ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【書評など】難波先生より

2013-01-09 12:52:22 | 難波紘二先生
【書評など】エフロブ「買いたい新書」の書評について、
 144:ここに幸男「ここに幸男漂流記」(文芸社)=1995年阪神大震災で初発した躁病患者の手記
 http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1353733463


 145:崔碩栄「韓国が反日国家である理由」(彩図社)=ソウル生まれの韓国人が日本に留学し、日本に帰化した理由を書いた手記
 http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1355463882


 146:栗原堅三「うま味って何だろう」(岩波ジュニア新書)=日本人がそのほとんどを解明した「うま味」がレセプターの発見により「第五の基本味」として国際的に認知されるまでを説明した解説書。
 以上3冊の紹介を怠って来ました。この3週分が私の「うつ期」に相当します。
 
 新たに、155:イサベラ・バード『日本奥地紀行』(東洋文庫)をアップしました。
 http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1355808526
 明治11年に、東京→栃木→会津→新潟→山形→青森→函館→アイヌ平取村と周り、函館から船で東京に帰るという長旅の旅行記です。
 東日本大震災で、津波に襲われた地域の記録があるかと思いましたが、読みなおしてみるとそれはありませんでした。
 私がもっている1973年版は抄訳なのだそうで、最近東洋文庫から、別な訳者による3冊本が出ました。(未入手)
 
 日本人による東日本旅行記は、京都の医師橘南𧮾による天明5~6(1785~6)年の旅行記である『東遊記』(『東西遊記1』,東洋文庫, 1974に相当、『東西遊記2』は西日本旅行記)が最良と思います。(日程順でなく、項目別になっている)
 天明の飢饉の後で、天明3(1783)の青森の惨状が語られています。
 福島では「漢の文帝」、「信夫刷り」、「安達ヶ原」の3章があります。私は「浮島」(山形)の記事が不思議でしたが、あれは和歌山県の新宮市にもありますね。
 日本で最初に人体解剖をおこなったのは京都の医師山脇東洋(1754)ですが、1771年江戸での杉田玄白に遅れて、1783年に橘南𧮾も人体解剖を行っています。


 私の「うつ」は基本的には「双極性障害」に属するもので、「情緒・感情」の障害が基本にあります。
 怒りっぽくなったり、涙もろくなったりするわけです。
 前に、大学から夜遅く車で帰宅していたら、カーラジオで美空ひばりの「津軽のふるさと」をソプラノ歌手が非常に高い声で歌っていた。
 最終楽章の「あああ つがるの うみよ やまよ、いつの日もなつかし つがるの ふるさと」という一節を、非常に高い澄んだ声で歌うのを聴いていて、涙がぽろぽろ出て運転も危うくなった経験がある。10年以上前のことだ。


 初めのほうは聞いていないので、歌手の名前がわからない。
 で、病理医のMLで、「津軽のふるさと」を歌うソプラノ歌手をたずねたら、「塩田美奈子」という若い人で、スペイン人と結婚しているということを、仙台の並木恒夫先生に教わった。さっそくCDを入手して、美空ひばりとの歌い方のちがいを研究したものだ。(その後、彼女は残念ながら亡くなった。)


 今日の午後は、妻がやってくれる確定申告のために、昨年の本代などの領収書を整理した。本の領収書だけで単行本くらいの厚さがある。
 金額、宛名、日付を確認しながら、本代、文具代、交通費、宿泊費 etcと区分して行く。
 あまりにも単調な作業だし、「うつ」だから能率もあがらない(歳のせいもある)。
 背景音楽に「昭和の流行歌11(1966)」をiTuneで流したら、15「青山和子:愛と死をみつめて」、18「都はるみ:涙の連絡船」が続いて流れた。
 どちらもさほどの名曲とは思わないが、高音部が美しい曲だ。聴いているうちに、涙が出てきた。


 「愛と死をみつめて」は映画の主題歌で、医学部5年生の時、ハンセン病療養所「長島愛生園」に夏休みに研修に行き、講堂で患者さんと一緒にみた記憶がある。
あの時はちっとも感動せず、映画のストーリーもほとんど覚えていないのに、今頃になって主題歌に泣けるなんて
 と、思っているうちに、上に述べた2002年頃の塩田美奈子の歌との出会いを思い出した。


 記憶の連鎖が働いて、1968年頃(大学院生だった)、病院の当直アルバイトの泊まり込みのさい、水野越前守忠邦による「天保の改革」をテーマにした、連続TVドラマをみていて、登場人物に感情移入してしまい、同情して大いに涙が出たのを思い出した。
 やはり「双極性障害」であり、うつから回復するとき「感動性」が出てくるのではないかと思う。
 思い出はさかのぼって、同じく医学部2年生の秋、非常に無気力になり一月近く不登校になり下宿で寝てばかりいたら、心配して、同級生のSS君が訪ねてきてくれたのを思い出した。あれもうれしかった。


 この間、いろいろな方からメールを頂いた。
 サンフランシスコのKさんからは、
 <both my brother and sister have suffered from bipolar disorder for many years. I also have friends in the US who suffer from the same condition. I do have some understanding how people with this disorder suffer. As you yourself have known, hypomanic state often is very productive and gives useful intellectual and artistic energy. Just think of historical figures like Da Vinci and Lincoln.>
 と自分の同胞二人がそうだったこと、有名な人物ではレオナルド・ダヴィンチとリンカーンがそうだったと知らせてくれた。
 (これは私も知らなかった。)


 四国の元介さんからは、<年末にはメルマガが届きませんで、体調でも崩しておられるのでないかと思い、心配しておりました。
しかし、メールを配信頂き、復調なさったとのことで、安心いたしました。
ますますのご活躍を宇和島の地からお祈りしております。>というメールをいただいた。


 広島ペンクラブのF先生からは、<心配していましたが、再び先生のブログを見ることができて本当にうれしく思っています。先生の便りがないと如何に寂しい思いをしているか、先生には想像できないでしょう。>と温かい言葉をいただいた。(「うつの人」は励ましてはいけないのです。さすがベテランの臨床家…)


 宇和島のKT先生からは、<いや、安心いたしました。万波と心配していました。
 先生はやはり熊楠ですね。記憶力と総合把握力 がすごい。私には前者が欠けているのです。
 今、しこしこ、検索作りをやっています。
 一太郎のソフトを利用しているのですが、
数年前に『伊達宗城傅』『伊達宗紀公傳』『伊達村壽公傳』で やった経験がありますので、なんとかなりそうです。>と言っていただいた。


 申し訳ありません。岩波のKSさんにはこちらからの連絡をしていません。序文とあとがきもまだ拝読していません。「索引」作成ということは、ゴーサインが出たということでしょうか。それなら安心です。


 私は、索引は初校でページ番号が決まってから、EXCELを用いて行っています。人名、地名、事項別にマーカーで色分けして、最初のページから項目毎にページ番号を記入し、後で「ソート/セレクト」をかけると出来上がりです。これだと「文脈索引」が簡単に作成できます。
 日本語は形容詞が前に来ますから、名詞だけひろうと「文脈索引」ができません。EXCELで索引語の次の列に「形容詞など」を記入しておくと、ソート/セレクトした際に、文脈との関係がすぐわかります。


 医歯薬出版の「医学大辞典」が使いにくいのは、「一色型色覚」、「桿体一色型色覚」、「錐体一色型色覚」、「二色型色覚」が、「い」、「か」、「す」、「に」の項にばらばらに入っており、肝腎の「色覚」の項目がなく、「色盲→一色型色覚、二色型色覚をみよ」となっているためです。(これは「言葉狩り」により「色盲(color blindness=achromatopsia)という用語を排除したためです)


 ドーランド「医学大辞典」では、「盲目(Blind)」の項に、「失明」、「色盲」、「夜盲」、「赤色色盲」、「緑色色盲」、「赤緑色盲」、「青黄色盲」、「精神盲」、「味盲」、「法的盲」、「文字盲」、「楽譜盲」、「衝撃盲」、「雪盲」、「健忘性色盲」など、「目の不自由な状態」に関する病名が列挙されており、ここをハブにして必要な箇所に自由に飛ぶことができます。一冊の本あるいは辞書は、こうでなくてはいけないと思います。


 たびたび南方熊楠になぞらえていただくのは、ほめて頂いているのかと思います。
 が、わたしは熊楠の弱点は「思想性・体系性」の欠除にあると思っています。だから彼は私の目標ではないのです。
 熊楠はその博覧強記を読者にも強いたのではないでしょうか?


 主著『十二支考』は雑誌「太陽」掲載論文で、死後「全集」に収められたので自作索引はありませんが、もし生前刊行できていたら、彼は索引を付けたでしょうか?
(東洋文庫版の索引は校訂者によるもので、熊楠の思想の反映とはいえません)
 KT先生は岩波から『天才の誕生』を出版しておられ、彼の病名を「側頭葉性てんかん」と診断された、熊楠研究者ですから、「熊楠と索引」についてご存じと思いますので、ぜひお教えいただきたいものです。(私の「索引の思想」については、別の機会に述べたいと思います。)


 私は、熱力学の「第二法則」とダーウィンの「自然選択による進化」という原理に基づいて、すべてを体系的に説明する立場での著作を目指しています。
 パソコンの出現により「博覧強記」はもう必要がなくなったと思います。必要なのは「整理学」でしょう。


 とはいえ、皆さまにお気遣いいただき、ありがとうございます。こころからお礼申し上げます。


 今年の年賀状に、高校の2級後輩で寮でともに暮らしたU君が、ルーペがないと読めない小さな印字で書いてきた。ルーペを手に読むと、「うつ病で回復期にある。毎日、喫茶店に行ってPaperbackのミステリーを読んで暮らしている」とあった。驚いて電話したら、昼だったので奥さんが出て、病状を話してくれた。今は喫茶店に行っているとのことで、夜もう一度電話した。私大の医学部教授を定年退職後に、専任の病院病理になったが、大学とちがい「一人病理医」のプレッシャーがトリガーになったのではないかと思う、という話だった。竹脇無我とか小川宏の「うつ病」の話をしたが、知らないようだった。
 恐らくこれまで周期性の発病がなかったのだろう。
 発病後2年が経過しており、笑い声もでて、順調に回復しつつあるようだった。うつで知能は落ちない(理解力は少しおちる)が、英語でミステリーを読むとはさすが… 
 今月の27日には東京の「NHK会館」で寮の同窓会があり、そこでU君と会うことを約束した。


 フリーエディターから、電子ブックのジョイントベンチャーをへて、講談社に移ったKKさんから「メルマガが来なくなった」という賀状をいただいた。メールトラブルでリストが完全復元できなかったのが原因です。「とても評判がよかったですよ」と嬉しいひと言があった。今回から配信します。お元気でご活躍のようで何よりです。
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