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「覇権」で読み解けば世界史がわかる その三

2022-10-24 21:41:27 | 読書/ノンフィクション

その一その二の続き
“ご都合主義”むき出しのキリスト教徒と対照的に、信仰には極めて敬虔で真摯なのがムスリム。もちろんムスリムの中にも戒律破りはいるし、世俗的な信者もいる。それでもコーランの教義は絶対であり、棄教は今でも許されない。
 イスラム圏は現代でも、コーランの教えが政治・経済・法律・軍事・文化・学問の隅々まで浸透した社会であり、近代化の際、「キリスト教的価値観の中から生まれた社会システム」を導入すると、キリスト教的な価値観を取り入れざるを得ない。それは彼らにとって拒絶反応を起こしてしまうことになり、近代化が難事なのだ。

 イスラムでは宗派問わず開祖ムハンマドは、最後にして最大の預言者と絶対視されている。これ以降は神からの啓示もなく、もし人間がこの啓示に従わなければ、神は人間を完全に見捨ていると信者は妄信している。そのためキリスト教と違って宗教改革も未だにできない。
 ただ、イスラムに限らず宗教というものは、「信仰」という行為に対し、必ずその見返り(御利益)が期待される。およそ「何の利益もない宗教」というものはない。尤もキリスト教をはじめ、「御利益宗教などではない!」と必死に事実を隠そうとする宗教なら幾らでもある、と著者は皮肉っている。

 イスラムの場合、死後は天国に行けるという来世利益と、生前は常にアッラーのご加護が得られるという現生利益となっている。しかし近代以降、かつては見下していた野蛮なフランク(西欧人)に連戦連敗する始末。その現実にムスリムは苦悩する。
 そしてキリスト教徒に負け続けるのは、我々がイスラムの教えに背いたからという考えが生まれてくる。我々がアッラーの教えに立ち返ることで、神のお怒りも収まり、再びご加護を受けられる……という主張が力をつけてくる。所謂原理主義(復興主義)だが、このような主張は既にオスマン帝国内でもあった。

 本書の脱稿は2016年8月なので、この時点でイスラム国最高指導者は死んでいない。それでもイスラム国へのこの評価には唸ってしまった。
クルアーン(コーラン)の教えに縛られて、どうしても近代化できない彼らが、あくまでもクルアーンにしがみついて苦境を打開する道を探して、必死にもがいている姿が「イスラーム国」の姿なのです。」(183頁)
 また著者は、イスラム国の別の側面をこう指摘している。
彼らが抱く、以下のような“もどかしさ”に対する一種のヒステリーです。
「我々はこれほどまでに敬虔に、そして真摯にイスラームにすがっているのに、なぜアッラーのご加護がないのか!?」
 彼らは、その憤懣と嘆きをよもやアッラーにぶつけるわけにもいかず、弱者に向けているのです。」(185頁)

 池内恵飯山陽両氏のようなイスラムに“辛口”な研究者でも、ここまでは書かないだろう。専門の研究者からすれば、安易で底の浅い見解と思うかもしれないが、ズバリ核心をついた意見は痛快だった。

 中華帝国を扱った第2章は、特に目新しい見解はなかったが、の弱腰外交に考えさせられた読者も少なくなかったかもしれない。
外交というものは、ひとたぢ弱みを見せれば、あとはアリ地獄が待っています。」(104頁)
人は困難に当たって一度でも「逃げ」の選択をしてしまうと、あとはなし崩し的に「逃げ」続けることになり、衰滅していくものです。」(106頁)

 大英帝国がテーマの第4章は、思った以上に面白かった。チャーチルの発言は慧眼としかいいようがなく、この発言をしたのは第一次世界大戦勃発の13年も前だったという。
――民主主義は大臣よりも執念深い。「国民の戦争」は「国王の戦争」よりも恐ろしいものとなるだろう。敗戦国は荒廃するのは当然、戦勝国ですら致命的な混乱と疲弊をもたらすだろう。

 アメリカ合衆国を扱った第5章が最も長かった。「断じてアメリカに「未来」はありません」と述べる著者だが、次代を担う覇者が何処になるのかまでは明確にしていない。
 本書は「覆車の戒め」という見出しで締められている。「滅びたくなければ、けっして頂点に立たないこと」と著者は述べ、常に「上の中」「上の下」くらいの位置にいるのが一番よいという。それも言うは易く行うは難しと私は感じるが、結びの文章も楽観的過ぎるように思った。

その時代に100%合わせるのではなく、80%だけ合わせて、20%の遊びを残しておく。その遊びがあればこそ、次の時代への変化に適応できるのです。
 でも、その点も著者は安心しています。幕末維新の激動すらうまく乗り越えてきた日本です。この21世紀の激動も、きっと乗り越えてくれるでしょう。

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