ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始めいつのまにか、トライアスリートになってしまった私。

【2019/4/10鹿鳴荘便り 前文】難波先生より

2019-04-09 23:56:02 | 難波紘二先生
【前文】
 昨4月7日は日曜日で、地方自治体の首長選や議員選挙があって、今朝の新聞宅配は大幅に遅れたようだ。朝9時頃、郵便受けにある新聞を手に取ったらかなり薄くて軽い。
 ひょっとして1部配達漏れがあるのでは?と疑って開いて見たら、ちゃんと4部ある。各紙が薄っぺらいのと折り込み広告がないせいだった。
 12時過ぎに食事しながら、各紙を開いて見たら、「日経」はいつものように32頁あったが、他紙「中国」、「朝日」、「産経」は事前打ち合わせでもしたように、すべて24頁だった。全面広告がほとんどなく、各面下3段の広告もなく、紙面全面がほぼ記事で占められている。
 「中学生の頃、新聞は4ページで紙面広告などなかったなあ…」
と昔のことを思い出した。

 高校は広島市の国立高校だった。ここでは永年勤続の教師から選抜されて、教師が短期アメリカ留学する制度があった。担任のU先生(化学)も留学した。留守の間は漢文の教師Oが、クラス担任を務めた。(期間は4〜6ヶ月程度だった。)

 英語の担任Sには「鼻を鳴らす」という、あまり上品でないくせがあった。彼も留学し、ニューヨークかどこかに行った。戻って来たら、授業中にしょっちゅうアメリカ自慢をする。そのなかに、「アメリカの新聞は日本のように薄っぺらいものではない。17ページもある」というのがあった。
 うんざりしながら自慢話を聞いていた生徒の中で、付小からあがってきた、頭の冴えが抜群の悪ガキKがすかさず質問した。
 「先生、新聞のページ数は偶数なのに、アメリカには奇数ページの新聞があるんですか?」
 教室に鋭い緊張感がみなぎった。
 教師は適当に言い逃れたが、残りの授業では鼻を鳴らすことも、自慢話をすることもなかった。惜しくもKは2年ほど前に、腎臓がんで亡くなった。

 去る2月の初めに「アマゾンが版元から書籍を買い切り制で仕入れ、独自価格で販売する試みを年内にも始める」と報じられた。(2/17「産経」)出版社が末端の小売価格を指定する「再販価格」制度ももはや制度疲労を起こしているように思う。
 1970年代の中頃、米国に留学したらスーパーで本を安く売っているのにびっくりした。米国には「再販価格」制度がないから、値段は小売り業者が決める。
 「アメリカ史」とか、「ユウレカ!」という最初の発明・発見者の物語とか、面白い本を安く入手することができた。

 民放がAM放送を止めてFM局だけにするとか、紙新聞からネット新聞に移行するとか、いろいろ新しい動きが出ているが、これらはいわゆる「第5次産業革命」に属するものだろう。

★訂正とお詫び:前便の<5.【昭和の流行歌1.】>の項で、高校時代の学寮を「薫風寮」と書きましたが、あれは「攻学寮」(女子寮が「専心寮」で、「専心攻学」と対語になっていた)の間違いでした。「薫風寮」は旧制広島高校(1924:大正13年創立)の学寮で、1949年に広高が「新制広島大学・教養部」に移管後も、広島大の男子寮として存続したが、後に皆実町の教養部キャンパスから、千田町3丁目の旧工学部キャンパスに移転したと記憶している。
 広島大学文書館長小池聖一さんの労作論文、「旧制広島高等学校資料、同窓会資料としての特質について」(広島大学文書館紀要 第21号、pp.38-51, 2019)を読んでいて、自分の勘違いに気づいた。ここにお詫びするとともに、訂正いたします。

 今回は、【1.前文,2.献本お礼,3.減薬と換薬,4.文書の保存5.ブルネイにイスラム法,6.病気の今昔】という6つの話題を取り上げました。

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