室長さんは現地人から日本製のそれを頼まれたこともあったとか。
 ソ連はもっとマシだと思っていたら、さして変わりなかったようですね。トイレットペーパーやナプキンがない時代の日本と同じ処理をしていたのやら。

 私がネットで見た限りでは、スターリン好きは左翼かロシアシンパの傾向があったため、「概ね」と書きました。尤も十人十色なのでスポンジ頭さんが紹介された人物もいたとは。
 紹介のあったツイート主Sz73氏が使っているアイコンは誰でしょうね?軽く目を通してみましたが、確かにソ連シンパではありませんでした。スターリンがお気に入りでも毛沢東はそうでない?経済・科学に関しては私も殆ど言及しないし、好みが偏っているのは同じです。

 スターリングラードの戦いに限らずロシア史では、短期間で凄まじい戦死者を出すことが少なくなかったのを最近読んだ新書で知りました。WW2で最も戦死者を出したのもソ連だし、元から自国の戦死者を顧みないのでしょう。チェチェン武装勢力のテロでも、人質救出は後回しで犠牲者数が3桁になったこともありました。

 仰る通り戦勝国なら強制収容所の存在も帳消しになります。アメリカの日系人強制収容と同じく。ただ、日系人を絶滅する目的で送り込んだのではない分、アメリカはマシかもしれません。後で謝罪もしていますが、英国は謝罪しませんよね。
返信する
戦死者の多さ (スポンジ頭)
2021-07-15 22:44:00
> 紹介のあったツイート主Sz73氏が使っているアイコンは誰でしょうね?

 ハンガリーの音楽家、バルトークです。「Sz」はウィキペディアで見たら、バルトークの楽曲の通し番号でした。Sz73は「中国の不思議な役人」。音楽に言及しないのは逆に本職だから、と言う可能性もありますね。
https://www.arcanum.com/ro/online-kiadvanyok/pannon-pannon-enciklopedia-1/a-magyarsag-kezikonyve-2/zene-es-tanc-16C2/zene-a-20-szazad-elso-feleben-1777/bartok-bela-1881-1945-1783/

>スターリンがお気に入りでも毛沢東はそうでない?

 毛沢東もお気に入りでしょう。能力を高く評価していますから。

>WW2で最も戦死者を出したのもソ連だし、元から自国の戦死者を顧みないのでしょう。

 ドイツは戦争開始の張本人なので死者が多いのも納得できますが、ソ連の多さは桁が違います。何しろ督戦隊とかある国ですから。独ソ戦のソ連側エピソードで、建物の中に衝立があったので将校が後ろに廻ってみたら、桶があってその中に手術で切り落とされた手足が入っており、それを見た将校は卒倒したそうです。新任将校でもないのに気絶するのかと思いましたが、「戦場ではない」ので安心していたのかもしれません。

 日本の死者は330万人ですが、ソ連は桁が違うので、感覚が麻痺してきます。日本国内の戦争でこれだけの死亡者が出た例はありません。ソ連は遊牧民族との攻防があるので、「生き残ればいい」と言う感じなのでしょう。小学生の頃図書室で「スターリングラードのたたかい」と言うタイトルの本を見た記憶があるのですが、子供にそんな本を読ませるかなあ、と思ったり。

>ただ、日系人を絶滅する目的で送り込んだのではない分、アメリカはマシかもしれません。後で謝罪もしていますが、英国は謝罪しませんよね。

 アメリカの場合は自国民に対する扱いですが、ボーア戦争は敵国ですから。とは言うものの、「遺憾の意」程度でも示せばいいと思いますが。
返信する
Re:戦死者の多さ (mugi)
2021-07-16 22:46:10
>スポンジ頭さん、

 ハンガリーの音楽家、バルトークの名は知りませんでした。言及しなくとも、Sz73氏は音楽に詳しい人なのでしょう。それにしても、スターリンや毛沢東がお気に入りですか。対照的にヒトラーの評価は高くない?

「督戦隊」という用語は初めて知りましたが、オスマン帝国のイェニチェリがその働きをしていました。しかし20世紀ではナチスドイツとソ連軍くらいでしょう。

 日本の死者ですが、主要国では多い方ではないですよね。沖縄戦だけ見れば悲惨ですが、スターリングラードは桁外れ。中国の犠牲者もソ連より少ない。

 ドイツも「自国民」を絶滅収容所に送り込んでいます。中露やナチスドイツであれば敵対分子と見なされた「自国民」は、確実に強制収容所送りでしょう。
返信する