MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2278 テロへの共感が招く危うさ

2022年10月15日 | 社会・経済

 安倍晋三元首相が奈良市で銃撃されて死亡してから早3か月。殺人容疑で送検された山上徹也容疑者は大阪拘置所に身柄を移され、刑事責任能力の有無を判断するため、11月29日までの予定で鑑定留置されています。

 安倍元首相の銃撃死事件を巡っては、凶行に及んだ山上容疑者に極刑を望む意見がある一方で、その不幸な生い立ちから擁護する声が上がっているのも事実のようです。

 同容疑者が犯行に及んだ直接の動機は、母親が多額の献金を重ねた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)とつながりがあると考えた安倍氏を狙ったというもの。4歳の時に父親を亡くし、兄は小児がんを患い、旧統一教会に救いを求めた母親が(同教団に)1億円もの献金を重ねていたと聞けば、世論に同情の声が上がるのもわからないではありません。

 ましてや、現在41歳の山上容疑者が就職活動を行っていた2002年は、若年失業率が10%台を突破していた就職氷河期の真っただ中。「親ガチャ」「時代ガチャ」とはよく言ったもので、こうした条件が重ならなければ「きっともっといい人生だったろうに…」と共感を覚える若者も多いことでしょう。

 しかし、どんなに生育環境が厳しいものであったとしても、殺人という犯罪が正当化されてよいはずもありません。ましてや、政治家の行動・言論を暴力で封じようという行為に対して、政治家やメディアは(感情に溺れることなく)最も厳しい態度で臨む必要があるのは自明といえるでしょう。

 国際政治学者の三浦瑠麗氏は今回の銃撃事件の背景や山上徹也容疑者に関する報道に対し、7月21日のツイッターに「(メディアは)倫理観を持って臨むべき」と強く忠告しています。 「法治国家としてテロを許してしまったこと、それに靡き共感する意見が出回ったことに(報道機関は)もっと危機感を持たないとダメ」「『全ての暴力に反対する』というのは単なる前置きにすぎません」というのが氏の指摘するところです。

 実際、犯行当初は「民主主義を守れ」「私たちは暴力に屈しない」などといった政治テロとして報じられることの多かった(またコメントされることの多かった)この事件も、山上徹也容疑者の生い立ちや事件の背景が明らかになるにつれ扱いは随分変わってきました。

 代表的なのは、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に家庭を破壊され、約束されていたであろう未来を潰され、人生を台無しにされた「宗教と家族問題の犠牲者による復讐劇」という見方でしょう。

 「週刊文春」誌は山上容疑者の生い立ちの無念をつぶさに追い、また朝日新聞は山上容疑者と同じように新興宗教を熱心に信仰する親の下で育った「宗教2世」の悔恨を特集するなどして、容疑者が犯行に至った経緯を描き出しています。

 さらに(事件の流れを追う中で)、野党やメディアは安倍元首相氏をはじめとする政界と旧統一教会との関係の追及にも余念がありません。そこに生まれた岸田政権による「国葬独断」への反発が政治家安倍晋三への評価の議論に火をつけ、世論が大炎上状態となったのは記憶に新しいところです。

 さて、国民から大変な反発を受けた国葬もどうにか終わり、(統一教会と政治の問題は別にして)山が井容疑者に関する報道も次第に下火になってきた感があります。しかしそれでもまだ、鑑定留置中の山上容疑者には100万円を超える現金、衣類、食料品、書籍などが差し入れられているということであり、(彼の)減刑を求める署名も(9月15日時点で)8500人に迫る勢いだということです。

 山上容疑者に関連するネット上のつぶやきには、いずれも(判で押したように)「犯行は許されないけれど」「人を殺めていいということではないけれど」といったエクスキューズが免罪符のように付されている。しかし、そうした彼らが暗に訴えているのは、「容疑者にはそれだけの理由があった」「自分だって同じ環境なら…」といった同情の念に他ならないのでしょう。

 被害者である元首相と旧統一教会との関係、政治と当該教団との不適切な繋がり、そして元首相の政治手法への反発などが(まさに「ごちゃごちゃ」に)絡まれば絡まるほど、容疑者の成育歴や行動に光が当たるようになる。「自己責任」と言う言葉が幅を利かせる弱者の時代であればこそ、彼の存在が色鮮やかに際立ってくるということなのでしょうか。

 いずれにしても、世の人々の憐憫を感情的に煽り、容疑者を「弱者のヒーロー」に祭り上げてきたのが、話題性や視聴率を狙った様々なメディアの扱いにあることは論を待ちません。

 第二、第三の山上容疑者を生まないためにも、自民党政権が積み上げてきた「アベ的なもの」を排除したいと考える政治勢力がこの流れに便乗しないことを祈るとともに、特にメディアには(この点)自制的な報道を意識してほしいと改めて感じる次第です。

 



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