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water steppe memo

日々、考えていることをここに記します。
ブログと呼ばずに「日記」としたいところです。

プラハ旅行その2_飛行機と星空

2013年09月11日 10時13分12秒 | プラハ旅行
トランスファーするドバイ国際空港まで約10時間の旅です。

機内から。いつものように窓際の席に座りました。
今回乗ったのはエミレーツが運行するB777の中でも新しい方のようで、セルフモニター等もワイドな感じでした。シートは3-4-3。シートピッチ等はいつものかんじでした。
で、夜2時近くに離陸。普段乗る飛行機より離陸の加速に長くかかった(ように感じた)のは、燃料もたっぷり積んでてて機体が重いからなのでしょうか。


日本の何処かの街。フライトを通じて、色んな国の街明かりが見えました。


機内食。いわゆる夜食に相当します。サンドイッチ的な物だけかと思ったら、フルセットで出てきました。この写真は機内の灯に合わせて撮っておりますが、実際の(太陽光下での)色は

こんな感じなんだと思います。とても美味しかったです。


柑橘系のいい香りがついたお手拭きと、エミレーツチョコ。


ボケボケですけど、街明かり。


機内の灯が落ちたら、星空が広がりました。

プラハ旅行その1_久しぶり羽田国際線ターミナル

2013年09月11日 02時00分23秒 | プラハ旅行
羽田国際線ターミナルは、2011年の東南アジア旅行以来でして(当時の記事:旅行の入り口)、凄く久しぶりでした。飛行機も前と同じ夜中の便です。


前回はなんかまだこなれてないようなそんな気分になりましたけど、今回はなにか空港特有の熱気のような物を感じる事ができました。これから海外に行く人間の熱量と表現できるかもしれません。旅行でも出張でも、海外に行くというのは私を含む多くの人にとって特別な状況であり、やっぱり興奮するものなのだと思うのです。まあ、単純に前回が冬で今回が夏で気温と湿度が高かっただけ、、、かもしれません。いずれにしろ、2年前に来た時より活気に満ちていた気がします。


展望エリアから1枚。
2年前はターミナル内で食事でもしようかなと思っていたのにお店が軒並み10時とかで閉まって(つまりラストオーダーがもっと前)いて断念した、、、ような記憶があるのですが、今回はそれなりに開いていたような気がします。そんなに難しくない食事でしたら24時間やっているところもありました。夜中の便もあるので、これは嬉しい変化だと思います(前回私が気付いて無かっただけのかもしれませんが)。


ターミナル内の景色。

プラハと日本は直行便が無いので、どこかでトランスファーしなければなりません。一般的にはルフトハンザでフランクフルト空港経由とか、KLMでスキポール空港経由とか、フィンエアーでヘルシンキ経由とかになるのだと思いますが、今回はエミレーツ航空でドバイ国際空港経由にしました。なんのことはありません、安かったのです。
で、エミレーツのチェックインに行きましたら、まあ混んでること混んでること。チラッとカウンターを見に行ったら凄い行列で、まあ座席の指定はWEBでしてあるから後から行こうなんて展望エリアに行っていたりしておりました。じゃあと戻ってきても、これが一向に行列が減ってなかったのです。仕方がないから行列に並びましたが、後ろを振り返っても行列が短くなっている気がしないという混みっぷり。東南アジア旅行でのシンガポール便なんかはガラガラで大丈夫かと心配になったりしたものですが、エミレーツの羽田ドバイ便は、おそらく当面大丈夫だと思います。
この旅行、いつものスーツケースで来ていて、荷物の預け入れはしないつもりでしたが、エミレーツは機内持ち込み手荷物がかなり厳密で「1個7キロ以下まで」という制限の7キロは守れませんでした。まあ、スーツケースを預けてしまえば問題ないわけですから、素直に預け入れ。カメラやPCの入ったバックは、重量を測って7キロ以下であることを確認してもらいました。この機内持ち込みは7キロ以下とかに引っかかっている方がけっこういらっしゃってましてですね、東急ハンズ等の旅行グッツコーナーでハンディ重量計測器が売られているのが、なんとなく理解できたような気がいたします。


お世話になった飛行機のエンジン。エミレーツのマーク?が描かれております。

出国エリアにあるカードラウンジに行こうとしましたら、前そうだった場所は航空会社ラウンジに転用?されていてビックリしました。カードラウンジはこっちに移動しましたというカンバンに従って行ってみると、なんといいますか廊下を囲いで仕切ったような場所でしたよ。これには少しフンニャリです。次に羽田国際線ターミナルを使うときにはちゃんとなっていると嬉しく思います。

プラハ旅行その0_ミュシャをムハと呼ぶ為の旅

2013年09月10日 00時35分04秒 | プラハ旅行
好きな画家は誰ですかと聞かれたら「ミュシャ」と答えるようにしている私ですが、今はミュシャではなくチェコ語発音の「ムハ」と呼ぶのを知ったのは、このプラハ旅行を検討し始めてからです。

ムハの絵に出会ったのはいつだったか記憶にないんですが、中学校の頃に美術室にあった本を読んでグッと来たというのは、かなり鮮明に憶えております。線をすべてつないでいるような装飾ですとか、描かれる美人さんの雰囲気ですとか、どうにもこうにも好きでして、どのくらいかといいますと、神保町の三省堂書店に産まれて初めて行った際に買ったのがムハの本だったという、そのくらいなのです。



さて、画家の解説本には生涯について記載されているのは当然でして、美術室にあった本にも私が買った本にもムハの生涯について書かれておりましたが、そこに「晩年にスラブ叙事詩という大作を描いた」とあったわけです。ムハと言えばポスターが有名で、多くの人が知る作品の多くは広告用のポスターです。なので私はあんまり「絵画」というイメージ持っておりませんでした。でもそのムハを解説する本には必ずスラブ叙事詩の事が載っております。チェコ出身のムハが自民族の叙事詩を巨大な20枚の絵に仕上げた、というバックストーリー(?)を聞けば、芸術家としてかなり力の入った作品なのではないか、という感覚を持つのは普通でしょうし、これはファンであれば拝見したくなるのも普通なのではないでしょうか。

で、スラブ叙事詩が何処に所蔵されているのか、という問題になります。ある時点での所蔵地を書いても変わるかもしれませんからしょうがない話なのですが、解説本には記載がなかったんですよ。
もちろん昨今はWEBという便利な物がありますので、調べようと思ったら、結果はすぐにでてきました。チェコの首都プラハではなく、チョムスキー・クロムフという街に所蔵されていた(過去形)そうです。このチョムスキー・クロムフという街、景観が美しい事で有名な観光地なのですけども、さて、日本人がヒョイッと行けるかどうかというと、1段難しい側に倒れているなあという印象を持ちました。たぶん、日本観光に来た外国の方が金沢の兼六園に行くような、それくらいの難しさなんじゃないかなあ、と私は考えております。飛行機で成田に降りて東京観光するとか、そこから新幹線で京都に行くとか、それよりもう1段難しいイメージなのです。いや、電車なりなんなりをしっかり調べればちゃんと到着できる街ですよ。でもなんだか心理的壁というか、不安があったのです。ただでさえ直行便がないチェコと日本、せめてプラハの美術館か何かに置いてあったらなあ、、、と思っておったわけです。



いやあ、幸運というのはあるものですね。調査を進めますと、どういった経緯なのかなんだか知らないんですけども、どうも2013年はチョムスキークロムフからプラハに移しているらしいのです。しかも数点とかじゃなくて、一式全部。おお、コレは見に来いってことじゃないでしょうか。ファン度合いを試されているのではないでしょうか。ちょうど今年の旅行先を探していたわけですから、
「プラハに行く」
とわりとササッと決めてしまいました。
その後、スラブ叙事詩日本ツアーが決定したという話も伺いましたけど、そんなことはもうどうでもいいのです。プラハにはムハデザインのステンドグラスやら室内装飾やらが沢山あります。それらと一緒にスラブ叙事詩を見る機会なんでそうそうないんです。いいんです。行くんです。



行くと決まれば恒例のホテル選びになります。私の海外旅行と言えば、マンダリン・オリエンタルホテルグループ。バンコク、クアラルンプールときて、ついにマンダリン・オリエンタル プラハにまで進出をいたします。さすが直行便のない国だけあって、マンダリン・オリエンタルプラハには日本語スタッフがいらっしゃらないようです。日本語スタッフがいると明記されている、その一点だけで別のホテルにしようかかなり悩みました。バンコクもクアラルンプールも、なんだかんだいってホテルの日本語スタッフに世話していただいたんですよね。が、そんなことでどうする、言葉が通じないところでトラブルに見舞われて右往左往してこそ私の旅行じゃないか、の方針で進めることとしました。

ということでしばらくはプラハ旅行をしばらくお送りいたします。


ミュシャと私

2013年03月13日 01時18分28秒 | プラハ旅行
ミュシャにグッとくるというのに気づいたのは中学校の頃でして、初めはおそらく美術の教科書に記載されてあったアール・ヌーヴォーの例として見たあたりだと思うわけですが、その後、美術室に置いてあったミュシャの本を借りて読みふけったりしてみるなど、私が能動的に絵画鑑賞に走った最初でありました。どれくらいミュシャにグッと来ているかと言うと、産まれて初めて神田神保町の三省堂書店に行った時、買ってきたのはミュシャ解説本だったという位ですし、部屋に飾ってある絵(ポストカードですけど)の一つですし、今でも堂々と好きと言える画家の一人です。

ミュシャのどの辺りが好きかですが、これを表現するのは非常に難しくて、美術史や美術評に疎い私ではいかんともしがたい物があります。ウィキペディアの該当ページに記載されているような、独特な曲線のデザインで装飾された女性の絵の美しさにグッと来る、、、としか言い様がありません。強いて無理やり解説しようとすると、
「描かれた人物のデフォルメ具合が丁度いい」
という事になるんじゃないかと思います。あくまでも私の主観でしかないのですが、本物の人間としての雰囲気を残しつつ美しくデフォルメされている気がしていて、私が漫画に求めているデフォルメの程度もそのくらいなんじゃないかと、感じていたりもします。

さて、ミュシャと言えばポスターやイラストのイメージが強いわけですけども、晩年に「スラブ叙事詩」という大作を作成したのも、ミュシャ解説本には必ず書かれている話です。必ず書かれているからにはかなり有名な作品なのですけども、じゃあその作品がどこに展示/所蔵されているのか、そういえば知らない事に気づいたのですよ、先日ようやく。こんなに長い時間ファンやってるのに知らないなあと。

最初は、プラハにあるというミュシャ博物館にあるのかと思ったんですが、なんと博物館のwebにしっかり、
「スラブ叙事詩をのぞく」
と記載されていまして、どうもここでは無いらしい、と。それからしばらく色んなページを調べていたのですが、博物館のwebに、モラフスキー・クルムロフに展示されている、と書かれているのを発見いたしました。で、当然のようにモラフスキー・クルムロフについて調べるんですけども、どうもプラハ市内のどこかという雰囲気ではなく、全く違う州にあるらしい、と。
もちろんファンですから、人生で一回は見に行きたいと思うわけですが、チェコに行くのも初めてな人間がそんな場所まで行けるのかよと、やや不安になるわけですよね、、、行くと決めたわけでもないのに。

ところが。更に調査を進めましたら、プラハ国立美術館にて、ミュシャ_スラブ叙事詩展をやっていらっしゃり、それが2013年12月までだ、、、というような記述を発見してしまったわけですね。うーん、コレはチャンスなんじゃないでしょうか。いや、プラハ国立美術館の方に全部あるのかどうかは怪しく(10~18という記載が見うけられる)、それ以上はチェコ語を読まないといけなさそうでどうしよう、という面も無きにしもあらずですが、比較的旅行しやすい首都で鑑賞できるなら、そうとう楽になるんじゃないですか、と。

もちろん、今年海外旅行するかどうかもまだ決めていないんですから、まだまだずっと先の話ですけども、ミュシャの絵を見たくてチェコに行くっていうのも、正調な感じがしていい旅かもなあなんて、そんな事を思っておる今日このごろです。