【重力波?】
国際研究チームLIGOによる「地上での初の重力波」検出のニュースは2/12「産経」一面の二番ニュースで知った。まもなく大阪のT先生から論文を掲載したPRL(フィジカル・レビュー・レター)誌2/12号の電子版送付があった。理論物理専門誌なので私には難しい。
翌2/13には、日経、毎日、中国ともこの記事を載せ、産経は社説で扱うほか、「重力波、初観測。米チーム、相対性理論裏づけ」という記事の他に「宇宙の波紋(上):重力波初観測」という解説記事を掲載した。後者は「日本、震災で出遅れ。歴史と組織力、米に軍配」というナショナリズムを煽る内容だ。
PRLの論文は抄録、序論、材料と方法、結果、考察の本文が10ページ、引用文献が118篇、著者数がP.B.Abbottを筆頭になんと3ページにわたり、小さい字でびっしりと共同著者の姓と略称だけが書き連ねてある。初め「全部で200人程度?」と思ったら、2/13「産経」が「論文には千人もの研究者が名を連ねた」と報じていた。試みに冒頭の100人だけ数えたら、氏名リストの12行目までしか達しなかった。姓はアルファベット順に並んでいるのでBのA. Boheまでである。産経の記者はこれを全部数えたのだと思う。
論文の本質的な部分は冒頭の「要約」にわかりやすく書いてある。<2015/9/14にLIGOのレーザー干渉重力波検出装置が、ふたつのブラック・ホールの合体に伴う重力波を検出した。ブラック・ホールの存在証明も、重力波の地上での検出もこれが最初の報告だ>というのがミソである。
論文の受理が2016/1/21で掲載が2/11となっている。これは日本時間では2/12になるから、恐らく2/12「産経」記事はスクープだったのだと思う。
各紙は「質量を持つ物体は<時空のゆがみ>を生む。物体が運動すると、このゆがみがさざ波のように全宇宙に伝わる。これが重力波」(2/13「産経社説」)、「質量を持った物体が存在すると、周囲の時空がゆがむ。物体が運動すると、このゆがみがさざ波のように宇宙空間を光速で伝わって行く。これが重力波」(2/13「毎日社説」)と、百科事典か何かからの引用らしい、同じような文言を連ねている。
私もあわててアインシュタインが一般読者向けに書いた「わが相対性理論」(金子努訳、白楊社、1973、原著はドイツ語1917年刊)を読みなおしたが、彼は「17.重力場」で磁石が「磁場」を発生させる例をあげて、質量が「重力場」を発生させると主張し、「媒介のない遠隔作用は存在しない」と論じている。つまり質量が重力波の元だ、ということだろう。
間違っているかもしれないが、私の「重力場」理解によると、磁場の発生に運動が不要であるように「重力場」の発生にも質量の運動は必要がない。ただ太陽の質量の約30倍という二つのブラック・ホールが合体すると、新たに巨大な重力場が発生し、この先進部が「重力波」となって宇宙に拡散する。それが十分に大きければ、地球上でもレーザー光干渉装置により検出されうる。
今回のPRL論文は、①重力波を地上で観測した、②この重力波は二つのブラック・ホールの融合によるものである、ことを主張している。観察された重力波のピークはたった0.05秒しか持続していない(この間にブラック・ホールが合体した)。
英語WIKI<LIGO gravitational wave observation, 2015>にはPRL論文の図表を示し、
<On 11 February 2016, the LIGO collaboration announced the detection of gravitational waves, from a signal detected at 10:51 GMT on 14 September 2015[62] of two black holes with masses of 29 and 36 solar masses merging together around 1.3 billion light years away. The mass of the new black hole obtained from merging the two was 62 solar masses. Energy equivalent to three solar masses was emitted as gravitational waves.[63] The signal was seen by both LIGO detectors, in Livingston and Hanford, with a time difference of 7 milliseconds due to the angle between the two detectors and the source. The signal came from the Southern Celestial Hemisphere, in the rough direction of (but much further away than) the Magellanic Clouds.[6] The confidence level of this being an observation of gravitational waves was 99.99994%.[63]>
と説明されている。太陽質量の29倍と、36倍のブラック・ホールが合体した際に、質量62倍の新ブラック・ホールが形成され、残りの3太陽質量に相当する質量が重力波として、13億光年かなたの宇宙空間に放出された、としている。位置は地球から見てマゼラン星雲のかなたの方向からだという。
観測地点は2箇所、米ワシントン州のハンフォード、ルイジアナ州リビングストンにあるLIGOの観測装置だとしている。
日本のKAGRAのHPでは
<アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量をもった物体が存在すると、それだけで時空にゆがみができます。さらにその物体が(軸対称ではない)運動をすると、 この時空のゆがみが光速で伝わっていきます。これが重力波です。>
http://gwcenter.icrr.u-tokyo.ac.jp/plan/aboutu-gw
と説明しているが、これは「光のドップラー効果」と同じ説明だ。確かに重い質量をもった物体が高速で運動すると、進行方向に生じた時空の歪みが波動となって波及するだろう。
しかしきわめて短時間に巨大質量が誕生した場合に生じる時空のゆがみも、重力波を生じるのではないか?
このニュースについては2015/9/30のNature誌に「うわさ」について疑問が発せていたことを英語ネットで知った。
http://www.nature.com/news/has-giant-ligo-experiment-seen-gravitational-waves-1.18449
<巨大LIGO実験は重力波を検知したのか? 不確定な噂が、天文台がすでに発見をなしたという説を流しているーだが仮に真実であっても、信号はドリル(練習問題)であった可能性はありえる>というタイトルで、著者のディヴィッド・カステリィヴィッチは「サイエンティフィック・アメリカン」記者を経て、ネィチャー誌編集部に加わったとある。
この記事を読んで、なぜネィチャー誌ではなく、PRL誌にそれも発見から半年も遅れて、この論文が載ったのか、やっと理解できた。それと同時に、なぜ日本語の新聞が2/14(日)の記事ではこの「発見」を詳報しないのかも、得心が行った。
この後、PRL論文をPDFでお送り下さったT先生に上記の疑問をメールで送ったら、以下のご返事をいただいた。
<質量があれば、それ自体でその周りに重力波を発生させているというのは正確だと思います。それが、質量間の力、重力の元になっているという解釈です。重力自体は核力や電磁力、弱い相互作用に比べて極端に弱いので、重力波の観測も重力の微小な変化の観測が必要となります。巨大な星の末期に起こる超新星の爆発などで、その空間の巨大な質量が四散したら、偏光でない球対称の波の変化が観測されるのではないでしょうか。
今回の実験で、私がもう一つのきちんと理解したいと思っているのは、実験方法です。どの程度の重力の差が観測されたかによりますが、解説にはレーザビームを半透明鏡で直角方向に二つに分け、4kmの筒の中を往復させ、通常は干渉で見えなくしておいて、重力波の偏光が来た時に観測できる光で検出する図が書いてあります。一方ではその差は原子核の大きさ1pm(10の-12乗)の100万分の1程度と書いてあるのですが、それが1μm(10の-6乗)の光の干渉でどれだけ検証できるかです。
半透明鏡や反射鏡などを液体He温度近くまで冷やすのはもちろんですが、他にもなにかよほどの工夫があるのではと思っています。
先生の先のメールにあるように、本当に力ずくの実験ですね。こういう実験を始めたら、結果を出すことに相当の圧力がかかることが予想されます。続く実験結果や別の方法による検証が必要だと思います。>
1000人を超す科学者の失業問題がからむだけに、問題は非常にデリケートだ。
LIGOの装置はまだ試験運転中だった。十分に離れた2箇所で波動が観測されており、「捏造」とまではいえないが、非常に微妙な変動なので、誤計測であった可能性は残る。他施設での追試・再現観測が必要だろう。
ニュースの真偽はまだ定まらないが、一応、今日 (2/15)までに知りえたことを書いておきたい。
ともかく軽率なメディア報道には、受け容れるまえに、十分な吟味が必要だと思う。
国際研究チームLIGOによる「地上での初の重力波」検出のニュースは2/12「産経」一面の二番ニュースで知った。まもなく大阪のT先生から論文を掲載したPRL(フィジカル・レビュー・レター)誌2/12号の電子版送付があった。理論物理専門誌なので私には難しい。
翌2/13には、日経、毎日、中国ともこの記事を載せ、産経は社説で扱うほか、「重力波、初観測。米チーム、相対性理論裏づけ」という記事の他に「宇宙の波紋(上):重力波初観測」という解説記事を掲載した。後者は「日本、震災で出遅れ。歴史と組織力、米に軍配」というナショナリズムを煽る内容だ。
PRLの論文は抄録、序論、材料と方法、結果、考察の本文が10ページ、引用文献が118篇、著者数がP.B.Abbottを筆頭になんと3ページにわたり、小さい字でびっしりと共同著者の姓と略称だけが書き連ねてある。初め「全部で200人程度?」と思ったら、2/13「産経」が「論文には千人もの研究者が名を連ねた」と報じていた。試みに冒頭の100人だけ数えたら、氏名リストの12行目までしか達しなかった。姓はアルファベット順に並んでいるのでBのA. Boheまでである。産経の記者はこれを全部数えたのだと思う。
論文の本質的な部分は冒頭の「要約」にわかりやすく書いてある。<2015/9/14にLIGOのレーザー干渉重力波検出装置が、ふたつのブラック・ホールの合体に伴う重力波を検出した。ブラック・ホールの存在証明も、重力波の地上での検出もこれが最初の報告だ>というのがミソである。
論文の受理が2016/1/21で掲載が2/11となっている。これは日本時間では2/12になるから、恐らく2/12「産経」記事はスクープだったのだと思う。
各紙は「質量を持つ物体は<時空のゆがみ>を生む。物体が運動すると、このゆがみがさざ波のように全宇宙に伝わる。これが重力波」(2/13「産経社説」)、「質量を持った物体が存在すると、周囲の時空がゆがむ。物体が運動すると、このゆがみがさざ波のように宇宙空間を光速で伝わって行く。これが重力波」(2/13「毎日社説」)と、百科事典か何かからの引用らしい、同じような文言を連ねている。
私もあわててアインシュタインが一般読者向けに書いた「わが相対性理論」(金子努訳、白楊社、1973、原著はドイツ語1917年刊)を読みなおしたが、彼は「17.重力場」で磁石が「磁場」を発生させる例をあげて、質量が「重力場」を発生させると主張し、「媒介のない遠隔作用は存在しない」と論じている。つまり質量が重力波の元だ、ということだろう。
間違っているかもしれないが、私の「重力場」理解によると、磁場の発生に運動が不要であるように「重力場」の発生にも質量の運動は必要がない。ただ太陽の質量の約30倍という二つのブラック・ホールが合体すると、新たに巨大な重力場が発生し、この先進部が「重力波」となって宇宙に拡散する。それが十分に大きければ、地球上でもレーザー光干渉装置により検出されうる。
今回のPRL論文は、①重力波を地上で観測した、②この重力波は二つのブラック・ホールの融合によるものである、ことを主張している。観察された重力波のピークはたった0.05秒しか持続していない(この間にブラック・ホールが合体した)。
英語WIKI<LIGO gravitational wave observation, 2015>にはPRL論文の図表を示し、
<On 11 February 2016, the LIGO collaboration announced the detection of gravitational waves, from a signal detected at 10:51 GMT on 14 September 2015[62] of two black holes with masses of 29 and 36 solar masses merging together around 1.3 billion light years away. The mass of the new black hole obtained from merging the two was 62 solar masses. Energy equivalent to three solar masses was emitted as gravitational waves.[63] The signal was seen by both LIGO detectors, in Livingston and Hanford, with a time difference of 7 milliseconds due to the angle between the two detectors and the source. The signal came from the Southern Celestial Hemisphere, in the rough direction of (but much further away than) the Magellanic Clouds.[6] The confidence level of this being an observation of gravitational waves was 99.99994%.[63]>
と説明されている。太陽質量の29倍と、36倍のブラック・ホールが合体した際に、質量62倍の新ブラック・ホールが形成され、残りの3太陽質量に相当する質量が重力波として、13億光年かなたの宇宙空間に放出された、としている。位置は地球から見てマゼラン星雲のかなたの方向からだという。
観測地点は2箇所、米ワシントン州のハンフォード、ルイジアナ州リビングストンにあるLIGOの観測装置だとしている。
日本のKAGRAのHPでは
<アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量をもった物体が存在すると、それだけで時空にゆがみができます。さらにその物体が(軸対称ではない)運動をすると、 この時空のゆがみが光速で伝わっていきます。これが重力波です。>
http://gwcenter.icrr.u-tokyo.ac.jp/plan/aboutu-gw
と説明しているが、これは「光のドップラー効果」と同じ説明だ。確かに重い質量をもった物体が高速で運動すると、進行方向に生じた時空の歪みが波動となって波及するだろう。
しかしきわめて短時間に巨大質量が誕生した場合に生じる時空のゆがみも、重力波を生じるのではないか?
このニュースについては2015/9/30のNature誌に「うわさ」について疑問が発せていたことを英語ネットで知った。
http://www.nature.com/news/has-giant-ligo-experiment-seen-gravitational-waves-1.18449
<巨大LIGO実験は重力波を検知したのか? 不確定な噂が、天文台がすでに発見をなしたという説を流しているーだが仮に真実であっても、信号はドリル(練習問題)であった可能性はありえる>というタイトルで、著者のディヴィッド・カステリィヴィッチは「サイエンティフィック・アメリカン」記者を経て、ネィチャー誌編集部に加わったとある。
この記事を読んで、なぜネィチャー誌ではなく、PRL誌にそれも発見から半年も遅れて、この論文が載ったのか、やっと理解できた。それと同時に、なぜ日本語の新聞が2/14(日)の記事ではこの「発見」を詳報しないのかも、得心が行った。
この後、PRL論文をPDFでお送り下さったT先生に上記の疑問をメールで送ったら、以下のご返事をいただいた。
<質量があれば、それ自体でその周りに重力波を発生させているというのは正確だと思います。それが、質量間の力、重力の元になっているという解釈です。重力自体は核力や電磁力、弱い相互作用に比べて極端に弱いので、重力波の観測も重力の微小な変化の観測が必要となります。巨大な星の末期に起こる超新星の爆発などで、その空間の巨大な質量が四散したら、偏光でない球対称の波の変化が観測されるのではないでしょうか。
今回の実験で、私がもう一つのきちんと理解したいと思っているのは、実験方法です。どの程度の重力の差が観測されたかによりますが、解説にはレーザビームを半透明鏡で直角方向に二つに分け、4kmの筒の中を往復させ、通常は干渉で見えなくしておいて、重力波の偏光が来た時に観測できる光で検出する図が書いてあります。一方ではその差は原子核の大きさ1pm(10の-12乗)の100万分の1程度と書いてあるのですが、それが1μm(10の-6乗)の光の干渉でどれだけ検証できるかです。
半透明鏡や反射鏡などを液体He温度近くまで冷やすのはもちろんですが、他にもなにかよほどの工夫があるのではと思っています。
先生の先のメールにあるように、本当に力ずくの実験ですね。こういう実験を始めたら、結果を出すことに相当の圧力がかかることが予想されます。続く実験結果や別の方法による検証が必要だと思います。>
1000人を超す科学者の失業問題がからむだけに、問題は非常にデリケートだ。
LIGOの装置はまだ試験運転中だった。十分に離れた2箇所で波動が観測されており、「捏造」とまではいえないが、非常に微妙な変動なので、誤計測であった可能性は残る。他施設での追試・再現観測が必要だろう。
ニュースの真偽はまだ定まらないが、一応、今日 (2/15)までに知りえたことを書いておきたい。
ともかく軽率なメディア報道には、受け容れるまえに、十分な吟味が必要だと思う。
新聞のOnLine記事でこの重力波のことを知りましたが、僭越ながら難波様と同じようにまず「本物か」との思いを感じました。
ガセの可能性を示唆する何らの情報も持っていないのですが、まずは批判的な視線でものを見るのはサイエンティストの性でしょうか。
ところで、Nature誌とPRL誌についてです。30年以上前になりますが、物理系の大きい成果はPRL誌で発表されるものだったと思います。物理教室の図書室にNature誌があった記憶がなく、物理では主要な論文誌ではなかったように思います。古い話なので世の中が変わっているのかもしれませんが、T先生にご確認されてはと存じます。