NHKの朝ドラ「純情きらり」の原作ということで
先の気になる私は 図書館から借りて読みました。
(前に 上中下 あると書きましたが 上下の2冊でした。失礼しました~。)
感想は・・・・
えっと・・・これは あの「純情きらり」とは別物です!(キッパリ
登場人物の名前は一部同じですし その性格も「火の山」に準じていますが
でも ストーリーは異なる部分が多く 全く別のお話と思って読むべきですね。
小説の方の舞台は 岡崎ではなく甲府。
つまり ”八丁味噌の老舗のぼっちゃん達彦さん”なんてありえません。
達彦さんは 「さて桜子もお年頃になったし 誰か良いお相手でも」ということで
とあるつてから突然浮上してきた東京に住む松井家の一人息子。
幼なじみでもなんでもありません。
だいたい 有森家の子どもは4人ではなく8人。
そのうち下の4人が 今ドラマに出演中の(笑)
笛子、杏子、桜子、勇平。
桜子と斉藤先生のロマンスも 桜子が1浪して音楽学校を受験することも
マロニエ荘で達彦さんと親しくなることも キヨシくんが桜子に想いを寄せることも
すべて テレビドラマのみの話。
ただ 状況が違っても誰と誰が結婚して子どもが生まれて・・・という事柄は
小説の家計図通りに話は進むようです。
例えば 小説では 杏子は最初に小樽の銀行家吉川と結婚、
片耳が聞こえなくなるほどの暴力を受け離婚、
その後 随分経って結核で妻に先立たれ 同じく結核を患う2人の子持ち鈴村と
再婚します。
テレビドラマでは 状況こそ違え 杏子の結婚相手は 吉川、そして
もうすぐ登場する鈴村と 名前は同じです。
一番面白いな、と思っているのは 杉 冬吾という人の描かれ方。
テレビでは 西島秀俊が演じているということもあり ステキですよね。
でも 小説の冬吾は もっともっと天才肌で 日常生活を送るための
ごくごく普通の能力、普通の人だと能力と意識するまでもない無意識のような行動までもが 欠落しているのです。
下駄を履こうとして 片方裏返っていたら それを元通りに直して履くことさえ
できない人、と。
そして もっともっと 小心者なんです。
戦争が始まる、結核は流行する、と 死というものが
今よりもずっと身近であったその時代。
彼は幼い頃の怪我の影響で片足を引きずるため兵役は免れることができ
また結核の兆候も全くないにもかかわらず 異常に死の影におびえています。
それくらい小心者だったのです。
興味深く思っていろいろ調べてみたところ どうもこの杉 冬吾という人は
著者の父親がモデルではないか、と言われています。
著者自身直接の記憶がほとんどない父親、太宰 治です。
いや~ この人 太宰治の娘 だったんですね~。
物を知らない私は然知りませんでした。
この「火の山 -山猿記」というのは
第二次世界大戦をはさんだ激動の時代を生き抜く家族の姿を
描いています。
その時代ゆえ 小説の中では たくさんの人が亡くなります。
実にあっけなく亡くなります。
病に倒れどう見ても死期間近と思われる家族、
しかし まるでそれをわかっていないように
もっと先の将来のことを夢見る本人。
動くこともままならない 寝たきりでやせ細った自分の腕を見ても
それに気づかないのか? 死は怖くはないのか?
遣り残したことが多すぎるとうらみたくはならないのか?
・・・・しかし 本人はあくまでも静かに
昨日の延長の今日を生きている。
世に生を受けるのも偶然、だとしたら
生を奪われる(失う)のも 実は偶然で
本人にしてみれば 何の感情もないものかもしれない。
そんな一節がとても印象に残っています。
(記憶を頼りに書いているので 原文はちょっと違うかも)
字が小さいし太いので 最初はどうかな・・と思っていたのですが
読み始めると ぐんぐんと引き込まれて
(下)はほぼ一気に読んでしまいました。
読み終わり 気がつけば 朝5時半すぎ・・・。
えぇ もうしっかり明るかったです。新聞も来てました。
純情きらり とは登場人物の一部は似ているけれど
全く別のお話 ということで
私としてはオススメの本です。
テレビドラマ、よくよく見てみると テロップでは
”原案 火の山-山猿記 ”となってました。
なるほど 「原案」ですか・・・。そうですね。
先の気になる私は 図書館から借りて読みました。
(前に 上中下 あると書きましたが 上下の2冊でした。失礼しました~。)
感想は・・・・
えっと・・・これは あの「純情きらり」とは別物です!(キッパリ
登場人物の名前は一部同じですし その性格も「火の山」に準じていますが
でも ストーリーは異なる部分が多く 全く別のお話と思って読むべきですね。
小説の方の舞台は 岡崎ではなく甲府。
つまり ”八丁味噌の老舗のぼっちゃん達彦さん”なんてありえません。
達彦さんは 「さて桜子もお年頃になったし 誰か良いお相手でも」ということで
とあるつてから突然浮上してきた東京に住む松井家の一人息子。
幼なじみでもなんでもありません。
だいたい 有森家の子どもは4人ではなく8人。
そのうち下の4人が 今ドラマに出演中の(笑)
笛子、杏子、桜子、勇平。
桜子と斉藤先生のロマンスも 桜子が1浪して音楽学校を受験することも
マロニエ荘で達彦さんと親しくなることも キヨシくんが桜子に想いを寄せることも
すべて テレビドラマのみの話。
ただ 状況が違っても誰と誰が結婚して子どもが生まれて・・・という事柄は
小説の家計図通りに話は進むようです。
例えば 小説では 杏子は最初に小樽の銀行家吉川と結婚、
片耳が聞こえなくなるほどの暴力を受け離婚、
その後 随分経って結核で妻に先立たれ 同じく結核を患う2人の子持ち鈴村と
再婚します。
テレビドラマでは 状況こそ違え 杏子の結婚相手は 吉川、そして
もうすぐ登場する鈴村と 名前は同じです。
一番面白いな、と思っているのは 杉 冬吾という人の描かれ方。
テレビでは 西島秀俊が演じているということもあり ステキですよね。
でも 小説の冬吾は もっともっと天才肌で 日常生活を送るための
ごくごく普通の能力、普通の人だと能力と意識するまでもない無意識のような行動までもが 欠落しているのです。
下駄を履こうとして 片方裏返っていたら それを元通りに直して履くことさえ
できない人、と。
そして もっともっと 小心者なんです。
戦争が始まる、結核は流行する、と 死というものが
今よりもずっと身近であったその時代。
彼は幼い頃の怪我の影響で片足を引きずるため兵役は免れることができ
また結核の兆候も全くないにもかかわらず 異常に死の影におびえています。
それくらい小心者だったのです。
興味深く思っていろいろ調べてみたところ どうもこの杉 冬吾という人は
著者の父親がモデルではないか、と言われています。
著者自身直接の記憶がほとんどない父親、太宰 治です。
いや~ この人 太宰治の娘 だったんですね~。
物を知らない私は然知りませんでした。
この「火の山 -山猿記」というのは
第二次世界大戦をはさんだ激動の時代を生き抜く家族の姿を
描いています。
その時代ゆえ 小説の中では たくさんの人が亡くなります。
実にあっけなく亡くなります。
病に倒れどう見ても死期間近と思われる家族、
しかし まるでそれをわかっていないように
もっと先の将来のことを夢見る本人。
動くこともままならない 寝たきりでやせ細った自分の腕を見ても
それに気づかないのか? 死は怖くはないのか?
遣り残したことが多すぎるとうらみたくはならないのか?
・・・・しかし 本人はあくまでも静かに
昨日の延長の今日を生きている。
世に生を受けるのも偶然、だとしたら
生を奪われる(失う)のも 実は偶然で
本人にしてみれば 何の感情もないものかもしれない。
そんな一節がとても印象に残っています。
(記憶を頼りに書いているので 原文はちょっと違うかも)
字が小さいし太いので 最初はどうかな・・と思っていたのですが
読み始めると ぐんぐんと引き込まれて
(下)はほぼ一気に読んでしまいました。
読み終わり 気がつけば 朝5時半すぎ・・・。
えぇ もうしっかり明るかったです。新聞も来てました。
純情きらり とは登場人物の一部は似ているけれど
全く別のお話 ということで
私としてはオススメの本です。
テレビドラマ、よくよく見てみると テロップでは
”原案 火の山-山猿記 ”となってました。
なるほど 「原案」ですか・・・。そうですね。