MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

#2277 日本の水とお役所

2022年10月13日 | 環境

 新型コロナウイルスの影響で増え続ける厚生労働省の業務負担を減らすため、政府は現在同省が所管している水道・食品関連の業務を2024年度にも他省庁に移管する方針を固めたと、9月1日の大手新聞各紙が報じています。報道によれば、水道行政についてはその大部分を国土交通省に、一部を環境省に移譲するとのこと。また、食品衛生に関する基準策定などは消費者庁に移すことになるということです。

 なお、受け入れる国交省では新たに専門の部局を設けるのではなく、現在の水管理・国土保全局下水道部を改組し対応する予定とのこと。2023年の通常国会に各省の設置法改正案や水道法改正案などを提出し、2024年4月からの新体制移行を目指すとされています。

 公表された具体策を見ると、国交省には老朽化対策や耐震化などを含む施設整備や事業経営、災害時の復旧支援、渇水への対応といった業務を移管するとされているようです。国交省が、施設整備や下水道運営、災害対応に関する能力・知見や層の厚い地方組織を活用。水道整備・管理行政を一元的に担当し、パフォーマンスの一層の向上を図ることがその狙いだということです。

 日本の水道行政は、厚生省が長年「安全な水の供給」という観点から関係法令を所管・運用してきました。しかし、今回の新型コロナを契機に、国民生活に必要な「インフラの管理運営」という視点に(政府が)大きく舵を切ったということになるでしょう。

 安寧な国民生活に欠くことのできない要素である「生活用水」の問題を、(なんか)随分と簡単に考え過ぎではないかと感じないわけではありませんが、貴重な水資源の扱いを一本化していくというのは(それはそれで)理にかなったことなのかもしれません。

 政府のこうした方針決定を受け、9月6日のYahoo newsにアクアスフィア・水教育研究所代表の橋本淳司氏が「日本人がほとんど知らない水と役所の関係」と題する論考を寄せているので、この機会にその一部を紹介しておきたいと思います。

 あまり知られていないことだが、水行政は複数の省庁にまたがっている。河川や下水道が国土交通省、農業用水は農林水産省、上水道が厚生労働省、水質や生態系が環境省など6省が絡み、縦割りの弊害により近隣自治体間の調整ができないと指摘され続けてきたと、橋本氏はこの論考の冒頭に綴っています。

 例を挙げれば、水道取水口のすぐ上流に下水処理場の放流口を作るという事態が生まれたり、農村部では集落下水道(農水省)、流域下水道(国交省)、合併浄化槽(環境省)が混在したりしているということです。

 さてそうした中、政府は9月2日、水道の整備・管理に関わる行政を厚生労働省から国土交通省に移管することを決めた。次期通常国会で必要な法案を提出し2024年度の施行を目指すと発表されたと氏はしています。

 今回の政府の決定では、水道の整備・管理に関わる行政を国土交通省に移管し、水質基準の策定などは環境省が担当するとされた。それではなぜ、これまで水道は厚労省が担ってきたのか。実は、日本における近代水道の整備は、経口感染症であるコレラがきっかけだったと橋本氏はこの論考に記しています。

 日本は19世紀後半に欧米との交易を積極的にはじめ、外国船を受け入れる港が指定されたが、そこを中心にコレラが蔓延した。横浜で行われた疫学調査の結果、汚染された井戸とコレラとの関係が明らかになり、安全な水の供給が日本の近代化の大きな課題となったということです。

 2度の大戦の影響で水道の整備は停滞したものの、戦後に施行された日本国憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は(中略)公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(第25条)と明記された。 この理念の基に1957年に制定された「水道法」にとって、水道の布設・拡張を厚生省(当時)が担うのは極めて自然なことだったというのが氏の見解です。

 無論、今後、水道関連の事務が国交省に移管されたとしても、この精神は忘れられるべきではないと氏は指摘しています。誰もが安全な水の供給を受けられるというのは、生存権の最もベーシックな部分に当たる。アフリカなどの最貧困国で、飲料水が媒介する感染症が子どもたちの死因の大きな部分を占めていることからも、それは明らかだということです。

 一方、水行政の一元化についても、この機会に再度検討すべきではないかというのが、この論考で橋本氏が指摘するところです。今回政府は、「国交省がインフラ整備や災害対応において能力と知見、層の厚い地方組織を有している。水道の整備・管理を一元的に担うことで行政効率の向上につながる」としているが、インフラ整備が必要なのは、上下水道にとどまらない。明治用水の取水堰が損壊し、農業生産や工業生産に影響が出たのは国民の記憶にも新しいと氏は話しています。

 人間の暮らしは所属している流域の水とともにある。水は動いていて、人は水の動きの中で生きている。自然界で水を動かすのは太陽と地球で、蒸発は太陽熱エネルギーにより、高所から低所への移動は地球の重力による。地球温暖化で地球の平均気温が上がると水の姿や動き方が変わり、気候変動につながるというのが氏の認識です。

 水を語るには、まず地球を、そして自然の営みを考えなくてはならない。安全、安心な水を安定的に家庭に供給するためには、場当たり的な対応ではなく、大気と水の大きな動きを捉える必要があるということでしょう。

 もしも気候変動によって水の動きが変われば、利水、治水、食料生産、エネルギー政策などに影響が出ることになる。このため、流域の水を循環するものと考え、気候変動への対策、インフラ老朽化への対策を統合的にマネジメントしていく必要があるとこの論考を結ぶ橋本氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿