トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

デザート・フラワー 09/独=墺=仏/シェリー・ホーマン監督

2011-03-24 21:14:01 | 映画

 黒人の世界的トップモデル、ワリス・ディリーの自伝を映画化した作品。ワリスの自伝『砂漠の女ディリー』(草思社)を以前読んだことがあり、先月末、映画も見に行った。ストーリーはほぼ自伝と同じ。
 ワリスはソマリアの遊牧民一族に生まれ育ち、ワリスとは彼女の母語(ソマリ語?)で花を意味するという。原題“Desert Flower”、つまり「砂漠の花」はここから来ている。渡英後、著名なフォトグラファーに見いだされ、トップモデルになった人物で、まさに絵にかいたようなサクセスストーリーだが、ワリスには秘められた過去があった。それはソマリアの他の女性たちと同じく彼女もまた、女性器切除 (Female Genital Mutilation、略称FGM)、つまり女子割礼を受けていた。

 wikiにも記載されているように、ワリスは13歳の時、ラクダ5頭と引き換えに60代の男と結婚させられそうになり、1人砂漠の中に逃走する。向かった先は親戚のいる首都モガディシュ。映画にはなかったが逃げる時、ライオンに遭遇したことが自伝に載っていた。死を覚悟した彼女だが、幸い無事だったという。少女が父の命で羊や駱駝と引き換えに老人と結婚させられるのは、アフリカの遊牧社会に限らず中東でも行われている。
 ちょうど首都に住む母方の叔母の夫が駐英ソマリア大使としてロンドンに赴任することになり、任地先の家で働くメイドを探していた。ワリスは親戚と共に渡英し、そこでメイドとして4年間働く。

 親戚の大使一家は任期終了の4年後に帰国するが、ワリスはそのままロンドンに留まる。彼女は不法滞在のまま、カフェやハンバーガーショップなどで掃除をして生計を立てていた。薄給なのは書くまでもないが、マックで働いていた時、有名な写真家の目に留まり、人生の大きな転機となる。
 モデルを続けるにせよ、不法滞在が発覚すれば強制送還となるのは書くまでもない。そこでワリスは住んでいるアパートの住民で、以前から彼女に親切だったニールという白人男が持ちかけた偽装結婚をする。言い出したのは男の側となっており、同じ部屋に同居しても、性的関係は一切行わないという約束事だが、綺麗ごとの脚色にも感じた。偽装結婚を疑う移民局が早朝に2人の住む室に押しかけ、抜き打ち検査を執行するのは興味深い。そこまでしても不法滞在や偽装結婚が防げないという背景があるのだろう。

 モデルとして成功したワリスは、BBCとのインタビューで割礼を受けていたことを告白する。彼女がそれを受けたのは5歳頃だったとか。映画では描かれなかったが、割礼を行ったのはジプシーの老女で、錆の付いた剃刀に唾をつけて、性器を切除したことが自伝にあった。麻酔などもちろんしない。彼女はタイプ3の陰部封鎖らしく、性器を切除した後に排泄のための小さな穴を残し、陰部を縫合、封鎖するもの。
 割礼の恐ろしさはその後も痛みが続き、排尿痛、失禁、性交時の激痛、性行為への恐怖、月経困難症、難産による死亡、HIV感染の危険性などの後遺症があると云われる。

 ワリスも排泄行為に非常に時間がかかり、「トイレが長い」と英国人の友人に不思議がられた。ある時激痛で倒れ、病院に運ばれ治療を受けた後、やっと後遺症が治まったのだ。その時、病院で働いていた同国人の男が、白人の男に股を開いて陰部を見せたことを非難している。英国の医療に従事しているはずのソマリア男さえ、故郷の習慣が絶対らしい。ワリスの自伝には、「女の子は股の間に汚いものをつけている」と、少女を避けた老人が故郷にいたことが載っていた。

 割礼はアフリカで行われているというイメージがあり、ワリスが受けたような原始的切除も珍しくない。だが、エジプトのように近代的設備の整った病院でも行われていたという。数年以上も前、病院での割礼手術に失敗、出血死した少女がいたことが地元紙の国際面に載っていたことを憶えている。
 アフリカばかりか中東のイスラム世界でも、割礼が行われている所があるそうだ。千夜一夜物語にもイスラム教に感銘したキリスト教徒の姫君がイスラムに改宗、割礼を受ける話がある。

 自伝そのものが“トゥルーストーリ”ばかりとは考えられず、ワリスの監修のもとで映画化されたという。映画化に当たり脚色もかなり施されていると思うが、遊牧民出身のトップモデルなど、それだけでドラマとなろう。
 自伝には確か母方の祖母はアラビア出身と書かれてあり、実際に見たワリスの容貌がハーフのような印象だったのも当然か。ワリスや現地の女たちが来ていた民族衣装は目が覚めるように色鮮やかで、ファッションに関心の薄い私さえ、思わずまといたくなるものばかり。モデルの着ているブランド服より、民族衣装の方が美しく見えた。

 この映画の最後で、「今でも世界で毎日6千人の少女が割礼を受けている」とのクレジットがあった。長く続いた風習を止めさせるのは極めて難しく、欧米で高等教育を受けた男の中には、自国の割礼が体に良い影響を与えると科学的に証明、擁護する者もいるという。

◆関連記事:「割礼
 「母たちの村

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
絶句 (ハハサウルス)
2011-03-25 23:04:21
この映画のことは、以前朝のワイドショーで取り上げられたのを見て知り、とても衝撃を受けました。割礼が女子にも行われているとは知らず、その後自分でも少し調べてみて、「こんなことが…」と絶句、ショックでした。

映画の中、母親に夜中に起こされて老女のところに連れて行かれ割礼を施されたシーン、あんな幼い子に…、少女の泣き声が胸をえぐります。私はとても自分の娘にはできません。文化、習慣の違いの是非を問うのはどうかとは思いますが、やはり「こんなことがあってはならない」と思いました。

確かに長く続いた風習を止めさせるのは難しいことですが、この映画が何らかのきっかけになってくれればと思っています。

>欧米で高等教育を受けた男の中には、自国の割礼が体に良い影響を与えると科学的に証明、擁護する者もいるという。

男性側からの都合のいい話を聞くより、女性側の意見に耳を傾けるべきですよね。身体の傷もそうですが、心の傷は一生癒えないのです。
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RE:絶句 (mugi)
2011-03-26 22:42:30
>ハハサウルス様、

 自伝を何年も前に読みましたが、割礼の話は知っていても、ワリスの体験談にはショックでした。エジプトでは割礼は紀元前から行われていたらしく、女性器を切除されたミイラも発見されています。何故このようなことが行われてきたのか、様々推測されていますが、やはり不明だとか。アフリカではイスラム教徒ばかりではなく、他の宗教の女児にも割礼が行われており、問題は複雑です。

 女子割礼の習慣のない私たちから見れば言語道断ですが、それが固有の“文化”であり、伝統を守るべきという主張も根強い。残念ながら男性優位社会のアフリカなどでは、女性の意見を聞くということは殆どありません。ユダヤ、イスラム教徒の男性にも割礼の習慣があり、それが当たり前となっているのです。

 また、割礼を野蛮と非難する欧米人女性活動家の意見に、第三世界側の態度が硬化することもあるようです。以前、インドネシアの一部でもそれが行われていたと書いていた日本女性のサイトを見たことがあります。現地人は割礼をするとホルモンが出て、成長によいと考えているらしく、絶句させられました。
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我が国は…… (のらくろ)
2011-03-27 13:54:15
とにかく「國造り」がイザナギとイザナミのエッチで始まるという「セックス礼賛」文化(が明治の庶民までは続いた)なので、今回のエントリのような話は(mugiさんやハハサウルスさんに言わせれば『股間にミョーなものぶら下げてるオスがこの話題に入るな』ということでしょうが)、女だけでなく男にとっても日本人には受け入れられないことだと思います。

ただし、こういう論考もあることを指摘しておきます。私は同意しませんが↓
http://diamond.jp/articles/-/6679

ただし、今回のエントリーの背景には、いわゆる貞淑性重視の考え方があり、これは十字軍時代の貞操帯など中世ヨーロッパの所業にも通じるものであり、この「貞淑性」について真逆の、それでいて一定の倫理観を確保していた我が日本の庶民の中に、このエントリーに現れた問題提起に対する解答への道筋が見えるように思います。
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RE:我が国は…… (mugi)
2011-03-27 23:05:26
>のらくろ さん、
 
 確かに「國造り」が男女2神のエッチで始まる神話って、他にはあまり聞きませんよね。男にも割礼はありますが、日本のように「セックス礼賛」文化だった古代ギリシア、ローマ人が割礼を忌み嫌ったのも、日本人と通じる感性があったと思います。

 興味深いサイトの紹介を有難うございました!コラムで以下の箇所には納得させられました。
「となると、アフリカの多くの民族で行われてきた女性への割礼は、女性を男性に従わせ、そして多くの子を生ませる一つの矯正目的の儀式ということですね…
 ただ、多くの少女が、割礼を受けて子どもをたくさん生むだろう。一方、自己完結型の快感のみを見出した女性は必ずしも男性を必要としないだろう…千年以上続いたとされる少女への割礼の儀式は、種を絶やさないための苦肉の策であったのかもしれないと思う…」

 そして「FGM廃絶を支援する女たちの会」から記事削除の要請を受けたそうですが、これは同性から見てもおかしい。映画館にもこの団体のパンフレットが置かれてあり、年会費が個人で5千円とか。FGM廃絶を求める欧米諸国も、一見女性の人権問題に絡めつつ、実は途上国の人口抑制が真の狙い…等とうがった見方をしたくなりました。
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あ~ぁ (のらくろ)
2011-03-28 22:13:30
馬脚を現しましたね、「FGM廃絶を支援する女たちの会」

>「FGM廃絶を支援する女たちの会」からは記事削除の要請を受けました

笠井寛司元教授の件と同じですよ↓
http://ish.relove.org/mt/archives/000937.html

結局これと同じ↓
http://www.youtube.com/watch?v=CvnDZ0ffQJs

「記事削除」
「出版差し止め」
「議事録(から)削除」
要するに「なかったことにする」です。
「女の味方」、「弱者の味方」な~んて、大ウソ。

もうバレバレなのに、「自分こそ正義且つ進歩的なのであり、愚かなる庶民、大衆を善導しなければならない」という鼻もちならない思考回路が「バレっこない」と思っているこの浅ましさ。この国のサヨクはホント救いようがないです。
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RE:あ~ぁ (mugi)
2011-03-28 22:59:56
>のらくろ さん、

 笠井寛司元教授が8330人の女性器写真を公開した医学書を出した動機は不明ですが、やはり興味本位という感はありますね。その写真にもし私の性器があったならば、私も憤慨します。しかし、訴えたのが無断で写真を掲載された女性ではなく、「社団法人自由人権協会」というのが怪しい。法人名さえ、噴飯モノ。

 私自身はこのような医学書を買う気はありませんが、意外に女の購入者も多かったそうですね。それは本人の自由だし、正直に言って他の同性の性器がどうなっているのか、やはり気になります。

 しかし、「自由」や「人権」を楯に言論封殺を目論むのが日本のサヨクの本性でしょう。たとえ失言でも「議事録(から)削除」してしまえば、議会発言は残らない。自分たちは自由に人権の解釈を捻じ曲げている。これは戦前、「陛下に対し、勝手な発言は許さん!」と言っていた極右のファシストと同じ思考。ネットでもその類は右左ともに見かけます。
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