天安門の赤い旗

2009-05-20 | 介護日記

父が退院して帰って来た。一昨夜、昨日と容態が落ち着いていた母は、今日は昼も夜もベッドの上で食事をとるくらい具合が悪かった。
これは偶然なのか?!

その母が夜10時を過ぎた頃急にニップを取れ、と合図。そして思い詰めた顔で「書くものをよこせ」と手振りで催促してきた。
調子も悪くなさそうだったので「ジュースでも飲む?」とキッチンのテーブルにつかせて紙とサインペンを持たせたが、なかなか字が書けない。
ようやく書いた字は、カタカナで『モータクト』『アンモン』
「ゴメン、何て書いたの?」と聞いても、母も「困ったねえ」と辛そうで見ていられない。
肩で息を始めたので「ニップしよう!」と言ったら突然しっかりした太い声で「してもダメなの!見えるの!」と言う。
「何が見えるの?」
聞いてるこちらは母に何が起きたかもうドキドキだ。母「肺の中に…ハアハア」
私「うん、肺の中に?」
母「赤い、赤い…ハアハア」
私「赤い固まりがあるみたいなの?熱いの?」
母「赤い旗が…見えるハアハア」
私「?!あっ!モータクトー?」
母(何故か断固とした口調)「そう、天安門の赤い旗…確かに私には見える!」
(両手の指を広げでテーブルを叩く)
私「タイプライター?」(結婚前母は英文タイピストだった)
母「違う!外国人の音楽家!これは、これだけは伝えなくちゃいけない!」
私「ああ、ピアニスト!」母「違う、作曲家!」
私「誰に伝えればいいの?私?」
母「そう、その音楽家が天安門で毛沢東にムニュムニュムニュ(聞き取れず)」
私「文革?」
母「違う!その赤い旗が肺の中に見える。わかってもらえないけど確かに見える」

結局、一時間近く話を聞いたあと疲れきった母にデパスを飲ませ、ポータブルトイレに座らせ、ニップをつけ終わったころには人事不正の酔っ払いみたいに爆睡。
正直、書くものをよこせ、と言われたときは「形見の言葉」にでもなったらどうしよう、と泣きそうだったのだがポータブルトイレを始末してる時に実に見事な「モノ」を発見したら急に安心して可笑しくてたまらなくなってしまった。
確かに妄想が始まってきたには違いないが、よりによって『天安門の赤い旗』とは!
何で?!どうして?!
母よ、本物の形見の言葉は短くていいからもっと普通の言葉にしてね。

そしてもう1つ。
「僕がいなくちゃおばあちゃんがこまるから手術を受ける」と言っていた父が、この一時間のかなり深刻なやりとりに全く興味を示さず、病院から貰ってきた自分の診察スケジュールやら薬やらを夢中で読んだりメモしたりしていたのにも驚いただ!