この懐かしき本たちよ!

まだ私の手元に残っている懐かしい本とそれにまつわるいろいろな思い出、その他、とりとめのない思いを書き綴りたい。

# 374 マーガレット・ミッチェル著「風と共に去りぬ」1

2008年01月06日 | 英米文学
# 374 マーガレット・ミッチェル著「風と共に去りぬ」
私はこの作品を通して読んだことがない。ところどころ拾い読みをした程度である。何故だろう。若い時の私には、この小説はストーリーとして面白そうな小説、あの超大作の映画の原作という程度の認識であって、私の人生に糧を与えてくれるものであるという予感が無かったからであろう。同じような女性による文学作品でも、パールバック女史の「大地」とはレベルが違うような印象を持っていた。
しかし、時間があれば読んで見たいと思っていたのである。特に南北戦争で徹底的な敗北を喫した南部の側の人であったミッチェル女史は南北戦争を、またその時の黒人に起きた変化をどのように描いているかは興味があることである。

この小説の書き出しはこうである。

「スカーレット・オハラは美人ではなかったが、双子のタールトン兄弟がそうだったように、ひとたび彼女の魅力に捉えられてしまうと、そんなことに気のつくものはほとんどないくらいだった。その顔には、フランス系の「海岸(コースト)」貴族の出である母親の繊細(デリケート)な目鼻だちと、アイルランド人である父親の赤ら顔の粗野な線とが、目立ちすぎるほど入り混じっていた。」

「Scarlet O’Hara was not beautiful, but men seldom realized it, when caught by her charm as the Tarleton twins were. In her face were too sharply blended the delicate features of her mother, a Coast aristocrat of French descent, and the heavy ones of her florid Irish father. But it was an arresting face, pointed of square of jaw. 」

なかなかたくみな始まりである。

このスカーレットのストーリーの最後は結婚したレット・バットラーとの破局である。

「彼女は愛する二人の男を、二人ながら、ついに理解していなかったのだ。そしてそのために、二人ながら失ったのである。もしアシュレを理解していたら、彼を愛するようなことにはならなかっただろうし、もしレット を理解していたら、彼を失うことはなかったであろう。そのことが、おぼろげながらわかったのである。いったい自分は誰にしろ、人を本当に理解したことがあったのだろうかと思うと、寂しい気持になった。」

「She had never understood either of the men she had loved and so she had lost them both. Now, she had a fumbling knowledge that, had she ever understood Ashley, she would never have loved him; had she understood Rhett, she would never have lost him. She wondered forlornly if she had ever really understood anyone in the world.」

この小説は次のような文章で終わる。

「たとい敗北に直面しようとも、敗北をみとめようとしない祖先の血を享けた彼女はきっと顔をあげた。レットを取り戻すことができる。かならずできる。いったん、これと心をきめたら、自分のものにできない男なんて、いままでにも、決してなかったではないか。
(みんな、明日、タラで考えることにしよう。そしたら、なんとか耐えられるだろう。明日、あの人を取り戻す方法を考えることにしよう。明日はまた明日の陽が照るのだ。)」

「With the spirit of her people who would not know defeat, even when it stared them in the face, she raised her chin. She could get Rhett back .She knew she could. There had never been a man she couldn’t get, once she set her mind upon him.
“ I’ll think of it tomorrow, I’ll think of some way to get him back. After all, tomorrow is another day.” 」

この終わり方は何となくおさまりが悪い。スカーレットのこれからはどうなるのだろう。どうなると予想すべきなのだろうか。そこまで考える必要はないのだろうか。After all, tomorrow is another day.というのがスカーレットの生き方なのだろうか。

拾い読みしかしていない私が言う資格はないが、なんとなく落ち着きの悪い終わり方ではある。


画像:マーガレット・ミッチェル著「風と共に去りぬ」I,Ⅱ 大久保康雄、竹内道之助訳 新潮社世界文学全集 25,26 昭和32年10月25日および
昭和32年11月30日発行

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