ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【本さまざま】難波先生より

2016-01-12 11:42:34 | 難波紘二先生
【本さまざま】
 英国の女性旅行家イサベラ・バードというと、明治初年に東京から青森まで徒歩旅行し、蝦夷地にまで行った記録「Unknown Tracks in Japan」(1885)が有名だ。明治11年の東日本が文章とスケッチ画により見事に保存されている。日本訳は高梨健吉訳が東洋文庫から「日本奥地紀行」として、1973年に東洋文庫から1巻本で出版されたため、以後、バードの旅行記には「奥地紀行」という題が国名の後に付けられるようになった。
 その一つに「朝鮮奥地紀行(上下)」(朴尚得訳、東洋文庫, 1993/12 & 1994/1)がある。講談社学術文庫に同じバードによる「朝鮮紀行:英国婦人の見た李朝末期」(時岡啓子訳、1998/8)があるが、原本が同じものかどうかが定かでない。時岡訳は、解説がないし、「凡例」に「巻末資料およびそれに関する記述は割愛」とあり、全訳でないことが明示されている。それに東洋文庫の邦訳について言及が一切ない。それで「これは別本か、原本の抄訳本」とばかり思いこんだ。ところが、東洋文庫版を買おうと思っても新本が手に入らないし、古書価格はそろいだと1万円以上する。それでついそのままになっていた。

 ところが11月の末に何かの本を注文する時、「朝鮮奥地紀行」の東洋文庫版が画面に出てきた。新本の「オンデマンド・ペーパーバック版」が、そろいで5,897円だ。
 箱入りで、表紙が硬くて開きにくい東洋文庫にはうんざりなので、ためらうことなくペーパーバック版を注文した。しかし、届いて見るとこれが「ラージブック(LB)」だった。「ワイド版東洋文庫」とある。
 LBというのは、老人用に文庫本の文字サイズを大きくして、ほぼA4半分のサイズ(A5版)にしたものだ。縦の長さは新書版とほぼ同じだが横幅が少し長い。アメリカには昔からある。
 岩波のラージブック「ガリバー旅行記」(平井正穂訳、1993/6)は最初、岩波文庫(1980/10)として出た。これは「中公版・世界の文学」にはある挿絵がカットされている。だが文字は鮮明である。テキストそのものは電子化されていたか、OCRでテキストファイルを作成して印刷原版を作ったと思われる。
 高梨訳の「日本奥地紀行」(東洋文庫)は、1段18行の二段組なので原本1冊が訳本1冊に納まっている。(但し原本の挿絵は一部がカットされている。)だが、「朝鮮奥地紀行」は1頁16行の一段組なので、朴尚得訳の平凡社東洋文庫は2巻本になっている。それで普及しなくて中古価格が高騰しているのだとわかった。時岡訳の講談社学術文庫版「朝鮮奥地紀行」は18行組で、鮮明なスケッチ画も含めて1冊本になっている。

 私はオリジナルな東洋文庫「朝鮮奥地紀行」を持たないので、「日本奥地紀行」のスケッチ画と時岡訳の講談社「朝鮮紀行」のスケッチ画とラージブック「朝鮮奥地紀行」のそれを比較して見た。「日本奥地紀行」と「朝鮮紀行」の挿絵は、英語原本から写真製版されたものだ。
 ところが、ラージブックの挿絵はきわめて劣悪で、これは日本語版からの複製、つまり本自体が「復刻本」なのだとわかった。(写真1と2、同一条件でスキャンしPDF化、後にJPEGに変換、サイズを300KBに調整) テキストの文字も大きいというだけで不鮮明だ。老人の視力は解像力が落ちているので、いたずらに文字を大きくしても印刷の鮮明度が落ちたらラージブックの意味がない。ソフトカバーで軽いというだけが取り柄だ。
(1.講談社学術文庫の写真)
(2.東洋文庫の写真)
 時岡訳本と比較して朴尚得本の訳文をチェックした。「序章」に「リコォフェン男爵」という中国についての大著がある人物が出てくる。聞いたことのない名前だ。時岡訳では「リヒトホーフェン男爵」となっている。訳注はどちらにもない。
 これは Von Richthofen, Ferdinand P. W. (1833-1905) のことで、貴族でドイツの探検家、地理学者だ。ベルリン大学の教授だった。問題の本は「China, Ergebnisse eigener Reisen und darauf gegruendeter Studien(中国:自己旅行の成果とそれに基づく研究)」(1877-1912)という大著だ。有名な「赤い男爵(レッドバロン)」リヒトホーフェンは、第一次大戦でドイツ空軍を組織した飛行士で、普通の教養があれば「リヒトホーフェン家」は知っているはず。
 要するに訳者朴尚得はRichthofenがドイツ人名だと知らず、-th-というスペルを飛ばして、Richofenを英語読みして、「リコォフェン」と音訳したわけだ。恐らくドイツ語が読めないのだろう。訳者については奥付に「1927年朝鮮生まれ、東大文・心理学科卒」とあるものの、職業が書いてなく何者かわからない。ただ自分を「在日朝鮮人」と書いており、朝鮮総連系の「朝鮮大学」講師が解説を書いているので、その筋の人だと知れる。
 その点、時岡啓子は1959年福井県生まれ、上智大外国学部卒の翻訳家で訳文がはるかにこなれており、上記のようなアホらしい誤訳もない。

 朴尚得本の挿絵は複製の複製だから、見るも無惨になっている。また訳者が在日朝鮮人だけに、「神道」とか「広島」とか「大鳥圭介」とか、日本人ならだれでも知っている名詞・固有名詞にもルビが振ってあり、明らかに在日向けである。これはひどい本だ。
 1993年に「朝鮮紀行」として東洋文庫版が出て、5年後の98年に時岡訳が「朝鮮紀行」として出ているから、東洋文庫版は売れなくなり古書価格が上がったのだとわかった。ワイド版は上述のように09年9月に出ている。オンデマンド版には「製造アマゾン」とあり、平凡社が版権をゆずっているのだろうと思った。

 本としてみるとイザベラ・バードの「朝鮮紀行」(講談社学術文庫)と「朝鮮奥地紀行」(東洋文庫)は同じものであり、前者は1冊本で定価1500円、後者はオンデマンド版で2巻本が6000円近くして、印字や付図の品質は最悪だ。このラージブックは「ワイド版岩波文庫」より遥かに背が高く新書版用の書棚には入らない。くそいまいましい。私のように騙されて購入する人がいないことを望む。
 こういう事態を避けるために、できるだけ飜訳本は原題をそのまま、あるいは併記することを呼びかけたい。Websterの「New Biographical Dictionary」(人物著作辞典)を開くと作品名は原題で記載されている。日本人でノーベル文学賞を受賞した川端康成の作品は「Izu no
Odoriko](1925)、「Yukiguni」(Snow Coutry, 1947)、「Sembazuru」(Thousand Cranes, 1959)であり、映画監督・小津安二郎の代表作は「Umarete wa mitakeredo」(1932),「Tokyou Monogatari」(1951)である。

 一昨年、福山の下前弘司先生が助っ人に来てくれて、蔵書のエクセル入力を200冊くらいやってくれた。それでやっと5000冊代に達したように記憶する。最近は購入した本はできるだけ早く入力するか、すぐにできない場合は鉛筆で題名の頁に入手年月と入手先を書き込むようにしている。
 昨2015年もヒマを見てはせっせと入力した結果、やっと5,800番台に到達したが、まだ全体の1/5か1/6にすぎない。生きているうちにすべての入力ができるかどうか、心もとない。

 蔵書目録がデータベース化されると、少なくとも二つの利点がある。
 第一に、重複本の発見が容易にでき、それを処分することで蔵書スペースが増えること。同じく、アマゾンに発注する前に手持ち本がないかどうかを点検できることだ。
 書店買いの場合は、奥付の発行年月日を確認し、少なくとも数ヶ月以内に刊行された本であるのをチェックすることが、二重買いを防ぐのに重要だ。(それでも1%くらいは重複買いが生じる。)
 第二は、DBが「延長された脳」として機能することだ。本の著者は忘れても、著書名をうろ覚えでも記憶していれば、「検索」機能により、著者名、書名、出版社、刊行年月、内容要約が一発でわかる。書棚から取り出してくる前に、参考文献と索引を備えたよい本かクソ本かの違いもすぐにわかる。私のように文章を書く時に「引用文献」を明示する姿勢を崩さないものにとっては、このDBは不可欠だ。
 面白いもので、そうなるとパソコンとDBが外部にあるとは思えなくなり、システムが「延長された脳」と思えてくる。
 あと120冊足らず入力すれば6000冊を突破する。1月28日(木)13:00〜からの、高松高裁での「修復腎移植」裁判の判決傍聴に出かけるまでには、6000冊の大台に達したい。
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